愁い漂うその瞳に映ったのは・・・愚かな人間への憂いだったのかもしれない
今回ご紹介する映画『EO イーオー』は、『出発』(1967)でベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞、『ザ・シャウト さまよえる幻響』(1978)で、カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した、イエジー・スコリモフスキ監督作品です。
本作はロベール・ブレッソンの映画『バルタザールどこへ行く』(1966)に触発された作品で、第75回 カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。
ロバのEO(イーオー)はパフォーマーのカサンドラとコンビを組んで、サーカス団で働きましたが、ある日EO(イーオー)はサーカス団から追われてしまいます。
心優しいカサンドラとの楽しい日々を思いながら、EO(イーオー)の放浪の旅が始まります。本作はロバの目を通して、人間社会をシニカルに風刺しているところが注目です。
CONTENTS
映画『EO イーオー』の作品情報
【日本公開】
2023年(ポーランド、イタリア合作映画)
【原題】
EO
【監督】
イエジー・スコリモフスキ
【脚本】
エバ・ピアスコフスカ、イエジー・スコリモフスキ
【キャスト】
サンドラ・ジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、マテウシュ・コシチュキェビチ、イザベル・ユペール
【作品概要】
ポーランドの若手俳優で最も才能があると定評があり、『ソーレ 太陽』(2019)、Netflixの人気シリーズ「Sexify セクシファイ」でも知られる、サンドラ・ジマルスカがカサンドラ役を演じます。
他にNetflix映画『リッチョーネの日差しの下で』(2020)のロレンツォ・ズルゾロがヴィトー役で、『エル ELLE』(2019)のイザベル・ユペールが伯爵未亡人役で共演しています。
映画『EO イーオー』のあらすじとネタバレ
真っ赤な閃光の中、倒れたまま身動きしないロバに女性が寄り添い優しく息を吹きかけると、ロバは立ち上がり女性と踊るように走りはじめます。すると周囲にいた観客から一斉に拍手が沸きました。
それはサーカス小屋のアリーナで演じられた、ロバとパフォーマーのショーでした。歓声に応える赤い衣装のパフォーマーは、カサンドラと紹介されます。
ロバの名前はEO(イーオー)といい、カサンドラとコンビを組み、互いに信頼し合っています。カサンドラは優しく名前を呼びながら、顔を寄せ体を撫でてあげます。
EOはカサンドラから大切にされ、幸せに生活をしていました。しかし、サーカスのない日のEOは、重いゴミを積んだ荷車を運ぶため鞭で打たれます。
EOが心配なカサンドラは乱暴に扱う男に怒りをぶつけますが、お構いなしの男はカサンドラも無下にします。
荷車を曳くEOは金属ゴミの山の脇を通り、集積場にゴミを降ろしている間、EOは犬に吠えられますが、無視するようにジッとしています。
ところがサーカス小屋まで戻ってくると、“動物愛護団体”がプラカードを持って、動物曲芸は動物虐待だとデモをしていました。
サーカス団のいた街は動物愛護活動を推進し、虐待にあたる行為をする団体から、動物を解放する法律を成立させていました。
このためサーカス小屋は閉鎖となり、ここにいる動物たちはEOも含め、動物保護施設へ連れて行かれます。
EOと引き離されたカサンドラは、ただ茫然と見送ることしかできませんでした。EOを乗せたトラックは草原の中を走り、EOは荷台から数頭の馬たちが駆け抜けているのを見ました。
到着したのは保護した馬を飼育する新しく完成した厩舎です。市長のテープカットで式典が行われ、EOの首にも人参の首飾りが掛けられています。
新しい居場所になった厩舎はサラブレッドばかりで、自由かつ大事に扱われていました。EOはその馬たちの世話を手伝うため連れて来られました。
優雅に暮らす馬のために干し草を運んだり、道具運びをしています。EOは馬たちと同じ小屋ですが、EOの隣りでは白馬が丁寧に体を洗ってもらえますが、誰もEOの世話はしてくれません。
翌朝、EOは荷車を曳くために繋がれますが、白い馬が他の馬を挑発し暴れています。EOは関係ないとでもいう態度で歩きだし、トロフィー等が飾られた棚を勢いで倒してしまいます。
この失敗が原因でEOは別の場所へ引き取られて行きます。小さな運搬車は山道を走ります。車窓からは森が見えそこを抜けると、広い放牧場のある農家に着きました。
ところがEOに元気はなく、農場の奥さんがニンジンをあげようとしても食べません。周りを見ると他にも多くのロバがいます。人見知りならぬロバ見知りしたのでしょうか?
ここの農場は発達障害のある子供たちが、ロバと過ごしながらケアをしている施設でした。子供たちを背に乗せ森へ出かけたり、野原で戯れたりそんなのどかな場所です。
そんなある晩、カサンドラがEOに会いに来ます。その日はEOの誕生日でEOの好きなキャロットマフィンを食べさせます。しかし、それがカサンドラとの永遠の別れでした。
「もう行かなきゃ……」と言って彼女は、一緒に来た男のバイクでどこかへ去って行ってしまいました。
EOは追いかけようと柵を壊して走りだします。しかし、バイクに追いつけるわけもなく、前方から来た車をよけ、森の中に入っていきます。
『EO イーオー』の感想と評価
映画『EO イーオー』はロバのEOの目を通して見る、人間の浅ましさや残酷さ、無責任さを浮き彫りにしています。
“動物愛護団体”のサーカス団への抗議、動物虐待への社会的関心で法制度が変わり、EOをはじめサーカスの動物たちは、“解放”されますが果たしてそれが動物たちにとって、本当の幸せだったのか? そんな疑問を投げかけています。
それは動物愛護法によって守られるはずだったEOの権利や命が、逆に過酷な運命と短命で終わってしまうからです。
ラストシーンは食肉牛が加工される工場です。最初は放牧されている牛が牛舎に帰る、EOもそれについて行く……そんな風景に見えましたが、加工されに行く牛の“死の行進”だったと知り、途中で予想できたもののショックでした。
本作は人間も登場しますが、ロバのEOの目線で描かれる、人間へのシニカルな風刺物語です。ポーランドの美しい自然の風景そして、その自然が破壊されていく光景……。
EOが歩む一生の様子を光と映像効果、音楽で織り成され、ロバの特徴ともいえる“愁い”漂う瞳や表情がセリフもないのに、何かを訴えかけているように感じさせました。
ロバは勇猛果敢な“アウトサイダー”だった
映画『EO イーオー』はイエジー・スコリモフスキ監督が、映画『バルタザールどこへ行く』(1966)にインスパイアされた作品です。
『バルタザールどこへ行く』は、“バルタザール”と名付けたロバを育てた少女と一匹のロバの数奇な運命を描いた物語でしたが、本作は人間の物語はただのできごと程度に扱い、EOの数奇な運命にスポットを当てていました。
本来、ロバの生態として、「協調性に欠け気難しく、新しい環境を嫌うが記憶力が良い」とありEOそのものです。また、ロバは粗食でも力持ちで、神経は図太く本来は長生きな動物です。
さてロバが沢山いる農場で夜、EOだけが外で繋がれているシーンでは少し違和感を感じました。周囲からは狼の遠吠えも聞こえるからです。
実はロバには荷物の運搬などで重用されるほかに、縄張り意識が強く警戒心があるので、“護衛ロバ(ガード・ドンキー)”という役割もできます。
狼に対してきわめて攻撃的だというロバは、気配を感じると独特な鳴き声で撃退したり、侵入を人間に知らせるからです。
また、馬ほど人間に従順ではないロバですが、“アニマルセラピー”ではロバの活動も大きいとされていて、発達障害のある子、認知症の老人などのケアにロバが携わると、改善が見られるといいます。
“セラピードンキー”として、人に寄り添い見守る役割もあるロバは、聖書の中でもキリストを優しく見守る存在として描かれていました。
動物愛護と自然破壊という人間のエゴ
この映画ではEO役には6頭のロバが起用されています。わかる人が見れば違いが判るのでしょうが、あとで知って驚きます。
シーン毎にその場面にあった性格や表情のロバを起用したようです。ポスターやストーリー全般を牽引したのは“TACO(タコ)”という名のロバでした。
出演したロバたちも“動物愛護団体”の目で見たら、虐待にあたるのでしょうか? カサンドラも同じだったように、スコリモフスキ監督は俳優のロバたちを大切に愛情をもって扱っています。
“ガード・ドンキー”や“セラピードンキー”という役割も担えるのですから、生まれて来た権利や意義が動物たちにもあるのだとわかり、動物と人間が“共存”するという本来の姿がこの映画から伝わります。
また、本作はEOの本意ではないけれども、ポーランドからイタリアへ向かうロードムービー形式で進みます。先に進めば進むほどにEOが人間のエゴによって、虐げられていく姿がありました。
イタリアに近づくにつれて「ロバのサラミ」というワードが出てきたこともわかります。北イタリアのピエモンテではロバ肉料理があるからです。
ポーランドではロバを食肉用として輸出もしています。イタリアも輸出国なのだと考えると、EOの終焉の地が遠く離れたイタリアだったことがわかります。
思えば大量の狐がゲージに入れられていた場所は、毛皮用の狐だったのかもしれません。毛皮の輸出でもポーランドは世界で3位だからです。
しかし、動物愛護法の制定によって規制が厳しくなった背景があり、コロナ禍で毛皮業界の業績が下がるなどの影響があったとも思え、行き場を失った狐達が殺処分されたのだと推測できます。
まとめ
映画『EO イーオー』は心優しいパフォーマーの女性カサンドラと共に、サーカス団で幸せに暮らしていたEOがサーカス団を離れることを余儀なくされ、ポーランドからイタリアへ放浪の旅をするロードムービーです。
EOはその道中で善人や悪人、様々な人間と出会い優しさや不条理を体験します。EOは愁いを帯びたまなざしと好奇心を持ったロバで、賢くどこか冷めているようで、ちょっと呑気なところが愛らしいキャラクターでした。
本作はEOの目で見た人間社会をEOの生涯を通して、鮮烈に描いていました。ポーランドの社会情勢を鑑みていますが、動物虐待や自然環境破壊は世界の問題です。
ロバの目線というフィルターでそのことをやんわり伝えているようですが、逆に印象としては痛烈です。
最近はポスターでの印象から映画の内容にギャップを感じます・・・。EOもまさに肝に銘じるメッセージがたくさん込められた映画でした。