1頭のロバを通して描く人間の不条理
映画『EO イーオー』が、2023年5月5日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開となります。
『アンナと過ごした4日間』(2009)、『エッセンシャル・キリング』(2011)のイエジー・スコリモフスキ監督が7年ぶりに発表した、予想不可能な寓話の見どころをご紹介します。
映画『EO イーオー』の作品情報
【日本公開】
2023年(ポーランド・イタリア合作映画)
【原題】
EO
【監督・脚本】
イエジー・スコリモフスキ
【製作:共同脚本】
エバ・ピアスコフスカ
【製作】
ジェレミー・トーマス
【美術】
アレクサンドル・コザーク
【撮影】
ミハウ・ディメク
【編集】
アグニェシュカ・グリンスカ
【キャスト】
サンドラ・ジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、マテウシュ・コシチュキェビチ、イザベル・ユペール
【作品概要】
俳優としても活躍するイエジー・スコリモフスキ監督が、7年ぶりに脚本も兼任した最新作。1頭のロバの目を通して、人間のおかしさと愚かさを描きます。
主なキャストは、『ソーレ 太陽』(2019)のサンドラ・ジマルスカ、Netflix映画『リッチョーネの日差しの下で』(2020)のロレンツォ・ズルゾロ、『エル ELLE』(2019)のイザベル・ユペール。
第75回カンヌ国際映画祭では審査員賞と作曲賞を2部門を受賞し、第94回アカデミー賞では国際長編映画賞ノミネートされました。
映画『EO イーオー』のあらすじ
ロバのEO(イーオー)は、心優しい女性カサンドラと共にサーカス団の一員として幸せに暮らしていました。
ところが、動物愛護団体によるデモによりサーカス団を離れることを余儀なくされ、ポーランドからイタリアへと放浪の旅に。
その道中でサッカーチームや若いイタリア人司祭、伯爵未亡人らさまざまな人間との出会いを通し、EOは人間社会の温かさや不条理さを経験していくのでした――。
映画『EO イーオー』の感想と評価
ロバは優れた“俳優”
俳優として『ホワイトナイツ/百夜』(1986)、『アベンジャーズ』(2012)、『盗まれたカラヴァッジョ』(2020)などさまざまな作品に出演すれば、画家として国際美術展に出展するなど、多彩な顔を持つ映画監督イエジー・スコリモフスキ。
本数こそ多くはないものの、作品を発表する度に話題を集める彼が、実に7年ぶりに監督を務めたのが本作『EO イーオー』です。
自身が「映画館で涙を流した唯一の作品」と語る、ロベール・ブレッソン監督作『バルタザールどこへ行く』(1966)を、スコリモフスキは現代のファンタジーとしてアップデート。
計6頭のロバを“キャスティング”して、それぞれの性格や特徴を掴んだ上で、シーンによって出演するロバを変えて撮影を行いました。
製作時84歳のスコリモフスキは、「自分の役柄に想定された意図に従って仕事をし、監督のビジョンに口をはさまない彼らは、優れた俳優」とロバたちを称賛。
『15時17分、パリ行き』(2018)で、88歳(製作時)のクリント・イーストウッドが実際に起きた銃乱射事件を、俳優ではなく当事者本人を起用して撮影したように、奇才の手にかかれば、動物すら名優となるのです。
『バルタザールどこへ行く』(1966)
幻想的に描かれるさまざまな人間模様
優しい女性カサンドラと共にサーカス団の一員として暮らしていたEO。ところが、突如として動物愛護団体によりサーカス団から離されてしまいます。
カサンドラと楽しく過ごした記憶を頼りに、流浪の旅を始めたEOが遭遇するのは、さまざまな人間たち。
とある者は温かく迎え入れて友人のように接してくれたかと思えば、とある者は野良ロバとみなして荷物の運搬に使おうとします。一方が幸運を呼ぶシンボルと崇めれば、もう一方は不運をもたらした厄介者扱いをします。
人間とはなんと多種多様で不条理な生物であることでしょう……。1頭の動物を主軸に描くヒューマンドラマといえば、ベースとなった『バルタザールどこへ行く』以外にもスティーヴン・スピルバーグの『戦火の馬』(2011)などがありますが、本作ではよりシニカルに、時おりユーモアに人間模様が描かれます。
光源を巧みに使って映像を描き、音響面でもサイレンをけたたましく鳴らしたかと思えば、水滴、風といった自然の音を意図的に際立たせます。
セリフはしゃべらずとも、どこかしら憂いを含んだ大きく映し出されるEOの瞳が、物語を幻想的かつ雄弁に語らせます。
まとめ
「シニカルで世知辛い私たちの世界では、純粋さは世間知らずの証と受け止められ、弱さであると見なされることもあります。しかし私は今でも、自分の中に残った純粋さを育むよう努めています」
純粋なロバの視点を通して描いた本作『EO イーオー』で、自らの純粋さを問うスコリモフスキ。それでいて本作は、観る者にも純粋さを自問させます。
本作が日本公開される2023年5月5日(金・祝)は、スコリモフスキ85歳の誕生日に当たります。
イーストウッド、マーティン・スコセッシ、リドリー・スコットなどなど、映画界には老境に入っても衰え知らずなフィルムメーカーが数多く存在しますが、スコリモフスキも間違いなくその1人。
彼にとっては、年齢などただの数字でしかない。その才気走った映像と問いかけは、必ずや観る者を驚かせるはずです。
映画『EO イーオー』は、2023年5月5日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。