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映画『ブラ!ブラ!ブラ!』感想とレビュー評価。セリフ無しのロードムービーだから見えてくる豊かさ【胸いっぱいの愛を】

  • Writer :
  • 大塚まき

映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』は2020年1月18日より公開。

2018年開催の第31回東京国際映画祭コンペティション部門にて話題となった、全編セリフなしの極上ファンタスティック・ロードムービー『ブラ! ブラ! ブラ! 胸いっぱいの愛を』が公開されます。

主人公・ヌルラン役は、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『アンダーグラウンド』の主演などで知られるミキ・マノイロヴィッチ。

2020年1月18日より新宿Kʼs cinemaほかにて全国順次公開の映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』の感想や見どころについてお伝えしていきます。

映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』の作品情報


(c) VEIT HELMER FILMPRODUCTION

【日本公開】
2020年(ドイツ・アゼルバイジャン合作映画)

【原題】
THE BRA

【監督】
ファイト・ヘルマー

【脚本】
レオニー・ガイシンガー、ファイト・ヘルマー

【キャスト】
ミキ・マノイロヴィッチ、パス・ヴェガ、チュルパン・ハマートヴァ、ドニ・ラヴァン

【作品概要】
本作は第31回東京国際映画祭コンペティション部門に、『ブラ物語』のタイトルで選出されました。

その他にも、イタリアン・アゼル国際映画祭にて国際映画長編映画賞を受賞。アヴァンカ映画祭にて脚本賞/主演男優賞を受賞など5冠を受賞しています。

映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』のあらすじ


(c) VEIT HELMER FILMPRODUCTION

広大な草原を走る貨物列車の鉄道運転士・ヌルラン。

ヌルランが走らせる列車は、線路と建物がとても近い住宅街をも汽笛を鳴らして通り抜けます。

身寄りのない少年は、犬小屋を住まいとしていて、列車の音を聞きたてると、首に下げた笛を鳴らして、街の人たちに列車が来たことを知らせに走ります。

そのたびに路線にテーブルをだしてお茶を飲む男たち、洗濯物を干していた女たちは慌てて線路をあける毎日。

時には汽笛を鳴らしても、洗濯物のシーツが列車に絡まったり、子どもが遊んでいたボールが列車に挟まったり…。そのたびに、持ち主に返しにいくヌルラン。

定年退職を目前にした彼は、後任役に仕事を引き継ぐことになります。

そして、最後の運転を迎えたヌルランは、今まで変わらずに走り続けた住宅街を走り抜けました。

列車を機関庫に停めると、列車の先頭に繊細な刺繍が施されている青いブラジャーが引っかかっていました。

ヌルランはブラジャーをゴミ箱に捨てますが、誰もいなくなった夜の機関庫でゴミ箱からこっそりとブラジャーを取り出して、大事そうに自分の鞄の中に入れて持ち帰ります。

仕事も退き、一人で夕食を済ませ、寝床に入るヌルランは、深い孤独感に苛まれました。

手元にある美しいブラジャーが誰のものなのか?その真相を知るため、持ち主を探す決意をします。

翌朝から、線路沿いの家を訪ねる日々が始まるのですが…。

映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』の感想と評価


(c) VEIT HELMER FILMPRODUCTION

ブラジャーが映し出す大人の寓話

ガラスの靴を抱えて王子様を探すシンデレラのように、本作はブラを手に女性を探しだす鉄道運転士・ヌルランが主人公として描かれています。

ヌルランが手にするブラジャーは、決してセクシャルな象徴ではなく、淡い憧れのイメージが喚起されるものです。

ヌルランにとっては、家族を持つことが淡い憧れ。人生の終盤に差し掛かったからこそ、手にしてこなかった家族への憧れが少年の夢のように胸を膨らませます。

シンデレラストーリーではあるけれど、主人公を定年退職を迎えた異邦人に設定することで、単純なおとぎ話ではなく、人生の孤独や哀愁が漂い胸に染み入る大人の寓話に仕上がっています。

また、本作の主人公を演じるミキ・マノイロヴィッチの渋い佇まいと無垢な瞳という相反する雰囲気が物語をさらに魅力的にしています。

この主人公だからこそ、次々と登場する美しい女性たちが家に招き入れた時に、エロチシズムが漂いながらも、セクシャルな一線は越えないのです。

さらに、ヌルランの後任役を演じたドニ・ラヴァンのおどけた様子は愛嬌があり、ミキ・マノイロヴィッチの少年心と相通じるものがあります。

本作の登場人物たちが醸し出す哀愁と可笑しみによって、大人も夢を見ることを忘れてはならないことに気づかされるのです。

アゼルバイジャンのノスタルジックな魅力


(c) VEIT HELMER FILMPRODUCTION

劇中のノスタルジックな風景は、南コーカサスに位置するアゼルバイジャン共和国の首都バクーとその隣国のジョージア(グルジア)で撮影されました。

古い民家が建ち並ぶ細い路地を列車が家すれすれに走り抜ける光景がとてもエキサイティング描かれています。

線路に沿うように建ち並ぶ古い民家、山間の寂びれた機関所、それらの風景がワンダーランドに入り込む切符となり、物語の中に引き込みます。

しかし、本作で撮影された路線すれすれに建ち並ぶ古い住宅街は、バクーの急速な再開発と共に取り壊されてしまったそうです。

もう存在しない刺激的な街並みは物語の一部としてスクリーンの中で生き続けることでしょう。

セリフを排除したことで見えてくる世界

本作はセリフに頼ることがない分、登場人物の表情や仕草におのずと視線を集中させてくれます。

そして、登場人物の些細な息遣いや生活音がセリフよりも豊かに心情や状況を伝えてくれることに驚かされました。

シンプルなストーリーの中に、際立つ登場人物のキャラクターとノスタルジックな風景が相まる世界が、独特の世界観を作り出しています。

また、音楽よりも列車の走行音や汽笛の音といった機械音のリズムもまた主人公の心情や状況を効果的に表しています。

言葉や音楽によってカテゴライズされる情報がないというのは、とても刺激的な映像体験と言えることでしょう。

そして、忘れてはならないのがドニ・ラヴァン演じる機関士のアーティストぶりにもご注目ください。

バスター・キートンやチャーリー・チャップリンの無声映画が好きと言うドニ・ラヴァンが、繊細で且つひょうきんな雰囲気を見事に体現しています。

本作では、音楽に乗って踊るのではなく、機械を相手に指揮を振るドニ・ラヴァンのアーティスティックな場面をご覧いただけます。

まとめ


(c) VEIT HELMER FILMPRODUCTION

ファイト・ヘルマー監督は、東京国際映画祭のインタビューにて以下のように語っています。

「セリフがない映画を撮るのは最大のチャレンジで、言葉がなくても成立するストーリーが必要でした。観客にとって、新しい体験になると思います。音楽も入っているので、サイレント映画ではないし、新しい形の映画を提示し、映画を前進させていきたい。これこそが純粋な映画、どの国のどんな人にも字幕も必要なく見てもらえる、普遍的なアートだと思います」

本作ではブラジャーが風に乗って浮遊する場面があるのですが、まさにファイト・ヘルマー監督が言う“普遍的なアート”と言えるポエティックで美しいシーンとなりました。

それは一瞬の出来事だけれど時間を超越して、儚い夢を見ているかのような錯覚に陥り、セリフを排除したからこそ美しさが際立っています。

ファイト・ヘルマー監督から渡された極上のファンタスティックな世界へ誘う切符は、哀愁と孤独、可笑しみを持って連れて行かされることでしょう。

どこまでも続く広大な草原、エメラルドグリーンの古びた列車、古い民家が立ち並ぶ路線、ヌルランの小さな石造りの家、美しい女性たちと青いブラジャー…どれもが幻想的な世界へと胸を高鳴らせるはずです。

映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』は、2020年1月18日より新宿Kʼs cinemaほかにて全国順次ロードショーです。

ぜひ劇場でご覧ください。

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