映画『私の知らないわたしの素顔』は2020年1月17日より全国順次ロードショー。
人間は誰でも様々な顔を持つ生き物です。
会社での自分、家庭での自分、友人に対しての自分、恋人といる時の自分、そして“意識的に演じている役割”とは別に潜んでいる“もう一つの顔”…。
今回は衝突するアイデンティティをサスペンスフルに描いたフランス映画『私の知らないわたしの素顔』をご紹介します。
SNSの世界でバーチャル恋愛にはまっていく主人公のクレール役をジュリエット・ビノシュが演じました。
映画『私の知らないわたしの素顔』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス映画)
【原題】
Celle que vous croyez
【監督】
サフィ・ネブー
【キャスト】
ジュリエット・ビノシュ、ニコール・ガルシア、フランソワ・シビル、ギョーム・グイ、シャルル・ベルリング、クロード・ペロン、マリー=アンジュ・カスタ
【作品概要】
主演は『トリコロール/青の愛』(1993)でヴェネツィア国際映画祭 女優賞とセザール賞主演女優賞、『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)でベルリン国際映画祭銀熊賞とアカデミー助演女優賞、『トスカーナの贋作』(2010)で第63回カンヌ国際映画祭の女優賞を受賞と世界三大映画祭を制した国際的な女優ジュリエット・ビノシュ。
共演は『愛と哀しみのボレロ』(1981)『男と女II 』(1986)のニコール・ガルシア、『FRANK フランク』(2014)のフランソワ・シビルや『アナーキスト 愛と革命の時代』(2016)のギョーム・グイ。物語のキーとなる女性を演じるのはスーパーモデルとして活躍するマリー=アンジュ・カスタです。
映画『私の知らないわたしの素顔』のあらすじとネタバレ
ある部屋の一室で二人の女性が机を挟んで対峙しています。ひとりは患者のクレール、ひとりは心理療法士のボーマン医師。
クレールはもともとの主治医がいなくなったことを嘆きながらもボーマン医師に話し始めます。
クレールは50代のフランス文学教授。長年連れ添った夫と別れ、現在は年下の恋人リュドと交際中ですがなかなかうまくいっていません。
少しの諍いがあった後、クレールはリュドの家に電話をかけますが、ルームメイトのカメラマンの青年アレックスにリュドはいないと言われ電話を切られてしまいます。
クレールはリュドに近づき近況を探るためにFacebookに登録することにしました。
彼女が使った名前はクララ、年齢は24歳。そうしてリュドではなく、友人のアレックスに友達申請をしました。
アレックスはすぐに反応し、アレックスとクレールのペルソナ“クララ”は急速に進行を深めていきます。
彼らは次第に電話もするようになり、アレックスに写真を見たいと言われたクレールは若い女性の顔をアイコンに設定しました。
ボーマン医師に誰の写真か聞かれたクレールは、ネットで適当に拾ったものだと答えます。
一日に何度も電話するほど親密になり恋心を抱き始めたアレックスとクレール/クレア。
アレックスは会いたい旨を伝えますが当然クレールは断ります。彼らは何度も何度も接近しますがアレックスがクレールに目を向けることはなく、彼は訝しみます。
これ以上続けられないと思ったクレールは実は同棲している恋人がおり、彼にプロポーズされたためブラジルに行くといってアレックスとの関係を打ち切ります。
しばらく経ってからFacebookを開くも、彼はアカウントを既に削除していました。
クレールはアレックスの手がかりを掴む唯一の方法として元恋人のリュドに連絡をとります。
彼から聞いたのは、「アレックスはSNSで出会った女に夢中になったが失恋し、自殺した」ということでした。
映画『私の知らないわたしの素顔』の感想と評価
参考:『私の知らないわたしの素顔』公式ツイッター
24歳という偽のプロフィールで、年若い男アレックス(フランソワ・シビル)とネット恋愛に落ちる主人公クレール(J・ビノシュ)。
“素顔”を明かせず会いたくても会えない気持ちをリアルにするため、撮影では演じるビノシュとシビルを、本当に会わせないようにしたそう。#私の知らない素顔わたしの素顔 pic.twitter.com/zQVV9lK6F3
— 映画『私の知らないわたしの素顔』公式 (@sugaomovie) January 23, 2020
本作の主演はジュリエット・ビノシュ。『冬時間のパリ』(2019)『ハイ・ライフ』(2019)『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)と成熟した女性、ミステリアスな女性を近年も肉体的な魅力を活かし、妖艶な存在感を発揮している彼女ですが、本作『私の知らないわたしの素顔』では、そんな彼女の官能的魅力が痛々しい形で作用するように撮られています。
50代、まだ“女である”ということを実感したい、若く美しくありたい、そして愛されたいという孤独な女教授を演じるビノシュは本作では美しくも、ブルーライトに照らされて不恰好に表情を露呈することも。
脆く今にも崩れ落ちそうなビノシュの姿は今までの作品には見られない、『欲望という名の列車』のブランチのように哀れで悲しいと世間から視線を向けられる女性です。
ビノシュが演じるクレールはフランス文学の大学教授であり、マルグリット・デュラスなど革命的だった女性作家の話を語ります。その姿、語る内容とは反対に私生活は求められない寂しさと焦燥を抱えており、“力強くひとりで立っている女性像”とは離れたところにいる矛盾。
自分が生み出した虚像のクララと現実のクレール、ふたりの人格が存在している衝突。そんな矛盾が重なりに重なって、SNSの中での出来事がクレール自身が執筆するフィクションの中で人格が浮遊し続けて…彼女が広げる終わりのない内在的な葛藤と衝突の旅に暗澹とした思いにさせられます。
『私の知らないわたしの素顔』は、SNSや小説という“異世界”の中でペルソナを漂わせるというテーマを持ちながら、クレールがそのような行動に至った動機が予想できてしまうような捻りのないものであるのが残念な所。
クレール自身も自覚していない人格、一人でに歩き出すような人格の“クララ”ではなく、夫と姪に裏切られたから、人肌や愛情に飢えており美と若さをまだ求めているから生み出したものであるという、そんな“明かされる事実”に少々拍子抜けしてしまいます。
しかし最後クレールが再びクララの携帯を使って電話をかけるシーンは新しい混沌の始まりを予感させ、観客を宙吊りのままで終わらせる秀逸なものです。
まとめ
今までになかなか見たことがないようなジュリエット・ビノシュの“顔”が現れている『私の知らないわたしの素顔』。
恋に盲目になる姿、抗えないものに必死にすがろうとする姿、周囲に滑稽に晒される姿に痛々しさを感じながら奇妙に曖昧な恐ろしさに心を蝕まれていくような作品です。
映画『私の知らないわたしの素顔』は2020年1月17日より全国順次ロードショーです。