悲しみや怒り、懐古の情や恋慕の想い。
心を鎮める面をつける。
『新聞記者』(2019)の藤井道人監督が、自ら脚本を手掛け、横浜流星を主演に映画化した社会派サスペンス『ヴィレッジ』。
周りを山々に囲まれた霧深い村「霞門村(かもんむら)」。緑豊かで空気は澄み、伝統芸能である“薪能”が継承される神秘的で美しい村です。
しかし、山の上にゴミの最終処分場が建設されたことを機に、黒い煙と闇が村を覆います。ゴミ処理場で働く片山優もまた、人生の闇の中でもがいていました。
そんな優の日常は、幼なじみの美咲が東京から戻ったことで一変します。ゴミみたいな人生に光が射した時、閉鎖された村で起こる異変とは。
現代日本の縮図のような「霞門村」を舞台に、善と悪が交差するヒューマンサスペンス『ヴィレッジ』を紹介します。
映画『ヴィレッジ』の作品情報
【日本公開】
2023年公開(日本映画)
【監督・脚本】
藤井道人
【キャスト】
横浜流星、黒木華、一ノ瀬ワタル、奥平大兼、作間龍斗、淵上泰史、戸田昌宏、矢島健一、杉本哲太、西田尚美、木野花、中村獅童、古田新太
【作品概要】
横浜流星と『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020)などの藤井道人監督が6度目のタッグで挑むヒューマンサスペンス『ヴィレッジ』。『新聞記者』(2019)、『空白』(2021)などを手掛けたプロデューサー・河村光庸の遺作となりました。
閉鎖された村で孤独に生きる主人公・片山優を演じるのは、爽やかな好青年の印象が強い俳優・横浜流星。これまでのイメージを覆す、まさに新境地とも言える演技に注目です。
優の人生に大きな影響を与える幼なじみ・美咲を演じるは、黒木華。村長・大橋修作役に古田新太。修作の弟で、村の伝統“薪能”を伝承する刑事・大橋光吉役に中村獅童。
その他に、優の母親役に西田尚美、村の闇を握るヤクザ役に杉本哲太など演技派俳優が脇を固めます。
映画『ヴィレッジ』のあらすじとネタバレ
周りを山々に囲まれた霧深い村“霞門村”。この村には神秘的な伝統芸能“薪能”が受け継がれていました。
祭りの夜。かがり火が揺れるなか、能舞台を夢中で見ている少年がいます。この村に住む片山優です。演目はいよいよクライマックスへ。囃子に合わせ舞いは激しさを増していきます。
その頃、村のとある一軒家で火事が発生していました。家の中で男が灯油をまき焼身自殺を図ったのです。
あれから10年。霞門村では“薪能”の伝承も廃れ、山の上には巨大なゴミ処理場が建設されていました。もくもくと吹き出す不気味な黒い煙。
ゴミ処理場の建設が決まった当初は、村人から反対の声もありましたが、村長・大橋修作の計らいで建設は進み、今ではこの村の重要な資源となっています。
成長した片山優も、このゴミ処理場で働いていました。母親が抱えた借金を返済するため身を粉にして働く優。キラキラと輝く目で“薪能”を見ていた少年の面影は、もうどこにもありませんでした。
夜中にかかってくる電話。相手はこの村を裏で仕切るヤクザの丸岡です。呼び出された優は、夜中のゴミ処理場へと向かいます。そこでは、不法投棄が行われていました。
穴を掘り仕分けできない大量の異物を埋めていきます。地面に開いた穴からは、まるで死体でも埋まっているかのような、人の息遣いが聞こえてきそうです。
村長の息子・透は、丸岡と組んで金儲けをしていました。優を目の敵にしている透は、穴掘りに加担する優の姿を楽しそうにスマホで撮影しています。「おい、犯罪者の息子」。
優は、ただひたすら耐えるしかありませんでした。10年前、家に火を放ち自殺した父親。閉鎖的なこの村で村八分にあいながら、優は生きる気力も失っていました。
そんなある日。優の幼なじみである中井美咲が、東京から霞門村に戻ってきます。美咲は幼い頃、優と一緒に大橋家の次男・光吉に“薪能”を習っていました。
優の変わり様に戸惑う美咲でしたが、久々に光吉の能の稽古へと優を誘います。そして、ひとつの能面を渡します。「その面は、心を鎮める力があるの。爆発しそうになったらつけて」。
美咲は東京の就職先に馴染めず、精神を病み故郷に帰ってきました。優の気持ちがわかる美咲は、この村を出ることも出来ず、自分を追い詰める優を優しく包み込みます。
美咲と心を交わした優は、初めて生きていたいと思うようになります。そんな優に、人生の分岐点が訪れます。美咲の勧めで、ゴミ処理場の案内係として働くことになったのです。
無精ひげをサッパリと剃り髪を整えた優は、工場見学にやってきた子供たちに上手に説明をしていきます。
ゴミ処理場の工場見学は評判をよび、テレビでも紹介されることとなりました。案内役に抜擢された優でしたが、村の人々の反応は厳しいものでした。
「犯罪者の子供がテレビに出るって、どうなのかしら」口々に文句を言う村人たち。「だからこそ、そういう人たちを受け入れる寛容な村であるとアピールできるのです」。霞門村を観光地として売り出したい大橋村長に、歯向かう者はいませんでした。
大橋は、優に夜の仕事をやめるように言います。「透には俺から言っておく。人生逆転させろ」。
テレビ出演にむけてスタッフとの打ち合わせで忙しい優を、昔の仲間たちは冷めた目で見ていました。美咲に思いを寄せる透は、なおさら面白くありません。
美咲の家に押しかけた透は、優が夜の不法投棄に関与していることをばらし、「俺ならお前を幸せにできる」と、無理やり美咲に迫ります。
優が危険を察し、駆け付けるも、力で透に適うはずはありません。ボコボコにされる優。明日はいよいよテレビ出演の日となっていました。
映画『ヴィレッジ』の感想と評価
同調圧力、格差社会、貧困。映画『ヴィレッジ』は、この現代日本の闇を縮図化したような村“霞門村”で暮らす人々のそれぞれの葛藤が描かれています。
主人公の片山優は、父親の起こした事件で幼い頃からいじめられ、母親が抱えた借金の返済のため貧困に苦しんでいます。
自分はなにもしていないのに、親のことで苦しみ続ける優。逃げ出すこともできず、犯罪に加担するしか道はありませんでした。
時間も体力も余裕はなくなるばかり。負のスパイラルから抜け出すことは容易ではありません。優はもう人生を諦めていました。
そんなひとりの青年の苦しみは、村にとってはどうでもいいことのようでした。優の計り知れない所で、村の闇が大きく膨れ上がっていきます。
この村の根本的な闇は、ゴミ処理場の建設を決めたことから始まっていました。薪能の継承、村長を輩出してきた村の長・大橋家。家の繁栄を守るため、力で村人を束ねてきました。
母の寵愛を受ける能楽師としての才を持った弟・光吉。兄の修作は弟への嫉妬から、自分は村長として村を発展させることへ執着していきます。そのやり方は度を超えたものでした。
権力で人を動かす者。強いものに従うだけの者。まわりに合わせて、見て見ぬふりをする者。本気で苦しむ人を救おうとする者は誰もいません。
そんなゴミのような優の人生が、幼なじみ美咲の帰郷で一変します。心を病み村に戻ってきた美咲は、優のことを誰よりも理解し寄り添います。
自分を受け入れてくれる人に出会った時、優は生きる気力を取り戻し、自分に自信を持てるようになります。
自分でも忘れていた得意なことを、美咲は思い出させてくれました。自分が変われば周りも変わる。負のスパイラルから脱出することができました。
しかし、人は掴んだ幸せを守るため、そこに執着するようになります。優も愛する人を守るため嘘を重ね、自分を守るため罪を隠し、再び闇に落ちていきます。
そして、地位を得た優は、弱さにつけ込まれ、村のために愛する人に罪を擦り付ける選択をせまられます。
優が最後に起こす事件は、大橋家への復讐であり、村への復讐でした。「こんな村なくなればいい」。それは、やはりこの村の犠牲となって死んだ父の想いでもあった気がします。
すべてを燃やした優の表情に安堵の色がみえます。悲し気に泣き笑うその顔は、優がこの村で経験した光りと闇の合間のようでした。
主人公・片山優を演じるのは、優とは真逆のイメージが強い人気俳優・横浜流星。無精ひげにボサボサ頭、暗い顔で猫背で歩く姿は、何をしでかすか分からない不気味さを醸し出しています。
目線や口の微妙な動きでみせる繊細な演技。感情を抑えきれず面をつけ慟哭するシーンは、凄まじい悪臭が漂うようです。
そんな優が美咲に会い変わっていきます。ゴミ処理場の案内係として広報活動を行うようになった優は、人が変わったように爽やかな青年に見えます。
人生の闇と光を味わった男の凄まじい生き様を、体当たりで演じきった横浜流星の新たな境地に注目です。
まとめ
『新聞記者』(2019)、『ヤクザと家族The Family』(2021)の藤井道人監督と故・河村光庸プロデューサーの意思を受け継ぐスタジオ・スターサンズの制作チームが再び集結。
現代日本の闇を、閉鎖された村を舞台に描いた、ミステリアスな衝撃作『ヴィレッジ』を紹介しました。
掴んだと思った幸せは夢だったのか。埋めても埋めても埋まらない穴。人生はなんと邯鄲の夢のようであろう。
主人公・優が最後に下した決断とは。ぜひ自身の目で確かめてください。