第146回芥川賞受賞の原作小説を映画化した『共喰い』をご紹介!
作家田中慎弥の芥川賞受賞作『共喰い』を青山真治監督が2013年に映像化。
山口県下関市を舞台に、高校生の遠馬、暴力的な性癖を持つ父、その愛人らが繰り広げるひと夏の出来事を、原作とは異なる映画オリジナルのエンディングとともに描き出しました。
昭和63年夏。17歳の遠馬は父親が性交の際に愛人・琴子に暴力をふるうことを忌み嫌っていました。遠馬は幼なじみで恋人の千種と結ばれますが、ある日千種を押し倒し、嫌がる彼女の首を締めてしまいます。
性への戸惑いと興味を持ちながら自分が持つ危険なDNAに思い悩む高校生を、菅田将暉が繊細に演じる『共喰い』をネタバレ有でご紹介します。
映画『共喰い』の作品情報
【公開】
2013年(日本映画)
【監督】
青山真治
【脚本】
荒井晴彦
【原作】
田中慎弥:『共喰い』(集英社文庫)
【音楽】
山田勲生、青山真治
【キャスト】
菅田将暉、木下美咲、篠原友希子、岸部一徳、光石研、田中裕子、穴倉暁子、淵上泰
【作品概要】
本作は、第146回芥川賞受賞を受賞した田中慎弥の同名小説を、『東京公園』(2011)『空に住む』(2020)の青山真治監督が、2013年に映画化したものです。
高校生の遠馬、暴力的な性癖を持つ父、その愛人らが繰り広げるひと夏の出来事を通じ、DVの血を受け継ぐ主人公の遠馬を演じるのは、『仮面ライダーW』(2009)『王様とボク』(2012)などで注目を集めた菅田将暉。
主人公の実母の仁子を、『北斎漫画』(1981)『おしん』(1983)の田中裕子、実父を『わたしは光をにぎっている』(2019)の光石研が演じています。
映画『共喰い』のあらすじとネタバレ
山口県下関市に住む篠垣遠馬。昭和63年、17歳の時に父が死にました。
川沿いに位置する小さな町で、遠馬は父の円とその愛人・琴子と暮らしていました。
遠馬の母・仁子は、川向うで魚屋をしています。彼女は、太平洋戦争の空襲で左手の手首から先を失いました。怪我のせいでその時交際していた男性の母親から「手のない子どもが生まれるのでは」と言われ、その母親に飛び掛かったという強者です。
それ以来、仁子は両親が亡くなった後は川辺で1人で暮らしていましたが、アラフォーの夏祭りの日に、年下の篠垣円と出会い、そのまま結婚したのです。
ですが、円は女性関係が盛んで、その行為の最中に女性にDVを振るう癖のある男でした。
平手で何度も殴られ、アザだらけになった仁子。まもなく仁子は遠馬を出産しますが、円に愛想をつかし、第2子を堕ろした後、篠垣家を去って川辺の魚屋に移り住んでいます。
そして現在、円と同居する琴子もまた、身体中にDVの跡が残っていました。性行為に興味がある遠馬ですが、自分にも父の血が流れているのだと、怖れています。
そんな遠馬が17歳の誕生日を迎え、恋人である会田千種と神社の中で関係を持ちました。
遠馬が家に戻ると、琴子がケーキを用意して彼の17歳の誕生日を祝ってくれました。その夜、遠馬が目を覚ますと、別室で円と琴子が行為をしています。
遠馬が目撃しているとも知らず、円は琴子に暴力を振るい、首を絞めるなどのDV行為を繰り返していました。
嫌ならここから逃げればいいのにと遠馬は思いますが、琴子は円から離れることができず、遠馬もまた、自分が父と同じような欲情を抱くことに苦悩します。
その後も遠馬は千種と関係を持ちますが、ずっと彼女は痛がっていて、遠馬はそのうち自分が父のように暴力を振るうのではないかと不安を感じます。
映画『共喰い』の感想と評価
本作『共喰い』は、主人公・遠馬が17歳の時に死んだDV性癖を持つ父親との葛藤の物語。
父のDVと旺盛な性欲を目の当たりにして育った遠馬は、自分にも同じ血が流れていると思い、それが発覚するのを怖れていました。
一方、遠馬を産み、父のDVから逃げた実母の仁子は、川向うで魚屋をして暮らしています。左手の手首から先が義手のため、不自由な生活ですが、仁子は悲観することもなく、淡々と日々を過ごしていました。
DV男の血を引くのは、遠馬ひとりでいいという仁子ですが、実はとんでもなく強い母親でした。
夫である円の浮気や度重なる女性関係も平気だった仁子ですが、円が遠馬の恋人に無理やり手を出したと知り、怒り心頭に発します。
包丁を抱えて円のもとへ行った仁子が、ためらうことなく円に制裁を与えました。
母が父を殺害する事件というと、おぞましい人間関係を連想させますが、本作はそんな悲惨さを感じさせません。
それまでの円の行為が、観客を仁子に沿った気持ちにさせるのか、または逮捕された仁子のすっきりとした悟りきった表情に感情移入出来るからか。理由はいくつか挙げられますが、この家族にとっては起こるべきにして起った出来事だったと思えます。
そして、この一件以来、それまで恋人の千種との関係も、恐る恐るでなんとなくギクシャクしていたのが、遠馬も自分の心の奥に潜む危険な因子と正面から向き合うことが出来るようになりました。
大雨のあと地面が固まるように、遠馬が自分の人生の大きな転機を乗り越えて成長したと言えるでしょう。
注目すべきは、冒頭とラストに流れる川を映した一日の始まりのシーンです。遠馬の過去の回想の始まりと、昭和の終わりを告げて新時代の幕開けを示す重要な意味を含んでいました。
遠馬の憂鬱な半年の出来事を、‟陽はまた昇る”でポジティブに表現されたとも考えられます。
また、思春期真っ只中の遠馬のある行為を鰻を巧みに利用した演出に、クスリとするかもしれません。菅田将暉の秀逸な演技が光る一作です。
まとめ
『共喰い』は、2013年公開の日本映画で、第146回芥川賞に輝いた田中慎弥の同名小説を映画化したものです。
昭和63年から平成へ。時代の移り変わりと共に、遠馬は自分の中に流れるDVの血への恐怖を克服します。
‟若さ”を持て余す主人公の遠馬役は、この作品の主演を経て、『溺れるナイフ』(2016)『糸』(2020)などの実力俳優となった菅田将暉が繊細に演じ切りました。
脇を固めるのは、子供を守ろうとする強い母親を演じる田中裕子と、DV癖のあるチャラ男の父親役の光石研といったベテラン俳優陣です。
悪い性癖を持つ円を、DVに苦しめられた仁子は、新たな性被害者を出さないためにもと殺害します。歪な夫婦の姿ですが、母親としての深くて強い愛情からの行為に違いありません。
また、性の悩みを抱えながらも成長した遠馬と千種のラストシーンには驚かされることでしょう。