2017年12月9日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国公開される『ルージュの手紙』。
大女優カトリーヌ・ドヌーヴは自身の生き方そのもののように、人生を謳歌する義母役を粋でチャーミングに演じています。
また、その逆に度が過ぎるほどに真面目な娘役は、同じくカトリーヌの名をもつ、カトリーヌ・フロが務めます。
何もかもが正反対のように生きる女性が現れ、行き詰まった日常が予想外の未来へと導いてくれるとしたら?
CONTENTS
1.映画『ルージュの手紙』の作品情報
【公開】
2017年(フランス映画)
【原題】
The Midwife
【脚本・監督】
マルタン・プロヴォ
【キャスト】
カトリーヌ・ドヌーブ、カトリーヌ・フロ、オリビエ・グルメ、カンタン・ドルメール、ポーリーヌ・エチエンヌ、ミレーヌ・ドモンジョ、オドレイ・ダナ
【作品概要】
フランスを代表する2人のカトリーヌの名前を持つ、ドヌーブ&フロによる初の共演作。自由気ままな義理の母ベアトリス役をドヌーブ、堅実なクレール役をフロがそれぞれ演じています。演出は『ヴィオレット ある作家の肖像』や『セラフィーヌの庭』のマルタン・プロヴォ監督。
2.人生を謳歌するベアトリス役のカトリーヌ・ドヌーブ
カトリーヌ・ドヌーブは、1943年生まれのフランス・パリ出身。
10代の頃から映画出演を重ねて、1960年の『Les portes claquent(原題)』(日本未公開)で本格的にスクリーンデビュー。
参考映像:カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品『シェルブールの雨傘』(1963)
1962年に『悪徳の栄え』で一躍注目を集めると、1963年に『シェルブールの雨傘』でその人気が決定的なものとなります。
1967年にルイス・ブニュエル監督の『昼顔』で英国アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、1980年の『終電車』ではセザール賞主演女優賞を受賞。
参考映像:フランソワ・トリフォー監督の秀作『終電車』(1980)
1992年に『インドシナ』で米国アカデミー賞主演女優賞にノミネート、セザール賞主演女優賞を受賞。
1998年に『ヴァンドーム広場』では、ヴェネチア国際映画祭女優賞を獲得。これまで数々の演技賞に輝き、今なお世界的大女優として映画ファンを魅了してくれる女優の1人。
参考映像:ヴェネチア国際映画祭女優賞に輝く『ヴァンドーム広場』(1998)
そのほかの出演作に、ジャック・ ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』(1966)、
ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)、
フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』(2002)と『しあわせの雨傘』(2010)、
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の『神様メール』(15)などがあり、名匠な映画監督たちから信頼のあるフランスを代表する大女優です。
『ルージュの手紙』の主人公ベアトリスとは、どのような人物なのか
本作に登場する自由奔放なベアトリスの役柄は、マルタン・プロヴォ監督自身が、カトリーヌ・ドヌーヴのために書いたキャラクターです。
脚本を読んだドヌーヴはすぐにこのキャラクターが気に入り、ベアトリスの性格を非常に前向きな人物だと読み取りました。
ドヌーブはベアトリスの生き方について、インタビューで次のように答えています。
「彼女はしがらみと関係ないところで自由に生きていけると思っていたんだけど、それは幻想だったの。それでも、彼女は人生の明るい面に目を向けることを選び、最後までそうした生き方を貫く。(中略)人生が差し出すあらゆることを最大限に楽しんだ遊び人でもあるの。周りの人が、耐え難いと感じるような一種の軽率さもあるけど、無責任な人ということにはならないわ。ベアトリスは実際“楽しい冒険家”よ」
ベアトリスは物語のなかでクレールの父親と不倫関係という設定ですが、それもドヌーヴの語るようにい幻想であり、人生の明るい面のどちらでもあったのでしょう。
だからこその“人生が差し出すあらゆることを最大限に楽しんだ遊び人”を得ることもできたのでしょう。
あなたもすでにお察しのとおり、こんな役柄を演じられるのはカトリーヌ・ドヌーヴをおいては他にいません。
彼女がこれまでスクリーンのなかで演じて来た数々の配役の人生があってこそのベアトリスのキャラクターです。
今良き歳を重ねたカトリーヌ・ドヌーヴだからこそ演じられる役柄と、人の持つ自由さという品の美しさとは何か、注目しましょう。
3.頑なに真面目である助産婦クレール役のカトリーヌ・フロ
カトリーヌ・フロは1956年生まれ、フランス・パリ出身。
1980年にアラン・レネ監督の『アメリカの伯父さん』でスクリーンデビュー。
1985年の『C階段』の演技で注目を集め、セザール賞の助演女優賞にノミネートされます。
1996年にフランスで大ヒットした『家族の気分』では、セザール賞助演女優賞を受賞し、一躍有名女優の仲間入りを果たします。
参考映像:大人のラブコメディ『地上5センチの恋心』(2006)
それ以降のフロは『女はみんな生きている』(2001)、『地上5センチの恋心』(2006)、『譜めくりの女』(2006)、『アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 ~パディントン発4時50分~』(2008・未)などでセザール賞主演女優賞ノミネートの常連となります。
参考映像:フロの当たり役だった『大統領の料理人』(2012)
6度目のノミネートとなった2012年の『大統領の料理人』にて、フランス官邸史上唯一の女性料理人を演じフランスで大ヒットを記録。
2016年の『偉大なるマルグリット』では、“伝説の音痴”と呼ばれた実在の歌姫をモデルにした主人公を演じ、ついにセザール賞主演女優賞受賞の栄誉に輝きました。
参考映像:ただの音痴か天才か⁉︎『偉大なるマルグリット』(2016)
生真面目な助産婦クレールを演じたカトリーヌ・フロの見たものとは?
本作の中でマルタン・プロヴォ監督がこだわりを持った場面の1つにあげられるものに出産シーンがあります。
映画の冒頭シーンから数カ所に渡り、実際の出産を映像に収めたショットが使われ、そこには立会人ではなく、カトリーヌ・フロが助産婦として、命の誕生の場にいるのです。
これまで彼女は『譜めくりの女』ではピアニスト、また『大統領の料理人』では有能なシェフを演じてきましたが、今回はベテランの助産婦。
元助産婦からレッスンを受けたり、モデルを使って練習を行い、出産が特別なことではなく、自然なことだと理解したそうです。
そしてカトリーヌ・フロは、実際に撮影に協力を申し出た妊婦たちと、撮影本番の約2時間ほど前に面会したそうです。
その際の様子について、フロはインタビューで次のように答えています。
「恥ずかしがる必要はないと話して、もし強制されているように感じたら、私に出て行くよう言って欲しいと伝えたわ。そして私はその場面で本物の助産婦を補助したのよ!」
フロの言葉にもあるように妊婦の状態に万全な気遣いが行われた撮影で、彼女は女優以上の存在であったことは言うまでもありません。
それは女性である者同士の“命の絆”のような存在なのかもしれません。
母親から生まれることは自然なことなんですね。女性からは多くのことを教えてもらえますね。
4.映画『ルージュの手紙』のあらすじ
助産婦として働きながら、女手ひとつで息子シモンを育てあげ、地道な日々を送っていたクレール。
そんな彼女のもとに、30年前に突然姿を消した、血のつながらない母親ベアトリスから「今すぐ、あなたに会いたい」と電話が入ります。
自己中心的でお酒とギャンブルが大好きなベアトリスは、クレールとは真逆の性格でした。
ベアトリスと再会したクレールは、自由奔放な継母のペースに巻き込まれ、反発を繰り返しながらも、やがて人生の歓びや愉しみに気づき始めます。
そんな2人の間に新たな絆が生まれる時、ベアトリスは“ある決断”をする事になり…。
互いの失われた時間を埋めながら、彼女たちが見つけたものとは…。
5.映画『ルージュの手紙』の感想と評価
本作の演出を務めたのは、『ヴィオレット-ある作家の肖像-』や『セラフィーヌの庭』で知られるマルタン・プロヴォ監督。
東京国際映画祭2017の審査員としても名前を連ねていたことを、ご存知の方もいるでしょう。
さて、『ルージュの手紙』は、今年見た作品として個人的ランキングのトップ3に入る作品。いかにも“フランスらしい”自由を愛したオシャレな作品です。
2017年に女性映画ファンのあなたに必ず観てもらいたいベスト級な傑作
女性のあなたが、“知的な映画とは何か”と思うならマルタン監督の本作を観ることをオススメします。
女性としてどのような生き方の選択が出来るのか、あるいは生きることが幸せなのかを微風のように、静かに耳の底に知らせてくれる作品と言えるでしょう。
チョッと生きることに躓いたり、とかく生き辛い人生であろうとも、そののど元熱さ過ぎればどのような風景が見られるのか、また見ることが可能なのかを、“女の友情”、“真の親子”、“個である死生観”を通して見せてくれます。
この3つの要素に瞳を凝らしてご覧くださいね。
見所ポイント① ♪あ〜あ〜川の流れのように♪なロング・ショット
本作の冒頭から物語がはじまるとまもなく、カトリーヌ・フロ演じるクレールが自宅から離れた楽園ともいえる、セーヌ河のほとりにある家庭菜園に彼女を連れたシモンが帰ってきます。
彼はある夏休みの過ごし方と将来の決断にについて打ちあけます。
その後、シモンはウエットスーツに着替えると、背中のジッパーを母クレールに引き上げてもらい、小さな船着き場からセーヌ河に飛び込みます。
ここで「セーヌ河のロング・ショット」がスクリーンに映った瞬間、本作は映画としての成立した昇華の瞬間といっても過言ではない、極めて美しい風景です。
遠景の俯瞰には、決して美しいとは言えないセーヌ河で力強く遊泳するシモンが映し出されます。
画面の奥には工場なのか(焼却場?)大きな煙突を持つ建物があり、クレールの菜園も個人的な慎ましいものだと理解できるこのショットこそが、映画の作品性をよく現しているのです。
“生きている人生そのもの”を観客に察知させる見事なショット。
初見で見た際には、なぜ、ここでこのようなロング・ショットを入れるのか、演出として思い切った大胆な編集だなと感じましたが、このショットこそ、本作のすべてが詰まった相関図のカメラ・ワークの最たるものなのです。
このショットは、ベアトリスとクレールたちがベットに横たわり、壁とドアに映し出されたスライド写真の投影を見る場面で、まずはメタファーの納得解を得られるはずです。
もちろん、フランス人にとって人生そのもの象徴としてセーヌ河は、本作の描かぬラスト終焉を想起させる大切なものでもあります。
正直、これだけでも本作の映画としての完成度の高さは類を見ません。しかし、マルタン・プロヴォ監督の演出力のこれすら一端にすぎません。
女性のあなたにぜひ、ぜひ、観ていただきたい“真のオシャレ映画”ですよ。
見所ポイント② 助産婦クレールは“生と死”の立会人
本作のなかでカトリーヌ・フロはダサい?心の鎧?トレンチコートで身を固めた真面目でチョッと堅物さん。
そんな彼女はベテラン助産婦なので生まれてくる赤ん坊を、本作の中で4回もその手で取り上げます。
もちろん、フロが実際の妊婦のお産に立ち会い演じたもので、特撮やCGでは見せることのできない緊迫感のある、生命の誕生のリアルな場面をカメラは観客に不快なく巧みに捉えます。
本作で4度のお産場面を用意することで、フロは女優ではなく本物の助産婦といっても良いでしょう。4人の命をすくい上げたのですからね。
なぜ、マルタン・プロヴォ監督はそこにこだわりを見せたのでしょう。
それはクレールというキャラクターが人の生き死にに立ち会う存在として、決めていたからでしょう。
この作品でカトリーヌ・ドヌーヴ演じるベアトリスは病に侵されています。彼女の人生と向き合うクレールは、ベアトリスが“「死」を産み落とすというお産のメタフォー”とも向き合うのです。
しかし、これは単に医療に関わっているという設定だからに留まらず、「義母、先輩女性、女優、人間、個、自由」が含まれます。
きっと、ベアトリアスにとっての“自由というフランス的な子ども”を産み落とすお産に立ち会ったという方がメタファーとしては、良いかもしれません。
少し、参考になるフランス映画の過去作に触れておきましょう。
1990年のリュック・ベッソン監督の『ニキータ』を思い出してください。
大女優ジャンヌ・モローが、当時若手女優であるアンヌ・パリローに秘密組織の諜報委員として女に磨きをかける場面を通して、“女優(女性)とはどのように美しいなものか”と諭すシーンがありました。
本作『ルージュの手紙』では、もちろん大女優カトリーヌ・ドヌーヴと、ベテラン女優カトリーヌ・フロが似たような関係の構図にあります。
しかし、『ニキータ』は女優同士が向き合うことがワン・シーンのみでしたが、本作は全編を通して女性と女性、女優と女優といったやり取りの構図で成り立っています。
マルタン監督が2人の女優カトリーヌのために書き下ろした人物設定の脚本は、それに留まらないのでしょう。
今を生きる女性たちへの賛歌として書いた物語です。
女性に生まれた特権のあるあなたなら、見ない手はありませんよ。どなたでも素敵に生きる可能性を持った女性たち。その生き方というオシャレの作法が描かれていた映画といえます。
まとめ
見所ポイント③ 男は黙って微笑み見守れオリヴィエ・グルメ!
さて、女性、女性と連呼してと、思われた男性のあなた。男性の出番ですよ!
本作にはシモンを演じた美しい青年も登場するのですが、何といってもいぶし銀で格好良いのは、映画『少年と自転車』などに出演したオリヴィエ・グルメです。
彼はトラック野郎ポールとして登場するのですが、カトリーヌ・フロ演じるクレールに恋しながら静かに見守り続けます。
ただただ、静かさが素敵の一言につきます。
そして、マルタン・プロヴォ監督が月並みではない才能をここでも見せてくれます。
堅物で堅実に社会で生きるクレールという人物に惹かれたのは、定住地することをどこか嫌いながらも求めてしまうトラック野郎のポールとベアトリアスという、似た者どうし自由人。
ポールとベアトリアスはクレールの留守にワイン片手にレコードを聴きシャンソンを歌う場面、3人でのトラック旅行、そしてセーヌ河で“あれ”をまず見つけたのもポール…。
ポールとベアトリアスは自由と同じく冒険心を匂わせています。
このように本作は女性や男性に隔たりなく魅力的に描かれた映画。
そして社会にどのような役割で生きようとも、“生まれて死ぬという平等”の下に、博愛し自由に生きるという人間賛歌の作品です。
映画『ルージュの手紙』2017年12月9日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国公開。
2017年ベストムービー級の作品、映画ファン必見です。観ないと後悔間違いなし!
ぜひ、お見逃しなく!