映画『罪と女王』は2020年6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、他にて公開。
仕事も家庭も順調な女性アンネが、義理の息子のグスタフを受け入れた事で始まる、禁断の愛を描いた映画『罪と女王』。
完璧と思われた女性が犯す、ある罪と悲劇の連鎖を描いた本作をご紹介します。
映画『罪と女王』の作品情報
【日本公開】
2020年(デンマーク・スウェーデン合作映画)
【原題】
Dronningen
【監督・脚本】
メイ・エル・トーキー
【協同脚本】
マレン・ルイーズ・ケーヌ
【キャスト】
トリーヌ・ディルホム、グスタフ・リン、マグヌス・クレッペル、スティーヌ・ジルデンケルニ、プレーベン・クレステンセン
【作品概要】
幸せな家庭を持ち、弁護士としても活躍するアンネが、夫と元妻との子供で10代のグスタフを、義理の息子として引き取った事から始まる悲劇を描いています。
主演に、ベルリン映画祭最優秀女優賞を受賞している国際的な女優のトリーヌ・ディルホム。
アンネに翻弄される純粋な少年グスタフを、新人俳優のグスタフ・リンが演じています。
監督と脚本のメイ・エル・トーキーは、本作で女性初となるデンマーク・アカデミー賞を受賞した他、世界中の映画祭で数々の賞を受賞している、今後注目の女性監督です。
映画『罪と女王』のあらすじ
児童保護を専門とする、優秀な女性弁護士のアンネ。
彼女は医師である夫のペーターと、双子の娘のフリーダとファニーと、幸せな家庭を築いていました。アンネは、弁護士としても独立して事務所を立ち上げており、仕事も順調です。
しかしアンネは、クライアントへ親身になりすぎる部分がありました。
クライアントの女性を勝手に家に宿泊させた事で、ペーターと口論になったり、弁護士事務所のビジネスパートナーにも熱くなる性格を注意されますが、弁護士として高いプライドを持つアンネは、自身の仕事に関しては、誰のアドバイスも受け入れようとしません。
ある時、ペーターの前妻との息子、グスタフを自宅で引き取る事になりました。
グスタフは学校で問題を起こした事で退学になり、前妻は寄宿学校へ入学させようとしていましたが、それを知ったペーターが引き取る事を決意したのです。
都合の良い時だけ子育ての相談をしてきた前妻に、ペーターは不満を口にしますが、アンネは母親の大変さを語り理解を示します。フリーダとファニーも、新たな家族となるグスタフを楽しみにしていました。
グスタフを迎え入れた夜。
フリーダとファニーが、グスタフへ手作りのキーホルダーを渡しますが、グスタフは不愛想で素っ気ない態度を見せます。また、ペーターとグスタフが度々口論になっている様子を、アンネは目にするようになります。
ある夜、アンネが帰宅すると、自宅に泥棒が入り部屋が荒らされていました。
アンネはグスタフの仕業である証拠を掴み、グスタフを追求。「自分は法律の専門家である」と、圧力をかけます。
自身の罪を認めたグスタフに、アンネは「家族になるなら、この事は見逃す」と伝えます。
それ以降、グスタフは家族の一員として、フリーダとファニーと仲良くなり、アンネとペーターとも会話を交わすようになります。アンネも、次第にグスタフへ心を開くようになります。
しかし、次第にアンネとグスタフの距離感が近くなり、ペーターが友人を招いたバーベキューパーティーを、アンネは退屈である事を理由に抜け出し、グスタフとバーに出かけます。
グスタフから勧められアンネは自身の左腕にタトゥーを入れるなど、確実に変化していくようになりました。
そして、アンネは、グスタフの寝室に忍び込み、2人は家族の一線を越えてしまいます。
アンネとグスタフの関係は深まっていきますが、それがある悲劇を呼ぶ事になります。
映画『罪と女王』感想と評価
閉鎖的な状況が罪を生んだ
義理の息子であるグスタフと、禁断とも言える恋愛関係に陥ってしまった、アンネの姿を描いた映画『罪と女王』。
かなりショッキングな内容ですが、仕事も完璧で、良い家庭も築いているはずのアンネが、何故、グスタフを誘惑したのでしょうか?
その理由は、本作から読み取れる、アンネの「閉鎖的な状況」にあります。
まず1つは、仕事と家庭から感じる閉鎖間。
アンネは、ビジネスパートナーと事務所を立ち上げるほど優秀な弁護士で、2人の娘の母親です。
こう見ると、人生が成功している、充実した女性のように見えますが、作中のアンネの毎日はそれ以外に何も無いように見えます。
本作の物語は、家庭と職場だけで進行していきます。
特に家庭での場面は、主にリビングと寝室で物語が進行し、代わり映えしない印象を受けます。
同じような場面の連続に、鑑賞していて息苦しさを感じた程です。
ですが、この息苦しさこそが、アンネが日常的に感じている事ではないでしょうか?
アンネは職場では優秀な弁護士として働き、娘たちには優しい母親、夫のペーターには良き妻として接しており、周囲がそう振る舞う事を望んでいます。
周囲から求められる、強く優しい自分を演じ続けたアンネが、素の自分に戻れる存在、それがグスタフだったのです。
グスタフは義理の息子で、10代後半という、ある程度の自我が芽生えた年齢となっており、アンネは母親を演じる必要はありません。
また、優秀な弁護士という職場での顔は、グスタフには関係の無い話です。
久しぶりに素の自分を出す事が許された、グスタフと出会えたアンネの喜びは大きいでしょう。
作中のアンネはグスタフと接する事で、徐々に少女のような表情になっていきます。
そして、グスタフの登場以降、バーや街での買い物など、家庭と職場以外の場面が登場するようになり、これは、アンネの世界が広がった事を意味しています。
グスタフとの出会いに自身を開放する喜びを感じたアンネですが、ある事をキッカケに、その喜びは罪へと変わります。
この後半の展開を「悲劇」と感じるか「自業自得」と感じるかは、人によって違うでしょう。
本作の主人公アンネは女性ですが、社会に出て家庭を持てば、何かしらの自分を無意識に演じている事も多くなります。
自分を偽る、演じる事の息苦しさと、開放される事を望んだ事から始まる「罪」を描いた本作は、性別を問わず考えさせられる作品です。
罪に至ったもう1つの要素
本作で描かれるアンネの罪。
それは「アンネが身を置く、閉鎖的な環境から生まれた」と前述しましたが、もう1つの要素として「家族の存在」があります。
アンネは間違いなく家族を愛しています。
優しい母親であり、良き妻であろうとした事からも、家族への愛を感じます。
ですが、夫のペーターは、バーベキューをしながら、湖で大量のカエルが内臓破裂で死んだ話を平気でする男です。
その無神経な一面にアンネが一切反応しない辺り、日常茶飯事なのでしょう。
また、2人の娘といる時も、娘を湖で遊ばせて、アンネ自身は少し離れた所で読書をしているなど、微妙な距離感があります。
アンネは家族を愛していますが、家族内では孤立している印象です。
自身のクライアントを、ペーターに無断で勝手に家に宿泊させていたのも、家庭での居場所を探していたからかもしれません。
それでも、家族を続ける事を望んでいたアンネの前に現れたのが、新たな家族としてのグスタフです。
アンネは次第に、家庭内での居場所をグスタフに求めるようになります。
しかし、それは、家族崩壊の亀裂でもあったのです。
まとめ
冷め切った家族の危機感を描いた作品は、1999年の『アメリカン・ビューティー』、1997年の『アイス・ストーム』などがあり、どれも身近なテーマだからこその、心の芯から冷え切るような恐ろしさがありました。
『罪と女王』のラストも、前述した作品と同じ、冷え切るような恐ろしさがあります。
母親から少女へ、そして恐ろしい大人という、さまざまなアンネの顔を演じきった、トリーヌ・ディルホムの演技力も素晴らしいです。
罪を犯したアンネが進む、悲劇的な道を描いた本作は、性別に関係なく、現代社会を生きる人間であれば誰もが抱える問題を描いた作品です。