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Entry 2022/03/16
Update

映画『PLAN 75』あらすじ感想と評価解説。“SF現代版姥捨て山”を早川千絵監督が再び描く

  • Writer :
  • 谷川裕美子

映画『PLAN 75』は2022年6月17日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。

75歳を迎えた人々に「命の選択」を与える国の政策が実行された社会を描く『PLAN 75』。

「姥捨て山」の物語を現代に置き換えたかのような、残酷なディストピアを描く衝撃のドラマを描いた本作は、主演を務める倍賞千恵子をはじめ、磯村勇斗、河合優実ら実力派が顔を揃えました。

第75回カンヌ国際映画祭では、本作を手がけた早川千絵監督がカメラドール スペシャル・メンション(特別賞)を獲得。日本人監督初のスペシャル・メンション受賞という快挙を果たした『PLAN 75』。

あなたの最期をお手伝いします」というキャッチコピーが町中に氾濫する世界とはどんなものなのでしょうか。さまざまなことを深く考えさせられる一作『PLAN 75』をご紹介します。

映画『PLAN 75』の作品情報


(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
早川千絵

【出演】
倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美

【作品概要】
高齢化社会のディストピアを描くヒューマンドラマ。脚本も務めた早川千絵監督が、人の痛みへの想像力を欠く昨今の社会への憤りに突き動かされて生みだした一作。75歳以上の人が死を選ぶことを支援する国の制度「PLAN75」が存在する日本を舞台に、当事者である高齢者、行政に携わる若者、現場で働く人たちの姿が丁寧に映し出されます。

78歳の主人公・ミチを、「男はつらいよ」シリーズの名優・倍賞千恵子が繊細に演じ、『今日から俺は!!劇場版』(2020)の磯村勇斗、『愛なのに』(2022)の河合優実、たかお鷹、大方斐紗子らが出演。

本作は2022年の第75回カンヌ国際映画祭にてカメラドール スペシャル・メンション(特別賞)を獲得。日本人監督初のスペシャル・メンション受賞という快挙を果たしました。

早川千絵監督受賞コメント

全ての映画監督に、最初に撮る1本目の映画があります。
誰にとっても最初の一本というのは思い入れが深く、特別なものだと思うのですが、
私にとって、とても特別で大切な1本目の映画を、カンヌに呼んでくださり、
評価をしてくださって本当にありがとうございます。
『PLAN 75』という映画は、今を生きる私たちにとって必要な映画だと言ってくださった方がいました。
その言葉が深く心に残っています。

この映画の立ち上げからずっと一緒にこの作品を育ててくれた、
プロデューサーの水野詠子さん、ジェイソングレイさん、
フランス、フィリピン、日本のチーム、この作品に関わってくれた全ての人に感謝しています。
そして、ミチという主人公に命を吹き込んでくださった倍賞千恵子さんに
日本に帰ったら真っ先に報告したいと思います。

映画『PLAN 75』のあらすじ


(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

2025年。増えすぎた高齢者が財政を圧迫し、しわ寄せが自分たちにかかることを恨む若者たちによって、高齢者が襲撃される事件が相次いでいました。

そうした中、75歳以上の高齢者に死を選ぶ権利を認めて支援する制度、通称「PLAN75」が国会で可決されます。

ホテル清掃員として働く角谷ミチ。休憩中には同年代の仲間たちとたわいない言葉を交わし、仕事を終えるとひとり暮らししている団地へと帰ります。

役所に勤める岡部ヒロムは、「PLAN75」を担当していました。支度金が10万円支給されること、無料の合同プランもあること、審査はまったく必要ないことを毎日高齢者に説明しています。今日も女性がひとり申し込みをしていきました。

ミチたちが健康診断に行くと、待合室ではPLAN75を勧めるビデオが流れていました。怒って画面のコンセントを抜いた男性を見て、ミチはクスリと笑います。

カラオケをしながらPLAN75について話すミチたち職場の高齢女性4人。ひとりが豪華絢爛な見学ツアーについて嬉しそうに話します。

同僚のイネの家に遊びにいったミチ。一泊した布団の中で、彼女が娘と長く会っていないことを聞きます。「寂しいだけが人生だ」と呟くイネ。

老人ホームで働く外国人女性のマリアには病気の娘がいました。彼女は同郷の人々に、娘のルビーの手術のための寄付を募ります。マリアはひとりの女性から、ホームよりももっと稼ぎの良い、PLAN75で亡くなった方々に関する仕事があることを教えられます。

炊き出し現場でPLAN75の受付をしていたヒロムは、長年音信不通だった叔父の姿に気づきました。後日、その叔父が役所を訪ねてきて、PLAN75を申し込みます。その日は彼の75歳の誕生日でした。

急に退職させられることになったミチたち高齢女性3人。きっかけは、同僚のイネが職場で倒れたことでした。誰も頼る相手がいないミチは仕事探しを始めますが、78歳の彼女を雇ってくれるところはどこにもありません。唯一みつけられたのは、寒空の下での夜間の交通整理だけでした。

連絡のつかないイネを心配したミチは、彼女の家を訪ねます。さしたままのドア鍵。つけっぱなしのテレビ。そして異臭。ミチがみつけたのは、テーブルにつっぷしたイネの姿でした。

映画『PLAN 75』の感想と評価


(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

あまりにリアリティ溢れるディストピア

本作に出てくる「PLAN75」というのは、財政を圧迫する高齢者を間引くために、早期退職ならぬ早期死亡を勧めるとんでもない制度です。

フィクションだとわかっていながら、とてつもないリアリティで迫ってきます。それはなぜなのでしょうか。

早川千絵監督が言及しているように、日本は「自己責任」という恐ろしい言葉が横行しがちな国です。また、他者を思いやることが美徳とされる文化もあります。

本来良いことであるはずなのに、それらの思想がモンスター化して悪い方向に転ぶ姿を私たちは幾度も目にしてきました。

財政を圧迫する年齢まで生きている自分たちを責めたり、自分の子や孫のために荷を軽くしてあげたいと考えてしまう高齢者が果たしていないと言えるでしょうか。また、こんな悪政が敷かれた世の中にいたとしたなら、「自己責任」として自分の命を終わらせる選択をする人が少なからずいてもおかしくありません。

何より、こんなひどい制度が良しとされる世の中で、天寿を全うしたいと思える人がいったいどれだけいることでしょう。

PLAN75ほど露骨ではないにせよ、現代社会ではひとりひとりの命や人生を軽んじる風潮が強まっています。パンデミックに対する政治姿勢や、許されない侵攻戦争など、こんなことあるはずがないということが実際に起きているのが現実です。

ひとたび狂気にかられたトップが国に君臨すれば、私たちの現在持つ常識はあっという間にひっくり返されます。この作品で映し出されるディストピアは、現実の世界と紙一重のところに存在するのかもしれません。

年齢で命の線引きをすることがどれほど愚かなことかは、本作のヒロイン・ミチと同年代の倍賞千恵子による素晴らしい演技を観ればわかります。

誰もが堂々と生きられる世界を守っていくことが何より大切だということを、改めて教えてくれる作品です。

無知であることの罪深さ


(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

磯村勇斗演じる役所のPLAN75担当者のヒロムや、河合優実演じるミチの担当者の瑤子は、当初はPLAN75を推し進める仕事へまったく抵抗感を持っていませんでした。むしろ、好意から高齢者に勧めていたと思われます。

しかし、実際に自身の肉親と再会したり、ミチと親しくなるうちに、この制度そのものへの不信感が芽生え始めました。

無知であることや、物事を考えようとしないこと、相手の痛みを思いやる想像力を持たないことの罪深さが浮き彫りになっていきます。

私たちも、ミチの姿に自身の親、あるいは年齢を重ねた自分、さらには自分の子どもたちが迎える未来を投影すれば、胸をえぐられるような思いを感じるはずです。

年老いた人々の豊かな知恵、あたたかな包容力は人類の宝であるはずが、利益や経済が絡んだ途端に簡単に切り捨てられる世界。その理不尽さは人をコマとしてしか見ない戦争と同じ残酷さを感じさせます。

若者たちの心が大きく動き出す後半は物語の勢いが加速し、とても見ごたえある展開となっています。

喜怒哀楽が表に出る二人とは対照的に、主人公のミチが静謐なたたずまいの中に生きる情熱を静かに燃やす姿が印象的です。

まとめ


(C)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

早川千絵監督が強い熱量をもって描き出した衝撃作『PLAN75』からは、現代社会の持つ病や問題が一気に噴き出しているかのようです。

男はつらいよ」シリーズのさくら役で日本中から愛される名優、倍賞千恵子が、年齢を重ねたからこそ醸し出せる圧倒的な存在感で観る者を魅了します。

主人公のミチの背中が、さまざまな出来事に対して疑問を持ち、よく考え、よりよい未来を創っていくために声を上げ続けることの大切さを教えてくれる作品です。

『PLAN 75』は2022年6月17日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開






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