女系3世代で繋がる母娘孫の絆を神話的で、リリカルに描いた少女の物語
今回ご紹介する映画『秘密の森の、その向こう』は、 第72回カンヌ国際映画祭にて脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した『燃ゆる女の肖像』(2020)のセリーヌ・シアマが監督及び脚本を手がけた作品です。
見どころはネリーとマリオンを演じた、映画初出演のジョセフィーヌ&ガブリエル・サンス姉妹の演技とは違う、子供ならではの自然な反応と直観力が際立っているところです。
8歳の少女ネリーは大好きな祖母を亡くし両親と共に、祖母が住んでいた森の中の家を片付けるため訪れます。
しかし、この家で子供の頃を過ごした母は、残されていた物を目にするたび、亡くなった母のこと、自分の記憶にいたたまれない気持ちになり、ネリーに黙って家を出て行ってしまいます。
片づけをするため父は残り、ネリーはその間森を散策します。すると母と同じ名前、自分と同い年の少女と出会い、ひょんなことから少女の家に行くと、そこは“おばあちゃんの家”でした……。
CONTENTS
映画『秘密の森の、その向こう』の作品情報
【公開】
2022年(フランス映画)
【原題】
Petite maman
【監督・脚本】
セリーヌ・シアマ
【キャスト】
ジョセフィーヌ・サンス、ガブリエル・サンス、ニナ・ミュリス、マルゴ・アバスカル、ステファン・バルペンヌ
【作品概要】
映画『秘密の森の、その向こう』は、娘・母・祖母の3世代をつなぐ喪失と癒しの物語です。
映画初出演となるジョセフィーヌ&ガブリエル・サンス姉妹が、ネルーとマリオンを演じ、ネリーの母役に『女の一生』(2017)のニナ・ミュリス、ネリーの祖母役に『サガン 悲しみよこんにちは』(2003)のマルゴ・アバスカルが演じます。
本作は2021年の第71回ベルリン国際映画祭にて、コンペティション部門に正式出品されました。
映画『秘密の森の、その向こう』のあらすじとネタバレ
老女の病室でクロスワードを解いて遊ぶ少女は、解き終わると「さよなら」と言って、部屋を出ていきます。
そして隣りの部屋の患者、その隣りの部屋の患者にも「さよなら」と言って、母が片づけをする部屋へ戻ります。
少女が部屋にあった杖を手にすると、母親にもらっていいか聞きます。母は「いいわよ」と答えると病室の窓から見える、広い芝生の庭をながめ深い喪失感を感じています。
父親は病室にあったものを車に載せ、母を慰めるように抱きしめました。少女は母の運転する車で病院を後にします。
夜半、家族は祖母が暮らしていた家に到着しました。玄関を入ってすぐにリビングで、ソファには白いシーツがかけられています。
少女は薄暗い家の中をライトで照らしながら、廊下を進み幼い頃に母が使っていた部屋へ行き、部屋の中を照らしていると、呆然とながめる母の顔に灯りがあたりました。
翌朝、少女は母に小屋はどこにあるのか尋ねます。母は森の中だと答え、少女は見たいと言いますが、片づけがあると言葉を濁します。
父がなんのことかと聞くと、母は子供の頃に作った小屋のことだと答えます。少女は小屋は4本の木が四角に植わっている場所と教えます。
食器棚を父が動かすと昔の壁紙が出てきて、「マリオン、覚えてるかい?」と聞きます。マリオンは「えぇ」と寂しそうに答えるだけです。
少女はシリアルを少しだけ食べ、身支度をすると外へ散策にでかけました。森の中へ小屋を捜しに行く途中、ドングリを拾って切り株の穴に投げたり、ドングリの殻で指笛を鳴らします。
夜、マリオンは子供の頃に読んだ絵本やノートを懐かしく見ています。少女も母が幼かった頃の字や絵を見て、字の間違いをみつけたり、絵が上手と言ったりします。
マリオンはそんな子供の頃の思い出を家に持って帰るのは、気が滅入ると言いました。少女は寝かしつける母に「この家が嫌い?」と聞きます。
マリオンはこの部屋は好きだけど夜は嫌いだと言い、灯りを消し暗闇に目が慣れてくると、壁の右端に“黒豹”が現れると言います。でも、少女には見えません。
深夜、水を飲みにキッチンへ行くと、リビングのソファで母が寝ていました。母は娘を隣に寝かせると、少女は“私も悲しい”とつぶやきます。
母が理由を尋ねると、“さよなら”が言えなかったからと答えます。母はいつも言っていたと慰めますが、最後に言えなかったこと、その日が最後だと思わなかったと後悔を口にしました。
母はそれはおばあちゃんにも誰にもわからないことと言い、「どんなふうに言いたかった?」と娘に聞くと“さよなら”と言います。母は娘を抱きしめ母も“さよなら”と言います。
翌朝、少女が目覚めるとソファに母はおらず、少女は朝食を出してくれた父に、「ママは悲しいの」と言うと、父は母が家を出ていったことを告げます。
映画『秘密の森の、その向こう』の感想と評価
日本のアニメから着想を得たシアマ監督
鑑賞後に感じたのは、スタジオジブリのアニメ『思い出のマーニー』です。孤児のアンナが“湿地屋敷”に住むマーニーと出会い、育ての母や生みの母、祖母と向き合う物語でした。
本作はネリーの祖母が亡くなり、その死に強い喪失感を抱く母の気持ち、ネリーが祖母に最後の別れを言えなかった後悔によって、時空を超えるという奇跡を与えた物語です。
“子が時空を超えて、若い頃の親と出会い、友情を育む”というのは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的な一面もありますが、本作は母を亡くし沈む母を理解しようとする娘と、癒しをくれた娘から強さを思い出す母の姿を描いた作品です。
これらのアイデアの一端は、日本のジブリアニメや細田守監督からの影響が強かったと、監督のシアマ監督はインタビューで話しています。
祖母・母・娘の3世代の絆という面と、“自分”というアイデンティティに向き合う主人公が、時空を越えてルーツと会うという点は、『思い出のマーニー』感があったように思います。
また、主人公がタイムリープして過去と未来を行き来するところは、細田守の『時をかける少女』(2006)、「母と子」の母子愛を描いたヒントは『おおかみこどもの雨と雪』(2012)にみえました。
本作でシアマ監督が作品を通し伝えたかったこととして、「多くの人が自分自身に置き換えて想像することができるし、親子の関係を見直すことにもなる」と語ります。
例え血の繋がりがあってもお互いの思いを理解できず、時にいがみあってしまうこともあります。それでも“自分自身に置き換える”だけで人は、他者にも優しくなれるという意味にも受け取れます。
二度と来ない「今度」のためにすること
手術を控えた子供の頃のマリオンは漠然と「死」への恐怖と向き合っていました。ネリーはマリオンと一緒にすごし「娘」であることを教えることで、生きる希望を与えます。
作中の演劇ごっこで子供を授かったシーンは、生きる糧が子供にあることを示しました。
また、母マリオンの9歳の誕生日を祝い、祖母に最後の「さよなら」を伝えることができたのは、ネリーにとって稀有なチャンスでした。
実際はこんな奇跡はありません。だからこそ、2度とこない「今度」に後悔しないよう、“瞬間”の大切さも伝えています。
例えば、大切な人とケンカをして、口をききたくもない状況であっても、「おはよう」「いってきます」「いってらっしゃい」などの声掛けが大事だとわかるでしょう。
今という瞬間には“今度”はないのだと意識し、日々を大切にすることで、瞬間は永遠に繋がっていくことを教えてくれました。
ところでネリーはマリオンの娘としてタイムリープしますが、祖母の母、マリオンにとっての祖母「ネリー」が、タイムリープしたようにも見ることができ、永遠の母子愛を感じます。
まとめ
『秘密の森の、その向こう』は8歳のネリーがタイムリープし、8歳の母親と若き日の祖母と会います。祖母は死を意識しながら生き、自分と同じ宿命をもつ娘への不安を抱えていました。
そして、8歳のマリオンがそんな母との暮らしに気が滅入り、手術への不安を抱いて暮らしていたことを知ります。
想像力が豊かなマリオンは、精神的に“大人”にならざるをえず、恐怖と戦っていました。そんな時に未来から自分の娘が現れ、悲しく折れそうな心を持ち直します。
そして、現代に戻ってもネリーの存在に癒されるマリオン、母娘愛を超え芽生えた友情が、2人の絆を強くさせました。
本作は人とは昨日今日で形成されたものではなく、生きてきた過程(家庭)の中で築きあがったことがメインで、気持ちがすれ違ったとき、相手のルーツを知ることで理解に結びつくことを描いていました。
ネリーが父親に昔の重要なできごとはないか聞きますが、父は具体的に話しません。父親と娘の関係にフィルターがかかる、大概の理由はここにあるのでしょう。
さて、子供の自然な反応が作品に落とし込まれているのは、映画『トム・ボーイ』(2011)にも見られましたが、本作が映画初出演のジョセフィーヌ&ガブリエル・サンス姉妹も、シアマ監督によって彼女達の魅力が最大限に発揮されていました。
シアマ監督はありのままの子供を表わすのに演技はいらず、子供達に概要だけ説明し、演技の注文はしないといいます。それが、シアマ監督が子供を描く時の特徴で、子供が主役の作品の魅力と言えます。
『秘密の森の、その向こう』は子役の自然さと、日本のアニメに影響をうけたシアマ監督が、「宮崎駿や細田守ならどう描くだろう?」という意識から生まれました。
日本人には既視感があり馴染み深い作品といえますが、悲しみの多い世の中にあって、癒しを与えてくれた映画です。