Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2020/10/14
Update

『ある画家の数奇な運命』ネタバレ感想と評価レビュー。ゲルハルト・リヒターをモデルにした映画の名セリフが頭から離れない

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

真実はすべて美しい

2020年10月2日からTOHOシネマズシャンテ他にて公開中の映画『ある画家の数奇な運命』。

ゲルハルト・リヒターをモデルに、激動の時代を生きた画家の半生を描く感動作です。

叔母との別れ、叔母に似た女性エリーとの出会い、そしてエリーの父は叔母の死に関わっていたという、数奇な運命に翻弄されながらも叔母の「真実はすべて美しい」という言葉に導かれ、自身の“芸術”と“真実”を追い求めていくクルト。

第二次世界大戦、東西冷戦と激動の時代を生きた一人の画家の苦悩と葛藤の日々と美しき芸術が彩る感動のドラマ。

映画『ある画家の数奇な運命』の作品情報


(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG

【日本公開】
2020年(ドイツ映画)

【原題】
NEVER LOOK AWAY

【監督・脚本】
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク

【キャスト】
トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、サスキア・ローゼンタール、オリバー・マスッチ

【作品概要】
監督を務めるのは、『善き人のためのソナタ』(2006)でアカデミー賞外国語映画賞を獲得したフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。

主人公クルト・バーナードを演じたのは『ピエロがお前を嘲笑う』(2014)、『コーヒーをめぐる冒険』(2014)などのトム・シリング、他のキャストには『婚約者の友人』(2017)のパウラ・ベーア、『ブラックブック』(2006)のセバスチャン・コッホ、『さよなら、アドルフ』(2014)のサスキア・ローゼンタールなどドイツ映画界をけん引する役者陣が揃っています。


映画『ある画家の数奇な運命』のあらすじとネタバレ


(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG

ナチ党支配下のドイツ。

教員であったクルト・バーナードの父はナチ党に入党することを拒否していましたが、生きていくために仕事を手放すわけにもいかず、ナチ党に入党することを決めました。

クルトの叔母(サスキア・ローゼンタール)は、クルトに画家の才能があることを見抜き、幼いクルトに芸術に触れさせ、「真実はすべて美しい」と伝えます。そんな叔母でしたが、精神のバランスを崩してしまい、精神病院に入院させられてしまいます。

第二次世界大戦下のドイツではナチ党の指導のもと、精神病は遺伝であると考え、精神病の患者は断種(子孫を残させない、女性の場合は不妊手術を行う)、もしくは収容所に送るということが決まり、ナチ高官の医師らにその旨が伝えられました。

ナチ高官の医師であったカール・ゼーバント(セバスチャン・コッホ)はクルトの叔母に会い、彼女を収容所に送るよう書類にサインしました。

戦争が激化し、ドイツの中心部も空襲に遭います。幸いクルトの住む家は無事でしたが、戦地に行っていたクルトの兄は戦死し、戦争の最中、叔母は収容所で他の精神患者らと共にガス室で安楽死させられました。

戦争が終わり、戦争の傷も癒やらぬなか、クルトは東ドイツで看板を書く仕事に就いていましたが、画家の道を諦めきれず芸術学校に通い始めました。

そして叔母に似た芸術学校の服飾科のエリー(パウラ・ベーア)に恋をします。少しずつ道を切り開き始めたクルトでしたが、ナチ党に所属していたことを理由に、まともな職に就くことができなかったクルトの父は突然自ら命を絶ってしまいます。

悲しみにくれてもクルトは再び筆をとり絵を描き始めます。そして、エリーが妊娠し、結婚しようとしていたエリーとクルトでしたが、エリーの父は反対し、2人に嘘をついて中絶させてしまいます。

そのエリーの父こそが、クルトの叔母を死に追いやった、書類にサインした医師だったのです。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『ある画家の数奇な運命』ネタバレ・結末の記載がございます。『ある画家の数奇な運命』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG

クルトもエリーの父もその過酷な運命に気づかず、エリーの父は、ナチ党の残党や関係者に対するソ連当局の捜査から逃れるため、西ドイツへと逃亡することになり、はれてクルトとエリーは結婚しました。

クルトは美術学校の教授の推薦で壁画の仕事を得て、エリーと共に東ドイツで慎ましく暮らし始めました。

しかし、当局の思想にあった壁画を描くということに疑問を感じ始め、クルトとエリーも自由な芸術を求めて西ドイツへと逃亡することに。それは奇しくもベルリンの壁が設立される直前でした。

クルトは西ドイツの芸術学校の教授に認められ、アトリエを貸してもらえるようになりました。新たな発想を求め、おのおのが思う画期的な芸術を追求している生徒らに影響を受け、クルトも絵画ではなく、新たな芸術に挑戦し始めます。

最初はインスピレーションのままに捜索活動を行っていたクルトでしたが、“何かが違う”という気持ちがぬぐいきれず、教授にも君の芸術を、と言われてしまいます。

一方、エリーは服飾の仕事をしながら妊娠するも、中絶の手術痕が残り、子供を授かることは難しいと言われてしまいます。子供はできなくてもあなたの芸術が私たちの子供だ、とエリーはクルトを応援します。

行き詰まっていたクルトは、ある日ナチの幹部が捕まった新聞記事を目にし、叔母の「真実はすべて美しい」という言葉を思い出します。

そうしてクルトは再びキャンパスに向かい、写真を模写するという新しく、それでいて自分の“芸術だ”というものに出会います。

そんな折、諦めていたエリーのお腹にも新たな命が。

自身の芸術を確立したクルトは、友人らの協力を経て個展を開くまでになりました。記者会見にのぞむクルトの視界には赤ちゃんを抱いたエリーの姿がありました。

映画『ある画家の数奇な運命』感想と評価


(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG

本作は激動の時代を生きた一人の画家の人生と、芸術のあり方について描かれています。

クルトを主軸として描きながらも、この映画においてもう一人多く描かれている人物がいます。それはエリーの父であり、クルトにとっては義理の父となるカール・ゼーバント(セバスチャン・コッホ)です。

クルトの物語ではなくカールの物語に着目してみると何が見えてくるでしょうか。

カールはナチ高官の医師として、精神患者らの安楽死に関わった人物です。終戦後はソ連当局管理下の刑務所にいますが、ソ連の所長の子供の妊娠を手伝い、命の恩人となったことから、刑務所から出所し、かつての地位に返り咲きます。

しかし、カールに指示を出したナチスの幹部が行方をくらまし、居場所を知っている可能性があるカールは、所長に保護してもらってはいても常に当局から目をつけられている存在でした。

そんなカールは義理の息子であるクルトのことを認めておらず、芸術ではなくまともな職につくよう折をみて持ちかけていました。

自身が死に追いやった精神患者の親族であることは知りません。そんなカールが事実を知ったのは、幼いクルトと叔母の写真をクルトが模写した作品を見たことがきっかけでした。

ドラマチックな音楽が響き、戸惑い、恐れ…。複雑な表情を浮かべたカールをカメラは捉えますが、決してクルトにカールが詰め寄ったり、真実を言葉で問う場面は映しません。あくまで音楽と表情だけで観客に訴えかけるのです。

そこから観客は、戦争というものが残した決して消えることのない爪痕と、カールをはじめ多くの人が犯した罪に対する逃れらない運命、因果を感じさせるのです。

同時に、カールの、その皮肉なまでの“数奇な運命”を通して、戦犯に対する断罪をも描いているとも言えます。

まとめ


(C)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG

今回は主人公クルトではなく、カールに着目して紹介しましたが、本作は第二次世界大戦、そして東西冷戦と激動の時代を生き抜いた人々の“数奇な運命”と戦争のもたらした消えることのない爪痕を描きます

そして、第二次世界大戦、東西冷戦下で失われつつある芸術の在り方、自分にとっての真実を追い求める若者の姿をも描いています。

人々の運命と様々な苦悩、葛藤の先にある美しき芸術に心が震えることでしょう。

クルトの叔母が言った「真実はすべて美しい」。そして「目をそらさないで」という言葉がいつまでも頭に残ります。



関連記事

ヒューマンドラマ映画

A24映画『カモン カモン』あらすじ感想評価と考察解説。ホアキンフェニックスは監督の実経験を基に子育てが気付かせる“絆”を表現

映画『カモン カモン』は2022年4月22日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー! NYでひとり生活するラジオジャーナリストのジョニーは、LAに住む妹から頼まれて、9歳の甥ジェシ …

ヒューマンドラマ映画

映画『最強のふたり』動画無料視聴!配信でPandoraやDailymotionよりも快適に見る

映画『最強のふたり』は、日本で公開されたフランス映画のなかで、『アメリ』を抜き興行収入歴代1位を記録。 また、第24回東京国際映画祭で東京サクラグランプリ(最優秀作品賞)と最優秀男優賞をダブル受賞しま …

ヒューマンドラマ映画

映画アガサ・クリスティー ねじれた家|あらすじネタバレと感想。原作者自ら最高傑作と認めた小説の映像化

2019年4月19日(金)より公開の映画『アガサ・クリスティー ねじれた家』 「ミステリーの女王」「史上最高のベストセラー作家」と称される伝説の推理小説家アガサ・クリスティーが自ら“最高傑作”と認めた …

ヒューマンドラマ映画

映画『アワー フレンド』ネタバレ感想評価と結末考察。実話を原作に描く“愛”という一言では片付けられない友情

余命宣告を受けた妻を支える夫とその親友の絆を描く、哀しくも温かなヒューマンドラマ! 2015年に『Esquire』誌で掲載され反響を呼んだエッセイを、リドリー・スコットをはじめとしたアカデミー賞ノミネ …

ヒューマンドラマ映画

映画『ブラック校則』あらすじネタバレ感想と結末の評価解説。佐藤勝利×高橋海人らキャストによるドラマと連動する青春劇

映画『ブラック校則』は2019年11月1日(金)より全国ロードショー公開! テレビドラマ×ネット配信ドラマ×映画がクロスオーバーする形で展開される青春映画『ブラック校則』。 主演には人気アイドルグルー …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学