白石和彌監督×作家柚月裕子
役所広司・松坂桃李で描く映画『孤狼の血』
映画『孤狼の血』は、広島を舞台に「警察小説×『仁義なき戦い』」と評された柚月裕子の同名小説を描いたものです。監督は『凶悪』(2013)『日本で一番悪い奴ら』(2016)などの作品を手掛けた白石和彌。
主役の大上刑事を役所広司、大上の元に配属された新米刑事を松坂桃李が演じます。他にも演技力抜群のキャストが揃ったバイオレンスサスペンス。警察と暴力団との複雑な関係がラストまでスクリーン一杯に映し出されます。
映画『孤狼の血』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【原作】
柚月裕子
【脚本】
池上純哉
【監督】
白石和彌
【キャスト】
役所広司、松坂桃李、江口洋介、真木よう子、滝藤賢一、音尾琢真、駿河太郎、中村倫也、中村獅童、矢島健一、田口トモロヲ、竹野内豊、阿部純子、嶋田久作、伊吹吾郎、中山峻、九十九一
【作品概要】
映画『孤狼の血』は、「警察小説×『仁義なき戦い』」と評された柚月裕子の同名小説を映画化したもの。昭和63年の広島を舞台に暴力団の抗争に絡むベテラン刑事と新人刑事の葛藤を描きます。ベテランのマル暴刑事・大上役を役所広司、日岡刑事役を松坂桃李、尾谷組の若頭役を江口洋介、その他演技力抜群のキャストが揃ったバイオレンスサスペンスです。第42回 日本アカデミー賞(2019年)では、最優秀主演男優賞を役所広司、最優秀助演男優賞を松坂桃李が受賞。R-15指定。
映画『孤狼の血』のあらすじとネタバレ
昭和63年4月。広島県呉原市のある養豚場で一人の男が暴力団員数人からリンチを受けています。寄ってたかって殴られ、小指を詰められていたのは、加古村組系の呉原金融の経理・上早稲でした。その後、上早稲は行方不明に……。
それから4カ月後。広島の呉原東署刑事二課で大上刑事が女性から相談を受けます。呉原金融に勤める夫の上早稲が行方不明になっているとのこと。呉原金融は加古村組が運営しているとわかっています。
裏に暴力団が絡んでいるのではないかと思った大上は、そのまま市内に捜査に出かけました。大上の後を追うのは、新人の日岡刑事です。広島大学出身の日岡は県警からやってきて、大上とペアを組んでいました。
昼間からパチンコ店へ入ってパチンコをやりだした大山ですが、大上が目配せする方を日岡が見ると、でっぷりとした強面の男が座っていました。「加古村の者だから、ちょっと喧嘩を吹っかけて来い」と大上が言いました。
日岡は飲みかけのコーヒーを通りすがりに男にかけました。たちまち逆上した男に殴られていたところに、大上が「もうええ加減にしてやれ」と仲裁に入りました。
暴力と公務執行妨害の現行犯で逮捕すると男を脅かした大上は、呉原金融の経理・上早稲の行方を尋ねますが、知らないと言われてしまいました。
殴られて血だらけになった日岡を、大上は近所のドラッグストアに連れて行きました。そこのアルバイトの薬剤師・岡田桃子にお金を渡し、日岡の手当を頼みました。
物証もないので加古村組へのガサ入れは無理。そうこうするうちにも、地場を牛耳る暴力団尾谷組と加古村組のいざこざが起こりました。早くこの対立を収束させたいと大上は事件の捜査を急ぎます。
その後大上は広島の右翼団体神成会の瀧井を訪ねて、瀧井のバックにいる五十子会の情報を求めます。加古村組は五十子会の弟分でした。大上に恩義のある瀧井は、4月に加古村組の連中が連れ込み宿で問題を起こしていたらしいという話をします。
大上と日岡はその宿へ直行。けれども宿の主人は「知らない」の一点張りです。帰りかけた大上は、出入り口に備えられた監視カメラに気がつき、宿の裏に周ってわざと火をつけました。
「火事だ」と大騒ぎになったすきに、2人は宿の中に忍び込み、4月分の監視カメラのビデオを捜し出すことに成功。
日岡が偶然にも見つけたビデオには、加古村組の3人に担ぎ込まれる傷だらけの呉原金融の経理係の上早稲が映っていました。拉致の証拠写真です。証拠をつかんだ署内は色めき立ちます。
そんな頃、尾谷組の「クラブ梨子」ではまた問題が起こっていました。
美人ママ・里佳子に加古村組のヤクザ・吉田がいいよっています。その様子に里佳子の愛人である尾谷組のタカシが嫉妬し、夜の闇に紛れて、手下に囲まれた吉田の背後から襲い掛かったのです。
けれども多勢に無勢。あえなくタカシは殺されてしまいます。たまたま近くにいた日岡が発砲音を聞いて銃を持った男を取り押さえましたが、それはタカシの仇を取ろうとした尾谷組の者でした。
尾谷組に甘いと思っていた呉原東署が尾谷組の者を現行犯逮捕したから驚いているという加古村に、大上は、タカシを撃った犯人を尋ねますが、ここでも知らんぷりされます。
大上は尾谷組と加古村の対立を止めるには、服役している尾谷組の組長の説得が必要と考え、日岡を連れて鳥取刑務所へ向かいました。が、尾谷組の組長も若い者を殺されて黙っているわけにはいかない、と説得役を断ります。
尾谷組を預かる若頭一ノ瀬は、自分たちに相談もせずに組長のところに行った大上を責めます。
「もう黙っているわけにはいかない」と怒鳴る一ノ瀬に、大上は「もう少しだけ時間をくれ。加古村を追いこんで見せるからと組長にも約束した」と言いました。
「3日だ。3日で加古村なんとかせえ。3日たって何も変わらなければ、わしら行くからな」。一ノ瀬はきっぱりと大上に告げました。
映画『孤狼の血』の感想と評価
映画『孤狼の血』は、柚月裕子の同名小説を白石和彌監督が映画化したもの。昭和末期の広島を舞台に、暴力団と癒着が噂されるマル暴刑事大上と新米刑事日岡が、市内に根付く暴力団同士の抗争を食い止めようとします。
暴力団と対峙する2人の刑事
まず、このマル暴刑事・大上のキャラが濃いです。刑事でありながら、暴力団と家族的な付き合いをする大上。暴力団には彼らなりの仁義や厳しい掟があることを知りつくしています。
さらに、事件の容疑者に対しては「警察じゃけ、何をしてもええんじゃ」と、恐喝や暴力を繰り返して供述を取ります。捜査のためとはいえ、これでは刑事の衣を着たヤクザとレッテルを貼られても仕方がないでしょう。
その反面、社会的弱者の事件の被害者や女性には温かな笑顔を見せます。「ガミさん」と親しみ込めて呼ばれているところからも分かります。
こんな大上を役所広司が熱演。なかなか本心を出さないクワセモノの大上を、飄々として憎めない刑事に演じています。
一方の新米刑事・日岡を演じるのは松坂桃李。暴力団と同じようなことをしている大上を警察組織はなぜ野放しにしているのか。大上とペアを組みながら、日岡には疑問だらけでした。
しかし、捜査が進むにつれ次第に‟大上流の正義”が理解できたのです。同時になぜ大上が警察上層部から処罰もせずに好き勝手なやり方で刑事を続けられているのか、ということも。
凄いのは、物語の前半と後半で変貌していく日岡の顔。癒し系のボンボン刑事だった日岡が、野性の血が覚醒するように、徐々に獲物を狙う狼のような顔つきに変わっていきます。
タイトルの意味
小説&映画のタイトルに出てくる「孤狼」というのは、‟悪意を持つズルい人”という意味です。
『孤狼の血』では刑事でありながら暴力団と密な関係を持つ大上のことをさしているのですが、誰に対しての「孤狼」なのでしょうか?
大上が持っていたスクラップブックには、県警に所属する警察官の不祥事やマスコミが喜びそうな裏ネタが書き込まれていました。大上はこれをネタにして自分の身を守りながら、警察組織の中で生き抜いてきたのです。
これはやっぱりズルいやり方でしょう。だから大上は「孤狼」なのです。もちろん、警察上層部は保身重視ですから、大上の所業を見て見ぬ振りします。
それがわかっているから、大上はわざと手荒な捜査をして、暴力団から市民を守ることが出来たのです。弱みを握られた刑事たちは大上をおそれ、暴力団員たちも刑事である大上をおそれます。
警官・刑事って庶民の生活を守る聖職のはずなのですが、裏では一体何をしているのでしょう。
大上は、堂々と暴力団と付き合っていますが、それは暴力団同士の抗争をまるく収めるためです。突発的におこる抗争を力だけで表面的に取り押さえようとする警察よりも、警察バッジを見せて深い捜査を強要する大上の方が、一枚やり手で真の正義を持っていたといえます。
そんな大上の全てを理解していたのは、暴力団の抗争の犠牲者ともいうべき里佳子や日岡の癒しとなる桃子でした。それに気が付いた日岡は、やはり大上の後継者となるべき逸材だったのです。
まとめ
映画『孤狼の血』は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』の白石監督が手がけました。見るに堪えない暴力描写とエロス、耳にこびりつく怒号と銃声。原作にはない強烈なシーンが続々と登場する「R-15」のバイオレンス作品の誕生です。
キャストも主役の役所広司、松坂桃李に加え、江口洋介、竹野内豊、伊吹吾郎など、凄みとギラつく男の魅力を醸し出すメンバーが勢ぞろい。刑事、暴力団、そして女、それぞれの正義と矜持を胸に、生き残りを賭けて戦う生き様が強烈に描かれています。
かなり刺激的な映画『孤狼の血』ですが、暴力団の仁義に共感を持つ大上と、暴力団排斥を掲げる上層部との対立をもう少し詳しく描いても良かったのではないでしょうか。
そうすれば、大上の生き方がクローズアップされ、タイトルの意味がもっと生きてきたはずです。