映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。
チョ・ナムジュによる小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国の1982年生まれの女性で最も多い名前“ジヨン”を主人公に配しながらも、女性の生きづらさと社会問題に向き合ったベストセラーです。
この小説を原作とした映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が、2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開されます。
映画ではチョン・ユミ演じるキム・ジヨンを中心にストーリーが展開していきますが、小説とはかなり手触りの異なる作品となりました。
原作と映画での違いを、ネタバレ込みで解説していきます。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の作品情報
【日本公開】
2020年(韓国映画)
【原作】
チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
【原題】
82년생 김지영
【英題】
Kim Ji-young: Born 1982
【監督】
キム・ドヨン
【キャスト】
チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンジョン、キム・ソンチョル、イ・オル、イ・ボンリョン
【作品概要】
映画『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)と共演が続くチョン・ユミとコン・ユが、3度目の共演にして初の夫婦役を演じています。
韓国で130万部突破し、社会現象を巻き起こした大ベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』を原作として、短編映画で注目され、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨンが監督を務めました。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』のあらすじ
1982年生まれのキム・ジヨンは、夫のデヒョンと幼い娘アヨンと3人暮らし。
妊娠を機に勤めていた広告代理店を退職し、現在は専業主婦として家事と育児に追われる日々を過ごしています。
公園でコーヒーを飲んでほんの束の間の休息時間を過ごそうとしても、居合わせたサラリーマンたちに陰口を叩かれ、夫の自宅に帰省しても、大量のご飯作りの手伝いをさせられ、休む暇なんてありません。
ジヨンには、すこし変わった言動が見られるようになってきました。急に別人が憑依したようになってしまう時があるんです。それに気づいたデヒョンは彼女を気にかけていました。
正月は、毎年恒例でデヒョンの実家に向かいます。台所でひとり料理をするジヨンと、リビングで寛ぐ義母たち一家。
ジヨンは突然、彼女の母ミスクのような口ぶりで、「娘に会わせて。ジヨンが気の毒だ」と泣きながら訴えます。
デヒョンは慌ててジヨンとアヨンを車に乗せ、実家を飛び出しました。行き先はジヨンの実家。ジヨンは道中で眠ってしまいます。
ジヨンの実家では、両親と姉のウニョン、弟のジソクが出迎えてくれました。
母のミスクは苦労人で、若い頃は兄弟たちの学費のために工場で働き、進学して先生になりたいという夢を諦めたことがありました。そのため、娘であるジヨンとウニョンには自由に生きて欲しいと願っています。
ウニョンは学校の先生として自立していますが、独身であるという理由で親戚から嫌味を言われることも。父方の祖母から甘やかされて育ったジソクは、自分勝手に生きています。
目が覚めたジヨンは、義実家での出来事を全く覚えていませんでした。
心配になったデヒョンは、ひとりカウンセラーに相談しに行くものの、本人と直接話してみないと診断できないと言われてしまいます。
デヒョンは、「憑依」のことは告げずに、ジヨンにカウンセリングに行くようさりげなく勧めますが、ジヨン本人は真剣に取り合いません。
ですが、ジヨンの症状はますます進行してしまい…。
ジヨンに重きを置いたストーリー
原作は祖母・母・そしてジヨンの3世代が描かれ、ジヨンの現代パートは意外にも短いんですが、映画では回想シーンを使いながら、現代パートに重きを置いて、ジヨンの出口の見えない日常にスポットを当てています。
母のエピソードは、兄弟のために先生になる夢を諦めたということが語られる程度ですが、そこは母役のキム・ミギョンが、微細な表情で母の人生を伝えてくれました。この母の温かい存在に救われます。
ジヨンの若かりし頃のエピソードも回想シーンとして挿入されるものの、原作にあったあの息苦しさは軽めになっています。しかし、回想への移り変わりは映画ならではの工夫と楽しさが散りばめられていました。
疲れ切った現代のジヨンから、若さと仕事への意欲で輝いていた過去のジヨンを鮮やかに演じ分けたチョン・ユミ。確かな演技力がある彼女だからこそ、ジヨンの生きてきた道を描くことができました。
少し残念だったのは、ジヨンの社会人時代と、ジヨンの元上司の掘り下げが薄まってしまっていた点。
家庭を持ちながらチーム長(原作では課長と訳されています)としてキャリアを積んでいる上司が、女性の部下や後輩のために尽力し、それでも育休を取らなかった過去の選択に後悔している、というエピソードは入れて欲しかったところです。
自分が育休を取らなかったという前例が、後に続く社員たちの権利を奪ってしまったのではないか。
その葛藤が、上司の人間像をより豊かにすると同時に、読者への問いかけとなっていたんです。
また、ジヨンがどんなに会社で「女性だから」という理由で辛酸を舐めてきたか、それでもやりがいを感じて働いてきたかを、もう少し丁寧に描くと、現代のジヨンにより共感できたかもしれません。
男性側の描き方
男性を無理解な存在として辛辣に描く原作小説。
原作でも映画でも、夫のデヒョンだけはジヨンの良き理解者のように見えます。コン・ユが柔らかな空気で演じていることもあり、一見完璧なパートナーです。
しかし、やはり根本がわかっていないと感じられる言動も。新婚時に義母から孫をせがまれたジヨンへ「なら作っちゃえばいい。なにも生活は変わらないよ。僕も手伝うし」と、無責任発言。
仕事を休む、辞めるという大きな選択はジヨンに任せきりですし、ふたりの子どもなのに「手伝う」とは…。
現代パートでも、ジヨンを救いたい一心で「僕が育休を取るよ。読書や勉強をゆっくりしたかったし」と言うデヒョン。育児と家事で精一杯で、読書も家事もゆっくりもできていないジヨンにそれを言うかと、詰め寄りたくなってしまいます。
原作ではデヒョン以外の男性は名前がなく、女性への理解が無い存在として描かれていましたが、映画ではデヒョンをはじめ、「理解したい」と歩み寄る男性たちを描き、希望が残る後味になりました。
まずは、デヒョンの同僚男性。はじめは女性軽視のような発言をしていた彼ですが、セクハラについての研修を文句を言いながらも受け、自分の妻のために育休取るか悩む姿に、時代とともに考えを変えていく柔軟さが見えます。
そして、ジヨンの弟ジソク。父方の祖母に甘やかされて育った彼は、原作では名前どころか出番がほぼありません。映画では、すこしづつ姉たちのことを理解し、自分が与えられてきたものを彼女たちに分けられる真の優しさを手に入れました。
たとえデヒョンのように少しずれていても、相手のことを想像し、共感し、理解しようと努める。そうすれば互いに感じている生きづらさが少し軽くなるのかもしれません。
語り手は誰なのか
原作は、ジヨンのカウンセラーである男性医師によって語られています。彼の書いたカルテが主な内容ですが、最後の章になって、男性医師の本質が見え、そのどんでん返しにハッとさせられた方も多かったはず。
そしてジヨンは、まだ治療中で、根本的な解決はせずに物語は幕を閉じます。
映画ではカウンセラーは女性で、ジヨンが彼女に出会うのは物語終盤です。女性医師が、「ここに来られたら、治療はほぼ終わっています」とジヨンを出迎えるように、ジヨンが自分のことを見つめ、自覚し、新たな扉を開けるようになるまでを、映画は繊細に追っていきます。
そして、ジヨンは一歩踏み出したことで、抑え込んでいた想いを表明出来るようになり、自分がやりたかったことを実現していきます。
広告代理店に務め、ものを書くことが好きだった彼女。
自分のことを文章として描き出した回想録が、映画『82年生まれ、キム・ジヨン』なんです。
まとめ
ここでほっこりするトリビアをひとつ。原作では娘の名前は「ジウォン」ですが、映画では「アヨン」となっています。
これは、演じた子役のリュ・アヨンちゃんの名前に合わせたため。幼いアヨンちゃんの自然な笑顔や泣き顔が、観客をさらにジヨンの感情と共鳴させてくれます。
心をえぐるような描写が多く、観ていて辛くなってしまうこともある本作。
映画内には、ジヨンの陰口を言う見知らぬサラリーマンの集団の中に、女性がひとり混じっていました。ジヨンのことを蔑むような眼差しで見て、嘲笑う同性を配置したことで、悪意は異性から向けられるだけではないと思い知らされます。
そういった細かな描写にも打ちのめされますが、本作の根底に流れているのは「愛」という温かな感情。ジヨンのように、前へ進む原動力にもなってくれる一作です。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。