戦地シリア。窓の外は死の世界でアパートの一室に身を寄せる家族とその隣人を女性の視点から描く。
映画『シリアにて』は、激化するシリアで、アパートの一室をシェルター代わりにして身を寄せ合う家族とその隣人を捉えた24時間の密室劇です。
監督・脚本を務めるのはベルギーの社会派監督フィリップ・ヴァン・レウ。友人の父親が、かつてシリア北部の都市アレッポの住居から3週間出られずにいたという話を元に映像化に着手した作品です。
アサド政権と反体制派、ISISの対立が続き、未だ終息の見えないシリア。その首都ダマスカスでオーム(ヒアム・アッバス)は、戦地に赴いた夫の帰りを待ちつつ、家族と隣人と共に身を寄せ合い息を潜めてアパートの一室に立てこもります。
一歩外に出たらスナイパーに狙われ、逃げることもままならない日々。緊迫した内戦下で、絶望の中必死に生きようとする人々の戦いを描いた緊迫のフィクションドラマ。
映画『シリアにて』の作品情報
【日本公開】
2020年(ベルギー・フランス・レバノン合作映画)
【原題】
Insyriated(英題:In Syria)
【監督・脚本】
フィリップ・ヴァン・レウ
【撮影】
ヴィルジニー・スルデー
【編集】
グラディス・ジュジュ
【音楽】
ジャン=リュック・ファシャン
【キャスト】
ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール、アリッサル・カガデュ、ニナル・ハラビ、ムハマッド・ジハド・セレイク
【作品概要】
未だ内戦が続くシリアの首都ダマスカス。アパートをシェルター代わりにして身を寄せ合う家族と隣人たちの日常を描いた密室劇。
監督を務めるのはベルギーの社会派監督フィリップ・ヴァン・レウ。ルワンダのジェノサイドを描いた「The Day God Walked Away」(2009)でデビューを果たし、日本では本作が初公開となります。実際に戦地にいるかのような錯覚をしてしまうほど緊迫した臨場感のある本作は各国で評価され、第67回ベルリン国際映画祭観客賞を受賞し、世界の映画祭で18冠を獲得しました。
3歳の子供を抱え、夫不在の中一人で切り盛りする女主人を演じたのは、『シリアの花嫁』(2004)、『ガザの美容室』(2017)などの中東の映画から『ブレードランナー 2049』(2017)などのアメリカ映画まで幅広く活躍する名女優ヒアム・アッバス。
圧倒的な存在感を放ち、ヒアム・アッバスと共に迫真の演技をみせたのは『判決、ふたつの希望』のディアマンド・アブ・アブード。彼女は本作の演技が評価され、カイロ国際映画祭主演女優賞を獲得しました。
映画『シリアにて』のあらすじとネタバレ
シリアの首都ダマスカス。オームは、戦地に赴いた夫の帰りを待ちつつ、3人の子供と実父、メイドのデルハン、そして幼子を抱えたハリマ(ディアマンド・アブ・アブード)夫婦と共にアパートの一室にこもり、生活していました。
そんなある日、ハリマの夫はレバノンの脱出ルートを見つけ、今夜逃げようとハリマに告げます。そして早朝手続きのためアパートを後にしますが、外に出た途端スナイパーに撃たれてしまいます。
その一部始終を見ていたメイドのデルハンは、オームに話しますが、オームはハリマに伝えようとするデルハンを引き止めます。
皆が危険な目に遭う、もしくは、幼子を抱えたハリマが外に飛び出してスナイパーに狙われる可能性もあると考えたからでした。
まだ死んでいるかもわからない状況で、ハリマに黙っていることはできないと言うデルハンを説き伏せます。一方ハリマはそんなことがあったことも知らず、オームに今夜出ていくことを告げます。
重苦しさが伴う空気の中、アパートのドアを叩く音が聞こえます。強盗が偵察にやってきたのです。オームは皆を台所に集まらせ、一人頑丈に閉められた窓の前に立ち、偵察にきた男たちを帰らせます。
その後も外の世界では銃声や爆発音が鳴り響き、その度にオームは危機感が募るあまり必死に皆を集め無事を確認します。ピリついた空気の中、再び偵察にやってきた男達が戻ってきてしまいました。
映画『シリアにて』感想と評価
シリアの内戦の悲惨さは『娘は戦場で生まれた』(2020)や『アレッポ 最後の男たち』(2019)、『ラッカは静かに虐殺されている』(2018)などのドキュメンタリーで繰り返し描かれてきました。
そんな内戦下のシリアを武器を持たない一般の女性の視点から描いた本作は、フィクションでありながら戦闘シーンや武器を映さず音と衝撃だけで戦況を描く演出によりフィクションとは思えぬ緊迫感、戦地にいるかのような臨場感を観客に与えます。
ハリマの身に起こった悲劇はハリマでなく、オームの悲劇であったかもしれず、現実世界に起こり得る悲劇であった、もしくは現実世界で既に起きている悲劇なのかもしれません。
終わることのない悲劇の中で、生きようともがく人々の姿に目を背けてはいけない、今だからこそ見るべき映画といえるでしょう。
まとめ
発端から10年目に突入したシリア内戦は、未だ終結の兆しは見えず悪化の一途を辿っています。犠牲者は38万人にものぼり、国外に逃れた難民は670万人、国内では600万人超が難民となっている状況です。
さらに新型コロナウイルスの感染拡大の影響でヨーロッパへの避難が難しくなり、隣国であるレバノン・トルコも限界がきています。
しかし、この映画に描かれているように、シリアでは未だ多くの民間人が命の危機にさらされています。
いつ死ぬかもわからない、逃げることもできない中で必死に助け合い生きようとしています。そのことをこの映画を見て改めて考えずにはいられません。