『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』は2021年1月8日(金)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー。
フランスを代表する大女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。今回彼女が演じるのは、母として祖母として家族の要となる女性です。
70歳を迎えた彼女の誕生日を祝いに、離れ離れだった家族は郊外の美しい家に集いました。
家族の久々の再会を描いた映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』。
楽しい集いになるはずだった誕生会は、彼らが抱えていた問題を浮き彫りにしていきます。
CONTENTS
映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』の作品情報
【日本公開】
2021年(フランス映画)
【原題】
Fete de famill / Happy Birthday
【監督・脚本】
セドリック・カーン
【出演】
カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ヴァンサン・マケーニュ、セドリック・カーン
【作品概要】
俳優として、そして『よりよき人生』(2011)など監督としても活躍するセドリック・カーンが描いた、鋭い視点を持つ家族ドラマです。
主演は『シェルブールの雨傘』(1964)で世界的スターとなって以来、今も精力的に活躍し続けるカトリーヌ・ドヌーヴ。『スクールズ・アウト』(2018)に出演のエマニュエル・ベルコ、『冬時間のパリ』(2018)に出演のヴァンサン・マケーニュも、共に映画監督としても活躍する俳優です。
監督業も行う3人の俳優が、敬愛するフランスの大女優との共演を果たした作品。
映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』のあらすじ
70歳の誕生日を迎えたアンドレア(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、フランス南西部の自然に囲まれた邸宅で、夫と孫娘のエマと暮らしていました。
誕生日を祝うため長男ヴァンサン(セドリック・カーン)は妻子を連れ、映画監督志望で未だ落ち着いた生活が出来ない次男ロマン(ヴァンサン・マケーニュ)は恋人を連れ帰ってきました。
家族が久々に顔を合わせ、エマとヴァンサンの2人の息子が祖母のために演劇を準備する中、3年前に姿を消したエマの母、長女のクレール(エマニュエル・ベルコ)が突然姿を現します。
アンドレアはクレールを温かく迎え入れますが、精神的に不安定な彼女の突然の訪問に、他の家族は困惑を覚えました。
やがてクレールの言動は幸せな家族に波乱をもたらし、今まで彼らが目を背けてきた様々な問題の存在を露わにします。
バラバラになりかけた家族をつなぎ止めようと苦心するアンドレア。現実に向き合わされた彼らは、改めて絆を取り戻すことが出来るのでしょうか。
映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』の感想と評価
問題多き家族をまとめる母親
家族をまとめてくれるのは母親、それは洋の東西を問わず変わりません。本作のカトリーヌ・ドヌーヴの役柄を邦画に移すと、吉永小百合の姿が思い浮かぶでしょう。
しかしこの映画に、心温まる家族ドラマを期待すると意外な印象を受けます。この家族はまとまりを維持するために、様々な問題から目を背けていたのです。
手厳しい設定に聞こえますが、実はどの家族もやっかい事を抱えがちなもの。それをシニカルに描いた本作は、さすがフランス気質な映画との印象を受けました。
本作には3人の映画監督が俳優として出演し、その中の1人は映画監督(志望者に過ぎませんが)であり、孫たちは祖母のために劇を演じようと準備します。
これは家族が幸せな家庭を築くために、各々が現実の一部を棄てて役割を演じる。それがお粗末な芝居であっても…という姿に重なります。
その芝居は、突然現れた長女によって崩壊します。その時一家のまとめ役である、母親のカトリーヌ・ドヌーヴはどう振る舞うのか。
この一家がどのような結末を迎えるのか。映画のラストは深い示唆に富むものでした。
流れるシャンソンが多くを物語る
本作には情緒不安定な長女と、映画監督志望の次男という、大人になり切れない2人が登場します。幸せな家族に困り者がいる、という話はドラマでお馴染みの設定です。
しかし困り者を抱えた家族の側にも、彼らを追い込んだ問題が潜んでいる、これが本作のセドリック・カーン監督ならではの指摘でしょう。
映画には問題多き2人の心情と、監督の狙いを代弁するかのように、2つのシャンソンが流れます。
1つはマルセル・ムルージ(ムルージ)が歌う「L’amour, l’amour, l’amour(愛、愛、愛)」。
父はアルジェリア系の移民で、ブルターニュ出身の母は精神的な問題があり、貧しい生活と母からの虐待に苦しむ少年時代を送ったムルージ。
成長した彼は歌手・俳優・画家・小説家として活躍します。1944年に発表した小説「エンリコ」は、そんな彼の少年時代を反映したものでした。
「エンリコ」は哲学者サルトルに絶賛され、実存主義文学の古典的名作と評されています。
『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』には様々な問題が登場しますが、人種的偏見や家族の断絶、それを踏まえた家族愛の風景は、ムルージと彼の歌に重ねて描かれました。
もう1つの歌はフランソワーズ・アルディの「Mon amie la rose(バラのほほえみ)」。人生のはかなさを歌った曲で中盤、そしてラストを締めくくる形で登場します。
女優としてジャン=リュック・ゴダールの『男性・女性』(1966)に出演し、セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンと、深い親交があったフランソワーズ・アルディ。
本作には様々な映画的趣味が登場しますが、ヌーヴェルヴァーグ映画へのオマージュ的な部分は、1964年に発表されたこの歌に託されています。
この2つの歌の意味と背景を踏まえて映画を観ると、より意味が深まること間違いありません。
まとめ
エリック・ロメールの映画に登場するかのような、美しい南仏の自然に囲まれた美しい邸宅を舞台にした家族劇『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』。
小津安二郎の名を出し、ドキュメンタリー演出に妙なこだわりを持つ素人映画監督で、大人になれない次男のロマンが登場します。
彼の振る舞いを通しヌーヴェルヴァーグ映画や、カトリーヌ・ドヌーヴやフランソワーズ・アルディが活躍した時代の作品など、様々な映画への深い敬愛が感じ取れます。
その一方で物語の主題は、さらに問題を抱えた長女クレールの登場で、混乱を深めていく家族の姿です。
映画の撮影前に、出演者との脚本を読み合わせに多くの時間をかけたセドリック・カーン。
読み合わせに集まった俳優たちの顔を見て、彼は映画に必要なキャストが集まったと確信し、その思いは撮影中も頭から離れなかったと語りました。
事前の脚本の読み合わせで、登場する人物たちの似た部分と異なる部分を理解し共有した結果、脚本上の構図に過ぎなかったものは、出演者たちのデュエットに変貌したと話す監督。
現場で起こる様々な出来事を映画に取り入れようと、意図して時系列に撮影しなかった監督。しかし映画は脚本に忠実なものになった、と振り返って言います。
幸せを守るために問題を直視せず、それによって結びつきを維持していた家族。
これは普遍的な家族の物語であると同時に、目先の幸せと利益を追求するあまり、様々な社会問題から目を背ける現代人への風刺でもあります。
虚構の幸せな家族の中に、虚構のドキュメンタリーを撮ろうとする自称映画監督がいます。そして出演者には、虚構を描く本物の映画監督が3人も存在するのです。
シンプルな家族の物語に様々なメッセージと構造を忍ばせた本作。
複雑化しかねない要素は、見事に1本の映画にまとめられました。それを可能にしたのは監督の狙い通り、フランス映画界の”ゴットマーザー”、カトリーヌ・ドヌーヴの存在でした。
『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』は2021年1月8日(金)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー。