宮沢賢治、没後90年。
賢治作品の背景にあった家族愛を知る。
直木賞受賞作、門井慶喜の小説「銀河鉄道の父」を成島出監督が映画化。宮沢賢治を菅田将暉が、賢治の父・政次郎を役所広司が演じます。
明治29年、岩手県花巻市で質屋を営む宮沢政次郎のもとに、待望の長男が誕生しました。祖父の喜助が「賢治」と命名。
不自由なく愛情いっぱいすくすくと育った賢治は、いずれ家業を継ぐ立場でありながら、学問や宗教にのめりこんでいきます。政次郎はそんな賢治を叱りながらも、ついつい甘やかしてしまいます。
そんな宮沢家に不幸が訪れます。妹・トシの病気です。賢治はトシを元気づけるために、物語の執筆にとりかかります。
没後90年たった今もなお愛され続ける賢治作品の数々。物語の背景にある家族愛が描かれた感動作『銀河鉄道の父』を紹介します。
映画『銀河鉄道の父』の作品情報
【日本公開】
2023年公開(日本映画)
【原作】
門井慶喜
【監督】
成島出
【キャスト】
役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、池谷のぶえ、水澤紳吾、益岡徹、坂井真紀、田中泯
【作品概要】
原作は小説家・門井慶喜の直木賞受賞作品『銀河鉄道の父』。宮沢賢治の父・政次郎の目線で描かれた物語は、賢治の生涯を見守る父親の愛がつまった作品となっています。
映画化にあたり監督を務めたのは、『八日目の蝉』(2011)、『いのちの停車場』(2021)など数々の話題作を手掛けてきた成島出監督。
主演は、成島監督作品『ファミリア』(2023)に次ぐタッグとなった役所広司。厳格に振る舞うも息子が大事で仕方ない賢治の父・政次郎を演じています。
政次郎の息子・宮沢賢治役には、菅田将暉。菅田将暉にしか演じられない、愛嬌ある宮沢賢治は必見です。
賢治の作家人生に大きな影響を与えた妹・トシ役には、森七菜。賢治の母・イチに坂井真紀、祖父の喜助に田中泯。弟・清六を豊田裕大が演じます。
映画『銀河鉄道の父』のあらすじとネタバレ
明治29年9月、岩手県花巻市で質屋を営む宮沢家に待望の長男が誕生しました。父親の政次郎はそれはそれは大喜びです。名前は祖父の喜助が名付けてくれました。その名も“宮沢賢治”。
政次郎の賢治溺愛ぶりは、家族みな呆れるほどです。質入れに来た客が賢治を褒めるとまんざらでもない風で、思わず高値で引き取ってしまったり。
学校に上がる前、賢治が赤痢にかかり入院した時は、母親のイチに任せず、自ら付きっきりで看病にあたるほど。そんな政次郎の様子を祖父の喜助は「父でありすぎる」と言ったものです。
政次郎は、「賢治は賢い子」だと、中学は県庁所在地である盛岡に通わせました。卒業した時の成績は88人中60位。
「まあ、良い。これからは稼業を継ぎ……」。「嫌です!」。政次郎の言葉に被せる勢いで答える賢治。「質屋は嫌です。農民のためと言いながら、弱い者いじめでないですか」。
無理やり番台に立たせてみても、客の泣き落としにだまされ高額を払ってしまい、それでも嘘で良かったと他人を心配する始末。なんと、世間知らずで優しすぎる性格でしょう。
そんな賢治の好きな物のひとつが書物です。妹のトシと“アンデルセン童話”の新刊を読むのが楽しいひとときです。
トシは賢治に物語を作って欲しいと思っていました。やりたくない質屋でくすぶり続ける賢治に、トシは「日本のアンデルセンになるって言ってたっぺ。いっぺーお話つぐってくれるって」と夢を諦めないよう諭します。
賢治と政次郎は跡継ぎ問題でことあるごとにぶつかっていました。進学をのぞむ賢治のためにトシは一肌脱ぎます。
政次郎を「現代日本の新しい父親だ」と持ち上げ、まんまとその気にさせます。乗せられやすい政次郎は、「これからは文学の時代、学ぶには東京の大学もいいだろう」と賢治の進学をみとめます。
しかし、賢治が希望した大学は、盛岡高等農民学校。「なじょして、そんなとこに!」。ほにほに、自分の思い通りにしない息子に腹がたちます。
夏休みに帰ってきた賢治は、人造宝石を商売化し、花巻の人々の生活を楽にしたいと夢を大いに語りますが、結局はじめる資金は政次郎が用意することに。
東京の女学校に進学していたトシが帰省します。その頃、祖父・喜助が認知症を患い、とうとう亡くなってしまいます。
賢治は祖父の死に心を痛め、飯を食わずお経を唱える日々を送っていました。人のために自分は何ができるのか。自分は何者なのか。問うても問うても答えはでません。
「このままでは私は人ではなくなってしまう。修羅になってしまう」。学校をやめて信仰に生きる決意をします。日蓮聖人こそが答えを与えてくれるに違いない。
「おれはもう、何にもできねぇ」。気がふれたように日蓮宗のお経を唱え続ける賢治。宮澤家は代々、浄土真宗です。日蓮宗にすがり、とうとう賢治は家を出て上京、国柱会館を訪ねます。
東京では執筆活動を細々とし、気力もなく過ごしていました。そんな時、実家から電報が届きます。“トシガビヨウキ スグカエレ”。
映画『銀河鉄道の父』の感想と評価
賢治の名作が生み出された背景
宮沢賢治の生涯を父親の政次郎の視点から描き出した小説「銀河鉄道の父」の実写映画化。
明治29年、岩手県花巻市に生まれた宮沢賢治。生前は、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』の作品を出版しています。
詩人、童話作家、教師など多彩な顔を持つ賢治は、37歳という若さでこの世を去りました。賢治の死後、徐々に作品が評価され、没後90年が経った現在でも多くのファンに支持されています。
地元、岩手県では、当時の詩人“石川啄木”とよく比較され、賢治派か啄木派かなどと議論されることもしばしば。実際に「もりおか啄木・賢治青春館」もあります。
これは個人的な感想ですが、啄木に比べると賢治は純朴で真面目、質素でどこか物悲しいイメージがありました。
しかし、映画『銀河鉄道の父』を観た後は、賢治のイメージが覆され、愛しさが芽生えました。父親の政次郎にとって賢治は、素直で優しい、いつまでも心配ばかりかける可愛い息子なのです。
映画の中では、政次郎と賢治のやり取りがコミカルに描かれています。厳格な父であろうとする政次郎でしたが、めっぽう息子に弱く甘やかしてしまいます。
稼業を継がせるために学問を学ばせ大事に育てたつもりが、「質屋は嫌です」と簡単に断ります。祖父から受け継がれた商い、長男が店を継ぐのが当たり前の時代に、わがままもいいところです。
嫌なものは嫌。案外、賢治はわがままだったのかもしれません。そんな賢治の性格に振り回されながらも、政次郎は決して見放すことはありませんでした。
宮沢賢治の名作が生み出された背景には、こうした家庭環境が大きく影響したのは間違いありません。
賢二とトシの兄妹愛
そして、賢治の創作の力になった人物として、妹のトシの存在はかかせません。結核を患い24歳の若さでこの世を去った最愛の妹・トシ。
童話や物語が好きなトシは、いつか賢治が語った「日本のアンデルセンになる」という夢を応援し続けます。
進学に反対する父親を上手くなだめ、賢治を大学に通わせたり、落ち込んでいるときは励まし、頼りない兄を深い愛情で包み込みます。最期まで賢治の才能を信じていました。
女性が学問をすることがめずらしかった時代で、トシこそが新時代のパイオニア的存在だったのではないでしょうか。
そんな賢治の支えだったトシの死は、宮沢家に深い悲しみを残します。朝方、雲の隙間から太陽の光が射し、北上川の水面にキラキラと反射し、山々がくっきりと見えます。死にゆく妹への愛と死別の悲しみが綴られた「永訣の朝」。その情景は、きっとこんな感じだったのだろうと胸を打たれます。
花巻弁が醸し出す作風
今作では、賢治の人柄がわかるエピソードが随所に盛り込まれています。チェロを弾きながら農民たちと歌う「星めぐりの歌」。作曲家であり演奏家でもあった賢治の一面です。
羅須地人協会の設立は、農業を研究し知識を広める活動の場でした。賢治は、科学者であり、教師でもありました。
そして、宗教家としての賢治。これらの行動は、すべては「人のためになりたい」という精神から成り立っています。
さらに今作では、「人のためになりたい」という思いの先にあったであろう賢治の感情が描かれています。「お父さんに褒められたい」。父への愛でした。
この賢治の想いを知り、改めて賢治の作品を読み返すと、家族への愛情であふれていることがわかります。作品は、まさに賢治の人生そのもの。宮沢家で、この親に育てられた賢治だからこそ、生まれた物語なのです。
メモ帳に残されていた“雨ニモマケズ”は、「ソウイフモノニワタシハナリタイ」と、賢治が目指した人物像。賢治が息を引き取る間際に、政次郎が暗唱するシーンは涙があふれます。
「良い詩だ」と政次郎は褒めます。「はじめて褒められました」と嬉しそうに微笑む賢治でしたが、賢治は自分が目指した理想の人物にすでになっていました。
映画化では、政次郎役を役所広司、賢治役を菅田将暉が演じ、初共演で親子役となりました。名実ともに日本を代表する俳優同士の共演は、見ごたえ充分です。
賢治のためならばと、ついやりすぎてしまう政次郎。そんな厳しさと優しさを合わせもった政次郎を、役所広司が絶妙なコミカルさで演じています。
菅田将暉演じる宮沢賢治は、これまで語られてきた賢治像を覆すものとなっています。心弱く儚い面を持ちながら、どこまでも無邪気な賢治を、瞳を輝かせ生き生きと表現しています。
台詞はすべて方言が使われており、聞いているだけでコミカルな花巻弁が、作品全体をあったかい印象にしています。
まとめ
宮沢賢治の父・政次郎と賢治の親子の実話をもとに描かれた、門井慶喜の小説の映画化『銀河鉄道の父』を紹介しました。
政次郎の見事な親バカぶりと、賢治の真面目なバカ息子ぶりが、コミカルでほっこりする作品です。
賢治の名作が生まれた背景にある、親子の絆と家族の愛。映画を観て、賢治の生涯がわかると、作品への理解がより深まるに違いありません。もういちど、賢治の作品を読んでみたくなりました。