鬼才・森田芳光監督が幕末のそろばん侍を描いたヒューマンドラマ
『家族ゲーム』の森田芳光監督が、磯田道史による歴史教養書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」を映画化した映画『武士の家計簿』。
主演をドラマ『半沢直樹』の堺雅人が務め、その妻を「ごくせん」シリーズの仲間由紀恵が演じています。
激動の幕末を生きた加賀藩の算用者として財政に関わる下級武士とその妻がつつましく、そしてたくましく生きる姿を描く感動作です。
久しぶりに時代劇を手掛けた森田芳光監督の人間描写が見事な一作をご紹介します。
映画『武士の家計簿』の作品情報
【公開】
2010年(日本映画)
【原作】
磯田道史
【脚本】
柏田道夫
【監督】
森田芳光
【編集】
川島章正
【出演】
堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、草笛光子、中村雅俊
【作品概要】
古文書から幕末の武士の暮らしを読み解いた磯田道史による教養書「武士の家計簿 『加賀藩御算用者』の幕末維新」を、『家族ゲーム』で知られる鬼才・森田芳光監督が実写化。
主人公の猪山直之を、映画『鍵泥棒のメソッド』やドラマ『半沢直樹』『真田丸』などで活躍する堺雅人が演じます。
御算用者を担う猪山家が膨大な借金返済のために家族で力を合わせて倹約し、政争や幕末維新の動乱に巻き込まれながらもたくましく乗り越えてゆくさまを描き出します。
妻の駒を「ごくせん」シリーズの仲間由紀恵が演じるほか、松坂慶子、草笛光子、中村雅俊ら豪華ベテラン俳優が出演。
映画『武士の家計簿』のあらすじとネタバレ
明治十年。東京府海軍省主計室。猪山成之は、父の直之のことを思い返します。
猪山直之は加賀一番のそろばん侍でした。
金沢城御算用場に猪山家は代々仕えており、七代者である父の信之と共に直之も働いていました。多くは薄給の下級武士で、猪山家も江戸と金沢を行き来する生活の中で金に苦労していました。
見習いの頃から秀でた才を持っていた直之は、「そろばんバカ」というあだ名をつけられていました。
給金をもらえるようになった直之に縁談がもちこまれます。相手は、道場師範代・西永与三八の娘の駒でした。
その後、外でひとり握り飯を食っていた直之に、彼と気づかずにお駒が麦湯を差し出しました。
日本中が飢饉に苦しむ中、お蔵米の勘定係の直之は思わぬ騒ぎに巻き込まれます。米俵が途中で抜き取られていることがわかりましたが、直之は上役から目をつぶるように言われてしまいます。
直之とお駒が婚儀を迎える一方で、直之の左遷話が持ち上がっていました。
婚礼の晩にも費用を計算する直之に驚くお駒。「そろばんだけが生きる術で、不器用で出世もできない男だが良いか」と聞く直之に、妻は笑顔で「自分もその生きる術に入れてほしい」と言います。
ご奉行に呼び出された直之は、不正米を調べた咎で能登へとばされることになります。
しばらくしてお駒は長男の直吉を出産。親戚との祝の席で、直之は勤めが能登に変わることを妻に伝えます。
米を求める騒動が起こったことからお蔵米がお救い米として供出され、横流しに関わった多くの藩士が罷免されました。能登への転任をとり下げられた直之は、加賀藩主の前田斉泰より異例の出世を命じられます。
映画『武士の家計簿』の感想と評価
激動の時代に生きる人々の生活
本作の舞台は、明治維新前夜の加賀藩です。代々算用者として身を立ててきた一家が、家計を守るために倹約に励んで窮地を脱し、激動の時代を生き抜いていく姿を描きます。
『家族ゲーム』『失楽園』など数々の話題作を生み出した鬼才・森田芳光監督が、温かな視線で下級武士の一家の生活を映し出しました。
堺雅人演じる主人公の直之は、「そろばんバカ」と呼ばれるほど数字に強い男です。仕事での働きぶりが素晴らしいのはもちろん、家計についても腕をふるい、借金返済のために容赦なく断捨離を進めます。
体面を気にする両親を説き伏せ、直之は堂々と倹約を推し進めます。これこそが借金返済の成功の秘訣でした。自身の本気度合いをしっかり示したことで、家族も周囲も彼のやり方についていきます。
直之はお家を守ること、そして自分の子供たちに恥じない生き方をすることを何より大切に考えていました。
家財のめぼしい物はすべて売り払い、手弁当は麦飯とサツマイモという壮絶な倹約の末に、猪山家は何年もかけて借金を見事完済します。
家族のための戦いに勝った直之でしたが、世は大政奉還、明治維新と激動の時代へと突入。時代と共に変わることができない直之は、息子から「世が動くときにもそろばんバカのままなのか」と厳しい言葉を投げつけられます。
武士の誇りを必死で教えたはずの息子は、武士をこの世からなくした原因である新政府で身を立てていきました。
物事の価値観や常識がすべてひっくり返される中、たくましく生きていく人々の喜びと悲しみがくっきりと映し出された作品です。
武士としての誇りを持つそろばん侍の生きざま
猪山家は刀の代わりにそろばんを手に、藩のために力を尽くしてきました。
武士の時代の終焉を迎えた時に壮年期だった成之は、算盤の腕を買われて明治時代ではとても重宝がられます。
しかし、成之の父で本作の主人公・直之の時代はちょうど過渡期にあたりました。直之もその父の信之も、まったく使わないながら脇差を携えて生活しています。そろばんや読み書きに優れた才能を持っていても、彼らの身上はあくまで「下級武士」でした。
帳面の数字が合わない分を、川で拾った小銭で穴埋めしようとした幼い成之を、父の直之は「武士の誇りを失うな」と厳しく叱責します。
夜中に幼い子供を危険な川にひとりで行かせることを妻からなじられても、もし何か起きてもそれがさだめだと言って直之は意志を変えませんでした。
子どもにひとりきりで夜道を歩かせて、本当につらかったのは直之自身だったに違いありません。しかし、武士として生きてきた彼に妥協するという選択はなかったのです。
成之が自分の息子にそう言って叱ることは決してなかったことでしょう。彼らの時代にはもう「武士」という存在はなくなっていたのですから。
武士の誇り、武士の本分、武士の情け。そういった言葉は現代でも比喩として使われますが、彼らにとっては自身の生きざまそのものでした。
年を経て、直之はその時のことを妻にも息子にも謝ります。時代が大きく転換し、やっと強いられた生き方から解放されたからだったのかもしれません。
まとめ
そろばんの腕だけを頼りに、激動の時代を乗り切った家族思いのひとりの男の人生を映し出すヒューマンドラマ『武士の家計簿』。どんな世界でも、自分の武器を磨き、自身と大切な人間を守っていくしかないのだということが伝わってきます。
家族だからこそ試練を乗り越えられることや、愛があるゆえに行き違ってしまう思いなど、いつの世も変わらぬものがたくさんあることを改めて教えられるに違いありません。
普遍的なものが描かれる一方で、すべてがガラリと変わってしまった激動の時代を映し出す本作では、そこに生きる人たちの想像を絶する苦労、これまでの価値観の喪失感なども併せて描かれます。
どんなに世界から翻弄されようとも、己の信念と何かを大切に思う心が生きていくための拠り所となることが改めて伝わってきて胸が熱くなる一作です。