2018年ノーベル平和賞受賞者ナディア・ムラトの言葉によって、全世界に性暴力の被害の実態が訴えられました。
映画『ババールの涙』は、ナディアと同じ境遇を持ち、捕虜となった息子を助けるために銃を取り立ち上がったクルド人の女性たち。
そして、紛争地の現実を伝え続ける隻眼のジャーナリストの真実の物語です。
映画『バハールの涙』の作品情報
【公開】
2018年(フランス・ベルギー・ジョージア・スイス合作映画)
【原題】
Les filles du soleil
【脚本・監督】
エバ・ユッソン
【キャスト】
ゴルシフテ・ファラハニバ、エマニュエル・ベルコ、ズュベイデ・ブルト、マイア・シャモエビ、エビン・アーマドグリ、ニア・ミリアナシュビリ、エロール・アフシン
【作品概要】
“世界で最も美しい顔100人”トップ常連であり、イラクを代表する女優『パターソン』(2016)のゴルシフテ・ファラハニが、捕虜となった息子の救出のためISと戦うこととなったクルド人女性武装部隊のリーダーを演じるドラマです。
『青い欲動』(2014)のエバ・ウッソン監督が、自らクルド人自治区に入り、実際に女性戦闘員たちの取材にあたって描きました。
ジャーナリスト・マチルダは、カンヌ受賞歴もある演技派、エマニュエル・ベルコが務めます。
2018年、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品です。
映画『バハールの涙』のあらすじとネタバレ
埃まみれの女性が目を閉じて横たわり、動揺しつつも放心した状態で佇んでいます。
2014年8月3日。棚引く白と黒の煙が画面いっぱいに広がります。
時は遡り、11月11日、隻眼の女性が部屋から電話をしています。
パソコンの画面には、夫と娘の写真が写っています。
彼女は、フランスの戦場記者マチルドで、ジャーナリストの夫を紛争地で亡くし、自らも地雷の爆破で右目を失明してしまいました。
彼女は、コルディン町のクルド自治区のに行き、そこで取材のために女性武装部隊「太陽の女たち」のリーダー、バハールに出会います。
マチルドは、バハールに部屋を案内されますが「ここは地下道に繋がっているから、寝るときは銃を持って」と冷たくあしらわれます。
地下道を塞いで欲しいと不安がるマチルドに、バハールは夜は冷えるので毛布を被ってと言って去っていきます。
その夜マチルドがなかなか寝付かれずにいると、そばにバハールが横に座り、マチルドに何故ここに来たのか尋ねます。
マチルドは、自分の過去と喪失感に苛まれる日々、そして娘を本国に置いても真実を伝え続ける思いをバハールに語ります。
その日から、マチルダはバハールの最前線で動き回る背後にぴたりと付き、バハールたちの写真や映像を収めていきます。
バハールも少しずつマチルドに心を許し、自ら過去を回想し語り始めます。
クルド人自治区コルディンで、弁護士のババールは夫と息子と幸せな生活を送っていました。
ある夜その町でIS(イスラム国)の襲撃を受け、男性は皆殺しとなり、女性と子ども達は奴隷として連れて行かれます。
バハールも息子と共に数人の女性と奴隷として売られ、その家で息子を連れ去られました。
バハールたちは日々性奴隷として扱われ、バハールの妹は自殺をします。
ISの主人は、クルドの女性たちに飽きると売買を繰り返しました。
コルディンの自治政府軍と話し合うリーダーのバハールが映し出されます。
バハールの横でマチルダの取材を続けています。
バハールは、丘を越えて向かわなければ、地下道を通ってISたちが夜にやってくると強く主張しますが、丘を越えることは多くの犠牲者が出る。アメリカの空爆がもうすぐあるので待てと自治政府軍の主要メンバーに止められます。
夜、薪の火の元に女性部隊メンバーが集まって銃を持ちながらも、踊り歌います。
1人の女性ラミアが、マチルダに「バハールしか、リーダーはできないわ」と呟きます。
あるISの主人の家で、バハールはクルド人の女性代議士ダリアのインタビューを目にします。
ダリアはバハールの弁護士時代の上司で、ダリアは性奴隷の女性たちに「必ず助けだすから、何とかして私に電話をして」と訴えかけます。
バハールは何度も彼女の電話番号を暗唱し、主人の充電器を手に入れ、ダリアとの連絡に成功します。
バハールに見つかったら殺されると何度も訴えていたラミアは、妊婦となっていました。
ISの祈りの集会の日、いよいよ脱出が決行されます。
映画『バハールの涙』の感想と評価
冒頭の砂塵に塗れた女性の顔のあまりにもの美しさと、強い静寂ささえもを感じる映像に息を呑みました。
これが映画を観終わった後に、映画のすべてを映し出していることに更に驚きを隠せず、しばらく余韻に浸ります。
この女性が放つ美しさと強さはどこから来るのか。本作の主人公バハールの背景となるものを辿っていきます。
バハールの強さと美しさの背景
本作で描かれている出来事は、ISに拉致され、性的虐待や暴力を受けるなどの極限状態に置かれたことを訴え、人権活動家として2018年ノーベル平和賞を受賞したヤズディ教徒、ナディア・ムラドさんの体験と重なります。
2014年8月3日、ISはヤズディ教徒を虐殺するためイラク北西部のシンジャル山岳地帯の村々に奇襲攻撃を仕掛けます。
ヤズディ教徒とは、シンジャル山脈という自然の要塞に守られた山岳地帯で、ヤズディ教という独自の宗教を守り続ける人々のことで、ISの過激なイスラム教徒にとって異教徒として、迫害せれてきた歴史がありました。
侵攻された時に50万人のヤズディ教徒が他国へ脱出しましたが、逃げ遅れた男性は殺害され、7000人以上の女性と子ども達は拉致されました。
本作のように、女性たちは性的虐待を受け奴隷として売られ、少年たちはバハールの息子のように、幼い頃から人を殺すことを学ぶ戦闘員養成学校へ送られました。
この映画に描かれていることは事実に基づくものであり、観るものは、バハールの語る深い眼差しと強いカリスマ的リーダー性に導かれ、その事実と衝撃を真摯に受け止めることができます。
映画の中で、バハールは自分の息子を助けるために銃を取ったと語りますが、実際にバハールと同じように愛するものを奪われ、戦いに身を投じた女性にエバ・ウッソン監督は出会っています。
実際にムスリムは女に殺されると天国に行けないと信じられていて、女性部隊に恐れ慄いていることも知ります。
ゴルシフテ・ファラハニバが演じるバハールは、監督が出会った女性たちの証言から作り上げた人物です。
人身売買を何度も繰り返されたある女性が、勇気を奮い起こし、信じがたい優しさと強さを持って監督に語った事実が、バハールの美しいまでの強さを映像に押し出しました。
映画に出てくる戦場記者マチルダは、片眼を失明しPTSDを患いつつも世界の紛争を報道し続けた女性ジャーナリスト、メリー・コルヴィンと、へミングウェイの3番目の妻で従軍記者として活動したマーサ・ゲルホーンがモデルとなっています。
夫を失った喪失感に苛まねながらも、真実を追求するジャーナリストのマチルダを、女優であり監督でも活躍するエマニュエル・ベルコが熱演しています。
彼女の「娘がいるから頑張れる」という真剣な表情に圧倒されます。
紛争地帯に真実を追求し取材を続ける姿に、バハールも背中を押されていきます。
「人が信じたいのは、将来の夢や希望。必死で悲劇から目を背ける、それでも真実を置い伝え続けないと」
そう語るマチルダの言葉で、バハールの心に明かりが灯され、自らを語り一歩を踏み出していきます。
まとめ
バハールの心の奥の声を救った瞬間は、後半バハールが産気づいたラミアを抱きかかえボーダーの前に佇み、自由な世界へと解き放たれる場所まで30メートルを歩くシーンです。
まさに女性が自由を求めて命がほとばしるクライマックスです。
ボーダーを超えるや否や赤子を産み落としたラミアは「被害者ではなく、戦いたい」とバハールに語ります。
その瞬間、バハールは確かに自分の魂の声を聞いたのでしょう。
そして、夜に女性武装部隊が踊り歌っていた魂の歌声と重なります。
女性武装部隊の名前は、仏語で「Les filles du soleil」
意味は、命の源である「太陽の女性たち」、本作のテーマソングのタイトルとなっています。
「太陽の女性たち」が、歌いながら扮装地帯を突き進む映像が、最後まで心に残ります。
命と自由の時代を求めて、新しい時代を掴むために、美しい映像の中で、生き抜く魂の叫びをバハールと共に身体全体で感じに行きませんか。