荒れ果てた地に訪れた奇跡
砂漠地帯にたたずむさびれたカフェを舞台に、突然現れたドイツ人旅行者の女性とその地の人々との出会いを温かなタッチで描く傑作です。日本でもロングランヒットとなり、ミニシアターブームをけん引しました。
どこかもの哀しいメロディのテーマ曲『コーリング・ユー』は、今なお世界中で愛される名曲として知られています。
パーシー・アドロン監督自身が自ら再編集したディレクターズ・カット版も2008年に制作されました。
辺境の土地にたどり着いた旅行者のジャスミンを、「バグダッド・カフェ」の女主人のブレンダは最初は受け入れませんでした。しかし、砂漠にたくましく咲く花のような美しさを持つジャスミンに、次第に惹かれていきます。
人と人の絆が温かく描かれ、しみじみと胸に余韻が残る名作の魅力についてご紹介します。
CONTENTS
映画『バグダッド・カフェ』の作品情報
【公開】
1989年(西ドイツ映画)
【監督】
パーシー・アドロン
【脚本】
パーシー・アドロン、エレオノール・アドロン
【出演】
マリアンネ・ゼーゲブレヒト、CCH・パウンダー、ジャック・パランス、クリスティーネ・カウフマン、モニカ・カローン、ダロン・フラッグ
【作品概要】
アメリカ西部の砂漠のさびれたカフェに集う個性的な人々の交流を温かく描く人間ドラマ。監督はパーシー・アドロン。
名曲「コーリング・ユー」とともに、今なお愛され続ける傑作です。
『アバター』シリーズのCCH・パウンダー、マリアンネ・ゼーゲブレヒトらが出演。
映画『バグダッド・カフェ』のあらすじとネタバレ
ドイツからアメリカ西部の砂漠に旅行に来た夫婦はケンカを始めました。怒った妻のジャスミンは、自分の荷物を持って車を降りてしまいます。
重い荷物を引きずって歩いた末に、ジャスミンはカフェ兼モーテルの「バグダッド・カフェ」にたどり着きました。女主人のブレンダは働かない夫を追い出し、ひとり涙を流していたところでした。
最初ジャスミンを敬遠していたブレンダは、彼女を怪しく思って保安官を呼びますが、特に問題は見つかりませんでした。
ブレンダは勝手に自分の部屋のそうじをしたジャスミンに怒りをぶつけますが、美しいオフィスを見て満足します。
彼女の子どものフィリスとサロモも、自分たちを理解してくれるジャスミンに心を開き始めました。その姿にやきもちをやいたブレンダはジャスミンを怒鳴りつけてしまいますが、すぐに反省して謝ります。
ブレンダと和解したジャスミンは、店の手伝いをするようになりました。マジックを身に着けたジャスミンは、店を明るく盛り上げます。
映画『バグダッド・カフェ』の感想と評価
砂漠に生まれた愛が満ちる場所
見渡す限り荒涼とした砂漠のなかにポツンとある建物。そこが「バグダッド・カフェ」です。カフェとモーテル、ガソリンスタンドが一体となった場所で、いつも閑散としています。
切り盛りする女主人のブレンダはいつも忙しく、キイキイと怒鳴ってばかり。のんびり屋でまともに働こうとしない亭主は、いつものように彼女に叱りつけられたある日、とうとう出ていってしまいます。
そこに現れたドイツ人旅行者のジャスミンが、小さな奇跡をこの場所にもたらす姿を温かく描く物語です。
大らかでやさしく包容力があり、まるで天使か聖母のようなジャスミン。しかし、彼女がこの地にたどり着いたのは、夫と車内でケンカして耐え切れずにひとり車を飛び出したからというなんとも俗な理由でした。
荒野に妻を放り出した後、少し探してみただけで結局迎えに来なかったことひとつとっても、彼女の夫が愛想をつかされても仕方ない人物だったことがわかります。
不似合いな姿をした彼女はうらぶれたモーテルに長期で滞在し、ブレンダと互いに亭主を放り出した者同士で顔を突き合わせることとなります。
枯れ果てた大地に、さびれたカフェ。一見殺伐して見えながら、作中にはずっとユーモラスな空気が漂っています。
ファンキーな常連客の老人・ルディ。一心にピアノを練習し続けるブレンダの息子のサロモ。彼は小さな乳飲み子の父でもありました。そして自由奔放でキュートな娘・フィリス。
彼らはすぐにジャスミンに心を開くようになり、そのことが益々ブレンダをいら立たせます。
ブレンダはいつも疲れてイライラしており、周囲にきつく当たってしまいますが、実はとても繊細で柔らかな心の持ち主です。夫を追い出したときも、涙を流したのは彼女の方でした。
異質な存在であるジャスミンにブレンダは反射的に拒否感を示し、室内をピカピカにそうじしてくれたジャスミンを叱りつけたり、自分の子供たちの心をつかんだ彼女に嫉妬して怒鳴ったりし続けます。
しかし、いつもひとりですべての仕事を抱え込んで奮闘してきたブレンダは、こうして自分に手を差し伸べて助けてくれる誰かをずっと求めていました。
ジャスミンが自分に向けてくれる本当のやさしさに気づいたブレンダは心を素直に開き、ジャスミンの包容力に身を任せるようになります。
吹きすさぶ砂嵐の地という厳しい自然のなかにある殺風景なカフェは、ジャスミンのかけた魔法で愛に満ちた場所となっていきます。
ジャスミンのマジックショーをきっかけに店は大盛況となります。ショーのなかでブレンダは、「愛があれば今日も生きられる」と生き生きと歌い上げます。
何もない砂漠がかけがえのない場所に変わっていく、感動に満ちた作品です。
名曲「コーリング・ユー」の魔力
本作を知らなくても、テーマ曲「コーリング・ユー」の印象的なメロディに聞き覚えがあったという方はきっと大勢いらっしゃることでしょう。
ジェヴェッタ・スティールが歌うこの曲は世界的大ヒットとなり、第61回アカデミー賞歌曲賞にノミネートされたほか、映画公開後も多数の歌手によりカバーされてきました。今なお多くの人々から愛される名曲です。
大いなる何かに呼ばれたかのように歩き出したジャスミンが、バグダッド・カフェにたどり着く冒頭シーンは、まるでコーリングユーの切ない呼び声が聴こえたのではないかと思えてしまうほど印象的です。
踏み出した殺風景な砂漠の上には、どこまでも広く青空が広がっていました。無鉄砲なジャスミンの人生の行方にある希望を感じさせます。
もう若くもなく太めだけれど、荒野に咲く花のように可憐で生命力あふれるジャスミンの魅力にすぐに気付いた老人のルディ。彼の絵のモデルになったジャスミンは、回を重ねるごとに衣服を少しずつ脱ぎ捨てていきます。それは彼女がルディに対して心が開いていくさまを表していました。
ジャスミンは大いなる呼び声に導かれてカフェに出会い、生涯の伴侶にも巡り合えたのです。
まとめ
サビれた砂漠のカフェに流れ着いた旅行者のドイツ人のジャスミン。彼女がまるで妖精のように描かれる冒頭シーンはとても印象的です。
ストーリー本編では大きな出来事が起こるわけではなく、薄皮をはがしていくように人々の心が少しずつ開かれていていくさまが心地よく描かれていきます。その様子を見ているうちに、知らず知らずに心が癒されていくことでしょう。
まったく違う国で生まれ育ち、違う価値観を持って生きてきた人間同士が巡り合い、絆を深めていく姿に、心の奥底から確かな感動が湧き出てきます。
「愛があれば今日も生きられる」というブレンダの歌声のとおり、どんな場所でも人間の愛はすべてを満たしてくれるに違いありません。こんな出会いが訪れることを楽しみにしながら生きていきたいと思わせてくれる作品です。