人質となった写真家と彼を救うために奔走した家族の実話を元に描く奇跡の生還劇
シリアで人質となり、奇跡的に生還したデンマーク人写真家ダニエル・リューの実話を元に描いたヒューマンドラマ。
映画『ある人質 生還までの398日』は、ジャーナリストのプク・ダムスゴーがダニエル・リューとその関係者に取材した著書『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』を元にして描かれました。
本作は、一年以上に及ぶ監禁・拷問の日々、翻弄される人質の家族をリアルに描き、デンマーク映画批評家協会賞(ボディル賞)で助演女優賞、デンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)で観客賞、脚色賞、主演男優賞、助演女優賞、Zulu賞で作品賞を受賞し、デンマーク国内で非常に高い評価を得ています。
監督は『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2010)で知られるニールス・アルデン・オプレヴ。
映画『ある人質 生還までの398日』の作品情報
【日本公開】
2021年(デンマーク・スウェーデン・ノルウェー合作映画)
【原題】
SER DU MANEN,DANIEL
【監督】
ニールス・アルデン・オプレヴ、アナス・W・ベアテルセン
【脚本】
アナス・トマス・イェンセン
【原作】
プク・ダムスゴー『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』
【キャスト】
エスベン・スメド、トビー・ケベル、アナス・W・ベアテルセン、ソフィー・トルプ、クリスティアン・ギェレルプ・コッホ
【作品概要】
監督を務めるのは『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2010)のニールス・アルデン・オプレヴ。共同監督は『幸せになるためのイタリア語講座』(2004)のアナス・W・ベアテルセンが務め、本作でも俳優として人質救出の専門家アートゥアを演じています。脚本は『ダークタワー』(2018)などの脚本だけでなく、監督も務めるアナス・トマス・イェンセン。
ダニエル・リューを演じたのは『92年の夏』で2017年ベルリン国際映画祭シューティング・スター賞に輝いたデンマークの期待の俳優エスベン・スメド。体操選手の役を演じるためトレーニングをすると共に、人質のシーンのために8キロの減量をするという肉体改造をしてこの役にのぞんだといいます。
ダニエルと共に誘拐された人質ジェームズ役を演じたのは『キングコング 髑髏島の巨神』(2017)、『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』(2017)のトビー・ケベル。
映画『ある人質 生還までの398日』のあらすじとネタバレ
デンマークの体操チームのメンバーであるダニエル・リュー(エスベン・スメド)は世界ツアーを目前にして怪我をしてしまいます。体操に全てを費やしていたダニエルは選手生命を絶たれ失望しますが、以前興味のあったカメラマンを目指すことを決意します。
恋人と共にコペンハーゲンで新たな生活を始めたダニエルは、カメラマンのアシスタントの仕事を探し始めます。ある事務所で採用されたダニエルは、アシスタントとしてシリアに向かいました。
シリアで撮影をすることにやりがいを感じ始めたダニエルは、戦地ではなく日常を撮りたいと、ガイドとボディガードと共に町に向かい夢中でシャッターを切ります。
その時車がやってきて数人の男たちが車から降りるなり、誰の許可で写真を撮っているのだとダニエルらを威嚇します。
ガイドは自由シリア軍の許可証があると訴えるも、聞き入れられずダニエルはカメラを取り上げられ、ガイドと共に車に連行されます。西洋人がいると場所を特定され空爆をされる危険があり、西洋人は信用できないと男たちは言います。
目隠しをされ、アジトのようなところに連れてこられたダニエルは拘束され、拷問をうけます。本当のことを言っても信じてもらえず、何しにやってきたのか、CIAなのかと疑われます。
一方、デンマークでは、帰ってくるはずの便にダニエルがいないことに気がついた恋人が、ダニエルの両親に連絡をします。
両親は以前ダニエルから連絡先を教えられていた、人質交渉の専門家アートゥア(アナス・W・ベアテルセン)に連絡をし、アートゥアを雇います。
捜索を始めたアートゥアは誘拐に関わっているとされるアブ・スハイブと接触し、身代金70万ドルを要求されます。
アートゥアから身代金の要求を聞いた両親はそんな大金は払えないと言葉を失います。そんな家族に対し、デンマーク政府は一貫してテロリストの要求には応じない、支援もできないといいます。
ダニエルは少年の助けを経て一度は高い窓から逃げたものの、言葉の通じない近隣住民に通報され再びアジトに戻されてしまいます。
絶望したダニエルは自殺を図るも助けられ、一命を取り留めます。拷問・監禁の日々で心身ともにボロボロになったダニエルは、移送され数人の人質がいるアジトにやってきました。
体調を崩していたダニエルでしたが、アジトにいた2人のフランス人に助けられ少しづつ回復し、彼らから監視役の話を聞きます。
英国人の4人組の監視役は、“ビートルズ”と呼ばれそれぞれあだ名がつけられていました。中でも“ジョン”は残虐な性格で人質らから恐れられていました。
ダニエルの両親らは家を担保にし、何とか身代金をかき集めたものの25万ドルしかなく、やむなくその金額を提示すると、テロリストらは侮辱されたと感じ、金額を200万ユーロに引き上げてきました。
そしてテロリストらの怒りはダニエルに向き、ダニエルの置かれた状況は更に悪化していきます……。
映画『ある人質 生還までの398日』の感想と評価
言葉も通じぬ異国で突然拘束され、拷問・監禁されるという恐怖を生々しく描いた映画『ある人質 生還までの398日』。
飢えと乾きに苦しみ、朦朧とした意識下の中、いつ暴力に晒されるか分からない恐怖がダニエルを蝕みます。緊迫感のある拷問シーンは思わず目を背けたくなるほどの強烈さ。ダニエル役を演じたエスベン・スメドは人質のシーンを演じるために減量して挑み、説得力のある演技を見せました。
人質の苦しさも描きつつ本作では家族にもスポットをあて、資金調達の困難さを描きます。一般家庭では到底払えない金額であり、人質のことが公になれば人質の身に危険に危険が及ぶ可能性があります。更に、合法的な理由で資金調達をしなければ、家族が起訴される可能性もあるのです。
そのような困難な状況下で何とかしてかき集めても到底届かず、少ない資金で提示すると相手側には侮辱されたととられ、要求金額を引き上げられてしまいます。絶望する家族に対し、政府はテロリストとの交渉には応じない姿勢を貫きます。
しかし、考えてみれば身代金を払うということはテロリスト側に資金を渡すことになります。政府が資金援助をすることが難しく、人質の家族にも資金調達が難しいということを分かった上で要求しているのです。あまりにも無慈悲で残酷なISのやり方には憤りすら感じます。
一方で私たちは「IS」というものが何で、なぜこのようなことをするのか考えたことがあるでしょうか。奇跡的な生還を果たした人々の証言があってこそ、本作は作られたと言えるでしょう。
シリアで何が起きているのか、人質がどのような酷い目に遭っているのか私たちは知るよしもないのです。
アートゥアが人質の情報を聞き出す際に、シリアの重要人物が「お前たちが「IS」と呼んでいる武力勢力」という発言をしている場面がありました。
シリアの内情は複雑に入り組んでおり、様々な新興勢力がせめぎ合っています。私たちはそれら全てをまとめて「IS」と呼んでいるにすぎません。
ダニエルが誘拐された街も自由シリア軍が知らぬうちに他の勢力が街を支配しており、ガイドもそのことを知りませんでした。ダニエル自身も戦地には行かないから大丈夫だと言っており、シリアの内情をしっかりと把握していたわけではないでしょう。
ダニエルは生還後も報道カメラマンとして活動を続けています。自分よりもっとつらい目に遭っている人がいるとダニエルは言います。
危険な目に遭ってもなお伝えようとする写真家やジャーナリストの活動が、いかに重要なことかを伝えてくれます。
ISのしていることは許されざる行為です。しかし、彼らの憎悪、怒りは彼らのせいではありません。シリアで何が起こっているのか世界に伝えることは重要です。
一方で、シリアの人々にとって報道カメラマンや、ジャーナリストはあくまでよその国の人々であることも忘れてはならず、憎悪に憎悪で報復すれば何も変わりません。
ダニエルの壮絶な体験とともに“中立な”立場で報道することの難しさ、シリアが抱える様々な問題は他人事ではなく私たちが向き合っていくべき問題であると訴えかけています。
まとめ
突然拘束され人質となったダニエルの奇跡の生還劇を描いた映画『ある人質 生還までの398日』。
目にしたこともある、オレンジ色の囚人服を来た人質の様子。それまでに水面下で何が行われていたのか、人質の置かれた過酷な状況、資金調達に苦しむ家族の様子、支援をしない政府を描いています。他人事とは思えないそのリアルさに目を背けられなくなります。
しかし、本作はダニエル側の視点で描かれており、シリアの人々がどうなっているのか。「IS」とは何なのか、あまりにも知らないということも思い知らされます。「IS」の憎悪、怒りはどこからきてどこに向けられているのか。何のための見せしめの処刑をするのか。
危険な紛争地域に赴き、現状を伝える報道カメラマン、ジャーナリストらの重要さを考えるとともに、どのような立場で伝えるべきか、報道することの意味をも訴えかけるような映画になっています。