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映画『500年の航海』あらすじとネタバレ感想。キドラット・タヒミックが35年掛けて世界の歴史を覆した異色のドキュメント

  • Writer :
  • 吉田竜朗

映画『500年の航海』は、2019年1月26日(土)より、イメージフォーラムほか全国順次公開

最初に世界一周を成し遂げったのはマゼランではなく、エンリケという奴隷だった!?

「マゼランの世界一周」から500年の時が経とうとする今、フィリピンの鬼才キドラット・タヒミックが世間に植え付けられた誤ったイメージを覆えす!

今回はキドラット・タヒミック監督のドキュメンタリー映画『500年の航海』のあらすじと感想をご紹介します。

映画『500年の航海』の作品情報


(C)Kidlat Tahimik

【公開】
2019年(フィリピン映画)

【原題】
Balikbayan # 1 ― Memories of Overdevelopment Redux VI

【監督】
キドラット・タヒミック

【キャスト】
キドラット・タヒミック、ジョージ・スタインバーグ、カワヤン・デ・ギヤ、カトリン・デ・ギア、ロペス・ナウヤク、ウィッグス・テイスマン、ダニー・オルキコ、バージニア・デ・ギア、ライダ・リム、カリパイ・デ・ギア、トニー・ハファラ、ベンカブ、カブニャン・デ・ギア

【作品概要】
今作で監督、撮影、編集、美術、主演を務めた現在76歳のアジア・インディペンデント映画界の父ことキドラット・タヒミック。

デビュー作『悪夢の香り』をフランシス・F・コッポラに激賞され、その後いくつもの意欲作をこの世に残してきました。

そんな異才の新作『500年の航海』に出演する主要キャストは、彼の家族。

35年という月日の中で、フィクションと絡めながら家族の成長もを映してしまう、一風変わったドキュメンタリー映画です。

映画『500年の航海』のあらすじとネタバレ


(C)Kidlat Tahimik

先住民の格好をした老人がたくさんのフィルムが入った箱を拾い上げました。

すると、木彫りのブタと格闘する1人の男が、記憶から呼び戻されたかのように現れます。

彼の名は“エンリケ”

1500年代前半、現在のフィリピン諸島出身の、実質世界で初めて世界一周を成し遂げた伝説的人物。

彼は、その数奇な人生を全て木彫りで表現しました。

時は飛んで、現代のフィリピン。

静かな海岸の小屋でキリストの絵を描く画家の男はなにやら怪しい老人を見つけます。

石を選別し、抱える老人。

彼は急にその場に倒れてしまいます。

画家の男は彼を抱え込み、なにがあったのか尋ねます。

老人は地球が描かれた石を持ちながら「ハパオ…」とだけ呟きます。

老人はバスに乗り、ハパオへと向かいます。

大きな棚田、小さな道、そして民家が立ち並ぶ落ち着いた雰囲気の村。

彼はロペスという名の石彫刻家に会います。

「いい石だろ」と自慢するかのように言う老人はその石を柱に置く。

そして黙々と木を削り出す。彼は木彫りの職人でした。

暗室で写真を現像する画家の男。写真にはなぜかあの老人が写り込んでいる。

霊的な運命を感じた彼は、その人物の正体を探るための旅に出ることにします。

彼は「バギオにある芸術組合に手がかりがあるのでは」という情報を手に入れます。

彼は早速向かいますが、そこにはギャラリーやアトリエのような作業場はありません。

居酒屋の一室のような場所で歌を歌ったり、酒を飲みながら談笑する庶民的な芸術家達で賑わっていました。

画家は団体で座る芸術家達に「この人物を知っていますか」と尋ねます。

酔っ払った芸術家達は彼に謎の葉っぱを勧めるなどして、全く話を聞いてくれません。

逆に、なぜ彼を探しているのかと尋ねられると「なぜなのかはわからない」と返答します。

先が思いやれる画家は、ある映像アーティストの元へ。

彼は「ヨヨイ」という先住民の歌手に捧げる映像を編集していました。

画家は、その映像にちらりと映り込む人物があの老人にそっくりだということに気づきます。

「ヴォカス・スタジオにいけばわかるんじゃないか」というアドバイスをもらった画家は、決定的な手がかりを手に入れるため、そこに向かうことになりました。

“エンリケはどうやって世界一周を成し遂げたのか”

英語でナレーションをする監督キドラット・タヒミックが彼の伝説的航海の話を始めます。

以下、『500年の航海』ネタバレ・結末の記載がございます。『500年の航海』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)Kidlat Tahimik

イフガオ島出身のエンリケは外で洗濯物を干しているとき、風に吹かれて海に落ちてしまいます。

彼を拾ったのは海賊。エンリケは中国商人の元へ奴隷として売られてしまいます。

過酷な生活を強いられ暴力まで振るわれる中、そんな生活に嫌気が指し、脱出を試みるように。

丁度その頃、近くの港に停泊していたガレオン船の船長マゼランが家具を調達するために市場へ向かいます。

商品の箱の中に入って逃亡を図っていたエンリケはマゼランに見つかり、商人にばれないように箱ごと購入します。

箱に入っていたエンリケをタダで手に入れたマゼランは彼を奴隷として働かせます。

マゼランは器用なエンリケをまず、修道院のもとで修行させることにしました。

そこでエンリケはキリストやプラトン、ソクラテスなどの像を作りながら、彫刻の腕をグングンあげていきました。

マゼランの信頼を得たエンリケは、一緒にスペインに赴き、カルロス王に謁見します。

マゼランの目的は新たな航路で海を旅するための資金を援助してもらうおうというものでした。

しかし、王様はあまり乗り気ではありません。

場のわきまえなどを一切知らないエンリケは、玉座の近くにいた小さな虫と戯れ始め、周りの人間に失笑されてしまいます。

その中でも本当に楽しそうにに笑っていた王様の姪イサベリータ。

自閉症を患っている彼女は、15年もの間一度も笑ったことがなかったのです。


(C)Kidlat Tahimik

そんな状況を見た王様は条件付きでエンリケをマゼランからレンタルすることにします。

イサベリータは彼を犬のようにあやしたり、着せ替えごっこをしたり、オモチャのようにのように扱います。

しかし開放的になってきた彼女にとって、エンリケは特別な存在になっていきます。

ある日、彼女は“笑いの源”を探るため彼の体を遊びで問診し始めます。その名も“お医者さんゴッコ”。

周囲は二人の怪しげな関係を疑い出します。

それに激怒した王様は、二人を出来るだけ遠くに離すため、イサベリータをオーストリアに、エンリケを西の方へ送ることにします。

そこで白羽の矢が立ったのがマゼランでした。

奴隷の権利を返し、一緒に旅に行かせてしまうよう命令します。

エンリケのおかげか、やっとのことでマゼランは旅に出ることができました。

新たな路、現在マゼラン海峡と呼ばれる航海路を進み、一向は太平洋へ…。

お互い違う民族語を使うあるフィリピン人夫婦。

彼らの間には幼い子供がいます。夫婦は数字、身体部位の名称などを異なる言語で同時に教え始めました。

するとエンリケが航海士のピガフェッタに島の言葉を教えている場面とリンクし始めます。

彼もイタリア人に対して、数字、身体部分の名称を教え始めました。

画家は海岸であった老人を探すために「ヴォガス・スタジオ」に向かいました。

そこを仕切っているのは西洋人の女性です。

フィリピン芸術の素晴らしさに目覚め、本にまとめるなど精力的に活動するキュレーターで、彼女の名前はイサベリータ。

彼女はこんな話をします。

「人は別の形でもどってくると思うの」

画家は彼女が執筆したフィリピン芸術に関する本を拝借してその場を去りました。

「石は様々なことを語ってくれる」

海岸で石を集めていた木彫り職人の男が言います。

彼はフィリピンの街に出ていました。

鉱業法に反対する市民に賛同し、デモ鎮圧のために動員された警察官の前で、踊り歌う木彫り職人は新聞に写真が掲載されてしまいます。

その記事を手がかりに探索を進める画家でしたが、発見には至りません。


(C)Kidlat Tahimik

マゼランとエンリケの大航海は既に終盤を迎えていました。

ついにフィリピン諸島にたどり着いた探検隊一向は窮地にさらされます。

外国からの侵略に一貫して反抗していたマクタン島のラプラプ王が彼らを攻撃し始めます。

しかし、武力での解決を快く思っていなかった王は、“音”を使い退治しようとします。

竹で作った楽器を武器に仕立て、音を出し続けて相手を威圧するというものでした。

必死に音での攻勢を続けたラプラプ王でしたが、その伝統的攻撃が外部のものに効かないとわかると、仕方なく武力行使に出ます。

人数的にも分があるラプラプ王の軍勢は、ついにマゼランを追い詰め、彼をこの世から追放します。

マゼランの人生はフィリピンで終えることになりました。

しかし、幸運だったのがエンリケです。

実は、マゼランは生前、「私が死んだらお前を自由の身にする」という条約をエンリケと交わしていました。

丁度、フィリピン諸島でその条件が達成されたことで、彼はもう奴隷ではなく、1人の人間として故郷に帰ることが許されました。

既に故郷を離れ、10年近くが経っていました。

彼は村に帰ると、大歓迎されます。

世界一周を成し遂げた偉大な男としてではなく、無事生きて帰ってこれたことに対してでした。

画家はベンという男性キュレーターからモノクロ写真をはっきり現像できる人物を紹介されます。

早速彼の元へいき、現像すると、他の写真にもあの老人がハッキリと写り込んでいることがわかりました。

「これは取り憑いているのではない、君に接近しに来ただけだよ」
その人物は画家に言いました。

顔がハッキリと写真に浮かんだことで、発見にグッと近づいた画家は国内で行われている芸術祭に向かいます。

彼はそこでその老人を知る人物に会い、彼の居場所を聞き出します。

しかし、彼は人や騒音を嫌い、既にそこから離れていました。

絶対に諦めない画家は、キュレーターのイサベリータから更なる情報を入手し、山奥の村に向かいます。

長い道のりを辿って到着したのは、大きな棚田、小さな道、民家が立ち並ぶ、そうハパオの村でした。

木を削る老人。

そこに画家が現れます。

老人と画家は話を始めました。

「君はなんて名だ?」
「エンリケです」
「私はマゼランだ」

時代を超え、彼らの魂が再会した瞬間でした。

村はエンリケを歓迎し、笑顔でマゼランと共に踊りました。

映画『500年の航海』の感想と評価


(C)Kidlat Tahimik

木彫りのブタと格闘するタヒミック監督演じるエンリケ、輪廻転成したマゼラン、お医者さんゴッコを始める異なる立場のふたり…。

『500年の航海』での清々しいほど自由な演出と、そのハチャメチャぶりは、窮屈な生活や退屈な人生への最高の劇薬になること間違いなしです。

特に本人が“ディレクターズカット”と称するカオスな40分間が始まった時、「なにが始まったんだ!?」と呟いてしまいました。

章立てや脚本といった構成が一切ない断片的ショットのオンパレードで、世界一周を果たしたエンリケのすごさをトコトン語ったシーン、500年前のマゼランのガレオン船を再現しようとするタヒミック監督、とにかく当惑せざえるえない数十分になっています。

その一方、西洋からの侵略に対抗するラプラプ王が用いた“音”の攻撃を踏襲するように、彼はカメラを用いて、500年前の真実を探りながら、現代社会を見つめ直していました。

己の名誉のため、搾取と侵略を遂行していた500年前のマゼランと、その犠牲者になったエンリケ。

彼らの関係によって浮き彫りになったのは、西洋社会からの押し売りのような支援によって自らの文化が尊重されていない現状です。

現代において、豊かな国で盛大に謳われている利益追及のグローバリゼーションを強く批判しています。

ただ、彼は単純な批判に終わらせません。

それは、その先の希望のある世界を描くための単なる反省にすぎません

タヒミック監督が劇中で何度も口にする「虹の兄弟」という言葉。

それは最後に希望の光を見せたマゼランとエンリケの関係であり、西洋文化とアジア文化の絆でもあります。


(C)Kidlat Tahimik

2時間40分を超えるかなり異質な実験映画で、前衛的な作品であるかもしれません。

しかし、気後れする必要はありません。

タヒミック自身、そして家族の35年という月日が染み付いた本作を精一杯実感することで、奮い立つほどの情熱を感じることができるはずです。

まとめ


(C)Kidlat Tahimik

沢山のフィルムとヴィデオに記録された過去と現在、そして海と家族

それらが巧みに散りばめられた本作は、タヒミックいわく未だに進化を続けているのだとか。

なににも縛られず、飾らず、大胆に自らと世界をさらけ出したその清々しさを精一杯感じてみてはいかかでしょか。

映画『500年の航海』は、2019年1月26日(土)より、イメージフォーラムほか全国順次公開

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