2024年12月7日(金)よりポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町、第七藝術劇場、12月14日(土)シアターキノほか全国順次公開
面倒見がよく、絵がうまくて優秀な8歳ちがいの姉。両親の影響で医師を目指し、医学部に進んだ姉は突然夜中に叫んだり、事実とは思えないことを言い始めました。
統合失調症が疑われましたが、医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診から姉を遠ざけました。
弟である藤野知明監督は家を離れていましたが、このままでは変わらないと発症したと思われる日から18年経った日からカメラを家族に向け記録し始めました。
社会から隔絶され、状況は悪化の一途を辿る中、監督はカメラを通して家族との対話を重ねてきました。20年に渡って記録し続け、自分自身、そして両親に「どうすればよかったか?」と問いかけます。
本ドキュメンタリーは、姉が統合失調症を発症した原因を究明する訳でも、統合失調症について説明する訳でもないと監督は言います。正解のない問いかけはいつしか観客自身にも突きつけられていきます。
映画『どうすればよかったか?』の作品情報
【公開】
2024年(日本映画)
【監督】
藤野知明
【制作】
淺野由美子
【撮影、編集】
藤野知明、淺野由美子
【作品概要】
監督を務めた藤野知明は、日本映画学校映像科録音コースに通い、映像制作に携わってきましたが、2012年に家族の介護のために札幌に戻ります。そして、淺野由美子と共に「動画工房ぞうしま」を設立します。
『八十五年ぶりの帰還 アイヌ遺骨 杵臼コタンへ』(2017)、『とりもどす』(2019)などを制作。『どうすればよかったか?』(2024)は、山形国際ドキュメンタリー映画祭、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル、台湾国際ドキュメンタリー映画祭、フランクフルト・ニッポンコネクションなどで上映されました。
映画『どうすればよかったか?』のあらすじ
面倒見がよく、絵がうまくて優秀な8歳ちがいの姉。
医師であり、研究員でもあった両親の影響で姉も医者を志し、浪人を経て医学部に入学します。しかし、突然事実とは思えないことを言ったり、夜中に叫んだりするようになります。
統合失調症が疑われましたが、自身も医師である両親はその診断結果を認めず、精神科の受診から姉を遠ざけました。弟である藤野知明(監督)は、そんな両親の判断に疑問を感じ、実家を離れました。
しかし、このままでは何も変わらないと、姉が発症したと思われる日から18年後、映像制作を学んだ藤野知明(監督)は、帰省の旅に家族の姿を撮影するようになりました。食事の風景などを撮影しながら、両親の話に耳を傾けつつ説得したり、状況の改善に向け対話を試みます。
また、姉に声をかけ続けますが、状況は変わることなく悪化の一途を辿っていきます。そして両親は玄関に南京錠をかけ、姉を家に閉じ込めるようになります。
20年に渡りカメラを通して家族と対話し続けた監督は、「どうすればよかったか?」と自分自身、そして両親に映像を通して問いかけ、その問いかけは観客にも投げかけられているのです。
映画『どうすればよかったか?』の感想と評価
本作は、姉が統合失調症を発症した原因を究明する訳でも、統合失調症について説明する訳でもないと冒頭に出てきますが、統合失調症について軽く触れておきます。
統合失調症とは、考えや気持ちがまとまりにくくなる精神疾患です。人口の約1%に罹患するといわれており、原因やメカニズムははっきり分かっていません。
幻覚や妄想などの陽性症状、意欲の低下や感情表出の減少などの陰性症状、認知機能障害などの症状があります。
現在の治療法としては薬物療法が基本で、運動療法、作業療法、社会生活技能訓練(SST)なども行われます。
本ドキュメンタリーでは、発症したとされる頃から18年経った日から撮影が始まっています。18年治療という治療をせず、症状が悪化するままであったということです。
母親は、監督に対して「一緒に住んでいないから分からない。何も分かっていない」と言います。
確かに18年も両親が面倒を見続けてきたその大変さはあるでしょう。だからこそ、監督は第三者を入れて治療をしようと提案しているのです。
しかし、両親は頑なに治療や第三者に見せることを嫌がります。それはなぜなのでしょうか。
医師としてのプライド、世間体でしょうか?それとも第三者を信用していない、どうせ治療はできないと思っているのでしょうか。
勿論全てが両親のせいではないからこそ、監督は自分自身に対しても「どうすればよかったのか?」と問いかけているのです。
家族という近しい存在だからこそ、家族の問題は家族で解決すると思ってしまい、うちに籠り孤立してしまうという構図は、統合失調症に限ったことではないでしょう。
しかし、統合失調症の姉は、外に出て何をするか分からないと玄関に鍵をかけられて、何日も外に出ていない、閉ざされた環境においやられています。
姉が自分の意思で何かを伝えることを状況を打破することもできない、見方によれば親によって軟禁されている、意思を奪われているともいえなくもありません。
そんな姉に監督は話しかけ、「どうしたい?」と聞きますが、姉はその問いかけにも答えることができません。
悪化の一途を辿っていた状況が少しずつ変わってきたのは、両親が高齢になってきたことが関係しているかもしれません。
もはや姉を制御する元気がない、手に負えないということを認めざるを得なくなり、第三者に頼ることを考え始めたのではないでしょうか。
姉が発症したと思われる時代から現代になって精神科の病気について世間が認識するようになってきました。治療法を窓口もかなり広がったといえるでしょう。
それでも第三者の介入を拒んで孤立してしまう家族はまだまだいるのでないでしょうか。
「どうすればよかったのか?」後になって問いかけても、戻ってこないものはあります。かといって、両親を責めれば良いわけでもありません。
答えのない問いかけを模索する監督の姿に観客である私たちは何を思うでしょうか。誰かのせいにすることは簡単です。
しかし、自分が当事者だったらどうでしょうか。
観客である私たちにも、「どうすればよかったのか?」と問いかける本作は見た後も、心に残った何かを考え続けるような、そんなドキュメンタリーになっています。
まとめ
20年に渡って家族を撮影し、自分自身、そして両親に問いかけ続けたドキュメンタリー『どうすればよかったか?』。
本ドキュメンタリーは決して画質が良い、録音環境が良いとは言いがたく、聞き取りづらい部分も正直あります。
しかし、冒頭黒い画面のまま、何を言っているのか分からない姉の声が流れてきます。そのあまりのインパクトにどきっとしてしまいます。
劇中、大きな声を出す姉の姿が何度も映し出されます。何を言っているのか分からず、家族が宥めようとしても一向に聞きません。
どきっとしてしまうような剣幕の姉の姿は、家族にとっては日常であることに驚きを隠せません。
姉と向き合い続けた両親の心労も相当のものだったはずです。だからこそもっと早く第三者に頼れば良かったとも言えますが、家族だからこその難しさもあるのかもしれません。
近いけれど他人の家族。社会との繋がりの大切さを改めて感じます。