連載コラム「心を揺さぶるtrue story」第1回
読者の皆さま、はじめまして。連載コラム『心を揺さぶるtrue story』を担当させていただくことになりました、咲田真菜です。このコラムでは実話をもとに描かれた映画の魅力についてお伝えして参ります。
第1回目でご紹介するのは『剣の舞 我が心の旋律』です。この作品では、おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるであろう「剣の舞」を作曲したアラム・ハチャトゥリアンが実際に経験した物語を描いています。
映画『剣の舞 我が心の旋律』は、2020年7月31日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開されます。
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CONTENTS
映画『剣の舞 我が心の旋律』の作品情報
【日本公開】
2020年(ロシア・アルメニア合作映画)
【監督・脚本】
ユスプ・ラジコフ
【キャスト】
アムバルツム・カバニアン、ヴェロニカ・クズネツォーヴァ、アレクサンドル・クズネツォフ、アレクサンドル・イリン、イヴァン・リジコフ、インナ・ステパーノヴァ、セルゲイ・ユシュケーヴィチ
【作品概要】
1942年12月。コーカサス地方のアルメニアを舞台にしたバレエ『ガイーヌ』は、初演を目前にしていました。ところが、劇団幹部から最後を締めくくる勇壮な踊りの追加が命じられます。
時はソビエト連邦に大粛清の嵐が吹き荒れた数年後。命令は絶対であり、失敗したら作曲家人生は終わる…そんな重圧の中、1度聞いたら忘れられない「剣の舞」をひと晩で書き上げたのは、ソビエトが誇る現代作曲家のアラム・ハチャトゥリアンでした。
祖国アルメニアへの思いを音楽で表現する情熱の作曲家アラムを演じるのは、ロシアで舞台やTVで活躍するアンバルツム・カバニャン。
宿敵のプシュコフはアメリカのTVドラマ「24」などにも出演してたアレクサンドル・クズネツォフ。
脚本と監督はウズベキスタン出身のベテラン、ユスプ・ラジコフが務めています。
映画『剣の舞 我が心の旋律』のあらすじ
第二次世界大戦下のソ連。疎開中のキーロフ記念レニングラード国立オペラ・バレエ劇場は、10日後にお披露目するバレエ『ガイーヌ』のリハーサルに集中していました。
しかし、アラム・ハチャトゥリアンは振り付け家のニーナから修正を求められ、その上、文化省の役人プシュコフから曲を追加せよと難題を命じられます。
過去にアラムとトラブルを起こしたプシュコフは、周囲を巻き込み復讐のチャンスを虎視眈々と狙っていたのでした。
作曲家としての意地とアルメリア人としての誇りを胸にアラムはピアノに向かいます。
さまざまな感情が渦巻く中、鍵盤の上でひとつのリズムが踊り始めました。それが世界で愛される『剣の舞』。
この曲には民族の悲しみと世界平和への祈りが込められていました。
映画『剣の舞 我が心の旋律』の感想と評価
「剣の舞」誕生の裏に潜む暗い歴史
この作品は、主人公の作曲家・アラム・ハチャトゥリアン(アンバルツム・カバニャン)が代表作「剣の舞」を1942年12月にひと晩で書き上げた背景を描いています。
それは若い頃のアラムが実際に経験したほんのわずかな期間の出来事なのですが、この物語の特徴は、曲の誕生までの経緯を詳細に描くというよりも、第二次世界大戦下のソビエトで、粛清に怯えながら暮らさなければいけない時代がどういうものだったのか、また、祖国アルメニアで起きた悲劇を忘れることなく生きているアラムの姿を等身大に描いているところです。
そのため「剣の舞」の誕生は物語の後半でスピーディーに描かれていきます。そこにたどり着くまでは、共産党の命令は絶対という体制のもと、それに逆らうことができない時代の暗さが中心となります。
そんな暗い時代にスターリン賞を受賞するなど、作曲家としての地位を確立したアラムの心の中には、常に祖国・アルメニアの風景があります。
雪が降り積もる寒くて暗いソビエトの地とは対照的に、美しいアルメニアの風景がたびたび映し出されます。
そしてこの物語を通して、アルメニアで起きた大虐殺という悲劇の歴史を知ることができます。
この出来事が世界で黙殺されたことによって、その後のファシズムやユダヤ人虐殺が起きたのだという事実はとても重いものです。
祖国で起きた悲劇を常に胸に抱きながら生きるアラムは、その想いを音楽にぶつけていきます。
そして誕生したのが、激しく鳴り響く木琴の音とサクスフォーンの旋律が特徴的で、たった2分30秒の曲なのに強烈なインパクトを残す「剣の舞」だったのです。
宿敵・プシュコフの「ゲス男」ぶり
アラムが「剣の舞」を生み出したのは、宿敵ともいえるプシュコフ(アレクサンドル・クズネツォフ)が目の前に現れたことがきっかけとなります。
文化省の役人であるプシュコフは、かつてアラムとひと悶着を起こしたことがありました。
アラムの才能をねたんでいたプシュコフは、アラムが一番言われたくない言葉を投げかけたのです。激怒したアラムとは、その日を境にして絶縁状態となりました。
バレエ『ガイーヌ』の上演を目前にして、連日のように舞台に変更が生じ、その対応に追われて不眠不休で働くアラムの目の前に、プシュコフは登場するのです。
作曲家として評価されているアラムをなんとか引きずりおろしたいと画策するプシュコフは、ねちっこく、まるで蛇のようにアラムを狙います。
アラムに憧れるバレエ団のソリスト・サーシャ(ヴェロニカ・クズネツォーヴァ)に色目を使ったり、サーシャに想いを寄せる失業寸前のサクスフォーン奏者・アルカジーを利用してアラムをハメようとしたり、まさに「ゲス男」そのものです。
これは、当時のソビエトを色濃く表しているのかもしれません。共産党の上層部に目を付けられたら最後、どこまでもしつこく追い詰めていく手法は、当時当たり前のように存在していたのでしょう。
そして極めつけが『ガイーヌ』の上演まで1週間と迫った時、最終幕に士気高揚する踊りを追加しろと命じます。
しかしプシュコフの無茶ぶりに対して果敢に挑み、名曲を生み出したアラム。そこには共産党の思想のもとに芸術が抑圧されていた時代の暗さに立ち向かう力強い姿がありました。
随所に盛り込まれる美しいバレエと旋律
「剣の舞」の誕生は物語の後半で一気に描かれますが、物語の中では、バレエや音楽がふんだんに盛り込まれ、音楽映画ならではの見どころがたくさんあります。
アラムが友人である作曲家、ショスタコーヴィチとオイストラフと親交を温める場面が登場するのですが、物語の全般を通して憂鬱そうに暗い表情を見せるアラムが、唯一笑顔を見せる貴重なシーンとなります。
『ガイーヌ』上演へのプレッシャーで疲労困憊し、入院したアラムの陣中見舞いに現れたショスタコーヴィチとオイストラフ。音楽とどのように向き合えばいいのか悩むアラムにとって、親友たちとの音楽談義は大きな癒しとなります。
そしてその延長線で3人がストリートミュージシャンとともに、街中で楽器を演奏し、楽しい音楽を繰り広げます。
著名な作曲家3人が実際にこのような演奏をしていたのであれば、その場に居合わせた人たちは、なんとラッキーなのだろうと羨ましい気持ちになりました。
また、戦地に向かう兵士たちの慰めになるようにと上演されるバレエも見どころの一つです。
生きて戻れるか分からない、二度とバレエを観ることはできないかもしれない若者が、目を輝かせながら舞台に目を向ける姿は、切ないものがあります。
芸術は、ほんのひとときでもつらい現実から解き放ってくれる力があるものだと、改めて感じられるシーンとなりました。
まとめ
表現の自由が抑圧されていた時代に、苦悩しながらも芸術に真摯に向き合い名曲「剣の舞」を生み出したアラム・ハチャトゥリアンの姿に心をギュっとつかまれる本作。
そして抑圧する側であるプシュコフが物語の中で発する「音楽を侮ってはいけない」という言葉も心に深く刻まれます。
もちろんプシュコフがこの言葉に込めた想いはネガティブなものですが、ある意味言い得て妙だと感じられました。
どんな時代も音楽は人の気持ちに寄り添い、影響を与えるものだということが、この作品を通じて改めて感じることができたからです。
今、世界中でエンターテインメントが直面している危機的な状況の中、やはり音楽の力は偉大なもの、決してなくしてはいけないものだと再確認できる作品に出会えたような気がしてなりません。
映画『剣の舞 我が心の旋律』は、2020年7月31日(金)より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開です。