連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第139回
今回ご紹介するNetflix映画『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』は、1981年2月16日コネチカット州で実際に起こった、アメリカ史上初にて唯一「弁護側が裁判にて“悪魔の憑依”を理由に無罪を主張した」という奇妙な殺人事件のドキュメンタリー映画です。
本作では、この事件の発端となった「悪魔に取り憑かれた」という11歳の少年と家族に関わった世界的に有名な霊能研究家・霊能者のウォーレン夫妻にまつわる疑惑にも迫ります。
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CONTENTS
映画『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』の作品情報
【配信】
2023年(イギリス映画)
【原題】
The Devil on Trial
【監督・脚本】
クリス・ホルト
【作品概要】
脚本・監督を務めたクリス・ホルトは、アメリカ国内のメディア関連対象の賞である「ピーボディ賞」を受賞し、英国アカデミー賞に3回ノミネートされた経歴を持つイギリスの作家・監督・プロデューサーです。
本作は実際の音声や写真、ホームビデオや、当事者による証言に基づいた再現ドラマで構成されています。また本作で扱われている実際の事件は、アメリカのテレビドラマや『死霊館 悪魔のせいなら、無罪。』としても劇映画化されています。
映画『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』のあらすじとネタバレ
「ブルックフィールドの事例1980年8月14日」と題された録音テープからは、この世の者とは思えない唸り声と、なだめようとする母親に「お前はクズだ」と子が罵り不気味に笑う声が流れます。
そして、唸り声の主に向かいポラロイドのシャッターが切られます……そこに写ったのは、虚ろな表情の少年が大人たちに押さえつけられている姿でした。
“善人と悪魔の戦い”……アメリカ・コネチカット州のある家に現れ、11歳の少年デヴィッドに取り憑き数十年が経った今、“悪魔”は弁明のためにカメラの前で証言します。
「悪魔に憑依された」という11歳の少年の出来事は、“悪魔の憑依”を承認させる裁判へとつながり、全米にニュースで報道されます。
その裁判はコネチカット州ブルックフィールドで起きた殺人事件の裁判です。友人を殺害した犯人は「悪魔に憑依されたから」と供述し無罪を主張したのです。
この事件を担当した刑事は、その供述を冗談と一蹴し、酔っぱらった末のいざこざによる刺殺事件に過ぎないと思っていました。
しかし、この刺殺事件には「悪魔に憑依された」という11歳の少年が大きく関わっており、彼にとってこの黒歴史は、大人になっても語りたくないトラウマになっていました。
少年は大人になりカメラの前に座り「あのことは誰にも知られてはいけない、家族の秘密だった」と自分に何が起こっていたのか……ゆっくり語り始めます。
11歳のデヴィッド・グラッツェルは両親と姉のデビー、二人の兄カールとアランと平凡で幸せな日々を暮らしていました。
デヴィッドは家族のことを忠実に伝えてほしいと念を押します。のちに根も葉もないことをでっちあげられ、家族のことが捏造されて伝えられたからだと話します。
姉のデビーにはアーニーという恋人がおり、結婚して暮らすための良い物件を見つけ、家族総出で引越しの手伝いをすることになります。
デヴィッドは新居に着くなり、家に奇妙な感覚を覚え気味の悪さを感じました。それでも引越しはお構いなしに進み、彼は主寝室の掃き掃除を頼まれます。
他の家族は別の部屋の掃除や片づけで分散しますが、デヴィッドが動揺しながら外へ飛び出していくのを、デビーが別の部屋の窓から見かけました。
どうしたのかと尋ねるとデヴィッドは「家に帰りたい」と訴えます。母のジュディが全部済んでからと言っても、彼は一刻も早く家から離れたいと感じます。しかし、その理由を家族に話そうとはしませんでした。
帰宅した晩、家族は普通に夕食を済ませますが、兄のアランはその晩のデヴィッドについて「機嫌が悪かった」と振り返り、就寝前にデヴィッドがその理由を話し始めます。
引越しの手伝い時、デヴィッドが一人で主寝室の掃除をしていると、何かの気配を感じました。その気配は静かにデヴィッドに近づき、彼をベッドに押し倒しました。
そしてデヴィッドが顔を横に向けた時に、ハロウィンの悪魔のような、目が石炭の塊のように真っ黒な何者かを見て「気をつけろ」と言われたと明かしました。
デビーが「何に気をつけろと言われたのか」と聞くと「お前の魂がほしい、だからすぐに迎えに行く」と言われたと話します。
アーニーがデヴィッドに「薬でも飲んだのか?」と聞くほど、誰もその話を信じませんでした。ジュディは早く寝るよう促し家族は就寝しますが、デヴィッドだけは寝つけずにいました。
家の外に何かの気配を感じて見に行くと、暗い藪の中に何者かがいるのを見た気がしますが、目をそらしてもう一度見た時には何もいませんでした。
デヴィッドの訴えで不安に駆られたジュディは、地元の教会のデニス神父に電話をかけました。そしてデヴィッドの話をし、家を清めてほしいと相談します。
デヴィッドはジュディのことを信心深い母だと言い、自分たちもカトリック教会で聖餐式や堅信礼を受けていたので、神と悪魔の存在を信じていたと話します。
しばらくしてデニス神父が家を訪れ、家を清める儀式を行います。全ての部屋を清め終わり、家族は安堵しますが、それは恐怖の始まりに過ぎませんでした。
映画『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』の感想と評価
「“悪魔”の存在」を認めた裁判とは
ドキュメンタリー映画『トゥルーホラー: 悪魔が私に殺させた』は、“アーニー・ジョンソン事件”という実際の事件が起きた過程の真実を映した映画です。
副題にも「悪魔が私に殺させた」とあるように、裁判での争点は「“悪魔”は実在するのか」を実証するかのような事件でした。
ドイツでも同様の事件で、過失致死罪として禁固6ヶ月・執行猶予3年の有罪の判決が言い渡された裁判がありました。有罪でありながら、悪魔の存在を認めた形の判決と言われています。
ドイツで発生した、アンネリーゼ・ミシェルという女子学生の“悪魔憑き”によるものと思われた死亡事故。教会は悪魔憑きを認め、悪魔祓いを施したもののアンネリーゼは死亡し、裁判へと発展した事件です。
アーニーの弁護士はこの裁判を参考にし、量刑も同様と考えたのでしょう。しかし、結果的にはアーニー・ジョンソン事件の判決の方が重く下されました。
この実話は多数書籍化され、『エミリー・ローズ』(2007)として映画化もされています。
カトリックへの敬虔な心を蝕むもの
カトリック教会の教えの中には悪魔の存在を使って、神の偉大さや奇跡を通じて「信仰の必要性」を説くものもあります。それゆえに“悪魔”の存在を否定する言動はご法度ともいえます。
しかし科学が進歩した現代においては、“悪魔の仕業”と呼ばれる現象も、科学的に証明できる時代に入り、否定も肯定もできない時代に入っています。
ドイツでの事件に関しても、女性が敬虔なクリスチャンであったことからも、宗教的ヒステリーを発症し精神障害となり、周囲の精神障害に対する誤認や保護者の怠慢、虐待によるものと位置づけています。
『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』の証言者たちの話を見ても、酷似している要因があります。違っているのは当時、ウォーレン夫妻がセンセーショナルに登場し、二人の存在が事件を“霊障”と助長していたことです。
ウォーレン夫妻がカトリック教に除霊させるのは、自分たちの見解を認めさせるための手段だったのでしょう。「教会は悪魔の存在を否定しない」と知っているからです。
しかし近年のカトリック教会は、古代に行われていた儀式を執り行うことには、慎重にならざるを得ないと理解しています。科学が発展した時代の流れとともに安易に拒否したり、承諾できない立場となったからです。
つまり悪魔祓いが成功しても失敗しても、世間に混乱がおきます。成功すれば教会の信用は安定する反面ビジネスにもつながり、失敗すれば信用が下がりバッシングが待っているからです。
このように慎重な教会を説得するため、多くの証拠が必要でした。夫妻がデヴィッドに起きる現象を記録させたのも、一家を自分たちの術中にはめるための準備ともとれました。
グラッツェル家の人たちはウォーレン夫妻をそのように判断していました。そして、母ジュディが家族に薬を飲ませていたとすれば、不幸な偶然が重なり招いてしまった事件なのだと感じます。
まとめ
映画『トゥルーホラー:悪魔が私に殺させた』は、実際にあった“アーニー・ジョンソン事件”を振り返り、悪魔に取り憑かれた真実と1980年代に注目された、心霊研究家・霊能者の夫婦に見え隠れする闇の部分も追及します。
冒頭にテロップで紹介された「“善人と悪魔の戦い”」。それは「善人=グラッツェル家の人たち」「悪魔=ウォーレン夫妻」を意味するのでは……と最後に連想させました。
「気の持ちよう」という言葉がありますが、本作で描かれた悪魔の存在を巡る事件は、悪魔にではなく、“悪魔の仕業”という概念に取り憑かれてしまった人々の悲劇といえます。
ロレインが「悪魔は弱った頃に憑依する」と言いますが、何かをきっかけにアーニーの心が悪に支配され、悪魔の仕業という概念によって罪を犯しました。
ロレインには本当に霊能力があったのかもしれませんが、彼女自身が悪魔に憑依され思考を奪われ、詐欺的な行為を重ねていたようにも思わせます。そして彼女の力を利用したのが、夫エドだったともいえるでしょう。
神や悪魔は「気の持ちよう」でいかようにも捉えられる。ならばどんな困難が起きても、何かのせいにするのでなく、自信の気持ちが強ければ乗り越えられる……そう思わせてくれるドキュメンタリーでした。
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