『アンダードッグ』は、東京国際映画祭2020のTOKYOプレミア2020にてワールド・プレミア上映!
2020年実施の東京国際映画祭。そのオープニングを飾った作品が、森山未來・北村匠海・勝地涼をキャストに迎えたボクシング映画、『アンダードッグ』です。
様々な思いを抱きながらリングに立つ、栄光に縁遠い男たちが拳を交えた時、胸を打つドラマが展開。
俳優たちの肉体を駆使して描く激闘が、ありがちなサクセスストーリーを越えた感動を生みます。前・後編に渡る熱い物語が今、幕を開けて…。
CONTENTS
映画『アンダードッグ』の作品情報
【公開】
2020年 前編・後編同日公開(日本映画)
【原作・脚本】
足立紳
【監督】
武正晴
【出演】
森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、熊谷真実、水川あさみ、冨手麻妙、萩原みのり、新津ちせ、友近、秋山菜津子、芦川誠、二ノ宮隆太郎、上杉柊平、清水伸、坂田聡、徳井優、佐藤修、山本博(ロバート)、松浦慎一郎、竹原慎二、風間杜夫、柄本明
【作品概要】
“かませ犬(アンダードッグ)”としてリングに上がり、ボクシングにしがみつく男。チャンピオンを目指す天才ボクサー。自堕落な生活の中でリングに立った芸人。
三者三様の理由を持つ男たちが、再起という名のリングに立つ姿を描く、感動のボクシング映画です。
主人公を演じるのは俳優のみならずダンサーとしても、国内外での活躍の場を広げる森山未來。彼と対決する、将来を嘱望される若きボクサーを北村匠海、屈折した思いでリングに上がる芸人ボクサーを勝地涼が演じます。
監督は第39回日本アカデミー賞5部門受賞の作品、『百円の恋』(2014)を手掛けた武正晴。『百円の恋』の脚本で、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を獲得した足立紳が原作・脚本を務めました。
本作は前編・後編からなる劇場版と、全8話からなる配信版が存在する作品です。
映画『アンダードッグ』のあらすじ
【前編】
一度はチャンピオンを目指したボクサー、末永晃(森山未來)。
しかしその地位から転落し、”かませ犬(アンダードッグ)”としてリングに上がり、ボクシングにしがみつく日々を過ごしていました。
幼い息子の期待に応えられず、副業で生活費を稼ぐ日々を送る彼は、ある日若きボクサー・大村龍太(北村匠海)と出会います。
芸人として鳴かず飛ばず、大物俳優の二世タレントで自堕落に生きる芸人、宮木瞬(勝地涼)。彼は番組の企画で、ボクサーとしてリングに立つことになりました。
その対戦相手に選ばれたのが末永です。誰もが無謀と信じる試合に向け、トレーニングに励む宮木。
ボクサーとして遥かに格上の末永に、宮木は自分の存在を証明するかのように挑みます…。
【後編】
ボクシング界で、そして人生においても”かませ犬”から”負け犬”に転落し、プライドを打ち砕かれた末永。
身近な人々の期待にも応えることが出来ず、彼は身も心も堕ちていきます。
一方実力を見せつけ、チャンピオンへの道を歩んでゆく大村。公私ともに充実していた彼でしたが、過去に起こした出来事がその将来に影を落とします。
転落しながらも、自分のよりどころはボクシングと気付いた末永に、大村との対戦話が持ち込まれました。
とある事情から彼との対戦を強く望む大村。この試合に再起をかける末永。
血と涙が飛び散るリングの上で、男たちの意地がぶつかり合います。果たして試合の行方は。熱戦の果てに、3人の男が掴んだものとは。
映画『アンダードッグ』の感想と評価
映画『ロッキー』(1976)に代表される、熱いドラマを生むボクシング映画。漫画でも『「あしたのジョー』や『はじめの一歩』など、記憶に残る名作の数々が誕生しました。
敗者の美学が描かれることもありますが、王道は感動のサクセスストーリー。総合格闘技映画『ウォーリアー』(2011)も、この系譜につながる名作です。
しかし『アンダードッグ』は、この王道の物語ではありません。彼らは成功のためではなく、自分自身のために闘います。
その意味では本作に一番近い映画は、ヴェネツィア映画祭金獅子賞とゴールデングローブ主演男優賞受賞し、俳優ミッキー・ロークを復活させた『レスラー』(2008)かもしれません。
本作のリング上での試合シーンは、過去のボクシング映画・格闘技映画にも例を見ない、実に迫力あるものに仕上がっています。
森山未來・勝地涼のボクシングに圧倒!
左から森山未來、勝地涼
この白熱のシーンについて、舞台挨拶に登壇した森山未來・勝地涼が語ってくれました。
無論闘いを演じる「振付」はあるものの、実際にリングに上がり観客に囲まれ声援と、湧き上がるアドレナリンを感じながら、拳を交えたものと証言しています。
ボクシングはテンションが上がるものの、反面クールでなければ成り立たないスポーツで、それを意識したと語る森山未來。
一方、自身の演じた役柄は動きが大きくガードを固めているため、意識しても周囲が見えない。そこで自分は動きのきっかけを覚え、全体の動きは対戦相手である、森山未來に引っ張ってもらった、と語る勝地涼。
信頼の上で実際に殴られ、監督が相当数のエキストラを盛り上げ演出したおかげで、臨場感を持ち実際の試合のような感覚で演じられた、と言葉を続けています。
森山未來は撮影の1年前から、勝地涼は半年前から、肉体改造に取り組みました。
体を作り上げボクシングの動きを覚え、ボクシングトレーナーの松浦慎一郎の指導で見せる動きと、役柄のボクサーのスタイルを身に付けた森山未來。
しかし演じる試合の「振付」は覚えられても、自分には実際に人を殴る、殴られる経験は無かった。そこでスパーリングを通して殴る、殴られる経験を積んだ……。
この経験からボクサーが憑りつかれる、そして観客が興奮を覚える、本能的なエネルギーを肌で感じた、と森山未來は語ってくれました。
そして役柄としてボクサーらしからぬ、大振りして外すなど動きの大きな対戦相手を演じた勝地涼。
これは非常に体力を消耗するもので、無論ボクシングの練習はしたものの、ともかく体力作りに徹したと語っています。
トレーニングに現れた監督から今のはイイね、これを練習シーンに取り入れよう、と声をかけてもらい、準備段階から映画を作り上げたと舞台裏を語りました。
ボクシングへのこだわりと熱気
ボクシング映画あるいは格闘技映画では、試合シーンは映画的に加工して画面に登場します。多くの場合『ロッキー』のように、試合は編集で短くテンポ良く見せます。
またマーティン・スコセッシ監督と、ロバート・デ・ニーロの『レイジング・ブル』(1980)に倣い、スローモーションやストップモーション、クローズアップを駆使して描きます。
しかし『アンダードッグ』がこだわるのは、リアルタイムな感覚で見せる試合展開と、観客が試合の当事者になったかのような臨場感。
初めて1人で映画館で映画を見たのは、中1の時の『レイジング・ブル』だった、と記している武正晴監督。
自作『百円の恋』では『レイジング・ブル』にオマージュを捧げたシーンを撮影し、その経験から改めてスコセッシ監督の偉業を実感したと振り返っています。
本作で改めて、本格的なボクシングシーンに挑んだ監督。上映後のQ&Aでその舞台裏を語ってくれました。
台本の中に描かれた人物を誰にするか、キャスティングこそが一番の演出だ、と語る武監督。
シナリオが上がった段階で、森山未來、北村匠海、勝地涼の名がまず上がり、役柄に合う希望の人物をチョイスできたと話してくれました。
実力ある俳優陣なので芝居の話はしなかった、ボクシングの話ばかりしていたと続ける監督。
『百円の恋』にも出演したボクシングトレーナー、劇中では北村匠海のセコンド役でもある松浦慎一郎の力によって、満足いくシーンが作れたとも。
生き辛い環境に暮らす人々
原作・脚本の足立紳は、劇中に登場した性風俗産業やDV、虐待といったものは本作のためではなく、別作品や新たな企画として取材していたものだった、と語ってくれました。
『アンダードッグ』を作る際、主人公の設定をどうするかと考えた時、中途半端な人間である彼が這い上がるためには、相当な出来事が彼の身に起きる必要がある、と判断した足立紳。
主人公を厳しい状況に置き、自分自身の甘えを直視させ、それを這い上がる一歩にする。そのため彼の周りには、より厳しい状況に置かれた人間を配置した、と説明してくれました。
これにより本作は『あしたのジョー』や、寺山修司監督の『ボクサー』(1977)を思わせる、社会の底辺に生きる人々の姿を、生々しく描いた作品になっています。
中でも印象に残る役を演じたのが二ノ宮隆太郎。本作のコメディリリーフでありながら、同時に極めて重要な存在となる役を演じます。
アドリブ要素がありそうな、実にクセのある演技を披露していますが、言葉に詰まるところを含め、実は全てが台本通りのものでした。
ドラマ『全裸監督』(2019~)演出中、ある重要な役の起用を誰にすべきか悩んでいた武監督。
その時に足立紳から、二ノ宮隆太郎が出ている(監督・脚本・編集も務めた)映画『枝葉のこと』(2017)が面白い。彼はとんでもない俳優だと教えられ、起用します。
『アンダードッグ』の脚本を読んだとき、この木田という役は二ノ宮隆太郎しかないと考え、プロデューサーに推薦しました。
その他脇を固めた俳優陣が、難しい役を見事に演じてくれたおかげで、素晴らしい作品になったと監督は語っています。
彼らの様々な劇中でのエピソードは、全8話の配信版でより深く描かれています。
まとめ
激しいボクシングの戦い、そして厳しい環境に生きる人々の描写が胸を打つ映画『アンダードッグ』。
本作を森山未來は、生きる事に困難を感じる人たちが、立ち上がってもう一歩進むきっかけになる、勝ち負けを越えた先にあるものを掴む、その後押しになればと語っています。
登場人物の様々な葛藤を描き、最後に一つの結末を見せてくれるボクシング映画。
『ロッキー』ではスタローンは「エイドリアン~!」と叫び、『レイジング・ブル』ではデ・ニーロが鏡に映る己と向き合い、物語を締めました。
しかし本作は、長い時間をかけて見せるリング上の試合こそがクライマックス。
様々な葛藤も思いも、セリフではなく躍動する肉体の言語で描きます。
武正晴監督と足立紳、ボクシング戦の見せ場を作り上げた松浦慎一郎、そしてリングに立つことを委ねられた3人の俳優により、見事なシーンが作り上げられました。
本作のボクシングの激しさと完成度、そしてそれが描く人間の魂の叫びに注目して下さい。