連載コラム「Amazonプライムおすすめ映画館」第10回
今回ご紹介する映画『僕を育ててくれたテンダー・バー』は、ピュリッツァー賞を受賞したジャーナリストで作家のJ・R・モーリンガーの自叙伝を『ミッドナイト・スカイ』(2020)、『グッドナイト&グッドラック』(2006)のジョージ・クルーニーが監督を務め映画化しました。
JRが生後間もないころ両親は離婚したため、彼は父の顔を知りません。養育費が滞る父、数年後には生活がままならなくなった母はニューヨークのロングアイランドの実家に帰ります。
父親の面影を探しつつ、少年JRは祖父母や伯父のチャーリーや彼の経営するバーの常連客との交流の中で、母の夢や自分の夢と葛藤する青年期を経て成長する日々を描きます。
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CONTENTS
映画『僕を育ててくれたテンダー・バー』の作品情報
【公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
The Tender Bar
【監督】
ジョージ・クルーニー
【原作】
J・R・モーリンガー
【脚本】
ウィリアム・モナハン
【キャスト】
ベン・アフレック、タイ・シェリダン、ロン・リビングストン、リリー・レーブ、クリストファー・ロイド、マックス・マーティーニ、ソンドラ・ジェームズ、マイケル・ブラウン、マシュー・デラマター、マックス・カセラ、レンジー・フェリズ、アイヴァン・リュン、ブリアナ・ミドルトン
【作品概要】
父親のいないJRにアメリカの男としての生き様、JRの資質をみつけアドバイスする伯父チャーリー役には、『アルマゲドン』『恋におちたシェイクスピア』(1998)、『パール・ハーバー』(2001)のベン・アフレック。
ベン・アフレックはこの作品でゴールデングローブ賞最優秀助演男優賞にノミネートされました。
青年期のJRを演じるのは『グランド・ジョー』(2013)で、第70回ベネチア国際映画祭の新人賞を受賞した、タイ・シェリダン。
高学歴で有識者でありながら低収入という変った祖父役に、「バック・トゥ・ザ・ヒューチャー」シリーズのドク役で人気のクリストファー・ロイドが務めます。
映画『僕を育ててくれたテンダー・バー』のあらすじとネタバレ
1973年、家賃を3カ月滞納して追い出されたJR(ジェーアール)と母ドロシーは、ドロシーの実家へ転がり込みます。彼女の実家には姉やその子供たちも帰ってきていて賑やかでした。
一人っ子のJRにとっては従弟たちのいる賑やかな家は楽しいものでした。特に父親のいない彼にとって、伯父のチャーリーは大人の男性としての憧れや頼もしさを感じています。
JRの父は “ザ・ボイス”として、ニューヨークでラジオのDJをしています。JRは父の顔は知りませんでしたが、こっそり父のラジオ番組を聞いて思いを馳せていました。
そんなある日、父親から電話があり野球観戦にいかないか?と誘われます。18時30分に迎えに行くといわれ、JRは顔は知らないけど“直感”でわかるはずと、2時間前から家のポーチで待ちます。
しかし、彼が迎えに来ることはありませんでした。養育費の未払いが原因で逮捕され、ニューヨークを出ていました。ドロシーはJRに“二銃士”で生きていこうと励まします。
事情の分からないJRは、自分が何か“やらかした”せいで父親は来なかったと思いました。
チャーリーは「ディケンズ・バー」という酒場を経営しています。JRはチャーリーから“男の作法”を伝授されました。
その中でも「本物の男なら“母親”を大切にすること。何があっても女性に手をあげてはいけない」と強く言い聞かせました。
チャーリーは学歴はありませんでしたが、たくさんの本を読み知識が豊富でした。店にもたくさんの本があり、JRは自由に読んでいいか聞きます。
チャーリーはJRにスポーツのセンスはないから、スポーツに希望は持てないと言います。しかし、本を沢山読めば「作家になれるかもしれない」と読書を推奨します。
JRはチャーリーのその言葉の影響で“作家”になる夢をもちました。
JRの祖父は記憶力がよく、ギリシャ語やラテン語も話せる大卒にも関わらず、高収入の仕事はしていない、ちょっと変わった人でした。
ドロシーはそんな祖父を「愛情をケチる人」と表現し、“女性は結婚して母になるものだ”という考え方です。つまり、祖父に愛と理解がなかったせいで、大学に進学できなかったとぼやきます。
そんなドロシーにとってJRは希望が詰まった存在で、彼にハーバードかイエール大学に行って勉強するよう訴えます。
チャーリーからはあまり高望みするなといわれ、祖父は1日13ドルの収入では無理だと言います。
ドロシーは構わず続けて大学を卒業したら“ロースクール”に行くよう言います。すると祖父は「弁護士にして養育費を払わない父を訴えるのか?」と言い放ちます。
しばらくすると突然、ザ・ボイスがJRに会いに訪ねてきます。近所をドライブしながら近況を聞きます。
JRは実家での生活は楽しいけど、ドロシーはいつも悲しそうだと伝えます。ボイスが自分を責めているか訊ねますが、JRは何も答えません。
ボイスは女というのは物事の“原因と結果”を考えないといい、「自由を望んでおいて、いざ自由を与えると怒る」と例えます。
ボイスはラジオをよく聴いているJRにDJになりたいか聞きますが、ドロシーが弁護士になるよう言っていると話します。
実家の前に戻るとボイスは鵜呑みにするなと言いながら、数十ドルを手渡しJRを「ジュニア」と呼びました。
しかし、JRは自分には“アイデンティティ”がないというと、ボイスは「IDの事なら取ればいい」といって別れを告げます。
チャーリーは貸した30ドルを返すよう迫りますが、ボイスは彼を殴ったり蹴ったりして借金を踏み倒します。
その晩JRはドロシーになぜボイスと結婚したのか聞き、彼の“ジュニア(Jr)”とは呼ばれたくない、同じ名前は嫌だと訴えるとドロシーは「好きな名を名乗ればいい」と言います。
ある日、JRはディケンズ・バーに行きチャーリーに「ママが来れないんだ」と話すと、チャーリーが代わりに行ってあげると申し出ます。
そこはJRが通う小学校のカウンセラーの面談のことでした。学校の課題で名前の由来を調べることになったが、JRは名前の意味を話したがらないと言います。
チャーリーはJRは“ジェーアール”で意味はなくどこに問題があるのかと尋ねます。カウンセラーは“イニシャル”と解釈していましたが、父親の不在が理由でジュニアの意味を隠しているのであれば問題だと指摘します。
そして、名前の意味を探し悩んでいる間は、自我(アイデンティティ)が確立できないと説明しますが、チャーリーは安易に父親の不在を誇張し、傷つけていると反論します。
JRは「家族新聞」を作り祖父母やチャーリーとドロシーに見せます。ドロシーはよくできていると大絶賛します。
ところがチャーリーはなかなか褒めず「将来有望」と感想を述べると、自分の部屋のクローゼットいっぱいにある本を全て読むよう言いました。
映画『僕を育ててくれたテンダー・バー』の感想と評価
“上層中流階級の下”の意味とは
チャーリーがジョージ・オーウェルのことを“上層中流階級の下”といったのは、ジョージ・オーウェル自身がそう自分の身分を称していたからです。
ジョージ・オーウェルの先祖は資産家で裕福な家系でしたが、階級は上流でも裕福さは受け継がれず、父はインドの高等文官として務めていたからです。
また、学業優秀だったジョージ・オーウェルは有名進学高校と、名門イートン・カレッジとウェリントン・カレッジの両学校を推薦及び奨学金を受け進んでいます。
ところが学業よりも遊びに興じた彼は、のちに有名人となる知識人とのパイプを逃すことになります。
チャーリーはジョージ・オーウェルと同じように、奨学金で進学できたJRに楽をせず、さまざまな経験を積むよう教えたかったのでしょう。
そして、後のJRはこのジョージ・オーウェルのようなジャーナリスト兼作家になります。
オーウェルはビルマのマンダレーで警察官になります。しかし、イギリスによる植民地支配により、イギリス人の非人間性を嫌うと辞職し、のちにその様子を半自伝的なエッセイに書きました。
作家としての実証を掴んだ“JRモーリンガー”
JRモーリンガーはロサンゼルスタイムズに在籍中に寄稿した記事「チャンピオンの復活」で、1997年若手ジャーナリストに贈られる“リビングストン賞”を受賞し、2000年にはアラバマ州ジーズベンドの奴隷の子孫が残る街にフォーカスした記事が、ピューリッツァー賞を受賞しました。
JRモーリンガーは幼い頃から青年期に過ごした、ロングアイランドでの思い出を回顧することで、自己のアイデンティティを証明します。
それがベストセラーとなった自伝小説「The Tender Bar」(2005)です。この経験を経て、リビングストン賞を受賞した「チャンピオンの復活」は、2007年にサミュエル・L・ジャクソンの主演で映画化されました。
弁護士に特別な資格があるのと同様に、JRモーリンガーはジャーナリストとして、2つの賞を獲得し知名度をあげることができました。
ジャーナリストとしての実績を活かした小説、アメリカの悪名高い銀行強盗ウィリー・サットンの半生を執筆するなど、ジャーナリスト兼小説家としての実証を示しはじめています。
まとめ
映画『僕を育ててくれたテンダー・バー』は大人の事情で父親不在になった少年が、風変わりな祖父や物知りの伯父、酒場の常連客達に愛され、他の子供では学べない人生学を会得し、作家としての一歩を踏み出す物語でした。
自分は一体何者なのか?思春期の若者がぶつかる壁は、不甲斐ない父親によって同族にはならないという反発と、“血のつながり”で似るかもしれないという嫌悪との葛藤になります。
JRモーリンガーは父親の最悪な面と向き合い、自らの行動で警察に突き出すことで、物理的な決着をつけました。
父親には恵まれなかった彼の父親代わりとなった祖父や伯父、バーの客の存在は親友のウェズリーが言ったように、生まれ出たことに匹敵する“幸運”だったと思えます。
JRモーリンガーは祖父や伯父と同じように、探究心が強かったことが功を奏します。しかし、祖父や伯父は博識であっても外には出ていけませんでした。そんな母方の運命を打破できたのがJRモーリンガーです。
物事を大きく考えることができなかった青年が小さな街を出たことで、全米を飛び回るジャーナリストへと成長していくサクセスストーリーでした。
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