連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第36回
日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』。
第36回は、2023年1月6日(金)より新宿武蔵野館ほかでの全国公開を迎えた『カンフースタントマン 龍虎武師』です。
香港が生み出した数々のアクション映画を支えたスタントマンと、彼らが活躍した年代を振り返るドキュメンタリー『カンフースタントマン 龍虎武師』。
香港アクション映画ファンにとって必見の作品です。
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CONTENTS
映画『カンフースタントマン 龍虎武師』の作品情報
【日本公開】
2023年(香港・中国合作映画)
【原題】
龍虎武師(英題:Kung Fu Stuntmen)
【監督】
ウェイ・ジュンツー
【字幕監修】
谷垣健治
【キャスト】
サモ・ハン、ユエン・ウーピン、ドニー・イェン、ユン・ワー、チン・カーロッ、ブルース・リャン、マース、ツイ・ハーク、アンドリュー・ラウ、エリック・ツァン、トン・ワイ、ウー・スーユエン、ブルース・リー(アーカイブ映像)、ジャッキー・チェン(アーカイブ映像)、ジェット・リー(アーカイブ映像)、ラウ・カーリョン(アーカイブ映像)、ラム・チェンイン(アーカイブ映像)
【作品概要】
1970年代から1990年代の香港アクション映画を支えたスタントマン(武師)たちを振り返るドキュメンタリー。
サモ・ハン、ブルース・リャン、ユエン・ウーピン、ドニー・イェンといった香港映画人や、彼らを支えたスタントマンたちの証言に加えて、30本を超える香港映画のアーカイブ映像などを交えて、香港アクションの歴史をひも解きます。
監督は『奇門遁甲』(日本未公開・2017)、『ザ・ルーキーズ』(2019)のプロデュースで知られるウェイ・ジュンツーです。
映画『カンフースタントマン 龍虎武師』のあらすじ
1970年代から1990年代にかけて、時代劇、現代劇、ノワールものなど数多くのアクション映画を生み出した香港。
「アクション」というジャンルにおいて、香港製カンフー映画は間違いなく1個の確立したムーヴメントとなりましたが、その裏には危険なシーンにも命を顧みず、華麗かつ危険なアクションの代役を務めたスタントマン(武師)たちの存在がありました。
「龍虎武師」と呼ばれるレジェンドスタントマンたちが、映画づくりに身も心も捧げてきた歴史を、本人の証言をはじめ、映画本編シーンや貴重なメイキングなどの膨大なアーカイブ映像を交えてひも解いていきます。
香港カンフー映画の起源と隆盛
1930年代、日本の本土侵略から逃れるために中国の京劇役者の大半が香港に移住し、そこで貧しい家庭の子どもたちに京劇を教えるようになります。
1960年代には香港に4校の京劇学校が設立。その中の1つであり、サモ・ハン、ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、ユン・ワー、ユン・ケイらを輩出した中国戯劇学院は、『七小福』(1988)や『七人樂隊』(2022)の1エピソード「稽古」で目にした方もいるでしょう。
しかしながら、学校の弟子たちが卒業するころには京劇の人気は衰退。彼らは生活のためにカンフー映画のスタント業に転じます。そして京劇をルーツとした、剣や槍、拳や足を駆使した舞踊の型のようなコレオグラフィーは、カンフーアクションの源流となっていきました。
水を得た魚のように活躍していき、出演作のかけ持ちができるスタントマンは、主演スターよりもギャラを稼げる。「撮影所の駐車場はスタントマンが乗る外車だらけだった」という証言からも、彼らがいかに当時の香港映画界において重要だったかが伺えます。
そんなカンフー映画に、大きな変革が。『ドラゴン危機一発』(1971)でのブルース・リーによるリアルで実践的なコレオグラフィーは、映画ファンの度肝を抜きました。
「多くのものは型にはまっているが、型は超えなくてはならない」が口癖だったリーの出現は、それまでの京劇を主体とした型のコレオグラフィーを超越。『燃えよドラゴン』(1973)でリーと共演したサモ・ハン、リーに可愛がられていたというユン・ワーの口からも、その影響力の高さを裏付けます。
「NO」とは言わないスタントマン
ところが1973年7月に、カンフー映画、もっと言えば香港映画界が突然の悲劇に見舞われます。変革をもたらしたブルース・リーの急死です。
「仕事がなくなったから血液を売ったよ」……ジャッキー率いるスタントチーム「成家班」でスタントダブルや俳優として活躍したマースは、リーの夭折によってカンフー映画が下火となった時代の苦労を語ります。
せっかく稼いだギャラも、宵越しの銭は持たないとばかりにすぐに使ってしまった者が大半だったというスタントマンたちは、代わりの仕事をせざるを得ませんでした。
しかし、決してスタントマンの廃業を考えなかった彼らの思いを汲んだかのように、1970年代後半からサモ・ハンやジャッキー主演のコメディ要素の高いカンフー映画が製作され、新たなヒットに。
1980年代に入ると、成家班のような主演スターによるスタントチームが次々誕生。「あいつらがあれだけのスタントをしたのなら、俺たちはそれを超えるもの生み出さないと」とばかりに、互いに負けないアクションを生み出そうと切磋琢磨するようになります。
筆者は本作でアーカイブ映像として使われているアクション映画は全部観ていますが、あらためて観直すと、どれもこれも危険なスタントというのを再認識。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明』(1991)のジェット・リーのコレオグラフィーをスタントマンが担当したというのは既知だったものの、『プロジェクトA』(1983)での有名なジャッキーの時計台落下スタントは、俳優として出演していたマースも行っていたというのは、本作で初めて知りました。
「ハリウッド映画に勝つには肉体アクションしかない」「スタントマンは決して“NO”と言わない」「スタントの成功確率が50%でも、いや30%でもやったよ」……龍虎武師たちの心身にこもっていたのは、「スタントマン」という職業へのプライドでもあったのです。
バック・トゥ・ザ・ベーシック
「プライド」といえば、龍虎武師たちが皆一様に、香港へのプライドを持っている点も見逃せません。
1997年にイギリスから中国へ返還された香港。ですが表面上こそ一国二制度体制ながらも、本土の共産党政権が幅寄せしたせいもあり、『Blue Island 憂鬱之島』(2022)、『時代革命』(2022)などのドキュメンタリー映画で描かれているように情勢は今なお不安定です。
映画制作においても、製作費も人材も潤沢な本土と比べると香港は厳しく、ジャッキーのように活動拠点を完全に本土に移したスターも少なくありません。
本作ではジャッキーが証言者として出演しておらず、一方で出演していたサモ・ハンやマースから彼との距離感をわずかに感じられます。事情は分かりませんが、彼らが一緒になって作ったアクション映画を楽しんで観てきた者としては、一抹の寂しさを感じずにはいられませんでした。
ただそれ以上に、「香港ではスタントマンを目指す者が減ってしまっている」という現状は悲しいものがあります。それを打破すべく、龍虎武師たちは動き出しています。
1960年代に京劇学校で京劇を学んだ者たちが、2020年代に龍虎武師となって養成所を作りスタントマン育成を始めました。ジャンルこそ違えど、「学び舎」という原点に立ち返って、アクションの継承に尽力しているのです。
「香港映画」と「アクション」は、切っても切れない関係にあります。それは、香港で開催される映画賞「香港電影金像奨」で最も優れたアクションシーンを撮影した作品に贈られる「最佳動作指導賞」(現在は「最佳動作設計賞」)をいち早く設立したことからも明白です。
現状は厳しくても、香港アクションの灯は決して消さない。『カンフースタントマン 龍虎武師』には、アイデアと創意工夫で新たなアクションを生み続ける龍虎武師の、情熱と魂が詰まっています。
次回の『すべての映画はアクションから始まる』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)