連載コラム『シニンは映画に生かされて』第8回
はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。
今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。
第8回でご紹介する作品は、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本映画界を席巻し、今回初めて原作を元に制作したという中野量太監督の新作映画『長いお別れ』。
認知症を患った父とその家族の7年間を描いた、切なくも笑顔になることができるヒューマンドラマです。
CONTENTS
映画『長いお別れ』の作品情報
【公開】
2019年5月31日(日本映画)
【原作】
中島京子
【監督】
中野量太
【脚本】
中野量太、大野敏哉
【キャスト】
蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山﨑努、蒲田優惟人、中村倫也、北村有起哉、杉田雷麟
【作品概要】
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督が、直木賞作家・中島京子氏による同名小説を映画化しました。
東(ひがし)家の次女・芙美役は、『彼女がその名を知らない鳥たち(2017)で第41回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得するなど、2017年度の主演女優賞を総なめにした蒼井優。
長女・麻里役には、日本アカデミー賞を4度受賞し、映画・ドラマ・舞台・CMと活躍、日本を代表する人気女優の竹内結子。
母親・曜子役は、日活三人娘の一人として一世を風靡し、『ゆずの葉ゆれて』(2016)でソチ国際映画祭主演女優賞に輝いた松原智恵子。
そして認知症を患う父親・昇平役には、紫綬勲章、旭日小綬賞を受章した名優であり、『モリのいる場所』(2018)など、現在も精力的に話題作に出演し続ける山﨑努。
また、麻里の息子・崇役には蒲田優惟人が、成長した崇役には杉田雷麟が、どちらもオーディションでの抜擢で決定しました。
映画『長いお別れ』のあらすじ
父の70歳の誕生日。
久しぶりに帰省した娘たちに母から告げられたのは、厳格な父が認知症になったという事実でした。
それぞれの人生の岐路に立たされている姉妹は、思いもよらない出来事の連続に驚きながらも、変わらない父の愛情に気付き前に進んでいきます。
ゆっくり記憶を失っていく父との7年間の末に、家族が選んだ新しい未来とは…。
映画『長いお別れ』の感想と評価
映画『長いお別れ』の主題
認知症とは、脳の神経細胞の変性あるいは脱落に伴う、脳機能の著しい低下にまつわる症状の総称とされています。
その原因は脳疾患にあると言われていますが、その詳細を知らずとも、認知症となった高齢者と誰もが一度は接したことがあるのではないでしょうか。
東家の「核」であり、元・中学校校長の昇平(山崎努)もまた認知症であり、認知症が進行してゆく彼とそれを世話する東家の人々を本作は描いています。
認知症の進行とともに、昇平は自身の記憶を徐々に徐々に失ってゆき、東家の人々もその現実に直面することになります。
しかしながら、本作のテーマは「認知症」でもなければ「記憶」でもありません。それは、あくまで物語を形作る一部でしかありません。
映画『長いお別れ』の最大のテーマとは、何よりも「つながり」というものなのです。
「つながり」に悩む登場人物たち
昇平をとりまく東家の人々は、その多くが他者との「つながり」について悩んでいます。
中学生時代の同級生・道彦(中村倫也)と再会し恋仲となるものの、前妻や娘と楽しげに過ごす彼の姿を見て、家族という「つながり」の強さを思い知らされてしまう芙美(蒼井優)。
英語を覚えられず海外でのコミュニケーションが全くできず、ドライな性格の夫・新(北村有起哉)や不登校になってしまった息子・崇(杉田雷麟)との関係もうまくいかない麻里(竹内結子)。
成長したものの、両親と不仲になり、学校も不登校気味になってしまった崇。
他者との「つながり」に悩み、苦しむ。それは誰しもが経験したことと言えます。
登場人物たちの「つながり」にまつわる苦悩が、どのような形で解決されるのか。それは劇場で確認することができます。
「つながり」を形成/確認するツールたち
また、本作には数々の「つながり」を形成するためのツールが描かれています。
PC、スマートフォン、テレビ通話、GPS、宅配便、写真、本…
方法は様々ですが、他者との「つながり」を形成するための、あるいはその「つながり」を確認するためのツールが劇中で見受けられます。
特に、劇中において重要な役割を持つ、昇平の誕生日会というイベントもまた、他者との「つながり」を形成し確認するためのツールの一つと捉えられます。
誕生日会とは、一年分年齢を重ねた人間を周囲の人々が祝うイベントです。
その際、祝われる側の人間は誕生日会までに経験した様々な記憶を回顧し、祝う側の人間もまた誕生日を迎えた人間との記憶を回顧します。
そして互いの記憶を回顧し共有することによって、祝われる側の人間と祝う側の人間の間に存在する「つながり」を再形成し、再確認するのです。
そして、「記憶の回顧」という行為が「つながり」が再形成し再確認できることを踏まえると、「記憶」もまた他者との「つながり」を形成し確認できるツールの一つであると考えられるのです。
「その人」を形成するもの
そもそも、人間はなぜ「つながり」を求めるのでしょうか。
その疑問に対する一つの答え。それは、ある一人の人間を「その人」たらしめるものこそが、他者との「つながり」であるためです。
劇中、昇平は認知症によって記憶を失い続け、自身が「父」であることも「夫」であることも忘れていってしまいます。
しかしながら、それでも東家の人々は昇平を「父」として、「夫」として扱い、接し続けます。
「父」でも「夫」でもなくなり、東家の人々の記憶の中にある昇平とは異なる昇平を、なぜ「父」として、「夫」として接することができるのでしょうか。
それは、東家の人々にとって、昇平を昇平たらしめているものは彼自身が持っていた記憶ではなく、東家の人々それぞれが昇平との間に形成していた「つながり」であることを示しています。
人間を「その人」たらしめるもの。それは「記憶」であると認識している方は多いでしょう。しかしながら、記憶というものが余りにも脆く、余りにも儚いものであることを本作はその劇中にて証明しています。
しかしながら、たとえ「その人」にあたる人間が自身にまつわる記憶を失ったとしても、その人間をとりまく人々が「つながり」を信じ続けている限り、「その人」は「その人」であり続けるのです。
そして、その「つながり」に必ずしも記憶が不可欠というわけではないことは、孫にあたる崇と祖父にあたる昇平の、言葉すらも必要ない深い「つながり」を目にすれば理解できるでしょう。
「記憶」という脆く儚いものの先にある、人間を「その人」たらしめる、確固たる「つながり」。
それこそが、映画『長いお別れ』が描こうとした人間同士の「つながり」なのです。
中野量太監督のプロフィール
中野量太監督とキャスト陣
『長いお別れ』プレミア試写会の舞台挨拶より
1973年生まれ、京都府出身。
大学卒業後に上京し、日本映画学校に入学し3年間映画製作を学びます。
2000年、卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』で、日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。
日本映画学校卒業後、映画・テレビの助監督やテレビのディレクターを経て、2006年に『ロケットパンチを君に!』で6年ぶりに監督を務め、ひろしま映像展グランプリ、水戸短篇映像祭準グランプリなど3つのグランプリを含む7つの賞を受賞しました。
2008年には文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、35mmフィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』が高い評価を得ます。
2012年、自主長編映画『チチを撮りに』を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞に輝きました。
2016年10月、商業長編映画『湯を沸かすほどの熱い愛』が公開。
日本アカデミー賞主要6部門を含む、合計14の映画賞で、計34部門の受賞を果たすなど、激賞が相次ぎました。
独自の視点と感性で“家族”を描き続けています。
まとめ
オリジナル脚本と原作に基づく脚色脚本という違いはあれど、前作『湯を沸かすほどの熱い愛』に引き続き「家族」を題材に取り上げた本作。
認知症という、超々高齢社会である日本において避けては通れない問題を通じて、記憶だけでは語り切ることのできない人間の実存性、他者との「つながり」によって形成される人間の実存性について描きました。
確固たる他者との「つながり」が、人間を形成する。
「つながり」を形成し確認するためのツールに溢れ返り、ゆえに本当の「つながり」が分からなくなってしまった現代の人々にとっては、何よりも欲し、何よりも飢えているものと言えるでしょう。
だからこそ、本作における「つながり」を目にした瞬間、多くの人々がその姿に感動してしまうのでしょう。
映画『長いお別れ』は、2019年5月31日(金)より全国ロードショーです。
次回の『シニンは映画に生かされて』は…
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2019年6月1日(土)より公開の映画『二宮金次郎』をご紹介します。
もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。