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Entry 2020/11/28
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映画『燃ゆる女の肖像』感想レビューと評価解説。女性同士の恋愛を通じ“記憶する”という離別を描く|シニンは映画に生かされて21

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第21回

2020年12月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開の映画『燃ゆる女の肖像』。18世紀フランスを舞台に、望まない結婚を控える貴族の娘と彼女の肖像を描くことになった女性画家の鮮烈な恋を描きます。

女性画家マリアンヌ役には、『英雄は嘘がお好き』のノエミ・メルラン。そして貴族の娘エロイーズ役には、『スザンヌ』などで知られるアデル・エネル。

本作を手がけたセリーヌ・シアマ監督の長編デビュー作『水の中のつぼみ』にも出演したアデルは監督の元パートナーであり、シアマ監督は彼女との別離後「新境地をひらいてほしい」と本作を当て書きしたという逸話も話題となりました。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『燃ゆる女の肖像』の作品情報


(C)Lilies Films.

【日本公開】
2020年(フランス映画)

【原題】
Portrait de la jeune fille en feu

【監督・脚本】
セリーヌ・シアマ

【キャスト】
アデル・エネル、ノエミ・メルラン、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ

【作品概要】
18世紀フランス・ブルターニュのとある孤島を舞台に、肖像画をめぐる女性同士の愛と葛藤の様を描く。セリーヌ・シアマ監督の長編第4作であり、2019年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門では脚本賞、女性監督としては史上初となったクィア・パルム賞の2冠を獲得した。

男性優位社会にある当時の芸術界の中で生き続ける女性画家マリアンヌ役には、『英雄は嘘がお好き』のノエミ・メルラン。そして貴族の娘エロイーズ役を『スザンヌ』の他、シアマ監督の長編監督デビュー作『水の中のつぼみ』への出演で知られるアデル・エネルが務めた。

映画『燃ゆる女の肖像』のあらすじ


(C)Lilies Films.

画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から、娘エロイーズの見合いのための肖像画を頼まれる。だが、エロイーズ自身は結婚を拒んでいた。

身分を隠して近づき、孤島の屋敷で密かに肖像画を完成させたマリアンヌは、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを否定される。描き直すと決めたマリアンヌに、意外にもモデルになると申し出るエロイーズ。

キャンバスを はさんで見つめ合い、美しい島を共に散策し、音楽や文学について語り合ううちに、恋におちる二人。約束の5日後、肖像画はあと一筆で完成となるが、それは別れを意味していた……。

映画『燃ゆる女の肖像』の感想と評価


(C)Lilies Films.

「海/舟」から見えてくる当時の男性優位社会

映画『燃ゆる女の肖像』の物語の根底に否定し難く流れている、18世紀フランスの男性優位社会。画家マリアンヌが「縁談のため娘エロイーズの肖像画を描いてほしい」と彼女の母に依頼される場面以前から、不条理そのものといえるその時代背景は象徴的に描かれています。

マリアンヌはエロイーズたちが暮らすフランス・ブルターニュの孤島へ行くにあたって、男たちが漕ぐ舟に乗って海を渡ります。一見すると男たちは「マリアンヌのために舟を漕いでいる」と捉えることもできますが、彼女の大事な荷物……肖像画の制作のため持ってきた真っ白なキャンバスが誤って海上に落ちてしまったにも関わらず、それを回収しようと誰も海に飛び込もうとしない様子から、その解釈は見当違いであると判断できます。

マリアンヌのことは、「男」である自分たちだからこそ漕ぐことのできる舟に「乗せてやっている」だけに過ぎない。そして彼女にとって重要な「画家」という仕事を、「女」の仕事を理解する気も毛頭ない……時として「人生」の比喩に用いられる「海」と「舟」を通じて、当時の社会と男女の在り方をある意味明白な形で演出していたのです。

「夜火」が存在する空間と女性


(C)Lilies Films.

一方で、そのような当時の男性優位社会とは別に、太古の時代から続く女性たちの「連帯」と「共犯」を成立させてきた空間も本作では描かれています。その空間の中心に存在するのが、映画ポスターにも映し出されている「火」、それも夜に燃ゆる「夜火(やか)」です。

「信仰」を象徴するものであり、電気が存在しなかった時代の生活および絵画制作・鑑賞には不可欠だった蝋燭。料理の際に必ず用いる竃。暖をとるだけでなく、それらの周囲を囲み言葉を交わすことで集団でのコミュニケーションを行う時間を生んだ暖炉と焚き火。様々な「火」とそれらが用いられる空間が映画作中には登場しますが、そこに「夜」という時間が設定されることで、「火」が存在する空間が持つ意味と機能は大きく変化していきます。


(C)Lilies Films.

「文明」や「社会」といった言葉すらなかった、はるか昔の時代。女性は家事・養育の他、出産や怪我・病気に対する医術および呪術、占術を含む祭事など、その共同体を成立・維持するための様々な仕事を担っていました。それ故に、有史以前の社会の多くは女性ならびに「母」の権力を重視する母権社会だったといわれています。そして数々の仕事の担い手だった女性たちは、同時に仕事内で用いられる数々の「火」の担い手でもありました。

またその時代における「夜」という時間は、昼の仕事に疲れ寝てしまった男性たちから離れ、「秘密」を語り合うことで女性たちが共同体内での情報共有を行う時でもありました。焚き火などの「火」はその会合の実施に不可欠な照明であり、映画『燃ゆる女の肖像』で描かれている「夜火」が存在する空間とは、有史の時代に入り男性優位社会が次第に成立していった以降も連綿と続いてきた、女性たちの仕事とコミュニティの光景そのものでもあるのです。

「記憶」と表裏一体の「離別」の物語


(C)Lilies Films.

また作中では、ギリシャ神話に登場する吟遊詩人オルフェと妻エウリュディケーの冥府下りの物語が取りあげられています。そしてその物語における設定や展開を、マリアンヌがオルフェの役を、エロイーズがエウリュディケーの役を担う形で映画『燃ゆる女の肖像』は準えています。

例えば、マリアンヌがエロイーズに対してヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『和声と創意の試み』の「夏」(通称:「四季」より「夏」)を演奏してみせた場面。その演奏を通じて楽器チェンバロを描いたのは、オルフェが竪琴の名手であったこと、チェンバロが「琴」が発展する形で発明された楽器であったことにも由来していると考えられます。

そもそも作中で取り上げられている冥府下りの物語とは、オルフェが毒蛇に咬まれ死んだエウリュディケーを取り戻すべく冥府へと向かい、自らの竪琴の演奏によって、冥府の神ハーデースに妻を返すよう求める物語。またオルフェが竪琴で奏でる音色は生前の妻との記憶と彼女を失った悲しみそのものであり、冥府の者たちはその音色に誰もが魅了され涙したといわれています。


(C)Lilies Films.

しかしその物語は、「冥界を出るまで、決してエウリュディケーがいる背後を振り返ってはならない」というハーデースの課した禁忌をオルフェが破ったことで訪れた「離別」によって締め括られています。その展開と結末を踏まえると、のちにマリアンヌとエロイーズの孤島での記憶を象徴する曲となった「夏」がチェンバロという名の「琴」で奏でられた理由には、「記憶」と表裏一体の形で存在する「離別」の暗示もまた含まれていると捉えることができます。

「振り返る」という行為によってもたらされる「離別」。それは、「振り返る」という行為によって、「現在」であったはずの時間を「過去」という過ぎ去ってしまった時間を置き換えてしまう、二度と戻ることのない時間として「離別」する記憶の在り方そのものであり、映画『燃ゆる女の肖像』に訪れる結末そのものでもあるのです。

まとめ


(C)Lilies Films.

ヴィヴァルディの「夏」。その音色が表現しようとした「夏」は、動植物など自然における生命が満ち溢れていく季節ではなく、灼熱の太陽と嵐に見舞われる過酷な季節だとされています。それは、マリアンヌとエロイーズが互いに惹かれ合ったが故に体験する神話のように残酷な結末、その「結末」を迎えてもなお無情に続く二人の人生を象徴しているともいえます。

また、映画『燃ゆる女の肖像』で描写されている「振り返る」という行為には、「自らの背後に立つ対象をみる」という行為が内在しています。そしてその「みる」という行為は、マリアンヌの「画家」という仕事の本質と使命でもあります。

マリアンヌが「振り返る」のは、「記憶」とともに存在する「離別」を予感するが故なのか。それとも画家という仕事の使命を全うするが故なのか。その答えはあくまで観客の想像に委ねられていますが、いずれにせよそれは絵画や映画といった芸術、作り手側の「みる」と観客側の「みる」という二つの行為の衝突と破壊/再構築によって生じる芸術が避けることのできない、人間にもたらされる残酷性を孕んでいるのは確かでしょう。


(C)Lilies Films.

映画『燃ゆる女の肖像』のラストシーン。そこでは「悔やむより思い出して」という言葉を信じる人間の姿、それでも追憶への未練と葛藤を拭い去ることができない人間の姿が描かれています。

そしてその姿を「みる」ことで認識した者は同時に、芸術ならびに人生における「みる」という行為の本質と残酷性だけでなく、芸術が表現しようとする「“みる”という行為によって記録された記憶」とは対極の「“みない”からこそ思い出すことのできる記憶」が存在することを思い知らされるのです。

「“みない”からこそ思い出すことのできる記憶」の存在を、「みる」と行為によって成り立つ芸術の一つ「映画」であるはずの『燃ゆる女の肖像』はどのように描き、その存在を証明したのか。それを「みる」ためだけでも、本作と出会う価値はあるはずです。

次回の『シニンは映画に生かされて』は……


(C)NotApollo13, LLC. 2018

次回の『シニンは映画に生かされて』は、2020年12月11日(金)より公開のドキュメンタリー映画『NETFLIX 世界征服の野望』をご紹介させていただきます。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら





編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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