連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第109回
今回ご紹介するNetflix映画『ソウル・バイブス』は、1988年の韓国のソウルを舞台に、国家上層部の不正蓄財を摘発に躍起な検察は、上渓洞 (サンゲドン) 最強ドリフトチームに白羽の矢を立てます。
アメリカンドリームを夢見る彼らのカーチェイスと、1980年代後期のポップでレトロなファッションや文化、音楽が見どころのアクションサスペンス映画です。
監督は『ハナ 奇跡の46日間』(2013)、『王様の事件手帖』(2018)のムン・ヒョンソンが務めました。
作中に登場には1980年代を代表とする、レトロな車種、映画タイトル、ヒップホップがあり、各々の愛好者にはたまらない作品となっています。
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CONTENTS
映画『ソウル・バイブス』の作品情報
【公開】
2022年(韓国映画)
【監督・脚本】
ムン・ヒョンソン
【原題】
Seoul Vibe
【キャスト】
ユ・アイン、コ・ギョンピョ、イ・キュヒョン、パク・ジュヒョン、オン・ソンウ、ムン・ソリ、オ・ジョンセ、キム・ソンギュン、チョン・ウンイン、ソン・ミンホ
【作品概要】
主役のドリフトの名手、ドンウク役には『アンティーク 西洋骨董洋菓子店』 (2008)、『声もなく』(2022)のユ・アインが務めます。
共演にはDJジョン役には『コインロッカーの女』 (2018)のコ・ギョンピョほか、ジュンギ役の映画初出演の歌手オン・ソンウ、ドンウクをライバル視しているカルチ役の韓国のラッパー“WINNER”のソン・ミノが出演しているところにも注目です。
また、裏金工作を目論む女ボスのカン役には、『オアシス』(2019)、『三姉妹』(2022)の演技派女優ムン・ソリが演じます。
映画『ソウル・バイブス』のあらすじとネタバレ
1988年8月12日、サウジアラビアの砂漠を爆走する1台の改造車。助手席では仕事の記念にとビデオカメラを回し、集中しろとドライバーは叫びます。
砂丘を越えると寂れたガソリンスタンドで、そこには雇い主の韓国人が待っていました。若いドライバーとその相棒は、運び屋で依頼品を運んでいました。
その日、運んだ物は何十丁もある銃でした。“所長”と呼ばれる依頼主が、ドライバーの若者に“デイトナ・コンチネンタル”のポスターを渡すと、彼は目を輝かせて喜びます。
相棒が“デイトナ・コンチネンタル”の出場がドンウク兄貴の夢だというと、所長は出場するためには、金を稼がなければと言います。
そして、アメリカで稼ぐことは大変だが、ドンウクの運転の腕を買っている所長は、いつでもサウジアラビアへ帰ってくるよう言い、無謀な運転ばかりをする彼を心配し労いました。
ドンウクたちは運び屋をして、ある程度の資金を貯め「韓国、ソウルに帰るぞ」と意気込み帰国しました。
1981年に韓国は首都ソウルでのオリンピック招致に成功し、1988年9月の開催に向け盛り上がっていました。
ドンウクと相棒のジュンギが空港に降り立つと、すでにオリンピックムード満載でした。彼らを迎えに来たのが、昔の仲間でタクシードライバーのボンナム兄貴です。
荷物をトランクに入れていると、スーツ姿でサングラスをかけた怪しい男たちが、ドンウクの名を叫ぶと、とっさに警戒したドンウクは、荷物をほとんど置いたまま逃走します。
しかし、彼らの故郷の上渓洞(サンゲドン)はオリンピックの開催を機に、再開発される特別区となり、家屋は取り壊されて見る影もありませんでした。
開発に反対する一部の住人が抵抗して残るだけで、ゴーストタウン化していました。街に入るドンウク達が乗ったタクシーを双眼鏡で目視する男がいます。
背後からは追跡してきたスーツの男達の車もあります。双眼鏡でドンウクを確認した男は、彼をライバル視しているカルチで、2人の弟を率いて赤い車で接近します。
カルチはドンウクにチキンレースに挑みます。しかし、ドンウクは衝突を回避するかのように、華麗なドリフトテクニックで周囲を砂埃をおこし、それに紛れて謎の男達とカルチをまいて去ります。
ドンウクたちは“デヒョン・パンク”と名付けた整備工場に到着しました。そこに1台のバイクが颯爽と現れます。
ヘルメットを外し「兄さん!」と、駆け寄ってきたのはドンウクの妹ユニです。ドンウクはユニがバイクを乗り回すことに反対でしたが、ユニは“バイクの女王”だと得意げです。
デヒョン・パンクには、レトロカーのポスターや工具、ポップに彩られたスケボー、シーリングファンなど懐かしいものであふれていました。
ドンウクは飾っておいた“ヒュンダイ・ポニー”に乗り込むと、父や母、ユニと撮った昔の写真を感慨深くみつめます。
そこにもう1人ドンウクを迎える者がいました。デヒョン・パンクをDJをしながら、開発の手から守っていたウサムです。
久しぶりに面子が揃いますが、ウサムとドンウクは趣味が合わず、食い違いますが焼肉パーティーが始まります。
ところがそこに追いかけてきた、スーツの集団がシャッターを叩きます。彼らは検察の捜査員達でした。
ドンウクが「抜け目のない奴」と言うと、検事のアン・ピョンウクが現れます。アン検事は口の悪さは昔のままだが、運転の腕は認めると言います。
検事は不正に国内に持ち込んだ海外製品を見ながら、ドンウクが稼いだドルの札束を広げ、アメリカとの違法取引に関与した他、不法就労、外国為替管理法違反と追及します。
ドンウクだけではありません。ユニは違法改造、ボンナムは税金逃れなどなど、仲間たちにも違法性があると手錠をかけます。
検事はこのままだと出国禁止でアメリカになど行けないが、行かせることもできると言うと、「一人の男が世界を変えられる」ドンウク達の才能を認めます。
そして、検事は一緒に仕事をしようと持ちかけます。ドンウクは検察のスパイになることだと察し、どんな内容なのか聞くことにしました。
検察が追っている高利貸業界の大物であるカン・インスクという女会長、保安司令部の元少佐でカン会長の側近をしている、イ・ヒョンギュン室長の写真を見せます。
彼らは前政権の裏金を管理している“悪党”だが、最近、手下の運び屋が一斉検挙され、新しい運び屋を探しているという情報を得ました。
アン検事はドンウクのチームに、運び屋として潜入し、情報を探ってほしいと言います。目的はカン会長とイ室長の逮捕だけではなく、元政権の不正を暴くためだと説明します。
運び屋になるためには“テスト”があり、それが翌日に迫っていました。アン検事はテストに合格したら、サウジの件は見逃すと言います。
さらに裏金の帳簿をみつければ、過去の罪状も削除すると条件をだしますが、ドンウクは物足りないと言い、合格したら全員のビザを用意すれば信じると条件に加えます。
一発当てたい凄腕のドライバーが集結。テストのルールは映画のフィルム缶を受け取り、制限時間10分以内に南山ホテルに配達するというものです。
アン検事が残していった公用車をテスト用に改造し、ドンウクはドライバーシートに座ると、“一人の男が世界を変えられる”と書かれた、ナイトライダーのカードをみつけ、ニヤリと笑います。
カン会長が前大統領に新しい運び屋のテストのことを話すと、オリンピックが終われば捜査が入ると、裏金の運び出しを急ぐよう指示します。
映画『ソウル・バイブス』の感想と評価
真の民主化へのスタートライン
映画『ソウル・バイブス』は韓国の首都ソウルが五輪開催に向けて、熱狂的な盛り上がりを見せていた1988年の夏が舞台でした。
また、韓国の当時の社会情勢もベースになっています。1988年2月、国民からの強い民主化への要求に伴い、韓国では新しいリーダーが選出されました。
1988年の韓国は独裁政権から、民主主義への転換期とも重なり、自由を求める若いパワーが“国を変えた”時代でもありました。
“民主主義=アメリカ”という構図で鑑みると、この映画はアメリカの人気アクション映画「ワイエルド・スピード」をモチーフにしているのでしょう。
アメリカンドリームを夢見る青年(民主化を夢見る民衆)を通し、自由を掴みとる戦いを描いたストーリーといえます。
マクドナルドやコカ・コーラは、1988年の日本では若い世代に広く親しまれていましたが、韓国では外国からの輸入に強い規制がかけられ、誰もが簡単に手に入れられる物でもなかったようです。
将軍様を揶揄したセリフに「“ハゲ”で“虐殺が特技の独裁者”」とありました。モデルとなった前大統領は民主化を弾圧した、“光州事件”で有罪になっています。
ビジュアル的にも、実にそっくりなキャスティングですし、ラストシーンに出てくる“江原道”の寺院で隠居した事実もあります。
1988年とは韓国にとって世界にその存在をアピールする“スタート年”でもありました。『ソウル・バイブス』のレースシーンでは、外国車に混じって国産車がスタートしますがそれを象徴していました。
ヒップホップとレトロの融合「ヒップトロ」
1980年から1988年の大統領在任中の韓国は、学生運動や民衆のデモが起き、若い命も奪われた暗黒の時代といえるでしょう。
例えば1987年には民主化デモを行なった2人の学生が、警察の拷問や機動隊の攻撃で亡くなっています。
本作のようなポップでカラフルな風景があったのかどうか・・・少し疑問もあります?
独裁政権が終わっても音楽や映画、テレビ、ラジオなどの文化は、倫理委員会の審査を通さねばならず、海外の文化が浸透しにくかったからです。
しかし、若者の新しい文化への憧れや強い欲求が、それらを撤廃させるパワーになり1996年に廃止されました。そのことをこの作品に落とし込んだのでしょう。
そんな明暗入り混じる時代の韓国でしたが、なぜポップでレトロな演出で制作しようと考えたのでしょうか?
ムン・ヒョンソン監督は「ヒップホップな感じやレトロっぽさを出したかった」と語り、“ヒップトロ”という造語もつくりました。
映画の世界観は確かに、“日本”のバブル期80年代を思い起こさせ、特に50代以上の日本人にはなじみのある、思い出深い映像でした。
でも、当時の韓国を知る人が見たら、同じ感想になるのでしょうか?こんな未来を夢見ていた若者の心、あるいは若かりし頃の監督が抱いた夢を描いたのかもしれません。
題名の『ソウル・バイブス』は首都“Seoul”が揺れ動いた時代と、魂の“soul”がワクワクした時代という二つの意味にとれます。
2022年の韓国も政権が変わったばかりで、どう国が動くのか・・・若者の力が試されているのかもしれません。
まとめ
映画『ソウル・バイブス』は、独裁政権から民主政権がスタートし、ソウル五輪が開催された1988年の韓国を舞台に、旧政権の負の遺産を暴き裁いていく物語です。
そして、国や正義に無関心で、アメリカンドリーム(民主化)に夢を抱く若者が、悪に挑んで行く姿を描きます。
1988年の韓国にはアン検事のような、愛国心に溢れた若者が多かったでしょう。どちらかといえばドンウクは現代の若者に近いと感じます。
つまり、現代寄りの若者と当時の熱い正義を対峙させた、演出にしたようにも思いました。今ある多様化した文化や自由は、1980年代の若者の闘争があったからです。
それを説教臭く伝えるのではなく、韓国でトレンドの「ニュートロ」(ニューとレトロ)にちなんで、広い世代にウケるエンターテイメントに仕上げてありました。
ドリフトシーンやカーチェイスは、昨今のカーアクション作品に見劣りしそうですが、ムン・ヒョンソン監督は製作面で、自由なNetflixの支援に満足感を示しています。
そして、さまざまな役柄を演じ頭角をみせている、ユ・アインが演じたドンウクの眼力の演技、ムン・ソリの凄みのあるカン会長の演技は圧巻です。
歌手から役者への道を開いたオン・ソンウ、初演技と思えないとユ・アインに言わしめた、ラッパーのソン・ミンホの存在感も大きく、豪華なキャスティングで見応え十分でした。
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