Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2022/08/14
Update

【感想評価】原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち|ドキュメンタリー映画で描く“私たちと原発のこれから”|山田あゆみのあしたも映画日和5

  • Writer :
  • 山田あゆみ

連載コラム「山田あゆみのあしたも映画日和」第5回

今回ご紹介するのは、『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』です。

大飯原発の運転差し止め判決を下し、現在は退官して脱原発を訴える活動に注力している樋口英明さんが出演。

さらに被災地福島の農家の人々、環境学者の飯田哲也さんらが登場し、脱原発について、そしてエネルギー自活・自給の話へと展開するドキュメンタリー映画です。

それでは、本作の見どころについて解説していきます。

連載コラム『山田あゆみのあしたも映画日和』記事一覧はこちら

映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』の作品情報


(C)Kプロジェクト2022

【公開】
2022年(日本映画)

【監督】
小原浩靖

【キャスト】
樋口英明(元裁判長)、河合弘之(弁護士)、近藤恵(二本松営農ソーラー)、飯田哲也(環境学者)

【作品情報】
監督・企画・製作を務めたのは小原浩靖。TV-CMを中心に企業プロモーションなどの映像広告を手がけ、作品数は700本を超えます。

2020年『日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人』ドキュメンタリーを初監督し、第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、第38回日本映画復興賞奨励賞を受賞。

主題歌を務めたのは白崎映美。JAL沖縄キャンペーンCM、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』の音楽、シンディ・ローパーのアルバム及び武道館ライブ参加、海外ツアー等で支持を集めています。

東日本大震災を経て、東北、福島さいいこといっぺこい!「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」を結成。

2014年1stアルバム『まづろわぬ民』リリースし、ロック、歌謡、民謡と形にとらわれないスタンスで精力的にライブ展開中。近年は舞台、映画やTV出演、執筆などで活動の場を広げています。

映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』のあらすじ


(C)Kプロジェクト2022

2014年。 関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明 福井地裁元裁判長は、定年退官を機に日本のすべての原発に共通する危険性を社会に説く活動をはじめました。

それは、原発が日本で頻発する地震に耐えられない構造であることを指摘するシンプルかつ、誰もが分かる揺るぎない “樋口理論” でした。

そして、日本中の原発差止訴訟の先頭に立つ弁護士・河合弘之は、この“樋口理論” をもって新たな裁判を開始。

逆襲弁護士の異名をとる河合と元裁判長 樋口がタッグを組んで挑む訴訟の行方はいかに!

一方、 被災地福島では放射能汚染によって一度は生業を離れた農業者・近藤恵が農地上で太陽光発電するソーラーシェアリングに農業復活の道を見出します。

近藤は、 反骨の環境学者・飯田哲也の協力を得て東京ドームの面積を超える日本最大級の営農型太陽光発電農場を始動させます。

福島で太陽光発電農業を実践する農業者たちは口々に言う、 「原発をとめるために!」と。

脱原発への確かな理論と実践、 被災から立ち上がる不屈の魂、そして若き農業者たちのふるさとへの思い。

原発事故11年目の今、 エネルギー映画の決定版が誕生しました!

映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』感想と評価


(C)Kプロジェクト2022

映画から考える日本の未来

2022年7月14日(木)に岸田文雄首相が、今冬の電力需給のひっ迫に備えて、最大で9基の原発を稼働する方針を表明しました。

確かに、電力のひっ迫は大きな問題として、私たちの実生活に影響を及ぼしています。しかし、原発事故から11年。あの時の悲劇はまだ多くの人の脳裏に焼き付き、その被害によって以前の暮らしを失った人々がいるというのも事実です。

このタイミングで『原発を止めた裁判長 そして原発をとめる農家たち』が、9月10日(土)に公開されます。

これは、原発をとりまく現状を、タイトルの通り「裁判長」と「農家たち」の2つの視点から描いたドキュメンタリー映画です。

裁判や原子炉の構造などについては、難しいように思えますが、本作は専門用語を並べ立てるようなことは一切ありません。

専門知識や予備知識がなくても分かる表現をしているのが大きな特徴といえます。

原発再稼働に反対の人も、賛成の人も、今必要なのは、自ら多様な情報を得ること、そして、わたしたちが暮らす日本の未来について考えることです。

テレビや新聞、ネットニュースやYouTubeなど、情報収集する方法は人によって違いますが、映画館はネットを遮断し集中することができる特殊な環境です。

90分に凝縮された情報を得るのはとても効率的であり、自分とは遠い存在だと思っていた物事について、深く考えるきっかけになるはずです。

シンプルかつ明快な「樋口理論」


(C)Kプロジェクト2022

本作には、タイトルになっている「原発をとめた裁判長」である樋口英明さんが登場します。

2014年に福井県の大飯原発の運転差し止め判決を下し、翌年に高浜原子力発電所の再稼働差し止め仮処分を決定した裁判長です。

樋口氏が原発を止めるべき根拠としている「樋口理論」について、知っている人はどれくらいいるでしょうか。

本作では、グラフを使って説明されているのもあり、とても単純明快な理論だと分かります。
 
この理論は、原発の耐震性の低さからくる危険性を指摘しています。

簡単に説明すると、「日本の原発の耐震性は700ガルで設計されているものの、日本では700ガル以上の地震が、過去20年に30件以上起きている。よって安全性が保証できないので原発を止めよう」というものです。(※ガルとは地震の観測地点での振動の激しさを表したものです。)

例えば、3.11東北地方太平洋沖地震の揺れの大きさは2933ガル。これに対して事故を起こした福島第一原発1~6号機の耐震設計は600ガルでした。

2007年の新潟県中越沖地震の揺れの大きさは1018ガル。これに対して、3000箇所以上の故障によって運転不能となった柏崎刈羽原発1~7号機は450ガルでした。

ちなみに、ハウスメーカーの耐震設計は三井ホームで5115ガル。住友林業で3406ガルです。

住宅よりも低い耐震性というのも驚きですが、刈羽原発の耐震設計は2018年に1209ガルに引き上げられ、全国の原発の耐震設計が全て引き上げられていることにも注目すべき点だといえます。

住宅と違って耐震テストを行えない原発は、コンピューターのシミュレーションによって耐震設計が定められています。

樋口氏は「老朽化するに従って、耐震性が上がっていることが極めて不思議で怪しい」と訴えます。

この樋口氏の訴えやシンプルな「樋口理論」は、地震が頻発する日本において耐震性の低い原発を再稼働することに対する危機感を、私たちに投げかけています。

まとめ


(C)Kプロジェクト2022

原発に関する理論や司法についてだけでなく、「ではどうやってエネルギーを補うのか」という部分について、エネルギー自給へと展開するのが、本作の特徴であり最大の見どころです。

福島県二本松でソーラーシェアリング事業に取り組む、株式会社Sunshineの代表の近藤さん、有機農家の大内さんをはじめ複数の農家の人々が原発事故当時の体験やソーラーシェアリングへの熱意を語ります。

ソーラーシェアリングとは、畑の作物の上にソーラーパネルを設置することで、作物は日光の力で育ち、ソーラーパネルは太陽光で電力を生み出す。農家が土地を有効活用し、電力を販売する事業のことです。

原発事故によって、放射性物質を浴びた作物を抱えて大打撃を負った農家が、苦境を必死に乗り越え、今度は再生可能エネルギーのために取り組む姿は、根気強さと熱意にみなぎっています。

脱原発を進めることと、原子力に代わるエネルギーを見出すことは切り離して考えられません。

原発の被害を受けた人々の多くは脱原発を叫んでいます。しかし、原発の問題は彼らだけの問題でも、原発が置かれている地域だけの問題でもありません。

電力エネルギーの恩恵を受ける今の時代を生きる私たちの問題であり、これからの時代、未来に対する責任だと思います。

この作品を見た後に、原発再稼働に賛成派の意見も調べ、双方の主張を調べて知ることも大切です。偏ることなく事実を知ることは、自分とこれからの日本を守る上で大切なことなのです。

『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』は2022年9月10日(土)、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

連載コラム『山田あゆみのあしたも映画日和』記事一覧はこちら

山田あゆみのプロフィール

1988年長崎県出身。2011年関西大学政策創造学部卒業。2018年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを計13回開催中。『カランコエの花』『フランシス・ハ』などを上映。

好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を観る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中(@AyumiSand)。

関連記事

連載コラム

映画『おろかもの』あらすじと感想。芳賀俊×鈴木俊ふたりの監督が描く“おろかもの”ゆえにたどり着く感動|2019SKIPシティ映画祭12

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019エントリー・芳賀俊監督×鈴木祥監督作品『おろかもの』が7月16・20日に上映 埼玉県川口市にて、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでい …

連載コラム

映画『僕らをつなぐもの』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。同性婚カップルのもとに“生まれた少年”の成長をユーモアたっぷりに描く理由|Netflix映画おすすめ90

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第90回 『僕らをつなぐもの』は、Netflixで2022年3月4日から配信が始まったイタリア映画。 同性婚の2人の父親の元で育った息子レオ …

連載コラム

【劇場版BEM 妖怪人間ベム】感想と考察解説。ラスト完結作でテレビ金字塔ダークアニメ“BECOME HUMAN ”は真実となりうるか?|SF恐怖映画という名の観覧車121

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile121 1968年より放映された「早く人間になりたい」と言うセリフが有名な名作アニメ『妖怪人間ベム』。 わずか26話で打ち切られ、さまざまな倫理 …

連載コラム

アニメ映画『ザ・タワー』あらすじと感想レビュー。難民問題を鋭く描きグランプリと観客賞をW受賞|2019SKIPシティ映画祭14

レバノンの難民キャンプに暮らす少女と曽祖父の強い絆 埼玉県川口市にて、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成”を目指し誕生したSKIPシティ国際Dシネマ …

連載コラム

映画まぼろしの市街戦|ネタバレ感想とあらすじ結末の解説考察。ラストに傑作カルトが描く“真の狂気”への問い【B級映画 ザ・虎の穴ロードショー64】

連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第64回 深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞す …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学