連載コラム「おすすめ新作・名作見比べてみた」第7回
公開中の新作映画から過去の名作まで、様々な映画を2本取り上げ見比べて行く連載コラム“おすすめ新作・名作を見比べてみた”。
第7回のテーマは「政治の闇」です。今回のおすすめ新作・名作を見比べてみたは社会派映画の巨匠・山本薩夫監督が手がけた『金環蝕』(1975)と、昨年公開され第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた『新聞記者』(2019)を見比べます。
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映画『金環蝕』の作品情報
【公開】
1975年(日本映画)
【原作】
石川達三
【監督】
山本薩夫
【脚本】
田坂啓
【出演】
仲代達矢、宇野重吉、三國連太郎、京マチ子、大楠道代、高橋悦史、西村晃、山本學、峰岸徹、神山繁、永井智雄、内藤武敏、加藤嘉、大滝秀治、北村和夫、中谷一郎、神田隆、久米明、中村玉緒、鈴木瑞穂、前田武彦
【作品概要】
九頭竜川ダム汚職事件をモチーフにした石川達三の同名小説を、『白い巨塔』(1966)『不毛地帯』(1975)などで知られる社会派映画の巨匠・山本薩夫が映像化。仲代達矢をはじめ当時の名優・怪優たちが顔を揃えたオールスター作品となっています。
オールスターキャストによる混沌とした“政治の闇”
九頭竜川ダム汚職事件をモチーフにした映画『金環蝕』。本作の一番の特徴は当時の映画界・演劇界の名優たちが顔を揃えた、オールスター映画であるということです。
内閣官房長官・星野には仲代達矢、金融王の石原参吉に宇野重吉、政界の爆弾男こと神谷直吉議員には三國連太郎と、主要キャスト3人には名優たちが並んでいます。
また寺田政臣総理を久米明、総裁選を争った政治家・酒井和明を神田隆が演じています。寺田総理のモデルは池田勇人、酒井議員のモデルは佐藤栄作で、久米明と神田隆は2人に顔が似ていることからキャスティングされました。
翌年公開された同じく山本薩夫監督の『不毛地帯』(1976)でも2人は、池田勇人と佐藤栄作を思わせる閣僚役で登場しています。
本作『金環蝕』は石原参吉(宇野重吉)と新聞記者の古垣(高橋悦史)を狂言回しに、不正入札のメカニズム、政治の腐敗を様々な視点から克明に描写していく群像劇の構成となっています。
名優たちが政界の「怪物」たちを演じ、政治の内側に存在する混沌とした闇を醸成していました。
そして合間には竹田建設専務・朝倉(西村晃)の「芸術的」な踊りや、鈴木瑞穂と前田武彦が演じる新聞記者のシニカルな視点など、ユーモラスな描写を挿入することで映画の中に緩急を作り出しています。
題材的に政治的メッセージの強い本作『金環蝕』ですが、散りばめられたユーモアと適材適所のキャスティングによって、オールスターキャストの娯楽作品としても十分に楽しめる作品となっているのです。
映画『新聞記者』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督】
藤井道人
【原案】
望月衣塑子『新聞記者』、河村光庸
【出演】
松坂桃李、シム・ウンギョン、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
【作品概要】
東京新聞の記者・望月衣塑子の原案を映画化した社会派サスペンス『新聞記者』。自身の仕事に葛藤を覚える内閣情報調査室のエリート官僚・杉原を松坂桃李、杉原とともに政治の闇に挑む新聞記者の吉岡を韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』のシム・ウンギョンが演じています。
監督は伊坂幸太郎原作の映画『オー!ファーザー』やテレビドラマ『新宿セブン』の藤井道人。本作『新聞記者』は第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞など、各映画賞を受賞しました。
姿が見えない政治家たち
では『新聞記者』と『金環蝕』を比較していきましょう。
まずモチーフとなった事件ですが、『金環蝕』の方は九頭竜川ダム汚職事件をモチーフにしていることが明確にわかりました。
一方『新聞記者』はここ数年に日本で起きた実際の事件のモチーフとして複数取り上げ、政府の命を受けた内閣情報調査室の暗躍として再構成しています。
しかし後半で物語は完全にフィクションへと移行してしまうため、どこか現実の政治への突っ込みの弱さを感じてしまいます。
『新聞記者』と『金環蝕』の一番の大きな違いは、『新聞記者』には「政治家」が映画の中に一切登場しないことでしょう。
『金環蝕』では名優たちが演じる政治家が顔を揃え魑魅魍魎の政治の世界を描いていましたが、『新聞記者』に政治家は登場せず、代わりに登場するのは内閣情報調査室をはじめとする「官僚」たちです。
内閣情報調査室の背後にいる政治家が全く登場しないことは、「政治の闇」の深さといった映画全体に漂う不穏な空気感を醸成するのに一役買っています。
特に田中哲司演じる内閣情報調査室の多田の存在感は、映画全体の雰囲気を牽引していました。
オールスターキャストの『金環蝕』に対して、『新聞記者』の方は登場人物が少なく、全体的に閉塞的で重たい空気が映画の中に漂っています。『新聞記者』は政治が作り出す閉塞的な闇を描いているのではないでしょうか。
本作『新聞記者』は自身の仕事に疑問を持ちはじめた内閣情報調査室の杉原(松坂桃李)と、新聞記者の吉岡(シム・ウンギョン)の2人が、政治の闇に挑んでいきます。
演出面では杉原と吉岡の2人がシンパシーを感じていく過程を、仕事観や家族の存在などを交えながら丹念に描いています。
ただしここで問題となるのは、杉原と吉岡の2人の立ち位置です。『金環蝕』で汚職事件を追求していた金融王の石原(宇野重吉)、国会議員の神谷(三國連太郎)の2人は清濁併せ持つ人物たちでした。
それに比べると『新聞記者』の杉原と吉岡は反権力の側に初めから立ったクリーンな人物です。
主人公たちと敵役にあたる内調たち官僚を二元対立的に描き、グレーゾーンにいる人物が登場しない点が、『新聞記者』という作品がどこか精彩を欠いたように思えてしまう一因なのかもしれません。
まとめ
「政治の闇」に挑むという点で共通した『金環蝕』と『新聞記者』の2作品。
『金環蝕』がオールスターキャストを起用して政治の内側の混沌とした「闇」を描いたのなら、『新聞記者』が描いたのは政治がつくりだした閉塞した「闇」なのではないでしょうか。
次回の『映画おすすめ新作・名作見比べてみた』は……
次回のおすすめ新作・名作を見比べてみたは、「新選組」をテーマに、『燃えよ剣』(1966)と『沖田総司』(1974)を見比べます。お楽しみに。
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