連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第5回
毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で第14回目となります。2019年3月08日(金)から3月17日(日)までの10日間に渡ってアジア全域から寄りすぐった多彩な作品51作が上映されます。
今回は3月12日にシネリーブル梅田で上映されたコンペティション部門選出作品のベトナム映画『ハイ・フォン』(2019)を取り上げます。上映後は会場から拍手がわき起こりました。
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映画『ハイ・フォン』とは?
2006年の『The Rebel 反逆者』(チャーリー・グエン監督)でブレイクし、ベトナムのトップ女優として活躍する一方、2016年の『フェアリー・オブ・キングダム』(OAFF2017)では監督デビューも果たした女優ゴ・タイン・バン(ヴェロニカ・ゴー)の主演最新作。
監督は、ドストエフスキーの『やさしい女』を現代ベトナムに舞台を移して映画化した『やさしいあなた』(2014)で知られるレ・バン・キエットが務めています。
ベトナムでは2019年2月12日から公開され、2週間でベトナム市場におけるアクション映画の興行収入新記録を打ち立てるなど爆発的ヒットとなっています。
ゴ・タイン・バンが制作も務めており、アメリカでの公開も控えています。
映画『ハイ・フォン』のあらすじ
ハイ・フォンはシングルマザーで、一人娘のマイとベトナム南部メコンデルタで暮らしていました。
毎日借金の取り立てに歩き、生計をたてていますが、そのせいで町の人々からは奇異な目で見られ、マイは学校の友人たちから嫌がらせを受けることもたびたびでした。
マイは、母に取り立て屋などやめて一緒に養殖業を始めようと提案しますが、ハイ・フォンはマイには自分のようにはならないよう、学問を身に着けてもらいたいと考えていました。
母娘でカントーの市場に出掛けた時、マイがスリの疑いをかけられます。
マイは拾っただけだと言いますが、ポケットの中にまだ何か隠しているかもしれないと人々はマイに詰め寄ります。
ハイ・フォンがポケットの中身を見せるように言うと、マイは「スリなんてしてない! 私のことが信じられないの?!」と言って駆け出しました。
そこにやって来た男がその財布は自分のものだと言い、女が嘘をついていたことがわかります。
マイを信じてやれなかったことを悔やむハイ・フォンでしたが、その時、マイが見知らぬ男二人に無理やり連れ去られようとしている光景が目に入ってきました。
あわてて助けに向かおうとしますが、市場にも彼らの仲間らしき男が何人もいて、刃物を持ってハイ・フォンを襲ってきました。
男たちをなぎ倒し、マイを追いかけますが、マイは船に乗せられ、川を下っていきます。
ハイ・フォンはオートバイを拝借して、川沿いを走り必死に追跡しますが、追手に邪魔されている間にマイは連れ去られてしまいます。
男二人組と女の子を見なかったかと聞いて回っていると、一台のバスが通り過ぎました。その中にマイの姿を発見します。
そのバスがサイゴン行きだと聞いたハイ・フォンは通りかかったトラックを無理やり停めると、荷台に乗り込みました。
サイゴンはハイ・フォンがかつて暮らしていた街でした。彼女は昔勤めていた“86 CLUB”を訪ねます。
彼女がいたときから10年の歳月が過ぎ、裏社会の勢力関係も大きく変わっていました。トラン・ソイという女が一帯を仕切っていることがわかります。
警察に娘が誘拐されたと届け出ますが、あまりにのんびりしている警察にじれたハイ・フォンは、刑事に痛み止めを持ってきてほしいと頼み、部屋が無人になったところで、目ぼしい手がかりはないか探し始めました。
大勢の子どもたちが行方不明になっているらしく、国際的な児童売買組織が暗躍していることがわかってきます。
娘を助け出すため、ハイ・フォンは闇の組織への侵入を図ります…。
映画『ハイ・フォン』の感想と評価
映画前半の舞台となるメコンデルタ地帯では空撮が多用されます。
カメラが上空から降りてきて、取り立て屋として圧倒的な強さを見せるゴ・タイン・バンの姿を捕らえると、カメラは再び上昇し、一瞬空をみあげたと思いきや、また下降し、今度は豚農家の小屋での格闘シーンへと突入します。
スピーディーなカメラの動きと共に、他の住人たちとは全く異質の雰囲気を纏ったゴ・タイン・バンの一挙手一投足に目がはなせません。
冒頭からラストまで、ほぼノンストップのバトルが続き、娘を助け出そうとする母の愛が全編を貫きます。
舞台をサイゴンに変えてからは、アジア映画らしい、極度に狭い路地や空間が魅惑的に立ち上がってきます。
使われる技はベトナムの総合武術「ボビナム」だそうですが、ゴ・タイン・バンは敵が武器を持っていればいるほど、より素早く、より強くなり、“素手が最強”という、格闘ファンを狂喜させる闘いぶりを終始見せてくれます。
終盤は動く列車でのバトルとなります。このジャンルは枚挙に暇がないほど、傑作が多く、逆に言うと、動く列車でのバトル映画はほぼ傑作であるとも言えます。
『ハイ・フォン』も、歴代動く列車内バトル映画の傑作群にひけをとらない最高のアクション映画として、人々の記憶に残ることでしょう。
父親が誘拐された娘を必死で探すアクション映画『SPL狼たちの処刑台』(2017/ウイルソン・イップ監督)といい、昨今は臓器移植のための人身売買を扱った作品が多く、心底恐ろしくなりますが、本作ではその緊張感の中でもふいにユーモアが炸裂する場面があり、作り手のセンスを感じさせます。。
まとめ
原題の『Furie』はフランス語で“激怒”という意味です。
同じ「怒り」というタイトルを持つ作品としてブラッド・ピット主演、デヴィッド・エアー監督の『フューリー(原題:Fury)』(2014)という作品を少しここで思い出してみましょう。
といっても、この“Fury”というのは第二次世界大戦時のアメリカ軍の戦車につけられた名前を指します。
一つの戦車には5人の男が乗り、その部隊のリーダーをブラッド・ピットが務めています。ある日、彼の部隊に子供のような年齢の新兵が配属されてきます。「Fury」では、熟練の大人が子どもを鍛え育てるという教育的要素が現れます。
また、列車アクションつながりでいえば、ロバート・アルドリッチの『北国の帝王』(1973)でも、無賃乗車犯として名をはせるリー・マービンが新米のキース・キャラダインに、一人前の男になるよう鍛え導こうとします。
こうしたアクション映画の中の教育というテーマは決して珍しいことではなく、格闘技ものなどは技を教える師弟関係が大変重要となります。
『ハイ・フォン』においても、ヒロインが子供の頃に父に受けた教えを思い出すシーンが度々挿入されていました。
その多くは父から子へというものでした。アクション映画における父性というものはこれまでずいぶん描かれてきたと言ってもいいでしょう。
しかし『ハイ・フォン』では、母から娘への教育が描かれます。
前半、勉強しろと不器用に母親ぶっていた姿とは打って変わって、強くなることを解くハイ・フォンは、まるで水を得た魚のようです。
母から娘への教育という主題が描かれている点がこの作品のユニークなところです。ただの女性アクション映画とはひと味違った現代的なアプローチとなっています。
そのあたりにも是非ご注目ください。
『ハイ・フォン』は、3月16日(土)にも上映があります(16:10~)。上映後にはレ・ヴァン・キエ監督の舞台挨拶が予定されています。