第18回大阪アジアン映画祭「JAPAN CUTS Award」受賞作!
2023年3月10日(金)より10日間に渡って開催された「第18回大阪アジアン映画祭」。16の国・地域の合計51作品が上映されました。
映画祭は終了しましたが本連載はまだまだ続きます。
今回ご紹介するのは、同映画祭のインディ・フォーラム部門にて上映され「JAPAN CUTS Award」に輝いた映画『朝がくるとむなしくなる』。
映画『左様なら』や連続ドラマ『北欧こじらせ日記』などで知られる石橋夕帆監督の第2の長編監督作にして、“今”に悩み苦しみながらも、それでも“明日”を見つめようとする主人公の姿を映し出した作品です。
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映画『朝が来るとむなしくなる』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本】
石橋夕帆
【キャスト】
唐田えりか、芋生悠、石橋和磨、安倍乙、中山雄斗、矢柴俊博
【作品概要】
映画『左様なら』(2019)や連続ドラマ『北欧こじらせ日記』(2022)などで知られる石橋夕帆監督の長編映画第2作。
主人公・希を唐田えりかが演じ、希の中学時代の同級生の加奈子を芋生悠が演じている。
映画『朝が来るとむなしくなる』のあらすじ
24歳になる飯塚希(唐田えりか)はコンビニでバイトしています。
「ショッポ!」と客からいきなり言われ、何のことか分からない希はただおろおろするばかり。ショートホープというタバコの銘柄と分かり慌てて用意しますが、客からひどい言葉を投げつけられてしまいます。
一人暮らしのワンルームマンションには、実家から送られてきた野菜が置かれたままになっています。希は自炊はせず、いつもコンビニ弁当やカップ麺で済ませているからです。
母からは電話で「仕事で外回りは大変でしょう」と心配されますが、希は言葉を濁します。以前勤めていた会社をすでに辞めたことを、彼女は両親にまだ告げていなかったのです。
バイト先でも、一人で家にいても、なんだか肩身が狭い。「自分がいなくったって世界は回っていく」とむなしい気持ちが募るばかりの日々。
そんなある日、中学時代クラスメイトだった加奈子(芋生悠)がバイト先に来店し、希に気が付いて声をかけてきました。
何年ぶりの再会でしょう。そのことをきっかけに、希の日常が少しずつ動き始めます。
映画『朝が来るとむなしくなる』の感想と評価
希は就職が決まり、親元を離れて一人暮らしを始めたものの、現在は会社を辞めてコンビニでバイトしています。しかし石橋夕帆監督は、希の今の境遇や彼女の内面を性急には描かず、彼女の日常のディテールを丁寧に積み重ねていくことで表現しています。
例えば「朝、カーテンを開けようとひっぱっても開かず、カーテンレールが壊れてしまう」という出来事もその一つ。清潔そうな寝具や穏やかそうな一日の始まりは、映画タイトルとは裏腹な雰囲気さえ漂わせますが、この出来事を描くことで「どうやらうまくいっていないらしい希の生活」が静かに浮かび上がってきます。
彼女はすぐにマンションの管理人らしき人物に電話を入れるのですが、どのようなやりとりがあったかは、彼女がバイトを終えて帰宅する際に、自転車にカーテンレールの新品を積んで走っている様子から察せます。
「それはご自身で直してください。こちらの管轄ではありません」なんてことを言われたのでしょう。おまけに買って来たカーテンレールもうまくはまらない始末です。
バイト先のコンビニでは仕事にも、職場の人間関係にもまだ不慣れな様子です。無礼な客に叱られるという気の滅入る経験も早速味わいました。ぽつねんとコンビニのレジの前に立っている希の、所在なさ気な姿が印象に残ります。
そんな彼女は、中学時代の友人・加奈子(芋生悠)と再会。あまりに久しぶり過ぎて当初はよそよそしくぎこちない二人が何度か顔をあわせるうちに、心を許し合っていく様を映画は静かに見守っていきます。二人がボウリングに興じる姿を引きショット・長回しで映し続ける映像には、心地よい驚きを感じます。
お酒を飲んで酔ってしまい少し陽気になる希や、その希が思いがけないアクションを起こして、がらっと物語のトーンを変えてしまう瞬間の素晴らしさ。そして、希の冴えない気持ちを映すための記号的な存在に過ぎないと思われたコンビニの仲間たちの人となりが、次第に見えてくるのも石橋監督ならではと思わせます。
石橋監督は前作『左様なら』にて、高校の同じクラスに属する22人の生徒たちを“丸ごと”描いたように、本作でもいわゆる「脇役」である人々にもきちんと焦点を当ててみせます。
もちろん、希と加奈子が物語の中心となるのですが、彼らのそれぞれの個性が見えてくることで「今、希がいる環境がそう悪くはなく、かつて経験したような場所とは異なる」という実感を、希、そして映画越しに彼女を見守る私たちにも与えてくれるのです。
胸に秘め、誰にも話せなかった心の傷を吐露するというのは、そうした安心感があって初めてできるものなのかもしれません。
まとめ
唐田えりかは、3年ぶりの映画主演となった竹馬靖具監督の『の方へ、流れる』(2022)では少し掴みどころのない笑わない女性をクールに演じていましたが、本作では愛らしかったり、儚かったり、少しばかり真の強さも感じさせたりと、様々な姿とその魅力を見せ、観る者の目を惹きつけます。
一方の芋生悠が演じた加奈子は、中学の時に親の離婚で故郷を離れた女性。その役柄は「もしかすると、この今の加奈子の姿は『左様なら』のヒロインの“その後”では?」という気持ちにさせられます。
「つらい時を乗り越えて、今、それなりに落ち着いた生活を送れているのならよかったな」と安堵するとともに、「そこを乗り越えて来たからこそ、希に対しても真摯に向き合えたのではないか」と勝手に想像を膨らませてしまうのも、本作の楽しみの一つといえるでしょう。
映画『朝がくるとむなしくなる』は、一人の女性の心の傷と回復の兆しを慎ましいタッチで綴った作品です。また、「言葉」の持つ怖さと優しさを同時に描き、「優しい言葉」が持つ深い効力を実感させてくれます。
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