アレクサンダー・スカルスガルド×ニコール・キッドマン共演『ノースマン 導かれし復讐者』
2022年3月に北米公開された映画『ノースマン 導かれし復讐者:(原題)The North Man』。
デビュー作のホラー『ザ・ウィッチ』(2015)や、ロバート・パティンソン主演のサイコ・スリラー『ライトハウス』(2019)で知られるロバート・エガース監督がシェイクスピアの悲劇「ハムレット」のもとになった北欧デンマークのアムレートの武勇伝の映画化しました。
本作『ノースマン 導かれし復讐者』のあらすじと作品解説の見どころ、そして、日本映画の影響も踏まえてご紹介します。
CONTENTS
映画『ノースマン 導かれし復讐者』の作品情報
【監督・脚本】
ロバート・エガース
【製作】
マーク・ハッファム、ラース・クヌーセ、ロバート・エガース、アレクサンダー・スカルスガルド、アーノン・ミルチャン
【出演】
アレクサンダー・スカルスガルド、ニコール・キッドマン、クレス・バング、アニャ・テイラー=ジョイ、イーサン・ホーク、ビョーク、ウィレム・デフォー
【作品概要】
本作主演のアレクサンダー・スカルスガルドが念願の企画であったヴァイキング神話を『ウィッチ』(2015)、『ライトハウス』(2020)のロバート・エガースが映画化。
共演に『アクアマン』(2018)、『スキャンダル』(2019)のニコール・キッドマン、『ウィッチ』(2015)、『ラストナイト・ソーホー』(2021)のアニャ・テイラー・ジョイ、『ブラック・フォン』(2022)のイーサン・ホーク、『ライトハウス』(2020)、『ナイトメア・アリー』(2022)のウィレム・デフォー、ビョークなど豪華キャストが脇を固める。
映画『ノースマン 導かれし復讐者』あらすじとネタバレ
北大西洋
紀元895年。王子アムレートは、父親であるオーヴァンディル王が一連の征服を終えて家に帰ってくるのを心待ちにしていました。
オーヴァンディルは、息子と妻であるグートルン王妃に挨拶します。戦利品の首飾りを父から貰うアムルス。
彼らが主催した式典に、オーヴァンディルの兄弟であるフィヨルニルが訪れます。道化師のヘイミルは、グートルンに対し下品な冗談を言いますが、フィヨルニルがそれを制止します。
オーヴァンディルは先の戦闘で負傷したため、アムレートを後継者とする考えを妻のグートルンに話します。グートルンは「闘いの中で死ねば、ヴァルハラで甦る」という言い伝えを夫へ託しました。
彼は息子をヘイミルのもとへ連れて行き、そこで彼らは特別な調合物を飲む儀式を行います。
オーヴァンディルはアムレートにもし自分が殺されたら、必ず復讐を果たすよう誓いを立てさせ、ヘイミルはアムレートの涙のしずくを預かります。彼が再びそれを必要とする日まで、彼が流す最後の涙となるのです。
翌朝、儀式を終えたアムレートがオーヴァンディルと森を歩いているところ、数人の男が現れ、オーヴァンディルは全身に矢を浴びます。男たちに圧倒されたアムレートは逃げだします。
男たちを束ねていたのは、兄を簒奪しようとするフィヨルニルでした。オーヴァンディルを斬首した彼は部下にアムレートを見つけ殺すように命じます。
アムレートは走って隠れ、フィオルニルの兵士フィンルに捕まりそうになるも彼の鼻を切り落として逃走。
村に戻ると、フョルニルの部下が市民を略奪し殺害しており、フョルニルは泣き叫ぶグートルンを外に連れ出しているところでした。
アムレートは海へ飛び出し、船に乗り込み、「父の仇を必ず取る!」「母を必ず救ってみせる!」と自分に言い聞かせながら船出しました。「そしてお前を必ず殺す、フィヨルニル!」。
ルーシの大地
それから数年の時が経ち、アムレートはヴァイキングの一団に加わり、バーサーカーに成長していました。
一団は村を襲い、アムレートは兵士を惨殺、残りの仲間は女性や子供を狙い、生き残った市民を奴隷として連行していました。
その夜、アムレートは誰もいない暗い神殿に迷い込み、そこで盲目の預言者の幻影を見ます。彼女は、幼い頃の誓いを思い出させるために、彼が流した最後の涙を差し出します。父の仇を討ち、母を救い、叔父を殺すチャンスが再び訪れたことをアムレートに告げました。
翌日、アムレートは同じバーサーカーのエイクルからフィヨルニルがノルウェーのハラルド王によって王国を追われ、フィヨルニルたちはアイスランドに移住を余儀なくされたことを聞きます。
目の前に一羽のカラスが現れ、それが父からのお告げであると悟ったアムレートはフィヨルニルへの復讐の準備を始めます。
自らに奴隷の焼き印を押したアムレートは他のルーシ人たちと一緒に奴隷船に泳ぎ着きます。そこで彼は、人の心を堕落させる力を持つという若いスラブ人女性、オルガと出会います。彼女の隣で眠るアムレートは、父と母、ヘイミル、特別な剣、そしてオルガの夢を見ていました。
アイスランド
嵐により船は転覆し、何人かの奴隷は死に、陸に泳ぎ着いた生存者たちもフィヨルニルの部下に連れられ、農場へと連行されます。
そこにはフィヨルニルの長男ソリル、そしてグートルンを妻として迎え、彼女との間にもうけた次男グンナルの姿がありました。フィヨルニルは奴隷として潜り込んできたアムレートの正体に気がつくこともなく、美しいオルガに興味を抱くのみでした。
その夜、テントを抜け出したアムレートが辿り着いたのは、魔女の潜む洞窟でした。魔女はフィヨルニルが舌、目、耳を切り取って殺したヘイミルの首を持っていました。魔女はアムレートをヘイミルと交信させ、フィヨルニル復讐のために使う大剣ドラウグルの存在を教えます。
アムレートはドラウグルがかつての王の亡骸と共に眠る場所へと辿り着きます。剣を取ろうとした途端、死体は息を吹き返し、アムレートは決闘を余儀なくされます。最後は斧を振りかざし骸骨の首を切り、骸骨から剣を引き離しました。
村に戻ったアムレートは、手に入れた剣で試し切りしそうになるも、躊躇いを見せます。そして、フィヨルニルがオルガに手を出そうとするも、自分の月経血塗りつけることでフィヨルニルを撃退するオルガの姿を見つけました。
その後、奴隷たちは、相手を殴り殺すことで勝利するナトリクルのゲームに参加させられます。
グンナルは、フィールドに飛び込むが、相手チームのトルフィンルに強く倒され、頭を打って気絶してしまいます。父と母が駆けつけると、アムレートはトルフィンに襲いかかり、頭蓋骨がへこむまで何度も頭突きをしました。
グンナルが意識を取り戻すと、アムレートはフョルニルとソリルに感謝され、奴隷の中でより高い地位を与えられました。
その夜、奴隷たちは森の中で乱交パーティーを開いていました。アムレートはオルガと愛し合った後、共にフィヨルニルを倒すことを誓い合いました。
映画『ノースマン 導かれし復讐者』の感想と評価
シェイクスピアの戯曲「ハムレット」のモデルともなったヴァイキングの英雄、アムレートの武勇伝。
ヨーロッパ北部スカンディナビア半島に伝わる伝説上の人物の物語は北欧神話の時代から中世にあたる12世紀末までのデンマーク史をまとめた『デンマーク人の事績』によって、そのディティールが描かれています。
王位継承権を持った主人公が身内(この場合多くは継承権を争う男系の血縁者)の裏切りに遭い、父親を殺された、逃げ延びた先で身分を隠しながら父の仇をとるべく、再び故郷へと戻ってくる…本作のあらすじは『ライオンキング』(2019)をはじめ、多くの貴種流離譚ものと共通しており、古今東西あらゆる神話の王道として親しまれています。
非常に典型的な、紋切り型ともさえ言える物語を展開しながらも、本作には王道を楽しむ2つのポイントがありました。それは日本映画的精神と見かけ通りにいかない悪役が転換する物語です。
黒澤作品を意識したロバート・エガースの神話
兄である王を殺した男が王の妻を奪い結婚し、やがて王の息子が復讐を果たしに王国へと帰ってくる、という物語の原型を見るに、監督のロバート・エガースは本作においてシェイクスピア『ハムレット』、『マクベス』を自己流で共通するひとつの神話としてまとめることに挑戦しました。
顔面を切り刻まれた生々しい傷跡、斬首された遺体の数々、ウィレム・デフォーの干し首など、エクストリームな暴力描写はヴァイキング映画らしい見応え。
明暗を際立たせるモノクロ調の画面設計、超自然の霊的な存在をほのめかす象徴性をアイキャッチのごとく繰り返し挿入するなどして、鬱蒼とした大地に住まう貧しい奴隷の姿という一見地味に見えるビジュアルの中にロバート・エガースの美意識がふんだんに取り込まれています。
このシェイクスピアの戯曲をバイキングではなく、サムライの領域で踏破した映画作家といえば、黒澤明がすぐに連想されます。
黒澤明監督作品『蜘蛛巣城』(1957)は、『マクベス』を日本の戦国時代に置き換え、日本的様式によって戦国武将の一大悲劇を描いています。
不気味な森の魔女と秘匿された血縁の宿命と預言された結末など、類似点は数多く、エガース監督本人も前作『ライトハウス』(2020)インタビューにおいて、本作『ノースマン』が黒澤作品の影響を多いに受けて制作したことを公言しています。
本作でビョークが演じる預言者は、三好栄子演じる老婆と重なり、両作とも主人公の運命はこの魔女によって既に定められています。
アレクサンダー・スカルスガルド演じるアムレートも、三船敏郎演じる鷲津武時も自分の運命がどうなるかは分からないものの、宿命が自身に何を課すのかを知っています。
宿命は主人公たちにとって(死という代償を払わざるを得ないほどに)致命的なものであり、彼らは元々信じていた宿命と事実とが異なっていたこと、物事は常に見かけ通りではないことを知り、物語は展開を見せます。
見どころはニコール・キッドマンの変貌
物語において劇的な変化をもたらしたのは、ニコール・キッドマン演じる王妃グートルン。
夫であるオーヴァンディルと息子アムレートを失い、フィヨルニルの元で囚われの身となる悲劇が描かれ、アムレートは母親を救い出すべく復讐を誓います。
しかし終盤明かされる事実では、フィヨルニルとは合意のもと結婚し子どもをもうけたこと、オーヴァンディルと強姦によって生まれたアムレートの殺害はグートルン自身の願いであったことが本人の口から告げられるのです。
助けるべき唯一の肉親として信じていた母親に裏切られる展開と、殺しそびれた息子を始末するために隙をつくろうと息子を誘惑する狡猾な母親を演じたニコール・キッドマンは本作最大の見どころ。
祈祷師や呪術のような超自然的な力を一切持たない悪女を魔女らしく描くロバート・エガース監督は前前作『ウィッチ』(2015)から共通して新藤兼人監督作品『鬼婆』(1964)の引用を行なっているようです。
またアムレートを主人公とするこの物語では、真実を知りながらも善人でない父親のために復讐を果たす宿命は変わりません。
過去の過ちや不正を正し、父親の呪縛から独立した新たな自己像を確立する展開の方がより現代的なのかも知れませんが、既に定められている致命的な宿命を全うする本作のアムレートには高貴な王がバーサーカーとして成長してしまった憐れみを感じてしまいます。
まとめ
今回は『ノースマン 導かれし復讐者』をご紹介しました。
ヴァイキングの英雄、アムレートの武勇伝の映画化作品として、過激な暴力描写は見応えがあり、定型的な物語にも時代性を超越した悲劇の魅力、日本映画からの引用を踏まえ、さらに人物描写の切り口、地味なビジュアルの細部に彩りを持たせるなど、ロバート・エガースの自己流神話が存分に楽しめる作品でした。
最後に、本作は映画にまつわるポリティカリーコレクトネスの議題に挙げられやすい作品ではないでしょうか。
時代を忠実に再現するためか、本作にマイノリティの表象はなく、登場人物全員がステレオタイプに基づいています。
昔の人間を描いているのだから、ステレオタイプは史劇としての忠実性と捉えることも出来ます。英雄神話を映画化したファンタジー作品として、この多様性の無さを昨今の“表現の窮屈さ”から解放された自由な作品と捉えるかどうかは受け手である観客それぞれに委ねられることでしょう。
【連載コラム】タキザワレオの映画ぶった切り評伝「2000年の狂人」記事一覧はこちら
タキザワレオのプロフィール
2000年生まれ、東京都出身。中学時代に新文芸坐・岩波ホールへ足を運んだのを機に、古今東西の映画に興味を抱き始め、鑑賞記録を日記へ綴る。好きなジャンルはホラー・サスペンス・犯罪映画など。
また、映画ライターの他にインディーズ映画の宣伝業務にも携わり、現在はドイツの新鋭ファン・ヴー監督による、2010年にH・P・ラヴクラフト原作の「宇宙からの色』を映画化した『Die Farbe』、中国映画『海洋動物』の日本公開に向けて活動中。