連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第72回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第72回は、『南極日誌』(2005)のご紹介です。
南極の「到達不能点」を目指す6人の探検隊が、80年前に書かれた日誌を発見したことにより、疑心暗鬼と狂気が渦巻くようになる、ホラー映画『南極日誌』。
零下80度の極寒と沈まない太陽が、隊員の精神を徐々に蝕んでいく中、一番怖いのは隊長でした。
「到達不能点」に異常な執着を見せる隊長の目的は?そして、そんな隊長に命を預けてしまった隊員の運命は?
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CONTENTS
映画『南極日誌』の作品情報
【公開】
2005年公開(韓国映画)
【監督】
イム・ピルソン
【脚本】
イム・ピルソン、ポン・ジュノ
【キャスト】
ソン・ガンホ、ユ・ジテ、キム・ギョンイク、パク・ヒスン、ユン・ジェムン、チェ・ドクムン、カン・ヘジョン
【作品概要】『
2019年公開の『パラサイト 半地下の家族』で高い評価を得た、ポン・ジュノ脚本と、主演のソン・ガンホのタッグによる、心身ともに極限状態に陥った、南極探検隊が遭遇する恐怖を描いたホラー。
韓国の名優ソン・ガンホの他、2004年に日本でも話題になった『オールドボーイ』で、印象的な悪役を演じたユ・ジテが、物語の鍵を握るキャラクターである、キム・ミンジェ役で出演しています。
監督は本作が長編デビュー作となった、イム・ピルソン。
映画『南極日誌』のあらすじとネタバレ
ブリザードが吹き荒れる、零下80度の極寒の南極大陸。ここで「到達不能点」を目指し、南極を探検する6人組の探検隊がいました。
隊長のチェ・ドヒョンは「伝説の冒険家」として有名で、数年前にも「到達不能点」を目指し、南極を探検しましたが、あと一歩のところで夢破れてしまい、今回がリベンジとなります。
そのドヒョンに憧れを抱く、最年少のキム・ミンジェの他、副隊長のイ・ヨンミン、ビデオと電子機器を担当するソ・ジェギョン、食事担当のヤン・グンチャン、救助隊員の経験を持つキム・ソンフンが隊に参加しています。
6人は初めて一緒に探検をすることになりますが、ジェギョンは、今回の探検が成功したら引退を決めており、グンチャンは婚約者と結婚、ソンフンは、他人のサポートではなく自分の手で、目標達成することを目指しています。
南極は昼と夜が6ヵ月ごとに入れ替わり継続する為、探検隊は日没までに「到達不能点」に辿り着かないといけません。
日没までの時間は60日、隊員たちは景気づけに南極の氷で作ったケーキを食べます。
ですが、そこには、過去に探検に失敗し、死亡したと思われる隊員の目玉が入っていました。
映画『南極日誌』感想と評価
「到達不能点」を目指し、南極を探検する6人の探検隊が遭遇する、精神的に追い詰められる恐怖を描いた『南極日誌』。
日が沈まない為「朝か夜か分からない」という、時間的な感覚が狂うだけでなく、極寒の中で存在するかも分からない「到達不能点」を目指す隊員達は、精神が疲弊していき、やがて隊員同士が信用できなくなる、疑心暗鬼に陥ります。
隊員の1人であるジェギョンが、行方不明になって以降、隊員同士の疑心暗鬼が更に深くなっていき、地獄のような状況となります。
雪に覆われた同じ景色が続く南極で、どこに向かっているのか?どこに進めばいいのか?も分からず、感覚が麻痺してくる隊員の様子は、それだけでも怖いのですが、更に2つの要素が、『南極日誌』という作品の恐怖を増長させています。
「到達不能点」に狂わされた怪物ドヒョン
本作における一番の恐怖、それは隊長であるドヒョンの存在です。
ドヒョンは隊員の中で唯一、過去に「到達不能点」を目指した経験を持っています。
ミンジェはドヒョンに「伝説の冒険家」として憧れを抱いているので、かつては有名な探検家だったのでしょう。
しかし「到達不能点」を目指し出発した、南極探検に失敗してしまったという過去、これがドヒョンを大きく狂わせました。
莫大な借金を背負い、家族まで失ったドヒョンは、人生において「到達不能点」を再び目指す以外に、自身の存在意義を失ってしまったのです。
副隊長のヨンミンが「昔は、あんな人じゃなかった」と言っていることからも、人が変わってしまったことが分かります。
異常なまでに「到達不能点」に執着するドヒョンが、南極を探検するのは自由ですが、恐ろしいのが、途中で心身共に疲弊し、探検の終了を希望する隊員達の声に、全く耳を貸さないという点です。
それどころか、救助を要請する通信機を破壊し、脱出不能な状況を作り出します。
家族を失ったドヒョンは、隊員達を「息子」と呼び、疑似家族のような関係を求めます。
隊員達からすると、自分の命を預けられない隊長など、迷惑でしかありませんし、ましてや「父親」なんて、呼びたくもありません。
「到達不能点」に行けば、何があるのかも分からないまま、ドヒョンにより、探検のリタイアは許されない状況となった隊員達は、ドヒョンという、もはや話が通じない怪物のような存在に、全てを奪われていきます。
クライマックスでヨンミンが語る「隊長からは逃げられない、俺達の全てを奪っていく」は、本作の恐怖を象徴する言葉ではないでしょうか?
80年前の「日誌」の存在
『南極日誌』では、タイトルにもなっている「日誌」の存在が、恐怖と不安を煽ります。
日誌は、80年前に探検に失敗した、イギリス隊が書き残した物なのですが、汚れすぎて字が読めなくなっている代わりに、黒く塗りつぶされたような、異様なイラストが記されています。
この日誌は、書き記された内容だけでなく、無くしてもいつの間にか戻って来たり、日誌の中に描かれた、隊員のイラストの人数が、6人から5人に減っていったりと、とにかく不気味な存在でもあります。
日誌は、不気味な存在ではあるのですが、作品中盤までは、特に大きな意味を果たす訳ではありません。
ですが、本作のクライマックスで、ミンジェが白骨化したイギリス隊の死体に遭遇し、そこに書かれている「到達不能点は無い」という言葉を見た時に、日誌に書かれていた「我々の欲望が、この地を地獄に変えた」という記述と合わさり、絶望的な状況を作り出します。
ドヒョンに全てを奪われ、もはや「到達不能点」を目指すしか助かる道が無くなっていたという状況で、その目指すべき場所も無い。
ただでさえ地獄だった南極が、いよいよ底無しになっていく瞬間です。
ラストのELTはドヒョンの「親心」なのか?
本作のラストで、ミンジェはたった1人で「存在しない」と言われていた「到達不能点」に到着します。
辿り着いたところで、そこにあるのは朽ち果てた木の杭のみ。
果たして命を懸ける価値はあったのか? これまでの探検の意味が、尚更見えなくなる瞬間です。
ミンジェが到着した後に、ドヒョンも姿を現します。ミンジェは言います「ここは、ただの点だ。何も無い」と。
ドヒョンは「ここに来れば、俺を受け入れてくれると思った」と返答し、ミンジェに「お前なら、俺を止めくれると思った」と語ります。
『南極日誌』全編を通して、ドヒョンが自分の感情を表に出すのは、このラストシーンだけなのですが、何を言われようと、関係の無い人間を自分の欲望に巻き込んだ、ドヒョンの自分勝手な言い分にしか聞こえません。
さらに、ドヒョンは「誰もいないところまで、行くしかない」と言います。
もうドヒョンは、絶命するまで南極を歩くだけの、たったそれだけの存在になってしまったのでしょう。
しかし、最後の最後にドヒョンが人間の心を取り戻したと思われる場面があります。
力尽き倒れたミンジェが、自分の手にELT(衛星を使用した捜査救助システム)が渡されていることに気付きます。
さらに、ドヒョンにより、バッテリーが抜かれていたはずのELTが正常に作動します。
救援信号を出したミンジェを、遠くから見つめているドヒョン。
最後にドヒョンは「親心」を取り戻し、息子のように感じていたミンジェを、助けるにことにしたのか? それとも「到達不能点」から先は、1人で進むことに最初から決めていたのか?それは分かりません。
ただ『南極日誌』は、ドヒョンの姿を通して「夢や目的は想いが強すぎると、人を手段を選ばない怪物に変える」という、恐怖が描かれています。
怪物化した人間を、もしリーダーに持ってしまったら…と考えると怖いですね。
まとめ
「到達不能点」を目指す怪物と化したドヒョンが、とにかく怖い『南極日誌』。
このドヒョンを演じるのは、韓国を代表する名優ソン・ガンホ。常に目はどこか遠くを見ており、冷淡な口調で淡々と語る、感情を失ってしまったドヒョンの、内に秘めた異常さを見事に表現しています。
作品の序盤で「皆で『到達不能点』を目指し、うまい酒を飲もう」と話をしている時でさえ、心はどこか遠くに行っているように感じます。
本作は舞台が南極なので、雪に覆われた代わり映えしない景色が、ただただ続く作品なのですが、だからこそ、ドヒョンの静かな狂気と変化が目立つ演出となっており、観客を精神的にグイグイ引き付けます。
あらためて、ソン・ガンホの怪物的な演技力を、再確認した作品でもありました。