連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第8回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、極限の状況で描くスリラーなど、様々な映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第8回で紹介するのは、ソリッド・シチュエーション・サスペンス映画『アクセル・フォール』。
何者かに監禁される主人公。敵とはモニター越しに、味方とは電話でしか話せず、最愛の父が人質にされた状況です。
監禁場所は超高層ビルのエレベーターで、その操作は敵の手中に。絶体絶命の危機からどう逃れる!多くの謎を秘めた物語が始まります…。
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CONTENTS
映画『アクセル・フォール』の作品情報
【日本公開】
2022年(オーストラリア映画)
【原題】
Rising Wolf / Ascendant
【監督・脚本・制作】
アンティーン・ファーロング
【キャスト】
シャーロット・ベスト 、ジョニー・パスボルスキー 、アンドリュー・ジャック、スーザン・プライアー 、リリー・スチュアート
【作品概要】
目覚めた場所は、120階建て超高層ビルのエレベーター。監禁された主人公は、乱高下する檻の中からの脱出に挑む。謎を秘めたアトラクション型サスペンス映画です。
これが初監督作となるアンティーン・ファーロングの作品。当初限定された空間の物語として構想された企画は、より大きなスケールを持つ映画として完成しました。
主演はオーストラリアのドラマ『タイドランド』(2018~)のシャーロット・ベスト。共演は『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』(2015)のジョニー・パスボルスキー。
『スターウォーズ フォースの覚醒』(2015)でイーマット少佐、『スターウォーズ 最後のジェダイ』(2017)ではイーマット将軍を演じたアンドリュー・ジャックらが出演した作品です。
映画『アクセル・フォール』のあらすじとネタバレ
遠い場所にある浜辺に、海を眺めている1人の若い女性(リリー・スチュアート)がいました…。
その場所とは全く異なる閉ざされた空間に、縛られ目隠しされ、猿ぐつわを噛まされ転がされた若い女性(シャーロット・ベスト)がいました。彼女は必死に立ち上がります。
ここが何処か彼女には判りません。外からは打ち上げ花火のような音が何発も響きました。
助けを呼ぶ声を上げた女性。彼女がいるのはエレベーターのカゴの中です。電気がつくと、映像を映し始める壁面の大きなモニター。
81階に停止していたエレベーター内に、緊急運転の放送が流れます。警告を表示する文字には中国語も含まれていました。
エレベーターが急下降すると、カゴ内は無重力状態になり女性の体は浮きました。下層階で速度を落とし停止すると、彼女は床に叩き付けられます。
彼女を閉じ込めたカゴは、ゆっくりと上昇して行きます。ようやく後ろ手に縛られたヒモを切った若い女性。
目隠しと猿ぐつわを外した彼女は、自分がエレベーターのカゴ内に閉じ込められていると気付きます。
パニックになり助けを呼びますが反応は無く、天井から出ようにも登れません。彼女は自分がスマホを持っている事に気付きました。
スマホは母からのメッセージを受信しており、確認するとメッセージが入っています。それは母が銃を持つ相手に襲撃される内容です。
両親が襲撃されたと知り、泣き崩れる女性。すると何か落下物が命中したのか、カゴが少し降下しました。
動揺しながらスマホで当局に連絡します、エレベーターに閉じ込められた、詳しい場所は不明だが、ここは上海だと叫ぶ女。
しかし電波は途切れました。絶望しかけた彼女は、天井に監視カメラがあると気付きます。
カメラに向かって助けてと訴える女。またカゴが少し下がり、パニックになります。するとインターフォンから中国語で呼びかける声がしました。
彼女が助けを求めると、相手は英語が解する者に替わりますが、異常のあるエレベーターは確認できないと告げました。するとまた急降下を開始したエレベーター。
天井まで舞い上がった体は、停止した際に床に叩き付けられます。浜辺に家族の姿があり、少女が隣の少女にアリア、と呼びかけたのは過去の記憶でしょうか。
その少女の「目を覚まして」との声を聞いて、カゴの中の女・アリアは意識を取り戻します。鉄の小さな扉にもたれて座る男は、アリアの父親の姿でしょうか、それが彼女の脳裏に浮かんでいました。
アリアはエレベーターの扉をこじ開けますが、停止位置がずれ出ることはできません。またカゴが急降下して彼女の体はもてあそばれます。
幼い彼女には双子の姉妹、ザラがいました。彼女は様々な特殊能力を持ち、それに母親のバーバラ(スーザン・プライアー)も気付いていました。
全ては過去の思い出のようですが、現在のアリアは記憶の中に現れたザラから、呼びかけらたように感じています。
突然スマホに母から電話がかかってきました。母は家族に危機が迫っていると察していましたが、突然何者かの襲撃を受けます。それを聞くしかないアリア。
母の身に危険が及んだと知り、衝撃を受けるアリア。彼女は悪夢を見て目覚めた後、母と父リチャード(ジョニー・パスボルスキー)に慰められた少女時代を思い出します。
その時、彼女はザラが何かを見ていると父に打ち明けていました。それが何であるか、当時は家族の誰も理解していないようでした。
頭の中に過去の記憶がよぎるアリアは、電話がかかってきた事に気付きますが途切れました。そして響き渡る男の声に気付くアリア。
エレベーターのカゴの壁にある、巨大なモニターに男が映っていました。背後には男の部下に捕らえられた父の姿があります。
とっさにスマホを隠すアリア。父に気付いて叫んだ彼女の声に、リチャードは反応しました。天井から伸びるロープに縛られた父に拷問を加える男たち。
男たちに命令を下す男は、ロシア人の工作員のようでした。彼はリチャードから情報を引き出そうと、彼に責め苦を与えていました。
しかしリチャードは答えません。そこで彼は娘のアリアを誘拐し、エレベーターのカゴ内に閉じ込めたのです。リチャードに見せつけるようにカゴを急降下させるロシア人。
停止と同時に激しく床に叩きつけられたアリアに、父と過ごした過去が甦ります。彼女の手首には不思議な模様が浮き出ていました。
エレベーターはゆっくりと上昇していきます。監視カメラから見えない様に、先程スマホに連絡してきた、”ジャックおじさん”と登録された人物に電話します。
信頼するジャックに状況を説明するアリア。ジャックは父リチャードはCIAの協力者で、そして敵対する者に捕らえられたと説明しました。
拷問者はリチャードに通称”エンジニア(協力者)”の居場所を吐けと迫り、再度アリアのエレベーターを降下させます。
口を割らないリチャードにロシア人の部下は銃を突き付けますが、彼はそれを奪って発砲、反撃します。そこでモニターの映像は途切れました。
映像が復活すると父は捕らえられていました。拷問者のリーダーが父の耳を切り落とすのを見守るしかないアリア。
次は工具バサミを持ち出し、リチャードの指を切断しようとするロシア人。彼はアリアに1945年の、エンパイアステートビル航空機衝突事故の話を聞かせます。
その事故で75階から落下したエレベーターに乗っていた女性は、奇跡的に命を取りとめた。しかしこのビルは、エンパイアステートビルより高い。
そう語りながらリチャードの指を切断したロシア人の拷問者。それでも彼が口を割らないとみると、アリアのエレベーターを急降下させました。
今度も床に叩きつけられ意識を失ったアリアは、幼い頃に双子の姉妹ザラが、物質を自在に変換する能力を発揮する姿を思い出していました。
起き上がった彼女は脱出を試みますが叶わず、絶望の叫び声を上げます。スマホに残る家族の動画を見て気を落ち着かせていた時、少女時代にザラが自分の能力をコントロールできず、苦しんでいた姿を思い出します。
再度拷問される父の姿を見せられ、その直後にエレベーターを急降下させられた彼女は、破滅する世界のビジョンを目撃しました。
身も心も打ち砕かれかけたアリアのスマホに、ジャックから電話が入ります。君の父リチャードは、CIAのために秘密の危険な任務に就いていたと語るジャック。
ジャックは父と同じ世界の住人でした。君とリチャードを救うために手を尽くしているが、まだ場所が特定できない。何かヒントが欲しい。
リチャードは身を隠した”エンジニア”の居場所を必死に守っている、と告げるジャック。そう言われても、その人物と父との接点が思いつかぬアリア。
ジャックは、場所の特定のために、スマホから15秒間シグナルを発信して欲しいと告げます。もうスマホのバッテリー残量は少なくなっていました。
彼女がエレベーターのカゴの天井を開けようと試みた時、またモニターに父と拷問者が姿を現します。落としたスマホを見られぬよう隠すアリア。
親娘を責め立てた後に、父と拷問者が映るモニターの画像は切れます。やりとりを聞いていたジャックは、ロシア人の男はヤロスラフという工作員で、情報を引き出すまで拷問を止めないだろうと言いました。
しかし、リチャードは決して口を割らないだろうと告げるジャック。アリアはその”エンジニア”と接した記憶がありません。
その間にエレベーターは上昇し、95階で停止しました。そしてモニターにロシア人の男の姿が映ります。
ロシア人工作員は、彼女に責め苦を与えようとエレベーターを上昇させます。しかしその後を追うように、隣のエレベーターが上昇してきます。
そのエレベーターに乗る人物は、工事中のビルのエレベーターの異常な動きに気付き、確認に来た模様です。アリアにいるエレベーターの扉の前に立ち、誰かいるかと声をかける男。
このビルに危険な一味がいることを知るアリアは、すぐに逃げるよう叫びます。しかし彼は現れた一味の男に射殺されました…。
映画『アクセル・フォール』の感想と評価
絶体絶命に閉鎖空間、エレベーター内が舞台のソリッド・シチュエーション映画!
…のはずが、回想とはいえ過去や未来の光景に場面が飛び、ソリッド・シチュエーションってなんだっけ、と自問自答する展開でした。
そして「俺たちの戦いはこれからだ!」と最後のコマで宣言する、少年ジャンプの打ち切りマンガのようなラストで締めくくられます。
もしや本作、ドラマ化予定作品のパイロット版?、と思いました。念のため説明すると、とりあえず1話作ってみて出来や反応を評価し、好評であればシリーズ化する作品をパイロット版と言います。
日本ではあまり作られず、作られても一般に公開(放送)されず、関係者だけが見る事例が多いパイロット版…年配の方なら実写特撮番組『マグマ大使』(1966~)は、関係者向けパイロット版が作られたのをご存じの方もいるでしょう。
一方アメリカでは観客に提供する事を前提に、本格的なパイロット版を製作することが多々あります。ドラマ『スーパーナチュラル』(2005~)の第1シーズン1話の原題は「Pilot」。このように第1話が「Pilot」のドラマは多数存在します。
そしてシリーズ化されなかったパイロット版が、独立した作品として放送されたり、映画として公開される例もあります。
結論から言うと『アクセル・フォール』はパイロット版ではありません。しかし当たらずとも遠からず、といった作品でした。ではその背景を解説していきましょう。
一つのアイデアが膨大な世界観を持つSFに進化
本作が長編映画第1作となるアンティーン・ファーロング監督。彼は自分の高所恐怖症な一面が、この映画に生かされたとインタビューに語っています。
シドニーでメンテナンス作業中のエレベーターを見た時、扉の中は暗闇のシャフトで、ただ風が吹いていた…こんな作業が行える人はどんな能力の持ち主なんだ!と感じました。
最初のアイデアはこうして生まれたが、映画になるまでの12年の間に、彼はありがちな「エレベーターの中に閉じ込められた一人」の映画にしたくない、と考えるようになります。
その結果この作品は、「オリジナルストーリーの、強烈なSFファンタジー・スリラー映画3部作の第1作」として製作されたと説明する監督。
なるほど、思わせぶりな回想シーンが多数挿入されたのも、双子姉妹の片割れが存在感の割に何の役にも立たないのも、少年ジャンプの打ち切りマンガのようなオチも、そういった事情なんですね…。
「この映画を過剰に複雑にしようとは思わないが、ありがちで単純な物語として作りたくは無かった」「内容の詰まったスリラーだけに、様々な要素が物語の枠から飛び出して複雑になり、観客の注意力が途切れないか心配です」
と、正直に語っている監督。やはり本作は風呂敷を大きく広げ過ぎた、との自覚はあるようです。
壮大な世界観を広げた結果…
本作の撮影が始まると、まず最初の週に父親役のジョニー・パスボルスキーと拷問者たちのシーンを撮影し、その後で主人公アリアを演じる、シャーロット・ベストのシーンが撮影されました。
監督はシャーロット・ベストと話し合い、アリアが経験する状況をライアン・レイノルズ主演の映画『[リミット]』(2010)を例に出して話し合います。
地中に埋めた棺に閉じ込められ、外部との連絡は携帯電話のみ…『[リミット]』と本作の共通点は明らかです。
撮影期間は20日間しかなく、しかもスタントシーンがあってその準備も必要。そして小さなイヤホンで事前に撮影された父親や拷問者のセリフを聞き、それに応じた演技を見せる。
それをエレベーターという箱の中でただ1人、スタッフに囲まれて演じる。監督はシャーロット・ベストがこの映画に捧げてくれた貢献に、最大の敬意を払っていると語っています。
しかし数多くの映画祭で受賞した『[リミット]』を例にしたのであれば、正統派ソリッド・シチュエーション映画の魅力を再確認しても良かったのではないでしょうか。
彼女が演じたアリアは、3部作が完成すれば最後には人類を変革する、力強い女性のロールモデルになる存在だと語る監督。本作は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の「人類補完計画」的な、何かの始まりでしょうか。
まとめ
アンティーン・ファーロング監督は、『アクセル・フォール』をソリッド・シチュエーション映画の枠を越えた、壮大なスケールを持つSFトリロジーの第1弾として完成させました。
しかしスケールの大きな世界観を意識した結果、様々な要素を説明不足のまま挿入され、なんとも混乱した作品が誕生したとも言えるでしょう。そもそも人類の変革を語る物語の導入に、エレベーターを使った拷問が適切でしょうか?
企画の出発点はエレベーターであり、SF3部作化は後から付け加えたもの。初監督映画だけに他の作品に無いものを描くこと、次の作品につながる作品を強く意識し過ぎたのかもしれません。
ジョージ・ルーカスがあの『スター・ウォーズ』を実現するにあたり、単体ではハッピーエンドで単純明快な、エピソード4「新たなる希望」を最初に映画化したのは、実に英断と言うべきでしょう。
そもそも『アクセル・フォール』、原題は「Rising Wolf」と「Ascendant」の2つが存在します。
「Ascendant」ですが、SF映画『ダイバージェント』シリーズ3部作の、続編のタイトルが「The Divergent Series: Ascendant」でした。
もっともこの『ダイバージェント』続編は、映画化が中止され、テレビドラマ化の話も執筆現在潰えた状況です。
本作もう1つの原題「Ascendant」、『ダイバージェント』シリーズへのオマージュか、はたまた商売上有利との判断で、新たに付けたタイトルなんでしょうか。
そして本作は、確かにアンドリュー・ジャックがクレジットされているのですが、どこに出演してるのやらよく判りません…。
色々と「未体験ゾーンの映画たち」に相応しい作品『アクセル・フォール』。エレベーターを使った拷問というアイデアは、視覚的描写も含め非常にナイスです。
ギャグ・エロ描写一切無し。最後まで生真面目に、上がったり落ちたりする映画です。なんとも貴重な作品に遭遇してしまった…、とどうか楽しんでくださいね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第9回は、1人の少年が殺人鬼へと変貌してゆく!何が彼を闇の世界に誘ったのか。サイコスリラー映画『キラー・セラピー』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)