連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第3回
映画ファン毎年恒例のイベント、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、ラブコメ映画など、様々な作品を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破し紹介して、貴重な数々の映画を応援させていただきます。
第3回で紹介するのは韓国のラブコメ映画『私たちの偽装結婚』。
年頃の男性・女性がいつまでも独身でいると、何かと周囲がうるさくなるのは程度の差はあれ、どこの国でも一緒でしょう。
そんな誰もが「あるある」と思う状況を、明るい笑いで描いた作品を紹介します。今回はリラックスしてお楽しみ下さい。
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CONTENTS
映画『私たちの偽装結婚』の作品情報
【日本公開】
2022年(韓国映画)
【原題】
어쩌다, 결혼 / Trade Your Love
【監督・脚本】
パク・ホチャン、パク・スジン
【キャスト】
キム・ドンウク、コ・ソンヒ、ファン・ボラ、キム・ウィソン、ヨム・ジョンア
【作品概要】
結婚すれば財産が手に入る男と、家族から早く結婚しろと言われてウンザリしている女。そんな2人が意気投合、偽装結婚を企てた結果、周囲を巻き込む大騒ぎに…という恋愛ドタバタ映画。
パク・ホチャン、パク・スジンの男女コンビが共同で脚本を書き、監督した作品です。2人にとって初の長編映画で、パク・スジンはドラマ『死の賛美』(2018~)を演出した人物です。
映画『神と共に 第一章:罪と罰』(2018)そして『神と共に 第二章:因と縁』(2018)、ドラマ『君は私の春』(2021~)のキム・ドンウク。
サスペンス映画『悪魔の倫理学』(2013)、ドラマ『SUITS/スーツ~運命の選択~』(2018~)や『愛しのホロ』(2020~)に出演のコ・ソンヒと共に、W主演を務めた作品です。
映画『私たちの偽装結婚』のあらすじとネタバレ
…多くの女性と付き合った、航空会社の重役の御曹司ソンソク(キム・ドンウク)。しかし女性たちは「誰もあなたを幸せにすることはできない」と言い残し、彼から去って行きました。
なぜそう言われるのやら、お調子者のソンソクは理解できません。そんな彼の前に、1人で息子を育てる女性が現れます。
彼女とその子と一緒に暮らそう。しかし、それにはお金が必要。お金と愛を獲得する方法はあるが、それには共犯者が必要、と考えるソンソク。
…かつて陸上競技のスター選手で、”競技場の妖精”と呼ばれたヘジュ(コ・ソンヒ)。しかし足の怪我で選手生命が絶たれます。自分が知るのは競技の世界だけ。
おかげで人生の方向まで見失い、気付いたらもう30歳。家族は結婚すれば落ち着くと言いますが、本当にそうなの?
家族から早く結婚しろとうるさく言われ、疲れ果てました。1年間くらい海外に行き、家族から離れのんびり暮らしたいなぁ、と考えるヘジュ。
そんな2人が、とある喫茶店で会いました。2人は交際相手がいると周囲を納得させるための、偽装デートの相手にお互いを選び、今日初めて会ったのです。
軽く自己紹介すると時間を潰すソンソクとヘジュ。約束した時間を過ごすとさようなら、と2人は別れました。
帰りに料理店に寄ったヘジュはフグ鍋を注文しますが、鍋物は2人前からと断られます。お1人様の辛さを味わったたヘジュは、店にソンソクが現れたと気付きます。
強引にソンソクの机に座り、2人で食べますとヘジュはフグ鍋を注文します。自分用に酒まで注文する彼女に呆れるソンソク。
しかし根がお調子者のソンソクは、自分も飲むことにしました。やがて酔って打ち解けた2人は本音で語り合います。
いつまでも私を子供扱いして、何かと注文してくる3人の兄がうるさいとこぼすヘジュに、金持ちの父は財産は自分に残さず、再婚相手の継母と兄に譲るつもりだ、と打ち明けたソンソク。
その父はお前が結婚すれば全財産の半分を譲る、と言っている。父は結婚は簡単にできると考えているようだ。
どうやって花嫁を探す?いっそ、あなたが結婚してくれません?とソンソクは口にしました。馬鹿げた冗談だと大笑いする2人。
実は本当に愛する女性がいるが、彼女は子持ちと知れば父は結婚を許さないだろう。そして実母はアメリカで暮らしてる、とソンソクは話します。
いっそ偽装結婚でもしたい。協力者とは一緒に暮らさず、海外に住んでもらい籍も入れない。毎月報酬も支払う。ソンソクはヘジュに、誰か紹介してくれないかと頼みました。
店を出た後も、ソンソクの言葉を考え続けたヘジュ。そして彼女はあなたが言った、偽装結婚を私とやらないかと提案します。
うるさい家族を結婚で納得させたいヘジュ。財産と本命の女性の愛を手に入れたいヘジュ。こうして偽装結婚を選んだ2人。
1ヶ月後。ソンソクとヘジュが婚約について、両家の親たちと話す日がきました。
息子に財産を分与するために、弁護士を入れ細かい取り決めを契約にまとめるソンソクの父と継母のチョン(ヨム・ジョンア)。
ヘジュの母と長男は物々しい雰囲気に驚きます。ソンソクとヘジュが契約書にサインして、婚約はまとまりました。
父親に婚姻届は出したかと言われ、忙しくてまだ出してないと告げるソンソク。最近の結婚はこうなのか、と聞いた長兄に、形式だけだと説明し納得させるヘジュ。
両家が顔を会わせる機会をぜひ作りましょう、今週末にでも皆が集まって…と言い出すソンソクの父をさえぎるように、2人はその日は結婚式用の写真撮影をすると言いました。
なら仕方ない、しかし友人たちを集め、にぎやかな結婚式にしようと盛り上がる家族を見て、ソンソクとヘジュは渋い顔になります。
家族を見送ったソンソクは、また父親がでしゃばったと怒ります。ともかく今日が偽装結婚計画のD-day(決行日)、ヘジュが婚約指輪を返すと2人はハイタッチして別れました。
ヘジュと別れたソンソクは保育園に子供を迎えに行きました。。おじさんはパパじゃない、男の子に言われますが、気にせず上機嫌なソンソク。
このヒロの母親、パテェシエとして働き洋菓子店を経営するヘジンこそ、彼の意中の女性です。ソンソクとヘジンは、切れると願いがかなう腕輪、ミサンガをおそろいで付けていました。
ヘジンにどんな願いをミサンガにかけた、と尋ねるソンソク。会話はヒロが呼ぶ声に遮られます。
ヒロは床にケーキを落していました。嫌な顔をせず片付けるヘジンを、あなたは子育てしながら菓子店を経営する、素晴らしい女性だと褒めるソンソク。
彼は自分が好きかヒロに尋ねますが、男の子は首を横に振ります。自分がこの家に来れば、お母さんは忙しく働く必要もなくなり、お前も幸せになるとソンソクが説明しても、受け入れようとしないヒロ。
それでも笑顔を続けるソンソクに、ヘジンは何かあるのと尋ねます。するとあなたは自分とフランスに行き、パテェシエの修業すれば良いと伝えて、ソンソクは指輪を差し出します。
しかしヘジンは固い表情を見せます。申し出に感謝するが話は単純ではない。私は子供の将来も考えねばならない。あなたといると幸せだが、同時に罪悪感も感じると答えるヘジン。
思わぬ返事に戸惑うソンソク。彼女にとって悪い話ではないと考えていた彼に、その言葉は今一つ理解出来ないようでした。
一方ヘジュは勤め先の大学で、1ヶ月先に結婚すると話題になっていました。講師として勤務するものの、提出した研究論文は教授に正当に扱われず、准教授への道は閉ざされていると感じるヘジュ。
大学で将来が望めず、環境を変えようと望み偽装結婚に踏み切ったヘジュですが、彼女には悩みの種がありました。それは関係を持った男、ソ課長が今も彼女を忘れられず、熱烈なメールを大量に送りつけてくる事でした。
今日は飲んでウサを晴らそうと、友人のミヨン(ファン・ボラ)がマスターのジェヨンと経営する店に向かうヘジュ。
ところがジェヨンの店には、ヘジュに振られやけ酒を飲み泣き崩れるソ課長がいました。慌ててヘジュに店に入るなと伝えるミヨン。
ヘジンへのプロポーズに失敗したソンソクは、先輩でもあるチェ(キム・ウィソン)が経営するワインショップを訪れていました。
今日のプロポーズや偽装結婚の計画を知るチェに、指輪を受け取ってもらえなかったと報告するソンソク。彼は心の痛みを癒すワインを注文します。
ソンソクと共にワインを飲んでいたチェは、従業員のシナにナッツを出すなと注意します。ソンソクはナッツアレルギーの持ち主でした。
何かと自由奔放な妻に振り回され、もう離婚したいとこぼすチェ。閉店後彼と別れシナと一緒に帰宅するソンソク。
ヘジンと結婚し一緒にフランスに行く計画が潰れたソンソクは、思いつきでシナに一緒にフランスに行かないかと口にします。彼はシナと以前付き合っていました。
フランスでワインの修行をしたいシナには、悪い話ではありません。しかし彼の本命はヘジンと知る彼女は、悪い冗談だと聞き流します。
シナと別れ自分のマンションに向かったソンソクは、部屋の前に女がいると気付きます。それはチェの妻、ソニョンでした。
ソンソクはソニョンとつい関係を持ち、彼女はまだこの火遊びを続けたがっていました。終わりにしたいソンソクは慌て、ついさっきまであなたのご主人と飲んでいた、と追い出しにかかります。
ごねる彼女をソンソクは何とか追い帰しました。自室に戻るとヘジンとその子ヒロと映った写真を眺め、何が彼女に結婚をためらわせるのか、と自問するソンソク。
大学で陸上競技の練習に励む後輩たちを眺めるヘジュ。かつて彼女を指導したコーチはストップウォッチを渡します。彼はヘジュに指導者になって欲しいと望んでいました。
それを断ったヘジュ。コーチも彼女が結婚し大学を離れると知っていました。ヘジュはコーチに挨拶して別れます。
ジェヨンの店を訪れ、結婚の準備が忙しいと友人のミヨンにこぼすヘジュ。彼女の目にはジェヨンとミヨンはお似合いに見えますが、結婚してはと告げると離婚を経験した2人は笑いとばしました。
翌日、ヘジュは兄から結婚相手と一緒に飲みたいと求められます。海外にいた次兄が予定より早く帰国したと知り、仕方なくソンソクに協力して欲しいと頼むヘジュ。
それを聞き流していたソンソクに、ワインショップのシナから電話が入ります。彼女は彼が話したフランス行きの話を考えていました。
ヘジュと偽装結婚していても構わない、本命のヘジンに結婚を断られたなら、私とフランスに行かないかと言い出すシナ。
あなたの提案を受ける、この電話も録音したと伝えるとシナは電話を切りました。何か面倒な事になってきた、とこぼすソンソク。
それでも2人は、偽装結婚の計画は続行します。結婚するが婚姻届は出さない、パリでは別々に住み3年後に離婚する…と契約を交わしました。
その夜、母と長男夫婦に次兄、末兄と再会したヘジュ。ソンソクも家族と食事をしますが、所帯を持つ彼の兄を引き合いに、父親は何かと結婚に注文を付けてきます。
1人になると父と離婚し、I今はアメリカで暮らす実母の写真を眺め、会いたいとつぶやくソンソク。
ヘジュも兄たちから、義兄弟となるソンソクに会わせろとしつこく言われます。偽装結婚の計画を進める2人は、互いの家族を納得させようと一芝居打つことを計画します…。
映画『私たちの偽装結婚』の感想と評価
ライト感覚の、そして主人公カップルに「ロマンス」が存在しない、心地よいラブコメ映画『私たちの偽装結婚』はいかがでしょうか。
鑑賞後に振り返ると、登場人物に「悪人」が誰1人いない…口うるさい父上に過干渉ぎみの兄上がいますが…、という事実に気付かされます。まあ、どう考えても1番悪いのは、いずれバレる偽装結婚を行った主人公2人組ですが。
主人公たちの計画は実に迷惑、こんな話あり得ない!で話を終わらせては面白くありません。この都会風コメディを誕生させた監督&脚本男女コンビ、パク・ホチャンとパク・スジンに注目しましょう。
本作は企画段階から。観客が登場人物に共感を覚え共に笑える映画を作ろう。そこで男女監督が共同演出するラブコメ映画を作ろう、との意図を持って製作された作品です。
そして男性監督であるパク・ホチャンは男性主人公ソンソクの、女性監督のパク・スジンは女性主人公ヘジュのキャラクターコンセプトとセリフを、それぞれ担当し創造しました。
男女コンビ監督が送る新しいラブコメ
このラブコメ映画のゴールは、主人公カップルの結婚ではありません。主人公と同じ20代~30代男女の価値観である、結婚とはゴールではなく、人生が次のステップに進むイベントとして描きました。
2人は長い時間を共に過ごし、まるで長年連れ添った老夫婦のような関係になった、と当時を語るパク・ホチャン監督。
共に毎日10ページ程度の担当の脚本を書き、それを相手に渡してフィードバック作業を終え、そして映画の脚本として完成させました。
共同作業の中で2人が言い争う事もあった。しかしそれは短期間で解消され、一緒に酒を飲むこともなく和解し仲を修復できたのは、初めての経験だと振り返っています。
軽い作品との印象を与えるラブコメ作品ですが、劇中で使用される男女のセリフは、以上の作業を通じ練り上げられたと知ると興味深いでしょう。
そしてこの脚本を渡されて主人公男女を演じたのが、キム・ドンウクとコ・ソンヒでした。
W主演俳優の軽妙な演技に注目
本作への出演は、先にキャスティングされたキム・ドンウクとの共演を望み、そして出演した『ローラーコースター!』(2013)の助監督だった、パク・ホチャンとの仕事に期待したからと語るコ・ソンヒ。
登場人物ヘジュのセリフはパク・スジン監督が書きましたが、撮影現場では自分の意見も数多く取り入れてくれた、と彼女は振り返っています。
ヘジュと同じ年頃で、自分は男兄弟の間で育ったと語るコ・ソンヒは、この役に自身を多く反映させたいと考えます。演じたヘジュの姿に、友人の前にいる私自身の姿を見て欲しいと望んだ、と語っています。
一方ソンソクを演じたキム・ドンウクは、大作映画『神と共に 第一章:罪と罰』『神と共に 第二章:因と縁』の次は、ぜひ小規模な作品に出演したいと望んでいました。
特に「알콩달콩(アルコンタルコン)映画」、日本語にすると「(とても仲のいい)イチャイチャ映画」でしょうか。そんな作品に出たいと考えていた彼は、本作への出演を決意します。
自分は撮影前に、演じる登場人物について監督と多く語り合うタイプだ、と説明するキム・ドンウク。撮影現場は物事が変化しやすく、現場でアイデアが出れば共有し、意見を出し合うとインタビューに答えていました。
2人の監督がいる現場は初めてだったと振り返り、自分はパク・ホチャン監督と話し合ってソンソクの役柄を作り、コ・ソンヒはパク・スジン監督とのコミュニケーションを通じ、ヘジュを演じたと振り返っています。
コ・ソンヒと息の合った演技が出来た、と話すキム・ドンウク。一方のコ・ソンヒも彼を(相手の演技に対する)瞬発力を持つ俳優で、相手役とピンポンゲームのような演技を楽しむ感覚を始めて味わった、と証言しています。
そして制約無く自由に演じさせてくれた両監督との仕事は、とても楽しかったと答えていました。
まとめ
軽い映画に見えて20代~30代の人々が共感できる題材を、男女監督が共同作業で脚本を練り上げ、それを元に主演俳優たちが自由に、軽やかに演じてみせた『私たちの偽装結婚』。
気楽に楽しめる都会風コメディ映画です。しかしロマンスが劇中で完結しなかった事に、何やら物足りなさを感じる方も多いようです。
そして登場人物たちの交友関係の狭さ。短い時間でライトなラブコメを描いた結果でしょうが、登場人物が知り合いばかりの狭い世界のお話です。
おかげで披露宴のドタバタ騒動が楽しめた訳ですから、これで良いのでしょう。結果オーライ、本作のテーマそのものです。
本作はキム・ドンウク、コ・ソンヒ両俳優のファンであれば、観て損の無い映画と紹介いたします。
しかし、はた迷惑な偽装結婚をやらかした2人。映画に映らない部分では、さぞかし周囲に謝って回ったんでしょうね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第4回は海から何かがやって来る。それは人間を変容させ、死に至らしめる…。サバイバルSFホラー『ザ・ビーチ』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)