連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第9回
世界中から埋もれかけた、様々な魅力を持つ映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第9回で紹介するのは、じんわりと怖いサスペンス映画『食われる家族』。
一番身近な存在が家族であり、一番安心できる場所が家庭。それが何かによって壊される。平和な家族を壊したものの正体は何者か。それともおかしいのは、自分なのか。
ホラーやミステリー映画、不条理映画でも度々題材にされるテーマです。そんな作品が『パラサイト 半地下の家族』(2019)を生んだ韓国映画界から登場しました。
幽霊や怪物、殺人鬼より身近に存在する、神経をすり減らす恐怖があなたを襲います。
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映画『食われる家族』の作品情報
(C)2020 ACEMAKER MOVIEWORKS & B.A. ENTERTAINMENT. All Rights Reserved.
【日本公開】
2021年(韓国映画)
【原題】
침입자 / Intruder
【監督・脚本】
ソン・ウォンピョン
【キャスト】
ソン・ジヒョ、キム・ムヨル、イェ・スジョン
【作品概要】
ある家族に25年間行方不明の娘が帰ってきました。しかし彼女の兄は、何か違和感を覚えます。幸せな一家を侵食する恐怖を描く、サスペンススリラー映画。
2020年本屋大賞・翻訳小説部門で第1位を獲得した小説、「アーモンド」を著した女流小説家・シナリオライターのソン・ウォンピョンが、監督と脚本を務めた作品です。
映画『無双の鉄拳』(2018)や、日本のドラマを韓国でリメイクしたドラマ『今週、妻が浮気します』(2016)のソン・ジヒョ。
そして『悪人伝』(2019)のキム・ムヨル、『82年生まれ、キム・ジヨン』で主人公の祖母を演じたベテラン女優、イェ・スジョンらが出演した作品です。
映画『食われる家族』のあらすじとネタバレ
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建築家として起業した会社の代表として働くソジン(キム・ムヨル)。ミーティングで家や家族について意見を求められた彼は、動揺を隠せません。
半年前の雨の日、車から降りた彼を追うように路上に出た妻は車に轢かれました。その記憶は途切れ、ソジンは遊園地にいます。
遊園地のソジンは、赤い服を着た幼い少女に近寄ります。彼女に手を伸ばした時に目覚めたソジン。
ソジンは医師の部屋にいました。半年前のひき逃げで妻スジョンを亡くした後、彼はそのショックから立ち直れずにいました。
犯人は捕まっていません。当時の記憶を呼び覚まし手がかりを得ることも兼ねて、彼は催眠療法を受けていました。医師はこの療法に頼らず、薬も服用しろと勧めます。
現在彼はマンションの自宅を離れ、一人娘のイェナと共に両親の家に住んでいました。
車椅子暮らしの母ユン(イェ・スジョン)は帰宅したソジンを優しく迎えますが、仕事に没頭する息子にもっと娘に気にかけろと告げる父のソンチョル。
イェナは25年前に行方不明になった、ソジンの妹ユジンの部屋にいました。部屋は当時のままで、彼女を探す目的で作られたビラも残されています。
ソジンは娘に母の死を伝えられず、今はカナダにいると嘘をついています。イェナに乞われ、ぬいぐるみを取りに戻った自宅で妻の思い出にふけるソジン。
そんなソジンの元に電話がかかってきます。児童保護団体の職員を名乗る男は、1996年に行方不明になったユジンを見つけたと伝えます。
指定された喫茶店に向かうソジン。そこにユジン(ソン・ジヒョ)を名乗る女性が座っていました。
両親からは養女だと聞かされ育ったが、最近両親が事故で亡くなり、遺品を整理して真相に気付いたと説明するユジン。
ソジンは彼女に対し、想像していた印象と異なると話します。過去にも妹と名乗り出た人物がおり、まず疑ってかかる慎重な態度を見せました。
控え目な態度のユジンも、その姿勢を当然と受け取ったようです。DNA鑑定を受けて欲しいとの依頼に、素直に応じます。
25年前のあの日、ソジンは遊園地で母から妹の手を離さないよう言いつけられていました。
しかし手を離した隙に、妹は姿を消しました。その時、ソジンの手を離れ飛んで行く1つの風船。
悪夢から目覚めたソジンの前に、当時の妹と同じ年頃のイェナがいました。娘は祖母が泣いていると告げます。
母の元に向かうとユンは泣いていました。偽りであった場合に備え、ユジンと名乗る女に会った件を内密にしていたソジン。
母は郵送されたDNA鑑定結果を開いていました。99.99%の確立でユジンとの血縁関係を証明するものでした。
ホテルで両親とユジンが対面する場に、ソジンは娘を連れ現れます。
今まで出来なかった親孝行をしたい、足の悪い実母の世話をすると看護師の仕事を辞め、同居したいと申し出るユジン。両親は心から娘との再会を喜んでいました。
一家はユジンの職場の病院を訪れ引っ越しを手伝います。彼女の後輩の看護師が現れ、優秀な先輩の退職は残念です、と別れの言葉を伝えました。
同居を始めたユジンは、ボランティア活動をしたとの言葉に違わぬ姿勢で母を献身的に世話します。
妹が行方不明になった当時、言い争う両親の声を聞き1人苦しんでいた昔を思い出すソジン。
彼は両親や帰ってきたユジンと暮らせる大きな家を設計し、建築していました。その望みがかなったのですが、何故か違和感がぬぐえません。
仕事の都合で娘を保育園に迎えに行けないソジンでしたが、既にユジンが保育園にいました。母を亡くし傷付いていたイェナも叔母に心を開きます。
一家の家政婦・ヒジョンに負けない料理を作り食卓に並べるユジン。ヒジョンは夜も熱心に母を世話するユジンの孝行ぶりを褒めました。
苦手なパプリカも、ユジンの世話で食べれるようになったイェナ。全てが良い方向に進み、改めて妹に礼をのべるソジン。
しかし家庭の全てを自分に任せ、仕事に専念するよう告げるユジンの言葉に、彼は不安を覚えます。
信頼する精神科医に自分が感じる違和感を訴えますが、20数年の空白を埋めるのは難しくて当然と、無理をせず薬を服用しろと勧められました。
家に母のリハビリにユジンが手配した物理療養士が現れます。口の効けないその男は、ユジンと手話で会話します。
ユジンは男を住み込みで母の世話をさせる手配をしていました。両親は許しますが、自分に相談なく決めた事を不審に思うソジン。
以前ほど教会に通わなくなった母に、ソジンは家族以外の人間とも交流するよう勧めます。
母はユジンとの再会を神に感謝していました。神はソジンの妻を奪ったが、代わりに実娘を帰してくれたと口にする母。
その夜、眠れず目覚めたソジンは、階段を上るユジンの背に奇妙なタトゥーを目撃します。
翌朝、家政婦のヒジョンにユジンの行動を気にして欲しいと頼むソジン。
ハヨンという友達ができたと話すイェナを、ユジンがバレエ教室に連れて行こうと申し出ます。彼は妹ではなく家政婦に依頼しました。
ソジンは妻のひき逃げ事件の捜査の確認に、警察のチェ刑事を尋ねます。刑事は事件現場を映したドライブレコーダーの映像を入手したが、復元に時間がかかると説明します。
ユジンとヒジョンがイェナを連れ、教室にあるビルに入ると男が走り寄って来ます。ユジンの顔を見て、お前はペク・ヨンソンだろうと迫る男。
動揺した様子のユジンは、なぜかヒジョンに別行動をとらせませした。男はヒジョンに詰め寄り、あの女はペクかと問いますが彼女には訳が判りません。
男はユジンを見つけると、彼女を追って駐車場に向かいます。
その後、ヒジョンと稽古の終わったイェナにユジンが合流します。自分たちの車は移動しており、その駐車場では男が亡くなる事件が発生していました。
男の側に、ユジンのコートのボタンが落ちていると気付くヒジョン。
それを悟ったユジンは、家に向かう車の進路を変えます。
ヒジョンは書置きを残し、家から姿を消しました。両親は男と駆け落ちした言います。ソジンには家政婦として5年も働いていた、信用できる彼女の行動に思えません。
ソジンは警察のチェ刑事に家政婦の失踪を相談しますが、取り合ってもらえません。そして修復された妻のひき逃げ事件の映像を見せてもらいます。
映像に映る歩道を歩く女が、誰かに似ていると思えるソジン。
精神科医の元を訪ねたソジンは、記憶を探ろうと催眠療法を行ってもらいました。
ひき逃げ事故の記憶は、以前と同じく妹失踪時の光景に変わります。やがて事故直後の光景が鮮明に映し出されます。
妻をひき殺した男の顔が浮かびます。歩道にはユジンの姿がありました。
自宅にはユジンの手配した若い女の家政婦が来ていました。物理療養士と結婚する中なので、2人とも家に住み込んでもらうと語る両親。
ユジンが手際よく人を手配した結果、次々と家庭に他人が入り込む状況に疑念を深めるソジン。
ソジンは会社の仕事を二の次にして調べます。ユジンを見つけた、と連絡してきた児童保護団体の男と話してもはぐらかされます。
ホームページにあった保護団体の住所を訪ねても、それらしき施設は見つかりません。
街で見かけた広告の写真の顔を見て、ユジンが務めていた病院で会った看護師は役者と気付いたソジン。本人に会うと、報酬と引き換えに芝居を打ったと認めます。
家に帰ったソジンは、妹ユジンを名乗る女に尋ねます。「お前は、何者なんだ」。
映画『食われる家族』の感想と評価
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『パラサイト 半地下の家族』のようなコメディ描写は無い、最後まで怖い家族乗っ取り映画でした。
本作を監督したソン・ウォンピョンは、小説「アーモンド」の作者として一躍脚光を浴びますが、彼女は大学卒業後に韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻した人物です。
子供の頃から小説好きだった彼女は、2001年韓国の映画雑誌「シネ21」の映画評論賞優秀賞を受賞、映画評論家としてデビューしました。
韓国映画アカデミーの卒業作品として製作した短編映画、『 인간적으로 정이 안 가는 인간(Ooh, You Make Me Sick) 』(2005)はソウル国際女性映画祭で受賞します。
当時の自分は何でも出来ると感じていた、しかしその後10年間何も成し遂げられず、自分を信じられなくなる時期が続いたと振り返っています。
2013年に出産を経験し、この子を失った後にもう一度気付けるのか、この子が自分の期待と全く違う姿に成長しても愛せるのか、という疑問が沸いたと語る監督。
その疑問を出発として著した小説が2016年韓国で出版された「アーモンド」であり、同時期にシナリオを構想したのが『食われる家族』です。
映画に対する知識に裏付けられた作品
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本作に漂う不安感の正体は監督の体験に根差すものでした。苦難の時期を越え発表した「アーモンド」が第10回チャンビ青少年文学賞を受賞を聞き、数日間泣いたと振り返っています。
そのおかげか、自身初の長編映画には冷静に取り組めたと語る監督。小説と違い映画では、登場人物の思考や感情は、演者のセリフや行動で表現する必要があると理解していました。
本作はマインドコントロールを題材にした、ハリウッド映画的な題材のミステリー。「アーモンド」に似たテーマを持ちつつ、異なるジャンルにしようと意識して生んだ作品です。
トラウマを持つ神経衰弱的な人物を主人公に据え、観客が物語の展開に謎を抱くよう意識して脚本を書き、演出された本作。
劇場映画初監督作ながら、優れたミステリー・サスペンスに仕上がった本作。監督の映画に対する知識と理解の成せる技です。
手を離れ飛んで行く風船が意味するもの
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監督の言葉通り、本作は主人公を蝕む不安の正体が判らぬまま展開し、先の読めない物語として進行します。
敵の正体とその狙いが判明すると、展開はやや駆け足ぎみになります。少々強引、ご都合主義の感もありますが、ジャンル映画を時間内に収めるにはやむを得ません。
注目すべきはラスト。25年ぶりに現れた妹の正体は明かされません。主人公が何か結論を出しても、それはマインドコントロールの産物かもしれず、真相は闇の中です。
観客に想像と解釈の余地を与えるラストが印象深い本作。過去を追求するより、過去と決別する方が未来に進めるということでしょうか。
ここで質問です。25年前、主人公が遊園地で妹の手を離した時の風船の色は、映画の冒頭では何色だったでしょうか。
記憶も思い出も、人は自分に都合よく染めてしまうもの。残酷な真実であると同時に、そうせねば生きていけない人間の悲しさを、本作は描いています。
まとめ
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サスペンスの良作であり、同時に人間の弱さ、もろさと悲しさを描いた映画『食われる家族』。
こういった題材の映画は多数ありますが、カルト宗教や催眠商法のやり口を知っている人には、特に気味悪く感じられる作品です。
しかしこの映画の怖さは、カルト集団やその手口にある訳ではありません。
25年前、妹の手を離した結果、距離的にも時間的にも遠く離れてしまった主人公。
彼は後に、自分の妻と身近に暮らしながら、心の距離が大きく離れてしまいます。
彼自身が社会、家族、そして我が娘と切り離されて初めて、その恐ろしさに気付くのです。
一番恐ろしいのは人とのつながりを失うこと。優れた女性作家でもある、映画監督が持つ視点で描かれた作品です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
(C)2018 BY LITTLE BITER LLC. ALL RIGHTS RESERVED
次回、第10回は現代社会に現れた野生児の少女を軸に、人間の本性をあぶり出す異色のサスペンスドラマ『ダーリン』を紹介します。お楽しみに。
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