連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第34回
世界各地で誕生する、様々なジャンルの映画も紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第34回で紹介するのは『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』。
学校で虐められ、家庭にも居場所の無い若者が危険な力を手に入れる。これを利用すれば自分を虐めた連中に復讐できる。しかし、その力は彼に何をもたらすのでしょうか…。
ホラー映画で何度も登場するお馴染みの設定です。誰もが抱える青春時代の悩みを解決してくれる力を得ること、それを夢想する経験は誰の身にもあったでしょう。
そんな力を持つ何かが、若者の家の納屋(シェッド)に棲みます。この怪物は彼に何をもたらすのでしょうか…。
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CONTENTS
映画『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
The Shed
【監督・脚本】
フランク・サバテラ
【出演】
ジェイ・ジェイ・ウォーレン、コディ・コステロ、ソフィア・ハッポネン、フランク・ホエーリー、シオバン・ファロン・ホーガン、ティモシー・ボトムズ
【作品概要】
日々の生活に絶望していた高校生の家の納屋に何かが潜みます。その力でイジメた連中への復讐を試みますが、果たして納屋に棲む怪物をコントロールできるのでしょうか。モンスターを題材にした青春ホラー映画です。
監督・脚本はスラッシャー映画『ブラッドナイト』(2009)を手掛けたフランク・サバテラ。主演はモンスター映画『X-DAY 黙示録』(2016)のジェイ・ジェイ・ウォーレン。
主人公の親友役にケイト・ウィンスレット主演のドラマ『Mare of Easttown』(2021~)のコディ・コステロ、彼女役にフィンランド人を父に持ち米国で活躍している、新進女優のソフィア・ハッポネンが演じています。
映画『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』のあらすじとネタバレ
夜明け前の森で何者かに追われ、猟銃を手に逃げる男(フランク・ホエーリー)。発砲しても追ってくる相手は、マント姿の怪人でした。
輝く目と鋭い牙を持つ怪人に捕まり、首筋を噛まれた男。その時朝日が昇ります。陽の光を浴びた怪人は焼かれ、灰になってしまいます。
難を逃れた男は、自分の皮膚も太陽の光を浴びると焼けていくと気付きます。木立の影に身を隠しながら走り続け、一軒の納屋を見つけた男。
彼は落ちていたカンバスを被り、光の中を駆け抜け納屋の中に入り扉を閉めました。木造の納屋の中で男の呻き声が聞こえます。彼は伝説の怪物、吸血鬼となったのでしょうか…。
その日の朝、ベットで眠る高校生のスタン(ジェイ・ジェイ・ウォーレン)を母親が起こしに来ます。彼が食卓に現れると、そこには仲の良い両親の姿がありました。
母から同じ高校のロキシーとキスをしたと指摘され慌てたスタン。親友のドマーが両親に余計な事を教えたのでしょうか。両親は息子に恋人が出来たと喜んでいるようです。
父は息子と男同士で週末に楽しもうと提案してきます。理想的な両親と幸せなひと時を過ごすスタン。
突然目の前の母は衰弱した姿に変わり、父は銃を咥え引き金を引きます。美しい夢は悪夢に変わり、スタンは目覚めました。
スタンは口やかましく暴力的で、自分のルールに従わせようとする祖父エリス(ティモシー・ボトムズ)と2人で暮らしていました。怒鳴りつける祖父を残し彼は高校に向かいます。
スタンが玄関から外に出ると、家の前にあの納屋があります。自転車で登校中の彼を、車に乗ったマーブルとその仲間たちがからかいます。
マーブルたちに気をとられたスタンは、保安官の車に自転車をぶつけ女保安官のドーニー(シオバン・ファロン・ホーガン)から注意されます。
来月お前が18歳の誕生日を迎えれば少年院送りでは無く犯罪者扱いだ、もう容赦はしないと警告した保安官のデイヴ。
登校するとドマー(コディ・コステロ)が、マーブルと仲間のピットそしてオジーとトラブルになっていました。ドマーを助けたスタンは、マーブルといさかいになります。
駆け付けたロキシー(ソフィア・ハッポネン)が見守る中、殴り合いになりかけ教師に仲裁される2人。互いに怒りを募らせたまま引き下がりました。
ドマーは毎日自分を虐めるマーブルたちを恨んでいました。そんな彼をなだめるスタン。学校生活に様々な問題を抱えた2人は学校の帰り道に、ビールを飲み日々の不満やロキシーについて語り合います。
貧しい人々が集まる地区に住むロキシーも、荒んだ家庭で暮らしていました。ドマーがそれを指摘するとスタンは声を荒げます。彼はロキシーを気にかけていました。
祖父のために早く帰らねばと言い残し、スタンはドマーと別れます。スタンは両親を失った後、祖父に束縛された荒んだ日々を送っていました。
帰宅したスタンが屋根裏部屋で音楽を聴きナイフをもてあそんでいると、祖父のエリスが芝を刈れと怒鳴り声を上げます。
ナイフを的に投げ立ち上がったスタンは外に出ます。まず飼い犬のアイクを移動させると、芝刈り機のある納屋に向かうスタン。
犬は納屋に向かって激しく吠えます。アイクをなだめ納屋に入ったスタンは、地面に奇妙なものを見つけます。それは何本もの抜け落ちた人間の歯です。
背後で叫び声を上げた何者かに気付き、スタンは納屋から逃げ出します。アイクを連れ中にいる者に、現れないと犬をけしかけると叫ぶスタン。
反応は無くスタンは犬を放します。納屋の中に入ったアイクは吠えますが、悲鳴を上げて静かになりました。納屋から犬の死骸が投げ捨てられます。
家に逃げ込んだスタンに何の騒ぎだと怒る祖父。納屋の中に異常者がいると訴え、警察を呼ぼうと言う孫に構わず外に出たエリス。
草むらでアイクの死骸を見つけ怒った祖父は、納屋の中の者に3つ数える間に出てこいと叫びます。返事は無くエリスは納屋に入ります。
中から叫び声が聞こえます。納屋の外に倒れ込んだ祖父の手をスタンは掴みますが、何者かは祖父を中に引きずり込みます。扉を閉めチェーンをかけたスタン。扉の隙間から大量の血が流れ出ました。
家に逃げ込んだスタンは保安官に通報しようとしますが、少年院送りを経験した自分は保護観察中だと思い出します。トラブルを避けるため通報を諦め、納屋の扉や窓に釘を打ち中の者を監禁します。夕陽は傾き辺りは暗くなってきます。
スタンはその夜独りで過ごし悪夢を見て目覚めました。翌日何事も無いように登校した彼に声をかけるロキシー。
彼女は昨日のスタンとマーブルの喧嘩を気にしていました。マーブル一味がロキシーをからかいますが、周囲は彼女とロキシーが関係を持ったと噂していました。
それを気にするスタンに、彼女は否定し噂を立てたマーブルは酷い男だと話します。この学校や町の人々は人そのものを見ず、その人が暮らす環境で価値を判断すると告げるスタン。
高校を出ても同じような人生が続くだけだと彼は語ります。私たちは皆こんな環境で暮らす両親を憎んでいる、と語ったロキシーは、スタンの両親は死んだとを思い出して謝ります。
スタンは自分も両親が、自分を残しいなくなった両親が嫌いだと答えます。家族から逃れられないと打ち明けたロキシーに、彼が昨日祖父の身に起きた事を話そうとした時、ドマーがやって来ました。
ロキシーは遠慮して去って行き、話を邪魔されたスタンは怒ります。彼と別れて1人で帰るドマーにマーブル一味が絡み、3人ががりで暴行を加えます。
帰宅したスタンは納屋を見つめていましたが、バットを握って向かいます。納屋の扉に近づき声をかけ様子を伺うスタン。
突然、扉の板を突き破って現れた腕にスタンは捕まります。逃れられないかに見えましたが、皮膚が露出した部分に陽が当たると煙が立ち上りました。
納屋の中の怪物は悲鳴を上げ、スタンから手を離しました。逃れた彼の前に傷を負ったドマーが現れます。
お前が自分よりロキシーを選んだ後に、マーブルたちからひどい目に遭わされたと訴えるドマーに、それどころではないと告げたスタン。
スタンは納屋の中に潜む危険で邪悪な何かが、飼い犬と祖父を殺したと説明します。その怪物を納屋に閉じ込めたものの、どうすべきか判らないと語りました。
それでも奴を始末したいと言うスタン。ドマーは彼の正気を疑いますが、スタンは日が沈む前に穴を修理すると告げます。
納屋を見つめるドマーに、彼の名を呼ぶ声が聞こえます。スタンの警告に構わず扉に近づいた彼の前に怪物が姿を現します。慌てて穴をトタンで塞ぎドマーと共に板を打ち付け塞ぐスタン。
怪物を閉じ込めたスタンに、興奮してこれは俺たちへの贈り物だと叫ぶドマー。訓練された猛犬のように、武器になるペットを手に入れたとドマーは喜びました。
こいつを使えば自分を虐めた相手に復讐できるというドマーに、殺人だと指摘するスタン。殺人ではない、仕返しだとドマーは反論します。
納屋の中の怪物は贈り物でも武器でも無いと叫ぶスタン。少年院に戻りたくない彼は保安官に通報せず、騒ぎを起こしたくもありません。
ドマーはその言い草は自分勝手だと主張します。彼は繰り返されるマーブル一味の虐めに苦しんでいました。怪物は解決策ではないとのスタンの訴えに耳を貸さないドマー。
お前を親友と信じ全て打ち明けた、とスタンは彼に落ち着くよう説得します。ドマーも冷静になったのか、自分を信じろと言って去って行きました。しかしドマーには、納屋の怪物が自分の名を呼ぶ声が聞こえるようでした。
その夜TVでロジャー・コーマン監督作の映画『古城の亡霊』を見ながら眠ったスタンは、奇妙な悪夢で目覚めます。
日が昇ると電動ドリルを持ち、納屋の屋根に登り穴を開け始めるスタン。納屋に差し込む日光に体を焼かれ呻き声を上げる怪物。
この方法で怪物を始末したいスタン。しかし家をノックする音がします。見ると女保安官のドーニーでした。
保安官から祖父のエリスがいるか聞かれ、外出していると答えたスタン。しかし外の祖父の車を見た保安官は、彼が何か隠していると疑っているようです…。
映画『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』の感想と評価
いじめられっ子が悪魔や魔物といったオカルトめいたものを使用し、いじめっ子に逆襲する。積み重なる恨みを晴らしたものの、彼は幸せになれるのでしょうか…。
ホラー映画に親しむ者なら、どこの国の作品にも登場するお馴染みの設定だとご存じでしょう。いじめはどの世界にも存在する、人間の業のようなもの。それゆえホラーの永遠のテーマになるのかもしれません。
この映画はいつの時代の話か具体的に語っていません。主人公はラジカセやウォークマンを使い、戦争帰りで犬にアイクと名付ける祖父の設定や、登場する車から見ると1980年代のお話でしょうか。
フランク・サバテラ監督は本作に影響を与えた映画として、ヴァンパイア映画『フライトナイト』(1985)と『ロストボーイ』(1987)、『ニア・ダーク 月夜の出来事』(1987)と共に『リバース・エッジ』(1986)の名をあげています。
若き日のキアヌ・リーブスが出演した『リバース・エッジ』は、実際の殺人事件を元に田舎に住む若者の、閉塞感と絶望感を描いた隠れた傑作として名高い映画です。
この作品は伝説の漫画家・岡崎京子に影響を与え、1993年から連載された作品「リバーズ・エッジ」を描きました。この作品は行定勲監督の手で、『リバーズ・エッジ』(2018)として映画化されています。
吸血鬼より若者にとって怖いのは、自分を取り巻く過酷な現実。本作もその視点から描かれた青春ホラー映画です。
80年代映画愛が伝わってくるホラーの誕生
参考映像:『ブラッドナイト』(2009)
若者たちの間で都市伝説じみた噂話となった、過去の殺人事件が現在の若者グループを襲う!そんな設定のスラッシャー映画、『ブラッドナイト』が長編映画デビュー作のサバテラ監督。
80年代にブームとなった吸血鬼映画に挑みたかった、そして自分たちの世代はジョン・ヒューズ監督作品など、多くの青春映画から大きな影響を受けたと監督は語っています。
映画の登場人物の設定年齢に近い俳優の起用に拘った監督。その結果ジェイ・ジェイ・ウォーレンら若手俳優を起用します。特にヒロインのソフィア・ハッポネンには、本作が初の映画出演でした。
監督の狙い通り作品には、『リバース・エッジ』でキアヌ・リーブスが見せた、未来の見えない若者の絶望感と同じ雰囲気が漂っています。
もっとも本作に登場する若者は随分大人びて、一見するともっと年上に見えます。これがアメリカの若者のスタンダードな姿でしょうか。それとも絶望に満ちた環境が、彼らを子供から大人に成長させたのでしょうか。
若手俳優陣と共演した俳優が実に豪華。冒頭で襲われ吸血鬼となる人物を演じたのは、『ドン・サバティーニ』(1990)や『ドアーズ』(1991)に出演し、インディーズ映画の監督でもある名優フランク・ホエーリー。
監督は彼のファンでしたがプロデューサーが彼と知り合いで、本作のロケ地・ニューヨーク州シラキュースの近くに住んでいた事が、本作出演の決め手になりました。
そしてコメディ作品や、クセのある役に起用されて有名なシオバン・ファロン・ホーガン。ラース・フォン・トリアー監督作品の常連で、『ハウス・ジャック・ビルト』(2018)にも出演しています。
こういった実力派俳優の出演が、本作に低予算映画の枠を越えた完成度を与えています。
わずか17日間で撮影された映画
本作で一番の困難は、製作期間の短さだったとインタビューに答えた監督。撮影期間は17日しかなく、極めて挑戦的な試みだったと振り返っています。
ロケ地となったシラキュースの、いくつかの農場の廃屋を使って映画は撮影されました。そこに残っていた家具や壁紙などは、そのまま撮影に使用したと語るサバテラ監督。
吸血鬼を始め本作の特殊効果は、全て特殊メイクアーティストのジェレミー・セレンフレンドが担当したと説明しました。
ジェレミー・セレンフレンドは2000年代以降活躍の場を広げ、大作映画やマーベル映画・ドラマなど膨大な数の作品で活躍しており、特殊メイクに興味のある方には要注目の人物のアーティストです。
トビー・フーパー監督の『死霊伝説』(1979)の吸血鬼を思わせる怪物が登場し、派手に人体を切断・破壊する描写の数々は、将に腕のある特殊効果マンの仕事だと納得するでしょう。
地味な映画に見えて派手に血が流れる本作。これもまた80年代ホラー映画テイストの再現でしょう。
まとめ
地味な低予算ホラーに見えて、実はド派手な流血描写が潜む『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』。貧しい土地に住む若者の閉塞感が実にリアルで胸を打たれるでしょう。
いじめが良くないのは当然。そんな誰もが体験する学園生活の暗い面を、観客が共有できるテーマとして提供したと監督は語っています。
本作の主人公にとって一番の悪夢は、吸血鬼よりも戦場帰りの頑固者で、若者を理解せず寄り添いもしない祖父。この人物を『ラスト・ショー』(1971)や『ジョニーは戦場へ行った』(1971)の名優、ティモシー・ボトムズが演じます。
『ジョニーは戦場へ行った』の、あの戦場で悲惨な体験をしたジョニーを演じたティモシー・ボトムズが、この役か?と思うとニヤリとさせられる起用です。
ベテラン俳優陣の起用に色々な狙いや意図があると知ると、更に面白く感じられる作品です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第35回は「未体験ゾーンの映画たち」に、まさかのおとぎ話ファンタジーが登場!?CGアニメーション・ファンタジー映画『白雪姫の赤い靴と7人のこびと』を紹介します。お楽しみに。
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