連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第33回
世界各地で誕生する、様々なジャンルの映画も紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第33回で紹介するのは『モンスターランナー 怪物大戦争』。
映画やゲームに登場するモンスターたち。様々な設定を与えられて姿を現します。そんな怪物と人知れず闘う、ハンターたちが存在する。今やお馴染みの設定と言って良いでしょう。
そんなファンタジーやSF要素を持つ、アドベンチャー・アクション映画が中国で誕生しました。ハリウッド映画の雰囲気に、東洋的な要素を併せ持った本作の世界観は実にユニークです。
日本で度々映画化された”妖怪大戦争”にも似た、ファン必見の中国版”モンスターハンター”映画を紹介します。
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CONTENTS
映画『モンスターランナー 怪物大戦争』の作品情報
【日本公開】
2021年(中国映画)
【原題】
怪物先生 / Monster Run
【監督・脚本】
ヘンリー・ウォン
【出演】
ショーン・ユー、ジェシー・リー、クララ・ウェイ、トゥメン
【作品概要】
平行世界として存在する人間界と怪物界。2つの世界の均衡が破れ、怪物が人間界に現れた時にモンスターハンターが参上。1人の少女とおちこぼれハンターの活躍を描いたアドベンチャー・アクション映画です。
監督・脚本はSFXの分野で活躍し、『全力スマッシュ』(2015)で共同監督を務めたヘンリー・ウォン。主演は『誰がための日々』(2016)や『狂獣 欲望の海域』(2017)のショーン・ユー。
ヒロインを演じるのは『陰陽師 とこしえの夢』(2021)のジェシー・リー。『レディクンフー 激闘拳』(1980)など、香港カンフー映画でアクション女優と活躍したクララ・ウェイ、『草原の女』(2000)のトゥメンのベテラン俳優が共演しています。
また本作の音楽は、様々な国で暮らして成長し香港に在住し、映画やゲームの音楽で国際的に活躍している波多野裕介が手がけました。
映画『モンスターランナー 怪物大戦争』のあらすじとネタバレ
人の目には見えませんが、この世には無数のモンスターが存在しています。気が付かないうちに出来た、ちょっとした切り傷は小さなモンスターの仕業なのです…。
チーモウことレイ(ジェシー・リー)は幼い頃から、モンスターの姿が見えていました。しかし誰も彼女の話を理解せず、妄想症と診断されます。今も精神科医に通う彼女は、怪物たちが見えないふりをして生活していました。
今は普通の人と同じ様に振る舞って、スーパーマーケットに職を得て1人で生活しているレイ。
深夜のスーパーに勤務中のレイに、モンスターの気配が感じられますが同僚たちは何も気付きません。店長に人気の無い駐車場でのチラシ配りを命じられると、1台の車が現れます。
車から降りた男モン(ショーン・ユー)に宣伝文句を並べるレイ。そんな彼女に強い口調で、自分は”モンスターハンター”だと伝え、これから起きる出来事は忘れろと告げるモン。
モンは店内に入ると紙飛行機を飛ばします。周囲の気温は異常に下がり、レイは凍って倒れている同僚の姿を目撃します。スーパーの売り場の一部は凍結していました。
モンが飛ばした紙飛行機は、折り紙の人形に姿を変え言葉を発します。モンに仕える式神(陰陽師など術者に仕える鬼神)のシーアン(紙人)は、レイには自分の姿が見えると驚きます。
警察を呼ぼうというレイに、怪物が出たと話すのかと言うモン。彼はレイに逃げるよう言い、床にマジックで魔法陣のような絵を描きました。そして店内に雪男のようなモンスターが現れました。
うるさく喋りつつ飛び回り、雪男を翻弄して誘導する紙人のシーアン。怒った雪男が吠えると、店内に吹雪が巻き起り陳列された商品が飛ばされます。
モンは呪文を描いた紙を丸めて弾にして、専用の銃で発砲して怪物に命中させても効果はありません。雪男に捕らえられたモンを救おうと、大きな紙に乗り移り等身大の紙人になるシーアン。
勇ましく雪男を殴るシーアンですが、しょせん紙に過ぎず何の効果も無く、雪男に引き裂かれます。慌てて逃げ出すシーアンは、追って来る雪男を魔法陣に誘い込みました。
雪男は逃れられません。しかしモンの描いた魔法陣が不完全なのか、モンスターの力が勝ったのか、雪男は術を破り襲ってきます。モンスターに飛びつき、術を描いた紙を貼り付けるモン。
その効力で雪男は石化し粉々に砕け散ると、手に収まる美しいクリスタルの結晶に姿を変えます。モンはポケットに収めますが落しました。
一部始終を目撃したレイは、自分が目にして誰にも理解されなかった世界は、やはり現実だと理解しました。しかしモンは彼女を残し、式神のシーアンと共に去っていきます。
彼女は落ちていたクリスタルを拾います。彼女がその結晶を眺めると、視線の先に人間界と怪物界をつなぐ世界と、怪しげな雰囲気を漂わせるレンファ夫人(クララ・ウェイ)の姿が映し出されました。
レイを残して立ち去ったモンに、紙人のシーアンはモンスターや自分を見ることが可能な、レイの持つ能力について話します。しかし興味を示さないモン。
レイはアパートに帰ると部屋に入れません。スーパーマーケットの騒ぎは同僚たちには、全て彼女の仕業と思われていました。アパートの大家は騒ぎを知って彼女を追い出したのです。
やむなく母に電話をしますが連絡はつきません。子供の頃から怪物が見えると訴えるレイに、母は疲れ果てある日彼女を残し姿を消していました。
モンスターが姿を変えたクリスタルを買い取りに、モンの家に売買を仕切る女シャーリンが現れます。しかし先程のクリスタルが無いと気付くモン。雪男のクリスタルは、人間界と怪物界をつなぐゲートを動かすほどのエネルギーを持つものです。
クリスタルを扱うシャーリンはモンのハンターとしての能力は、亡き彼の兄アチェに及ばないと判断していました。その言葉に何の反応も示さないモン。
アパートから追い出されたレイは、荷物を手にあても無く夜の街を歩きます。怪しい気配に気付いた彼女は、自分は両生類のようなモンスターの群れに追われていると気付きました。
彼女は荷物を捨てて逃げますが、路地の奥に追い詰められます。もはやこれまで、という時にモンが現れレイを助けます。しかしモンスターの数は多く、家の屋根に逃れる2人。
しかし怪物の群れは追ってきます。レイの身に危険が迫った時、モンスターたちが逃げ出しました。モンと同じモンスターハンターたちが現れたのです。
彼らは次々怪物を始末しますが、助けたモンを半人前のモンスターハンターに過ぎないと責め立てます。彼らから見れば今は亡き優れたハンター、アチェの弟モンは実力不足のお荷物に過ぎません。
帰ろうと車に乗ったモンの前にレイが現れ、スーパーで拾ったクリスタルを渡しました。家族がいるかと聞かれ、今までの経緯を話したレイは、自分をモンスターから救って欲しいとモンに訴えます。
自分にそんな能力は無いと断ったモンですが、孤独な彼女の境遇に同情したのか自宅に連れ帰りました。
同じ頃レンファ夫人は腹心の部下スペードに、探し求めた娘レイはモンと共にいると告げていました。レイは自分がモンスターたちを従えるのに必要で、最強のクリスタルが手に入れば人間界と怪物界をつなぐ門を開けると話すレンファ夫人。
翌日モンはレイを連れ、子供たちに慕われているピングおじさん(トゥメン)の雑貨店を訪れます。にこやかに接客するピングが、店の奥の部屋で車椅子から降りると、その下半身は4つ足の獅子の姿をしていました。
あなたはモンスターか、と訊ねたレイに、人間界と怪物界からなる世界は、陰と陽のように不可分な平行世界であり、秩序を保って存在していると話すピング。しかし人々はそれを知らず、モンスターを見ることも出来ません。
人間界に現れた凶暴なモンスターは、太古からモンスターハンターが倒しクリスタルに変えて、怪物界に送り返していました。
モンスターを見る能力を持って生まれたレイは、その力が原因なのか怪物たちを引きつけていました。今から3日後、人間界と怪物界をつなぐ門が開く時、レイがその場にいれば絶大な力を得て、新たな門の主人になると語るピング。
そんな力を持つレイは狙われて危険だ、と言葉を続けます。彼女を狙うのはレンファ夫人。彼女は両世界をつなぐ門の現在の主人で、その役割をレイに譲る意志はありません。
強力な力を操るレンファは、最高のハンターでも倒すことができません。モンはレイの身を守るために、彼女をピングおじさんの元に連れて来たのです。
この部屋は血紋を記した札の力で守られていました。レイは眠っていたモンに血紋を貼り怪物から守ろうとしますが、彼はその力に耐えられ得ず悲鳴を上げます。自分の軽率な振る舞いを詫びるレイ。
ピングはモンに彼女を連れて家に帰り、3日間外に出さないように告げます。2人を帰した後、私を失望させないでくれとつぶやくピング。
モンはレイを車に乗せ走らせますが、目の前に同じ光景が繰り返されていると気付きます。モンはレンファ夫人の部下スペードが操る鎖に縛られます。紙人のシーアンはループ空間の罠だと叫びます。
柱が林立する駐車場のような空間は、過去の自分たちが乗る車で溢れました。身動きがとれないモンに代わり、レイがハンドルを操り衝突を避けました。
モンの車には術をかける血紋を記した紙が貼ってあります。シーアンは外に出て紙を剥がそうと試みますが、スペードが火を吐くモンスターと共に襲ってきます。
目の前で過去の車が事故を起こし炎に包まれます。レイが避けようとハンドルを切るとバランスが崩れます。式神のシーアンの活躍でループ空間から抜け出たものの、車は横転しました。
助手席で意識を失ったレイに、彼女をつけ狙うスペードが迫ってきます…。
映画『モンスターランナー 怪物大戦争』の感想と評価
並行世界を描いたSF的設定を持ち、どこか愛嬌のある妖怪風の怪物たちが登場する本作。ハリウッドのファンタジー映画を思わせながらも、対決する人間は道士か陰陽師といった、東洋的雰囲気を漂わせて大活用します。
西洋と東洋の映画趣味が融合した本作。今やトレンドであるタイムループの描写や、『ドクター・ストレンジ』(2016)を思わせる平行世界をつなぐ、視覚的に工夫をこらした「門」の映像。
そしてクライマックスで主人公の語りかける言葉が、過去のスーパーマーケットの商品棚のヒロインに聞こえている。これは『インターステラー』(2014)の「本棚の幽霊」シーンと同じだ、とSF映画ファンはニヤリとしたはずです。
元ネタを指摘して批判している訳ではありません。ハリウッド映画の面白い要素を貪欲に取り入れ、ストーリー的にも技術的にも破綻なく組み上げ、娯楽映画として完成させる中国映画の実力を示す実例と考えて良いでしょう。
原作はアメリカのヤングアダルト小説
クレジットで紹介されていますが、この映画の原作はアメリカの作家、A・リー・マルティネスが2009年に発表したティーン向け小説の「Monster」。スーパーで働く女の子が、モンスターを退治する機関のエージェントに協力するハメになる、というSFファンタジー小説です。
いかにもライトなお話は、中国でキョンシーや幽霊と対決する道士が活躍する物語と融合します。その結果東洋的世界観で描かれたファンタジー映画となりました。このローカライズを欧米の映画ファンも好意的に受け止めています。
同時に映画は親子や兄弟の絆に訴え、因縁や宿命に向き合う物語になりました。引きこもり気味で周囲の冷たい扱いに反論しない主人公と、精神的に虐めぬかれ涙を流すヒロイン。湿っぽく明るさに乏しい展開に感情移入できるかどうかで、評価は大きく分かれるでしょう。
以上の説明でお判りの通り、本作にはティーンエイジャーが身近に感じる孤独と挫折が描かれています。それを乗り越える達成感はありますが、エンタメ映画としては妙に暗く真面目なムードが全編に漂います。
唯一のコメディリリーフ的存在、折り紙で出来た式神の紙人ことシーアン(単にペーパーとも呼ばれます)が人気になるのも判ります。我々には「陰陽師」関連の作品でお馴染みの式神、紙そのままの姿で活躍する姿は、欧米では斬新なものとして人気なようです。
香港映画の魅力が中国映画としてスケールアップ
参考映像:『レディークンフー 激闘拳』(1981)
本作の監督は香港出身のヘンリー・ウォン。そして主演のショーン・ユーは、香港ノワール映画を代表する『インファナル・アフェア』(2002)3部作で、トニー・レオンの若き日を演じた事をご存知の方も多いでしょう。
香港出身の映画人が活躍する本作。しかし特殊効果出身の監督の作品ゆえか、カンフー映画の7要素は控えめです。むしろハリウッド的アクション、CGを主体とした見せ場が楽しい映画です。
しかし映画全体からは、香港娯楽映画の雰囲気が漂ってきます。それを生み出す大きな役割を果たしているのが、宿敵・レンファ夫人を演じたクララ・ウェイ(恵英紅)。
香港映画界で監督・武術指導で活躍したラウ・カーリョン(劉家良)に見い出され、「劉家班(ラウ・アクションチーム)」の一員となった彼女は、カンフー映画で活躍します。
1981年公開のラウ監督作『レディークンフー 激闘拳』で主演を務めた彼女は、第1回香港電影金像奨の主演女優賞を獲得。香港映画界を代表する女性カンフースターとなります。
しかし香港映画、そしてカンフー映画人気の低迷と、若手アクション女優が登場する中、彼女の人気は低迷し苦しい時期を迎えます。しかしアクションシーンの無い脇役に活路を見い出したクララ・ウェイ。
そしてマレーシアのホー・ユーハン監督作で、第22回東京国際映画祭の「アジアの風」部門で上映された『心の魔』(2009)の演技で、彼女は香港・台湾・中国の映画祭で受賞し高く評価されました。
そして金城武出演作『捜査官X』(2011)では、久々に映画に出演したカンフースター、ジミー・ウォングの妻役を演じ、ドニー・イェンとのアクションシーンを披露します。
この作品の演技も絶賛され、以降優れた演技力を見せつつ『ミセスK 裏切りの一撃』(2017)など、時にアクションも披露できるベテラン女優として活躍を続けています。
本作でヒロインと対峙するクララ・ウェイが見せる、「この小娘め!」といった感じの貫禄ある姿は、彼女の女優としての経歴に培われたものでした。
まとめ
モンスターが大活躍する現代劇のSFファンタジーでありながら、この世ならぬ者と道士が戦う『霊幻道士』(1985)や『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987)の香り漂う、娯楽大作映画『モンスターランナー 怪物大戦争』。
SF映画、怪獣映画ファンのみならず、香港映画ファンにはぜひ見て頂きたい作品です。そして青春の痛みを描いた映画と受け取り、それがハートに突き刺さる方もいるでしょう。
一番印象に残るのは、折り紙キャラクターの式神、紙人のシーアン(ペーパー)です。実はこのキャラクターを生むために、現代折り紙芸術家として長らく中国で活躍するシン・クン(秦坤)がスタッフに参加しています。
本物の折り紙の達人が創造した、折り紙キャラクターが大活躍する本作。じつは本作を見るべき一番の人物は、折り紙愛好家かもしれません。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第34回は、裏庭の小屋に何かが潜んでいる!そこに入った者は死あるのみ!凶暴な何かに翻弄される若者の姿を描いたホラー映画『ホワッツ・イン・ザ・シェッド』を紹介します。お楽しみに。
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