連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第26回
世界の様々な国の、まだ見ぬホラー映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第26回で紹介するのは『クレイジーズ 42日後』。
お馴染みのゾンビ登場する映画。かつてブードゥー教の産物・生きる屍も、映画の中では様々な理由で誕生します。
最近のトレンドは感染症。原因のウィルスの誕生には様々なパターンがありますが、起こりうるリアルな設定として多くの映画などに採用されています。
ゾンビが感染症患者に過ぎない、死者とは呼べぬ存在ならどうなるのか。
恐怖から逃れようと部屋にこもり続けた場合、どんな状況が訪れるのか。新たな視点で描いたゾンビ映画の登場です。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『クレイジーズ 42日後』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Alone
【監督・製作】
ジョニー・マーティン
【出演】
タイラー・ポージー、ドナルド・サザーランド、サマー・スピロ、ロバート・リチャード
【作品概要】
人間を狂暴化させるウィルスの蔓延で社会は崩壊、自室で孤独なサバイバルに挑む若者の姿を描いたアクションホラー映画。
スタントマン出身で、ニコラス・ケイジ主演の『ヴェンジェンス』(2017)、アル・パチーノ主演の『ハングマン』(2017)を監督したジョニー・マーティンの作品です。
主演はドラマ『ティーン・ウルフ』(2011~)、『トゥルース・オア・デア 殺人ゲーム』(2018)のタイラー・ポージー。
そして『エンディング・ワールド』(2017)と『Big Legend(原題)』(2018)のサマー・スピロ。
大ベテラン俳優で、『ロング,ロングバケーション』(2017)や『アド・アストラ』(2019)でも健在な姿を見せた、ドナルド・サザーランドが共演します。
映画『クレイジーズ 42日後』のあらすじとネタバレ
画面に向かい今日で42日目だと語りかけるエイデン(タイラー・ポージー)。髭も髪も伸びた彼は限界だと訴え、首を吊って命を絶とうとします…。
全ての始まりの日、彼はマンションの自室で女と寝ていました。エイデンが目覚め、身支度を整えていると女は姿を消します。
洗面台の鏡には家賃の支払いに使えと、両親が送った金の入った封筒が貼ってありました。
玄関の外が騒がしいようですが、気にとめないエイデン。TVをつけると画面はカラーバーで、緊急放送システムと表示されています。
騒音に気付き彼が窓の外を見ると、眼下では人々が逃げ回りヘリコブターが墜落する光景が目に入りました。
人々は助けを求める少女に構わず逃げています。その少女がいきなり人を襲う光景に驚いたエイデン。
人が人を襲う状況がパニックを生んでいます。いきなり玄関のドアが開き、男が入ってきます。
警戒するエイデンに、怪しい者ではない、隣人のブランドン(ロバート・リチャード)だと訴える男。
彼は廊下の外で狂暴化した人々に追われ、やむなくこの部屋に逃れたようです。ブランドンはかくまって欲しいと訴えます。
TVの画面が回復しています。凶暴化した者に襲われ噛まれたり引っかかれて傷付くと、被害者も目から血を流し、同じく凶暴化すると語るレポーター。
ブランドンは首の後ろを負傷しています。手にした包丁を隣人に向けたエイダン。するとブランドンの目が血に染まっていきます。
出て行くように告げると、発作を起こしながらも外に出たブランドン。しかし凶暴化したのか、いきなりドアの外から掴みかかってきました。
必死にドアを閉めたエイダンですが、覗き窓から廊下を見て息を飲みます。外では凶暴化した者が人を喰う、食人行為が起きていたのです。
TVは人間を凶暴化させる感染症が爆発的に流行し、混乱が広がっていると伝えます。武器を取り感染者を攻撃する者もいますが、報道はそれを止め自宅に待機しろと訴えていました。
スマホを見ると、父からエイダンの安否を気遣い、妹の所在を確認するメールが入っていました。最後は妹を頼む、お前は生き続けろとのメッセージで終わります。
母からの連絡に電話をかけても、回線は使用できない状態です。感情を爆発させ、落ち着きを取り戻し窓の前に座るエイダン。
パンデミック発生からの日数を、マジックで鏡に記入します。家族写真に「生き続けろ」と書いた付箋を貼りました。隣に父が座っていた時の記憶が甦ります。
6日目。TVは感染拡大の結果、インフラが寸断され食料が不足し、困難になった人々の生活を報じました。
食料が無くても人は最長3週間は生きていけるが、水が無ければ3日と持たない。しかし都市で断水が起きつつあると危機的状況を語るキャスター。
7日目、エイダンは記録を残そうとノートパソコンを開き、カメラに向かい語り始めます。部屋の外の廊下からは、感染者たちが騒ぐ声が聞こえ、話はまとまりません。
19日目。窓から見える遠くの景色に、黒煙が立ち上っていました。
TVの報道は、感染者は原始的な欲求に支配され、人を襲い肉を食べると解説します。
しかし感染者本人の意識が消えた訳ではありません。自分の行動を自覚しながらも、衝動を抑えられずにいると紹介していました。
冷蔵庫を置き塞いだ玄関ドアの向こう側から聞こえる、叫び声を警戒するエイダン。
ノートパソコンに向かい、ついに水道が止まったと告げます。TVは同じ情報しか流さず、外に出ることは出来ません。
感覚遮断実験の被験者がおかしくなった事例を話すエイダン。自分もそれに近い状況だと語ります。
エレキギターのエア演奏やバットを振って気を紛らわせます。バットを鏡に投げ割ったエイダン。
そんな境遇を録画していると、部屋の中で物音がします。エイダンは室内に入り込んだ感染者を見つけました。
気付かれぬよう迫り、感染者をバットの一撃で倒すエイダン。天井のダクトから入り込んだようです。彼はサーフボードを立てかけ、ダクトのフタを押さえます。
41日目を迎えました。相変わらず外から叫び声が聞こえる中、パソコンに向かって話すエイダン。
外に出る勇気は無いと打ち明け、食料はあと3日分になったと状況を記録します。
突然スマホの着信音が聞こえます。サーバーが復活したのでしょうか。慌てて電話をとっても話すことはできません。
母の吹き込んだ留守電のメッセージを確認できました。それを聞くと、両親は街を出た妹との合流を試みたようです。
しかし両親は、感染者の群れに襲われました。絶望的な状況の中音声は切れました。スマホを投げ捨て涙を流すエイダン。
彼はバットを握り、玄関を開け廊下に出ます。感染した隣人のブランドンは、深手を負って廊下をはっています。
エイダンに気付いた感染者が、群れとなって勢いよく襲ってきます。非常階段を駆け下りた彼は、下階の廊下に出ました。
そこにいるのも感染者だけです。止む無く階段を駆け上がり、自室に戻ったエイダン。
玄関に置いた冷蔵庫を自らの身で押さえ、感染者の進入を防ぎます。外に出ることは不可能でした。
ようやく落ち着き彼がタバコに火を付けた時、停電が発生します。窓の外に闇が広がっていきます。
家族とロサンゼルスで過ごす日を夢見たエイダンは、朝日を浴び目覚めました。
窓に貼った目隠しを剥がし、太陽の光を浴びたエイダン。パンデミック発生から42日目。絶望した彼は首を吊ろうと試みます。
踏み台の椅子を蹴ろうとした時、向かい側のマンションの窓に若い女性(サマー・スピロ)が見えました。
動揺して足を踏み外すエイダンは、縄が切れ救われました。窓に近づき様子を伺うと、いるのは間違いなく感染していない人間です。
道路を挟んで向かい側の、1つ下の階の住人です。彼女はエイダンに気付かずカーテンを閉めました。
どうやって彼女とコミュニケーションするか、パソコンのカメラに向かって話すエイダン。
伸び放題の髭を切って整え、紙にメッセージを書き準備します。パソコンの電池も切れました。
翌朝、ベランダに出たエイダン。しかし向かい側のマンションにも、感染者がいると気付いて身を隠します。
慎重に観察すると、彼女がカーテンを開けました。彼女もエイダンに気付いたようです。用意した”Hi!”と書いた紙を見せたエイダン。
手を振り返した彼女に、次は自分の名を書いた紙を見せ、エイダンと名乗ります。彼女は持ってきたホワイトボードに名を書き、自分はエヴァと紹介しました。
互いに1人だけで暮らしていました。孤立して以来、君が初めて見た無事な人間だと伝えるエイダン。
文字のやり取りとはいえ、久々の他人との交流に喜ぶ2人。エイダンはエヴァに食料と水があるか訊ねます。
エヴァは食料はあるが、水が不足していると伝えます。エイダンは食料が不足気味で、ボトルの水は多量にあると伝えました。
ボトルは地球環境に悪いと書くエヴァ。彼女はジョークを言う余裕があるようです。
しかしエヴァは危険を感じ、周囲を警戒し会話を終えようとします。カーテンを閉じる彼女に、明日も会話しようと約束するエイダン。
その夜は雨が降りました。エイダンは鍋などを出し雨水をため、ベランダに出て石鹸で体を洗い、その泡で髭を剃ります。
その姿をカーテンの隙間から、エヴァが覗いていました。
翌朝、2人はベランダに出ました。路上には多くの感染者がたむろしており、マンション間の行き来は不可能です。
エヴァにグローブを持っているか聞いたエイダン。彼女はクロス(ラクロス用のラケット)を持っていました。
彼は縄を付けた野球ボールを投げ、キャッチしたエヴァの部屋との間に縄を渡すことに成功します。
互いのベランダが縄で結ばれました。高い場所の自室からエヴァの部屋へと、ワイヤーハンガーに結んだ水のボトルを縄を伝って送るエイダン。
しかしボトルとベランダの柵がぶつかった音に感染者が反応します。機敏に動く感染者の男が、各階のベランダを飛び移ってエヴァの部屋に迫ります。
生存者が所在を明らかにすると、感染者は迫ります。瓶を投げ音を鳴らし、感染者の注意を引きつけるエイダン。
エイダンの部屋へとベランダを飛び移り、よじ登ってくる男。音を聞き玄関にも感染者が迫っていました。
男はベランダまで上がってきますが、エイダンはまず玄関のドアを押さえます。
玄関側の感染者は侵入を諦めました。ベランダに侵入した感染者は、エイダンに気付き窓ガラスを頭突きで破ります。ベランダに倒れた感染者を、バットで殴り殺すエイダン。
ゾンビと異なり、衝動に突き動かされ行動しても、意志と知能を持つ感染者の目を引く行動は控えねばなりません。
食料も不足し、エヴァと共に生き残る方法をエイダンは思案します。
_netabare]
映画『クレイジーズ 42日後』の感想と評価
本作は広い意味ではゾンビ映画ですが、原因が感染症で相手は死人ではありません。群れをなし襲う相手に意識も人格もあります。
そして感染症を恐れての外出自粛生活。映画はコロナ流行以前に企画・製作された訳ですが、現実が映画に追い付き、そして現実を追い越して公開した形になりました。
実に興味深い映画だと紹介するはずが、それどころでないのです。実はこの映画には、瓜二つの映画が存在します。
その事実に気付いたホラー映画ファンは騒然となり、様々な声が上がります。この話題を紹介しましょう。
同じ脚本が韓国とアメリカで、映画化されるパンデミック発生
参考映像:『#生きている』(2020)
『クレイジーズ 42日後』の予告がアメリカで公開された時、「この映画、Netflix配信の韓国映画『#生きている』に似てない?」との声が上がります。
そして本作が公開されると両作はそっくり、リメイク作品ではないかと声が上がりました。
それもそのはず、両作品とも脚本はマット・ネイラー、同じ脚本を使用し別々の映画が作られたのです(『#生きている』は、脚色に監督のチョ・イルヒョンもクレジットされています)。
『#生きている』は2020年6月韓国公開、同年9月8日にNetflixにて、アメリカ・日本を含む世界各国に配信されました。
一方『クレイジーズ 42日後』は2020年10月アメリカ公開。本作は韓国映画のリメイクとは紹介されずに公開され、ホラー映画ファンを混乱と困惑を招きます。
2019年10月に撮影が開始され、12月には終了した『#生きている』。2019年10月にドナルド・サザーランドの出演がリリースされた『クレイジーズ 42日後』。
両作がほぼ同時に平行し製作されたことは間違いありません。公開されたのは『#生きている』が先です。
2020年5月コリア・ヘラルドは『#生きている』を、アメリカ映画『クレイジーズ 42日後』をチョ・イルヒョン監督がマット・ネイラーと共に、韓国に合わせ脚色した作品と紹介しています。
『クレイジーズ 42日後』の関係者は、この件について語っていません。一方はリメイクだ、あるいは両作の関係は韓国版とアメリカ版だ、などの説明はありません。
大人の事情でもあるのでしょうか。実に似ている2つの作品が、いかに違うかを見比べるのは興味深い行為です。
本作をご覧になった方は、ぜひ『#生きている』も鑑賞して下さい。
ドナルド・サザーランドのシーンが高く評価されていますが…
こういった事情を知らず(告知が無ければ当然です)、『#生きている』を見た人が、本作を見て戸惑うのも当然です。
遅れて公開された本作に対し、韓国映画に対し余計な「英語映画化」が行われたのでは、との憶測も生まれ、批判の声も上がりました。
そして見比べた上で、『#生きている』に軍配を上げる方が多いのも事実です。
本作の主人公は、絶望するまで42日間部屋にこもっていました。
『ゾンビ』(1978)の様にショッピングモール、『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)のパブ(!?)ではなく、普通マンションの一室でこの間、一切外出せず過ごせるでしょうか?
本作は主人公の消耗と憔悴を、経過日数の表示と伸びた髭のみで表現している感があります。
『#生きている』側の描き方、そして同じ状況に至る日数を比較しましょう。
そして『クレイジーズ 42日後』は、全編の大部分が主人公視点のみで描かれた、独白が実に多い映画です。
本作主演のタイラー・ポージーは製作にも関わっています。主人公中心のソリッドシチュエーション映画として、本作を描きたかったのかもしれません。
よって生存者の女は影が薄い存在です。これも韓国の映画と比べると興味深い違いを見せます。
他にも難のある本作ですが、『#生きている』より高く評価できるポイントがドナルド・サザーランド。何か怪しく同時に哀愁漂わせる、貫禄ある演技を見せています。
しかしそのシーンは長め。映画のリズムを崩し気味です。撮影時84歳の大俳優の熱演には、映画の製作者も観客も何も言えなくて当然です。
それでもこのシーンは、映画の雰囲気が変わる熱い場面です。
より高く評価すべきは、スタントマン出身の監督ジョニー・マーティンらしい、アクションの演出でしょうか。
ベランダを飛び移り、マンションの外壁を上り下りするシーンはフランスのアクション映画、『YAMAKASI』(2001)や『アルティメット』(2004)のようです。
パンデミック下のステイホーム生活を描き、困難な状況から抜け出していく姿を描いた『#生きている』。
同じ脚本の『クレイジーズ 42日後』は、違うアプローチで映画化したと気付くでしょう。
まとめ
同じ脚本で、同時に2本のホラー映画が誕生しました。その一本が『クレイジーズ 42日後』、実にユニークな出来事です。
何かと上半身裸になり、激しいアクションを見せるタイラー・ポージー。ファンにはたまらないでしょう。
主人公を演じた彼のための、彼に焦点を当て過ぎた映画、とも言えます。
全体を通して深刻な状況が続く本作で、主人公に癒しを与えたのは人気のお菓子”トゥインキー”でした。このお菓子、『ゾンビランド』(2009)にも登場します。
韓国側の『#生きている』に登場するのは、映画『JSA』(2000)でお馴染みの”チョコパイ”と思いきや、韓国映画・ドラマでお馴染みのアレでした。
『パラサイト 半地下の家族』(2019)にも登場した、あの食べ物です。映画に登場する食品などのアイテムは、その国の生きた風俗を教えてくれる面白い存在です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第27回はこいつらが警官でイイのか?!ドタバタアクションコメディ『シティーコップ 余命30日?!のヒーロー』を紹介します。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら