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Entry 2018/10/30
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【細野辰興の連載小説:前語り】戯作評伝『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』

  • Writer :
  • 細野辰興

【細野辰興の連載小説
 2018年10月下旬掲載号】

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

戯作評伝『スタニスラフスキー探偵団~日本侠客伝・外伝~』「前語り」

 「60年安保闘争」直後の「米軍横須賀基地」、通称「ベース」に寄生する暴力団と市民の猥雑で滑稽な生態を隠喩的なブラック・コメディとして描いた傑作『豚と軍艦』(日活`61 1月公開 脚本・山内久 主演・長門裕之/吉村実子)。

東北僻地の貧農出身で売春組織の女将になった実在の女性の半生を徹底的な調査と「土着と性」「土着と近代化」と云う視点から執拗に追った革命的傑作『にっぽん昆虫記』(日活`63 11月公開 脚本・長谷部慶次/今村昌平 主演・左幸子)。

『にっぽん昆虫記』で確立した「土着と性」と云う「切り口」から東北の平凡な主婦が遭遇した生々しい「性のドラマ」と対峙し「日活ロマンポルノ」の雛型にもなった異色作『赤い殺意』(日活`64 6月公開 脚本・長谷部慶次/今村昌平 主演・春川ますみ)。

出張先の東北で消息を絶った零細企業勤めの婚約者を探し続ける一般女性を隠しカメラなどで徹底的に追い、ドキュメンタリーも亦、劇映画であることを暴露してしまった「掟破り」のドキュメンタリー『人間蒸発』(日活/ATG/日映新社/今村プロ`67 6月公開 構成・今村昌平)。

本土復帰前の沖縄の架空の孤島を舞台に「日本人の原型」を「土着と性と近代化」の集大成として追究した巨大な神話の様な重喜劇『神々の深き欲望』(日活/今村プロ`68 11月公開 脚本・長谷部慶次/今村昌平 主演・三國連太郎、北村和夫)。

 1960年代、これら問題作によって「日本人のオリジン」を「性」をキーワードに追究し続けた前代未聞の映画監督・今村昌平が1975年(昭和50年)横浜駅東口のスカイビルに創立した「横浜放送映画専門学院」で、大学を出たばかりの細野監督は二期生として映画の勉強を始め、或る「教え」に遭遇した。

 「映画は『大きな嘘』は吐いても良いが決して『小さな嘘』を吐いてはいけないッ。」
と云う「教え」だ。

 とは云っても授業で教えて貰った訳ではなく、今も現役で活躍する国民的脚本家・倉本聡の初期エッセイ集『さらば、テレビジョン』(`78冬樹社)で偶々、知ったのだ。倉本聡のオリジナルかどうなのかも定かではなく、コロンブスの卵的「教え」なのだが、若き日の細野監督の映画脳に深く刻まれたらしく、今でも映画を学ぶ人たちに伝道しているほどだ。

 「大きな嘘」「小さな嘘」と云う言葉を聞いたことがある人がどれだけ居るのだろうか。業界の人ばかりではないかも知れないので念のため一例を挙げておこう。

 25歳の東宝の大部屋俳優・中島春雄が縫いぐるみの中に入った大怪獣ゴジラが、東京湾に突如出現する様な「大きな嘘」は吐いても良い。しかし、黒のソフト帽と黒のスーツに身を包んだ時代劇の大スター・片岡千恵蔵の多羅尾伴内が拳銃に弾を込めもせず腰溜めで何発も何発も撃ち続けるような「小さな嘘」は吐いてはいけないッ、と云う「教え」だ。三頭身の千恵蔵御大が現代劇に出ているからダメなのでは勿論、ない。

 「リアリティ」がないからだ。

 「リアリティ」が創作においては曲者なのだッ、と細野監督も日頃から目を付けていた。「リアリズム」ではなく「リアリティ」。「リアリズム」で云えばゴジラやガメラを登場させてはいけない。「リアリズム」を以って己の作風を顕示する監督は決して怪獣映画を撮りはしない。成瀬巳喜男監督然り、黒澤明監督また然り、今村昌平監督またまた然り。

 しかし、
 「この映画は、ゴジラとキングコングが闘う作品なのだッ。」
と最初に宣言してしまえば話は違ってくる。「リアリズム」なんぞは何処かへ吹き飛び作品独自の「秩序」を獲得し、ゴジラが放射能光線を吐こうが、ガメラが空を飛ぼうが、モスラに双生児が生まれようが「何でも有り」になってしまう。

 大切なのは最初に宣言してしまうこと。必要なのは、伊福部昭氏のメロディだ。

 「リアリズム」だけが「映画」ではないのだ。

 『セーラー服と機関銃』(角川/キティ・フィルム`81 12月公開 脚本・田中陽造 主演・薬師丸ひろ子)の現場でチーフ助監督、森安建夫と話題にし、製作進行だった細野監督が側聞していたと云う相米慎二監督のこの言葉は満更、外れてはいない。「『リアリズム』だけが『映画』ではない」、そうでなければ『ゴジラ』(東宝`59 11月公開 監督/脚本・本多猪四郎 特技監督・円谷英二 脚本・村田武雄 主演・宝田明、志村喬)は勿論、『ET』(ユニバーサル`82 12月公開 監督スティーブン・スピルバーグ)も『ジュラシック・パーク』(ユニバーサル`93 7月公開 監督スピルバーグ)もこの世に存在してはいない。

 余談だが細野監督が生まれて初めて観た映画は、「大きな嘘」の代表である『ゴジラ』だと監督本人から恒例の八ヶ岳脚本合宿で聞いたことがある。ゴジラが出現する前の暗い海の映像が兎に角怖く、泣き叫んでいた自分を覚えていると云うのだが、監督の生年月日と照らし合わせると2歳と6ヶ月の時に観たことになり物心が付いているとは考え難い。それに、昭和20年代とは云え2歳半の幼児を映画館に連れて行く親が果たして居ただろうか、と云う疑問と共に御両親の揶揄い半分の作り話に刷り込まれているのではないかと見ているのだが。

 余談が過ぎて蛇足になった様だ。

 とまれ、「大きな嘘」は許されても、多羅尾伴内が弾を込めもせず何発も撃ち続ける様な「小さな嘘」は許されない。リアリティを気にするのは人間の持っている感性なのだから誰も抗うことは出来ない。ゴジラ映画の中の自衛隊も砲弾を補填しないで打ち続ける訳には行かない。日常描写なら尚更のことだ。感性には勿論、教養も含まれる。尤も、感性や教養にも第二次安倍政権以降、劣化が現れている今日この頃だが、それは他日に譲ろう。

 「『リアリズム』だけが『映画』ではないッ。」と云いながら、ゴジラやモスラの様な大怪獣が崩した建物の下敷きになり命を落とした人はリアリズムで考えれば相当数いる筈だ。描かないのは「大きな嘘」だからなのか「小さな嘘」だからなのか、と云う難問に挑んだのが金子修介監督の『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(大映`99 3月公開 脚本・伊藤和典/金子修介)だった。

 ガメラなら空を飛ぼうが火を食べようが「大きな嘘」として許される。しかし、崩れた建物の下敷きになって死ぬのは、弾を込め直さずに何発も撃ち続けると「小さな嘘」だとリアリティで責められてしまう多羅尾伴内と同じ「人間」なのだ。とすると「中ぐらいな嘘」なのか。さあ、どうするッ、とばかりボーダーラインを攻めて来た金子監督はシャープだったが、矢張り、アンタッチャブルにしておいた方が良い様な気もする。「それを云っちゃア、お仕舞よッ」と云う処か。従って「中ぐらいな嘘」に関しては言及せずに進めて行きたい。

 とまれ、「『リアリティ』は『リアリズム』に勝る」のだ。「小さな嘘」は観客の「突っ込み処」となり、場合によっては炎上する。映画に限らず小説を含む「創作」とはそう云う物なのだろう。

 神は細部に宿るのだ。

 細部に宿る神に従い、「評伝」を装ったこの小説『戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本侠客伝・外伝~】』でもゴジラやガメラ程ではないが「大きな嘘」を吐くことにする。しかも二つも。

 一つは、『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』が現実には上演されてもいない「架空の舞台」であり、にも拘らず評伝して行くと云うこと。

 2010年9月、現在は休館中の「アイピット目白」で初演(主演・大塚祐也、嶋田菜美/浦井なお)。2015年1月には高円寺の「明石スタジオ」で『~RETURNS』を付けて再演(主演・草野康太、山田キヌヲ)され、「メタ・フィルムの傑作」と第41回湯布院映画祭を皮切りに絶賛されて来た細野辰興監督作品『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』(配給マコトヤ`16 12月公開 脚本/監督・細野辰興 主演・草野康太、山田キヌヲ/木下ほうか)では劇中舞台にもなった『スタニスラフスキー探偵団』(原作/演出・細野辰興 戯曲・細野辰興/中井邦彦)。

 そう、その続篇となる『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』は、現時点では未だこの小説の中にしか存在しない「架空の舞台」なのだ。

 となれば、架空の舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』を作・演出したと設定される小説の主人公「細野監督」とは如何なる存在になってしまうのだろうか。亦、架空の舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』を評伝して行く「語り手」である私は、始めから「信頼できない語り手」と云うことになってしまうのではないだろうか。とは云え、「信頼できる語り手」になりたいと思ったこともないのだが。

 なんにせよ、今更、後戻りもできない。

いっそのこと主人公に「細野」と云う名前を使用しなければ良いではないかッ、或いは一字だけ違えて「細埜」とかにすれば良いのではないかッ、そう考える人も居るかもしれない。しかし、そこはそれ、『竜二Forever』(東北新社・アミューズ`03 3月公開 脚本・細野辰興/星貴則 主演・高橋克典、木下ほうか、香川照之)以来「多重構造」のメタ・フィルムで観る者を挑発するのを自己の方法論として来た映画監督・細野辰興が初めて挑む小説の「趣向」と云うことなのだろう。

因みに「評伝」とは、「評論」を交えた「伝記」。「伝記」とは、狭義には「個人の事績の記録」を指すが広義には「書き記された記録の総称」を指す。ここでは、広義を採用するが、何れにせよ自身による伝記である「自伝」とは違う。
 とまれ、私が評伝の対象としなければいけない舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』は、未だ上演されていない「架空の舞台」だと云うことを確認して頂き、筆を先に進めたい。

 では、もう一つの「大きな嘘」とは何なのだろうか。「大きな嘘」と云うよりは、「物語」「小説」について考えるときの「作者」「語り手」「主人公」に関する「重要な仮説」に則っている、とだけ伝えておくことにしよう。判っている人には釈迦に説法かも知れないが。

 何故、その様な「大きな嘘」を採用するのか。答えは回を追う毎に自ずと判るようになる筈だが、「作者」である映画監督・細野辰興がこの小説を通して描くべき真の対象がタイトルには含まれていないから、とだけ現時点では答えるに留めておきたい。

 と云うより、「語り手」である私が「作者」から与えられている情報量ではこれ以上語ることができないだけなのだが。

 ここまで「前語り」にお付き合いして頂いて今更なのだが、我慢出来ずに告白してしまう。

 小説に「前語り」はオカシイ。

「アバン」や「序章」、「プロローグ」なら兎も角、小説に「前語り」や「前書き」は違和感がある。実用書や自伝、純粋な評伝ではないのだから。 

 と云いながら、しかし、「小説はもっと自由奔放であっても良いのではないか」と頭を掠め、「小説に『前語り』はいけないッ、と云う決まりもない筈だ」等と迷い始める。

が、亦もや、「『前語り』なんぞ付けやがって矢張り映画人はダメだなッ、と嗤われるのも癪ではないか」と揺れ動き、結局、「戯作とは云え『評伝』の形を取るのだから良いではないか」と結論付けて見て見ぬ振りを決め込むことにした。

 同時に思った。

これは、「前語り」と云うよりは「後語り」にすべき内容ではないのか、と。
 こうも思った。

「今日から私が『語り手』となって繰り広げて行くのは、ドキュメントでもルポルタージュでもない。『戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】』と云う小説なんだぜッ。」と。

 これを「前語り」らしい当たり前の言葉に置き換えると次の様になるかも知れない。

 「本小説は、メタ・フィクションを主題とした舞台『スタニスラフスキー探偵団』及びそれを劇中舞台としたメタ・フィルム『貌斬りKAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』で映画監督・細野辰興が挑んだ「虚実皮膜」の方法論を、架空の舞台『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』を現在過去未来の前後左右から評伝する小説にすることにより、更に進化させようとする試みである。」

 同時に、昭和29年から昭和41年までの戦後日本映画界黄金期の「隆盛と凋落」を体験した或るトップ・スターを通しての日本映画史の物語であるのかも知れない。

 しかし、もう一度云っておきたい。

 今日からここで私が「語り手」となって繰り広げて行くのは、ドキュメントでもルポルタージュでもない『戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】』と云う小説なんだぜッ、と。

其の1「前語り」了

次回の戯作評伝『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』其の2の掲載は2018年12月中旬を予定

【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら

*この小説に登場する個人名、作品名、企業名などは実在のものとは一切関係がありません。作家による創作物の表現の一つであり、フィクションの読み物としてご留意いただきお楽しみください。

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細野辰興のプロフィール


©︎Cinemarche

細野辰興(ほそのたつおき)映画監督

神奈川県出身。今村プロダクション映像企画、ディレクターズ・カンパニーで助監督として、今村昌平、長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎の4監督に師事。

1991年『激走 トラッカー伝説』で監督デビューの後、1996年に伝説的傑作『シャブ極道』を発表。キネマ旬報ベストテン等各種ベストテンと主演・役所広司の主演男優賞各賞独占と、センセーションを巻き起こしました。

2006年に行なわれた日本映画監督協会創立70周年記念式典において『シャブ極道』は大島渚監督『愛のコリーダ』、鈴木清順監督『殺しの烙印』、若松孝二監督『天使の恍惚』と共に「映画史に名を残す問題作」として特別上映されました。

その後も『竜二 Forever』『燃ゆるとき』等、骨太な作品をコンスタントに発表。 2012年『私の叔父さん』(連城三紀彦原作)では『竜二 Forever』の高橋克典を再び主演に迎え、純愛映画として高い評価を得ます。

2016年には初めての監督&プロデュースで『貌斬り KAOKIRI~戯曲【スタニスラフスキー探偵団】より』。舞台と映画を融合させる多重構造に挑んだ野心作として話題を呼びました。

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