連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第17回
世界各国で誕生した様々な映画をお届けする「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第17回で紹介するのは、ロシア発のSFアクション巨編『コスモボール COSMOBALL』。
月が崩壊し環境が激変した未来の地球で、人類が熱狂し続ける命懸けのスポーツ“コスモボール”。それが、世界の運命を懸けた闘いであるとも知らずに……。
ソビエト時代には様々なSF映画が製作されていたロシア。21世紀に入ると、SFファンタジー映画「ナイト・ウォッチ」(2004)シリーズが誕生。同作の大ヒットはSF・ファンタスティック系映画が製作される下地を再び生み出しました。
『アトラクション 制圧』(2017)と続編の『アトラクション 侵略』(2020)、『アンチグラビティ』(2019)など、今やSF映画大国となったロシアで新たに登場した、スケール感あふれる痛快SFアクション映画を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『コスモボール COSMOBALL』の作品情報
【日本公開】
2021年(ロシア映画)
【原題】
Vratar galaktiki/Cosmoball
【監督・脚本・製作】
ジャニック・フェイジエフ
【キャスト】
エフゲニー・ロマノフ、ヴィクトリヤ・アガラコヴァ、エフゲニー・ミロノフ、マリヤ・リソヴァヤ
【作品概要】
VFX技術で未来世界と派手なアクションを描き、2020年ロシアでの劇場公開時には初登場1位を獲得したSFアドベンチャー大作。『黒人魚』(2018)などを製作し、『オーガスト・ウォーズ』では監督を務めたジャニック・フェイジエフが手掛けた作品です。
主演のエフゲニー・ロマノフは少年時代からサッカーやホッケーに親しみ、モスクワ州立スポーツアカデミー卒業後、俳優活動を開始。身体能力を生かした活躍が期待される俳優です。
また『黒人魚』と『ゴースト・ブライド』(2016)のヴィクトリヤ・アガラコヴァ、演劇界の重鎮としてロシア人民芸術家の称号やロシア名誉勲章も受賞しているエフゲニー・ミロノフが共演しました。
映画『コスモボール COSMOBALL』のあらすじとネタバレ
かつて勃発した銀河戦争で宇宙の平和を守るため、恐るべき破壊者チェルノと戦ったベロ(エフゲニー・ミロノフ)。戦いは熾烈を極め、損傷したチェルノの脱出艇はやがて太陽系の地球の衛星、月に激突します。
その結果、月は完全に崩壊。またチェルノの脱出艇は地球に墜落した後に地殻奥深くへと突入し、そのまま彼の牢獄と化しました。
月を失った地球の両極は移動し、環境は激変し食料・電力不足が発生。さらに疫病の流行が重なったことで世界は荒廃し、人類は生き延びることが困難な時代を迎えました。
宇宙間戦争に巻き込まれ、甚大な被害を受けた地球を救うため、銀河評議会は高度な文明を持つエイリアンたちに協力を呼びかけました。
エイリアンたちの指揮・支援のもと再建が始まった地球。人類は新たな段階へと進化し、テレポート能力を持つ者も誕生します。
銀河評議会に所属するエイリアンたちは人類に手を差し伸べる一方、地球の地下最深部に閉じ込められたチェルノの監視を続けていました。
月の崩壊から20年後、2071年のモスクワ。街は徐々に活気を取り戻していましたが、インフラの復旧は不十分で住民は困窮した生活を送っています。
水を求めて並ぶ人々の列の中には、青年アントン(エフゲニー・ロマノフ)がいました。突然街燈が折れて倒れかかり、危うく怪我をしかけるアントン。
なぜか日常的に危険に巻き込まれるアントンは、周囲の人々からトラブルメーカーと思われていました。彼を襲う数々の事故の背後には、正体不明の謎のエイリアンの存在があるようです。
モスクワ郊外の地中奥深くに墜落した、チェルノの脱出艇は牢獄として封印され、銀河評議会の監視下に置かれていました。
牢獄の中では自由に振る舞うチェルノの前に、彼の娘ヴァラヤのホログラム映像が現れます。ヴァラヤこそ、アントンをトラブルに巻き込んでいるエイリアンです。
牢獄から逃れ、銀河委員会に復讐を果たそうと企むチェルノは、宇宙船内で何か実験を行っていました。
チェルノの反撃の鍵は、彼が新たに生んだ原型遺伝子の覚醒です。それは今、地球人の青年アントンの肉体の中で眠っています。それを活性化させようと、ヴァラヤは父の指示で工作活動を続けていました。
チェルノは娘にアントンを殺せと命じます。ただし死の前に、必ず原型遺伝子を活性化させろと指示しました……。
モスクワ郊外には、巨大な花のようにそびえたつドーム競技場があります。そこで行われる各惑星代表チームが争う競技こそ、全人類を、銀河委員会に所属する各文明を熱狂させるスポーツ“コスモボール”でした。
打ち出された強力なエレルギー体の球体を、選手がサッカーのように5回蹴るとゴールゲートが開放。開いたゲートにエネルギー体をシュートすれば得点を獲得。球体をキックする度に大きな衝撃が発生し、観客は盛り上がります。
コスモボールの試合が始まれば、人類の大多数が夢中で見守ります。おかげで職業紹介所の職員から無視されたアントン。彼は誰もが現実から逃れようと夢中になるコスモボールを、心底嫌っていました。
シリウスチーム4人に対抗する地球チームは、キャプテンのナターシャ(ヴィクトリヤ・アガラコヴァ)、南米出身のペレ、幼い少女ファンのテレポート能力を持つ3名。
このスポーツには、観客が知らない事実がありました。コスモボールで使われる球体の正体は、実はチェルノが定期的に製造する破壊弾なのです。
コスモボールの運営者は、チェルノを監視する銀河委員会のメンバーです。チェルノが製造した破壊弾を強制的に回収し、競技用に使う球体にしていました。
今回チェルノは激しく抵抗し、破壊弾のコントロールを奪い返し、操って設備や監視室を破壊します。次の球体を打ち出せなくなったため、コスモボールリーグのコミッショナーで、地球チームの指導者を務めるベロは中断を宣言しました。
競技場に現れたベロは観客にとってはカリスマ的存在であり、熱狂的に迎え入れられます。両チームメンバーに事情を説明するベロ。選手たちは全てを承知しており、単なる一時的中断を装います。
破壊弾のコントロールを回復すると、ベロはゲームの再開を宣言します。破壊弾を奪い返され怒り狂うチェルノ。
再開した試合は接戦の末引き分け、地球チームは初の決勝戦進出が決定します。人類の大多数がこの快挙に沸き立ちました。一方でプレイでゴールされた危険な破壊弾は、無力化され処分。そんな事実も知らず盛り上がる観客たち。
ナターシャはシリウスチームの健闘を称えた上で、仲間と勝利を喜びます。残る1名の地球チームメンバーは、あなたかもしれないと語るアナウンサー。コスモボールに興味の無いアントンに、苦しい生活に喘ぐ人々がゲームに夢中になる姿は理解し難いものでした。
アントンが帰宅すると、ただ1人の家族の母は倒れていました。母が必要とする薬は切れています。
薬局に走るアントン。無人の薬局の窓ガラスを破ろうとしますが割れません。
そこに盗みを生業にする少女アーニャ(マリヤ・リソヴァヤ)が現れ、窓を破り商品を盗みます。アントンも店内に入りました。
警報が鳴り響く中、母の薬を盗むアントン。すると部下と共に警察署長が現れます。アーニャを追うように逃げるアントン。
捕まりかけたアントンを助けたアーニャ。2人は狭い部屋に逃げ込みます。
そこで苦手なトカゲを見て、思わず声を出したアントン。警察署長に出てこいと言われ、彼はアーニャを残し外に出ました。
隙を見て逃げたアントンは車と衝突します。しかし彼の姿は消え、盗んだ薬だけが残されています。何が起きたか理解に苦しむ警察署長。
そして車を運転していた男は、チェルノの娘ヴァラヤに姿を変えます。彼女は自身の目的を果たしたようでした。
モスクワ市内で何者かがテレポートを行なったと確認するベロ。アントンは自分で意識せずテレポート能力も用いていたのです。
呆然とするアントンを連れ、地下にある隠れ家に連れて行くアーニャ。彼女はなぜ自分を助けたのかとアントンに聞きました。僕にはなぜかいつも悪いことが起きる、君を巻き込みたくなかったと答えるアントン。
アーニャもコスモボールに興味は無く、それより父を救いたいと語りました。アントンは自分と似た境遇の彼女と意気投合し、その後母の元へ帰って行きます。するとアーニャはヴァラヤに姿を変えました。
ヴァラヤは手にしたアントンの髪の毛をチェルノに渡します。命の危険に曝され思わずテレポートしたアントンは、原型遺伝子を覚醒させていたのです。
目的の遺伝子を手に入れたチェルノ。それを利用して新たな生物兵器を作ろうと試みますが、上手くいきません。
兵器を完成させるには何かが足りません。原型遺伝子入手後、アントンを殺したかと娘に尋ねたチェルノ。
目的を果たす非情さを失ったか、とチェルノは言い放ちます。テレポート能力のある地球人がベロに従うと、自分の強敵になると警戒していました。
母の薬を手に入れたアントンが自宅に帰ると、そこにナターシャたちコスモボール地球チームの3名とベロがいます。
思わずテレポートした彼に、君はコスモボールプレイヤーの資格を得たと語るベロ。しかし元々コスモボールに興味が無いアントンは、病気の母の世話を理由に拒否します。
家に警察署長と部下が現れ、薬局に押し入った件で逮捕しようとしますが、ベロが特殊な力で凍結させました。
ナターシャはベロに、宇宙人の技術で母を治療しようと提案します。その条件でアントンのチームへの参加が決まりました。
アントンは一行と共にスタジアムに向かいます。巨大な花、タンポポのように見えるスタジアムは、自分が設計し作り上げた生物だと説明するベロ。
施設を守るセキュリティシステムのチェックを受け、中に入ったアントンたち。ベロは彼から遺伝子サンプルを採取します。そして彼の遺伝子情報はベロの開発したマイクロチップと融合され、彼と一体化するドロイド“スプートニク”が誕生しました。
彼と同じ血が流れるスプートニクは意志を持つ仲間であり、同時にコスモボールをプレイする際のユニフォームに変型する相棒です。
自らのスプートニクに“モーグリ”と名付けるアントン。彼は早速コスモボールプレイヤーになる訓練を受けました。
命の危険にさらされ目覚めたテレポート能力を自在に操れるよう、ベロとナターシャ、ペレが指導します。地球人離れしたアントンの才能に驚くベロ。
彼の身体能力なら、チームに欠けていたゴールキーパーの役割も果たせます。訓練を終え、ベロはナターシャと銀河評議会との会合に向かいます。
アントンの母を治療する技術の提供は、まだ未発達の地球文明には危険と判断した評議会。アントンの優れた能力は人類を次の段階に引き上げると、ベロは協力を訴えました。
共にアントンの自宅を訪れ、母を診たナターシャ。具合を気にするあまり、彼女に厳しい態度を見せるアントン。
母は息子の態度を自分を思うがゆえと、ナターシャに詫びました。アントンは月が崩壊した日、不思議なことに自分の体に宿ったと彼女に教えます。
独り思い悩むアントンに、アーニャから会いたいとのメッセージが届きました。
現れた彼にアーニャは迫ります。しかし彼女は、アントンがコスモボールチームの制服を着ていると気付き驚きます。
コスモボール嫌いと以前彼女に語っていた彼は、チームは辞めるつもりだと告げます。彼はベロの話を盗み聞き、母の治療する気は無いと信じていました。
アーニャは“タンポポ”と呼ばれるコスモボールの競技場が、植物で形作られているとアントンに確認すると、その植物を汚染する薬品を彼に渡そうとします。「競技場が無くなれば、無意味なゲームから皆が解放される」と訴えるアーニャ。
そこにナターシャがスプートニクと共に迎えに来ます。アーニャの魅力に負け断りきれず、薬品を受け取るアントン。競技場に戻るアントンは警察署長に追われますが、署長は中に入ることは出来ません。
選手の相棒であるスプートニクは、身に迫る危険を教えてくれるとナターシャは告げました。今彼に何か危険が迫っていると警告します。
彼の持つ薬品はセキュリティに検出されません。ゲームは見た目以上に危険だと警告し、試合に備え休むよう話すナターシャ。
コスモボール決勝戦の日、人々は競技場に集まり試合開始を心待ちにしていました。
集合した4人の地球チーム選手を前に、今日の試合の重要性を語るベロ。選手たちはスプートニクが変型したユニフォームを身にまといます。
アントンは最後まで迷いますが、自分のスプートニクであるモーグリを説得し、ユニフォームの中にあった薬品を取り出し床に撒きました。
試合に向かうアントン。対戦相手は体格の優れた選手、そして女性選手を中心に編成されたアマゾニアンのチームです。
試合前にアントンは相手チームに軽くあしらわれ、からかわれました。キャプテンのナターシャは気を引き締めるよう言いました。
両チームが競技場に入場します。ついに4名がそろった地球チームが挑むコスモボール決勝戦に、全人類・全宇宙が注目します。
アントンの母も、家に訪れた警察署長と共に中継を見ていました。観客がアントンの名を叫ぶ中、決勝戦が開始されます。
映画『コスモボール COSMOBALL』の感想と評価
何ともスケールの大きな物語です。その壮大過ぎるスケールには、ゲームからコミックへと発展し、いつの間にか宇宙人と試合をしていたサッカーアニメ「イナズマイレブン」シリーズ(2008~)をつい思い出してしまいます。
という指摘はさておき、本作のロシア語原題を直訳すれば「銀河のゴールキーパー」。確かに主人公はサッカーではいえば、ゴールキーパーポジション。それにしては非常に攻撃的ですが、やはりコスモボールはサッカー、或いはフットサルを彷彿とさせます。
“ロシア版・マーベルヒーロー映画”として企画
本作の製作は2014年8月、ジャニック・フェイジエフがマーベル映画に劣らぬ、ロシア製スーパーヒーロー映画製作を発表したことに始まります。
宇宙戦争に巻き込まれ環境が激変した地球、地球外文明との交流、超能力を得た新人類の誕生……とSFヒーロー物らしい設定が与えられ、それに相応しい世界観が構築されます。
製作期間はのべ5年に渡ります。主要なロケ撮影は2017年6月から数か月間行われましたが、特殊効果などポストプロダクション作業に多大な時間が費やされました。
2018年1月には正式な予告編が完成、2019年1月の公開予定でしたが製作陣の技術的問題から10月に延期。さらに競合作の公開と重なったために、2020年8月に変更と紆余曲折をへてロシアで劇場公開されました。
ハリウッド映画に関わったCGのスペシャリストなど、多くの特殊効果スタッフが参集した本作は、その製作経緯もあり「ロシア映画界のSFX技術の水準を引き上げた」と評されています。
世界の映画興行が厳しかった2020年。ロシア映画界では困難な時期に公開された、自国製大作映画を大いに注目しました。しかし7億8600万ルーブルの製作費を投入した本作の、興行収入は1億600万ルーブルと厳しい結果となりました。
未来世界を描いた映像に生きる“ロシアらしさ”
ゼロから築き上げたセンス・オブ・ワンダーなSF世界を、2時間弱の上演時間で説明して描いた本作。駆け足の内容ゆえにストーリーが薄味に感じられる方もいるかもしれません。
また海外作品を強く意識した結果か、一部のゲームや映画キャラクターとの類似が指摘されるなど、ロシア本国の映画ファンからも手厳しい声が上がっています。
とはいえ海外作品を含め既存の作品から影響を受け、マッシュアップして新たなものを創作するのは、いずれの分野でも行われていること。特にジャンル映画では当然の行為です。
むしろマーベル映画、それに類するSF大作映画の影響を受けつつも、作品に色濃く残ったロシア的なものに注目した方が、映画の観方としては面白いでしょう。
「やや荒んだ未来の社会」を描くと、ソビエト製SF風刺コメディ映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)を思い出させる描写が、画面に現れるから不思議です。そして主人公たちのユニフォームが中世ロシア騎士の代名詞「鎖帷子(チェーンメイル)」に似ているのはご愛敬。
また線の細い美少女系のヒロインと、逞しいパワフルなお姉さんが対になるように登場するのも、これまたロシア的趣味と紹介して良いはずです。
まとめ
参考映像:『スター・ファイター』(1984)
SF大作として、またロシア映画のSFX技術の水準の高さを見せた映画として、興味深い『コスモボール COSMOBALL』。綿密に描かれた独自感ある未来世界の映像に注目してみて下さい。
一方で未知のヒーローを必死に、慌ただしく紹介した映画との感も否めません。それでも原作の無い企画を立ち上げ、多くの時間と予算をかけ本作を完成させたロシア映画界の力量には注目すべきです。
スポーツやゲームが、そのまま世界を救う宇宙空間での戦いになるというお話は、『スター・ファイター』(1984)以来数多く作られています。
『スター・ファイター』は映画に本格的にCGを取り入れた、初期の作品としても有名です。SF映画の歴史の中で、本作のテーマ的・SFX技術的位置づけを考えるのも良いでしょう。
ですが、やはりイチ推しは間違いなくアマゾニアンの女性たち。強くて逞しく、ともかく大きな存在です。『妖怪巨大女』(1958)や『モンスターVSエイリアン』(2009)など、大きなおネエさんが好きな人にはタマらない、と約束しましょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第18回は、殺人事件の容疑者となった認知症の母を救うために弁護士となった娘が見つけ出す、事件の背後にあった真実とは……韓国のミステリーサスペンス映画『潔白』を紹介します。お楽しみに。
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