連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第48回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第48回で紹介するのは、大人の世界を垣間見る、多感な少女を描いた映画『わがままなヴァカンス』。
カンヌ国際映画祭批評家週間で上映された、『美しき棘』(2010)でデビューを飾り、ナタリー・ポートマンとリリー=ローズ・デップが主演した映画『プラネタリウム』を監督した、レベッカ・ズロトブスキ。
女性ならではの視点で、様々な女性像を描いてきた監督が、スキャンダラスな事件で世間を騒がせ、それをバネに成功した女性を起用して描いた問題作です。
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CONTENTS
映画『わがままなヴァカンス』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス映画)
【原題】
Une fille facile / An Easy Girl
【監督・脚本】
レベッカ・ズロトブスキ
【キャスト】
ミナ・ファリド、ザヒア・ドゥハール、ブノワ・マジメル、ヌーノ・ロペス、クロチルド・クロー
【作品概要】
カンヌで母と暮らす16歳の少女ネイマ。彼女は男を魅了し、自由奔放に生きる従妹ソフィアと出会い、大人の刺激的な世界と出会ったひと夏を描く青春ドラマ。
主演は本作が映画デビューとなり、その演技でリュミエール有望女優賞のノミネートされたミナ・ファリド。そして元高級コールガールで、現在はランジェリーデザイナーやモデルとして活躍するザヒア・ドゥハールが、そのボディを惜しげもなく晒しています。
2人の若き女優の相手を、『ピアニスト』(2001)や江戸川乱歩原作の『陰獣』(2008)、「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品『ハイエナたちの報酬 絶望の一夜』(2017)のブノワ・マジメル、『甘い嘘』(1999)や『パリ、恋人たちの影』(2015)、『パリの家族たち』(2018)のクロチルド・クローが務める作品です。
映画『わがままなヴァカンス』のあらすじとネタバレ
人生でもっとも重要な事柄は、職業の選択だが、それを左右するのは偶然だ。フランスの哲学者パスカルの言葉と、陽光輝く美しい海で、トップレスの姿をさらす女ソフィア(ザヒア・ドゥハール)の姿を紹介して、この映画は始まります。
6月。少女ネイマ(ミナ・ファリド)は、学校で友人たちに16歳の誕生日を祝ってもらいます。彼らはネイマに、集めた金をプレゼントしました。そして親友である、女性的な物腰の男子学生ドドと、浜辺で親し気に語り合うネイマ。
ネイマとドドは舞台に立つために、2人でオーデションを受け合格することを目指していました。ドドはネイマに、セリフを覚えているか尋ねます。
彼女が自宅のアパートに戻ると、親しい従妹のネイマがシャワーを浴びていました。彼女の腰には、”Carpe Diem”(今を楽しめ)の文字のタトゥーが入っていました。
この夏ソフィアは母を亡くし、パリを離れネイマの住むカンヌを訪れていました。22歳の大人びた彼女の姿は、ネイマには以前と別人のように見えます。
家で誕生日を家族や友人と祝った後に、ネイマはソファアとドドと共に、夜の街のクラブへと繰り出しました。
賑やかな店で3人は楽しみますが、ソフィアは男たちの席に移動していきます。しかし今のネイマには、気の許せる友人ドドがいれば充分でした。
ネイマが目を覚ました時、ホテルのハウスキーパーとして働く母は、身支を整え出勤の準備をしています。
ネイマはソフィアから誕生日プレゼントとして、シャネルのバックを渡されて喜びます。お揃いのバックを手に、観光客であふれる街にくり出す2人。
浜場で水着姿で横たわる2人の前の海に、豪華なプレジャーボートが停泊します。ボートの男は2人に目を留めたようでした。
岩場でウニを獲っていた2人の男が、彼女たちに近づき声をかけてきます。男たちにトップレス姿を晒し、挑発的な態度を見せるソフィア。それは実は、ボートの男に見せる行為かもしれません。
ボートは動き出し、彼女たちも荷物をまとめ去って行きます。声をかけてきた男たちは取り残され、怒って侮辱的な言葉を浴びせます。ネイマは言い返しますが、ソフィアは気にも留めず歩きます。
ネイマに対し愛に興味は無い、刺激と冒険が欲しいだけと言い、待たずに自分から行動するの、とアドバイスするソフィア。
先程のボートは港に停泊します。多くの乗務員を抱えた船には、気ままにギターを弾き語るアンドレ(ヌーノ・ロペス)と、気難しそうな顔のフィリップ(ブノワ・マジメル)が乗っています。
売り物である、高価なアンティークの象限儀(航海用の天体観測の道具。四分儀)を手に語り合う2人。するとアンドレは、道を歩くソフィアとネイマに気付きます。ソフィアは彼に視線を送っているようでした。
フィリップを連れクラブに入ったアンドレ。店内にはネイマやドド、そしてカラオケを歌うソフィアの姿があります。
アンドレはソフィアと、そしてネイマとトドを自分のプレジャーボート、winning streak(連勝)号に誘います。アンドレに付き従い船に向かうフィリップ。
マン島の旗を掲げたボートの乗員は、丁重に主人を迎えますが、ネイマやトドたちには固い表情を見せました。ソフィアにドドは邪魔者なようでした。
世慣れた調子で、アンドレと言葉を交わすソフィア。その媚びるような態度が、ドドには気に入らない様子です。しかし周囲構わず、どんどん接近するソフィアとアンドレ。
すると船の外から、ドドの友人たちが声をかけてきます。雰囲気を壊されたと気分を害したソフィアから、邪魔者扱いされたドドはネイマを誘い、共に船を降りようとします。
しかしネイマは迷った末、船に残ることを選びました。ドドは1人で去っていきます。
アンドレと共に船室に入るソフィアを、乗員はまたか、といった表情で見つめます。キャビンに残されソファーに横になったネイマに、フィリップは固い表情で毛布をかけました。
ドドからの電話を無視したネイマは、奥の船室に向かい、ソフィアとアンドレが何をしているのかを目撃します。彼女に気付いても、ベットの上で絡み合う行為を止めないソフィア。
ショックを受けた彼女は、ソファーに戻って横になります。フィリップも自室のベットで、1人横になっていました。眠りについたネイマは浜辺で際どい姿で、ウニを手にしたソフィアの姿を夢に見ます。
ネイマが目覚めた時、乗務員が忙しく働いていました。彼女はソフィアに促されて船を降ります。2人はカフェで朝食をとりますが、2人とも金を持っていません。
すると男に払わせると言い出したソフィア。その言葉に腹を立て、ネイマは1人席を立って家に戻ります。しかし職場に向かう母の姿を見かけ、思わず姿を隠します。
母はホテルの客に丁重に挨拶していました。そのホテルの厨房のロッカー室に入り、財布から金を取り出すネイマ。
そんな彼女に料理長は、この夏の忙しいシーズンに、また働けるかと訊ねますが、ネイマはオーディションで忙しいと断りました。
ネイマはソフィアのいるカフェに戻り、支払いを済ませます。そんな彼女に、昨日のことを怒っていないか訊ねたソフィア。
そうではない、と答えたネイマを、彼女はブランドショップに連れていきます。そしてネイマが好みの腕時計を選ぶと、それより高い物を買い与えたソフィア。彼女はアンドレから与えられたカードで支払いを済ませました。
家に戻ったネイマの腕には、新しい腕時計が輝いていました。ベランダから上昇する飛行機を見たソフィアは、思わず飛行機の事故なら一瞬で死ねる、と口にします。
それは苦しんだり、怖がったりする時間の無い理想的な死だ、と口にするソフィア。母の死の経験が、彼女にそれを言わせたのでしょうか。思わずソフィアの手に触れるネイマ。
出かけよう、と誘うネイマに、今日は1人で行ってとソフィアは告げました。
花火が上がる夜、港を歩いているネイマは、winning streak号の前で、ドドに声をかけられます。2人は語り合った後、彼女の望みでタトゥーショップに入ります。
誕生日に友人からもらった金で、タトゥーを入れるというネイマ。その金をパリ行きに使うと思っていたドドは驚きます。彼女はソフィアと同じ場所に、”今を楽しめ”の文字を入れます。
家に戻ったネイマは、眠っていたソフィアを起こし、入れたばかりのタトゥーを見せました。
翌朝、ネイマを起こした母は、娘の腕に高価な時計を見つけますが、ネイマはそれを隠します。
この夏、ホテルで働くかと母に尋ねられたネイマは否定し、ソフィアの自由な生き方への憧れを口にしました。そんな娘に対し母は、自由は働くより疲れる、だから彼女は疲れ切っていると諭しました。
ネイマはソフィアと浜辺で遊び、映画館で一緒に『マーダーズ』を見るなど、楽しく夏を過ごします。その一方でネイマに、男を焦らす方法や、化粧など美しく見せる手ほどきを教えてゆくソフィア。
彼女に勧められ、買い与えられた高い腕時計を返品すると、その金額で様々なブランド品を手に入れたネイマ。2人はすっかり意気投合しています。
そんなある日、彼女たちはアンドレから会食に誘われます。その場所は母が働くホテルの、ネイマがアルバイト務めをしたレストランだったのです。
映画『わがままなヴァカンス』の感想と評価
参考映像:『ビッチ・ホリデイ』(2018)
ひと夏の体験、と言えばエロチック映画定番の設定。この映画もそのものズバリで、背伸びした少女の目を通して、大人たちの赤裸々な世界を描いた作品です。
劇中では自分の肉体を武器に、金や豪華な生活を得ようとする女が登場しますが、当然そんな映画を、女性蔑視と批判する意見も出るでしょう。
そういった意見の中に、知ってか知らずかそんな生き方や職業を選んだ女性に対する、軽蔑や賤業意識が存在する場合もある、と指摘される事例もあります。人の考えや営み、置かれた状況は千差万別、一つの価値観に収まるものではありません。
本作同様、体を武器に物質的充足を得る女のひと夏の姿を、より過激に、よリシビアに描いた映画に、「未体験ゾーンの映画たち2019」で上映された『ビッチ・ホリデイ』があります。
そして『わがままなヴァカンス』と『ビッチ・ホリデイ』は、共に女性監督によって描かれた、問題提起のある作品としても共通しています。
女性のために闘う監督の洞察力
本作をいわゆるエロ映画、セクスプロイテーション映画と思う方には意外かもしれませんが、監督のレベッカ・ズロトブスキは、フランス映画界で長らく性差別と闘ってきた人物です。
そしてアメリカで#MeToo運動が起きた後、フランス映画界でも性差別への抗議と、女性に対等な活躍の機会を求める運動が起き、”Le collectif 50/50″という団体が誕生します。その中心人物の1人がズロトブスキ監督でした。
そんな彼女が映画祭で有名なカンヌを舞台にして、いかにも男性視点の映画を撮ったことには様々な意味があります。1つには女性を商品化してきた、従来の映画などの文化に対する、皮肉や批判がありました。
その一方でむしろSNS時代となった現代こそ、若い女性たちがInstagramなどで享楽的な自身の姿を発信し、安易に物質的な成功を満たそうとする傾向が、むしろ過去より強まっている現状への風刺も含まれています。
監督と、出演したザヒア・ドゥハールがつながったのもInstagramでした。そして彼女と対照的な主人公を用意します。
それが平凡な女の子でありながら、16歳にして大人の世界をかいま見てしまうネイマです。この人物を演じたミナ・ファリドを、オーディションで発掘したのも監督の功績でした。
監督はこの主人公を通し、作品をセクスプロイテーション映画ではなく、今を生きる女性の大人への成長物語にしたかった、と述べています。
お騒がせ人物を起用した意味
この映画はフランスの観客にとって、ストーリー以上のスキャンダラス性を持った作品である、と受け取られています。
ソフィアを演じたザヒア・ドゥハールの名前は、サッカーに詳しい方こそ知っているかもしれません。16歳(映画のネイマと同じ年)で売春を始めた彼女は、2009年に客として出会った、フランス代表のサッカー選手と関係を持ちます。
これが表ざたになり、世間から注目を集めます。売春は合法のフランス(2016年には”買春”を禁じる法律が制定されています)でも、当時は未成年の買春は違法でした。報道は加熱し「ザヒア事件」と呼ばれる、一大スキャンダルに発展しました。
この事態に彼女は積極的にマスコミの取材に応じ、自分はプロの売春婦ではないと主張しつつ、自分の存在をアピールします。2010年頃、彼女の存在はフランスで、インターネット上のムーブメントとなります。
その話題性を武器に、彼女はモデルとして活躍するようになります。メディアへの露出が減ると、2012年には自分のランジェリーブランドを立ち上げ、今もセレブとして活躍しています。
彼女の過去の事件に関してズロトブスキ監督は、メディアに対して多くを語っていません。しかし撮影前に親交を持ち、彼女の存在が映画に登場するソフィアというキャラクターの創造に、大きな影響を与えたと話す監督。
映画に描かれたソフィアと言う人物を、ザヒア・ドゥハールという存在を通して見ると、また新たな一面が発見できませんか。
まとめ
若い女性が、危うい世界に触れる姿を描いた映画『わがままなヴァカンス』。
深掘りして紹介すると、何か難しい映画に思えたかもしれませんが、女性視線でスキャンダラスな存在、ザヒア・ドゥハールの裸身を捉えた映画としても堪能できます。
この映画の良心というべき役を演じたブノワ・マジメル。しかしその役柄は、女が肉体を武器に享楽的な生活を手に入れると非難するなら、一方で男は仕事などを通じて得た社会的地位で、それを得ているのだと指摘しています。
良心的に見える彼もまた、そんな生活にしがみつく存在であり、それを16歳の少女に悟らせる展開こそ、レベッカ・ズロトブスキ監督ならではの物語といえるでしょう。
主人公のネイマは、映画の中で自分の経験を通じ、自分の将来を選びました。世の中の様々な問題に対し、潮流に流されるよりも自身で考え、議論し、自分の意見を持つことを良しとする、フランス人的な気質を描いた映画とも言えるでしょう。
そして映画に登場した登場人物の姿は、冒頭で紹介された哲学者パスカルの言葉を通して振り返ると、また別の意味を持って来るのです。
ところで映画好きな人種には、本作に登場するような金持ちになびく女は、はなっから大嫌い!という方もいるのではないでしょうか。
いやいや、それは間違いです。この作品は、一緒に映画館でパスカル・ロジェ監督の拷問スプラッター映画、『マーダーズ』(2008)を喜んで見る、22歳と16歳の女の子を描いた映画です。
B級映画、ホラー映画ファンを自認する方こそ、そんな女の子に遭遇したら迷わず声かけるべきではないでしょうか。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第49回はモロッコを舞台に、魔物の恐怖を描くホラー映画『ドント・イット THE END』を紹介いたします。お楽しみに。
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