映画『ラスト・ダンス』は第37回東京国際映画祭・ワールド・フォーカス部門で上映!
香港の人気コメディアンのダヨ・ウォンと、日本で一世を風靡した「Mr.Boo!」シリーズ(1979~85)の往年の大スター、マイケル・ホイ共演による『ラスト・ダンス』が、第37回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映されました。
去る10月30日の2回目の公式上映後、監督・脚本のアンセルム・チャン、出演俳優のダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ならびにミシェール・ワイが参加して行われたQ&Aの模様を、作品レビューと併せてレポートします。
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映画『ラスト・ダンス』の作品情報
【日本上映】
2024年(香港映画)
【原題】
破.地獄(英題:The Last Dance)
【製作・監督・脚本】
アンセルム・チャン
【共同製作】
ジェイソン・シウ、チャン・センヤン
【共同脚本】
チェン・ワイケイ
【編集】
ウィリアム・チャン、カラン・パン
【キャスト】
ダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ミシェール・ワイ、キャサリン・チャウ、チュー・パクホン
【作品概要】
香港の映画・テレビ業界で脚本家として名を馳せたアンセルム・チャン監督の第3作。香港の葬儀業界をテーマに、チャン自ら脚本も担当。
人気コメディアンとして『毒舌弁護人 正義への戦い』(2023)などに出演したダヨ・ウォンと、「Mr.Boo!」シリーズ(1979~85)のマイケル・ホイが『マジック・タッチ』(1991)以来の共演。『ザ・スリープ・カース』(2019)のミシェール・ワイが脇を固めます。
2024年の第37回東京国際映画祭において、ワールド・フォーカス部門上映されました。
映画『ラスト・ダンス』のあらすじ
コロナパンデミックにより会社を畳んだウェディング・プランナーのドウサンは、交際中の恋人のツテを通じて、葬儀社に転職することに。
最初は見解の違いから、道教式の葬儀師を勤めるマンとしばしば衝突するドウサン。しかしながら、やがて仕事を通して、生と死の意味を理解するようになっていきます。
そんな中、マンの娘ユッと彼女の兄ジビンを含めた家族問題が生じ……。
映画『ラスト・ダンス』の感想と評価
本作『ラスト・ダンス』は、これまであまり映画で描かれたことのない香港の葬儀業界を扱っています。
香港では仏教形式、キリスト教形式のほかに道教形式で葬儀を執り行うのが一般的とされています。
道教の葬儀では、献花や食物を供えて鐘を鳴らしたり、天国で暮らせる家や故人に所縁のある物を紙で作って焚き火で燃やすことで、その霊を弔います。
なかでも一番の特徴と言えるのが、道士と呼ばれる葬儀師の存在。道士と聞いて『霊幻道士』(1985)で妖怪のキョンシー(殭屍)を退治する人物を連想する方もいるでしょうが、道士とは本来、道教の教義に則って宗教活動をする者を指します。
葬儀における道士は、かいつまんで言うと故人が誤って閻魔様によって地獄に落ちないように天国へと誘う役を担っており、原題でもある「破.地獄」と呼ばれる9枚の煉瓦を割り、位牌を抱えて火=地獄を飛び越える儀式を執り行います。
コロナ禍がきっかけで葬儀社に転職した本作の主人公ドウサンは、前職のウェディング・プランナーの経験を活かして葬儀に斬新かつ目立つ演出を施したり、遺灰を混入したアクセサリーを作成するなどの経営プランを打ち出します。
しかし、伝統ある道教方式の葬儀を重んじる葬儀社オーナーで道士のマンとは当然ながら衝突。さらにマンは、後継者にあたる息子のジビンを認めようとはせず、救命士をしている娘のユッには「女性は穢れた存在」だとして、安易に接触させるのを許しません。
旧態依然な考え方を、仕事のみならず家族にも押し通すマン。特に「女性は道士にはなれない」というしきたりは、ダイバーシティが叫ばれる昨今のモラルでは受け入れがたいものがあるでしょう。
一方、50代という年齢にさしかかったことで、恋人との将来に不安を抱えていたドウサンもまた、予期せぬ事態と直面します。
対極な位置にいたドウサンとマンが、“死”というキーワードをきっかけに邂逅し、そこから生じる化学変化が大きな見どころと言えます。
映画『ラスト・ダンス』Q&Aイベントレポート
10月30日に2回目の公式上映となった『ラスト・ダンス』。冒頭の挨拶で、「『ラスト・ダンス』は(日本映画の)『おくりびと』です」というダヨ・ウォンの日本語スピーチで会場が和んだところで、イベントがスタート。
「本作を撮ろうと思ったきっかけは?」と質問されたアンセルム・チャン監督は、「コロナ禍で亡くなった人の葬儀に参加し、気分が落ち込んだ時に脚本を書きました。人間は死を受け入れるしかない。限りのある生きている時間を、周りの人のために役立ててほしいという思いを込めて、この映画を作りました」と回答。
「役を演じるにあたり工夫や勉強したことは?」というキャスト陣への質問には、「死化粧や死装束の作法や、葬儀にかかる費用はどれぐらいかをしっかり勉強しましたよ」(ダヨ)、「シリアスな頑固親父の役でしたが、私とは正反対の性格なので、しっかり考えながら役作りしました」(マイケル)、「救命士役でしたので、救急措置の方法を学びました」(ミシェール)とそれぞれ回答。
「小さい時から『破.地獄』の儀式を見てきましたが、なぜ道士が9枚の煉瓦を割るのか分かりませんでした。地獄には9層あり、それらを煉瓦に見立てて剣で破壊することで天国へ行くことができると、この映画の撮影で初めて知りました」(ミシェール)と、キャスト自身も発見があったようです。
Q&A中で印象的だったのは、ダヨのサービス精神。「(葬儀シーンを監修した)顧問の方によると、土葬した遺体の骨から漂う悪臭は日本の京都まで届くらしいね」と裏話(?)を披露した一方で、熱く語るチャン監督のスピーチを懸命にメモする通訳スタッフを見かねて、「スピーチが長すぎるよ…」とジェスチャーするなど、スタンダップコメディアン出身らしく、常に観客を楽しませたいという気遣いを感じました。
「お化けの類は苦手なので、そのあたりのリサーチはしませんでした」と語ったマイケル・ホイは、近年はシリアス演技で映画賞を獲得するなど、80代になっても第一線で活躍中。本作での堅物で頑固な演技は、彼の新たな一面となるはずです。
まとめ
「『破.地獄』の儀式は香港の文化遺産でもありますが、(道士の動きは)踊っているようにも見えます。だから英語タイトルを『ラスト・ダンス』にしました」と語ったチャン監督。クライマックスである人物が執り行う「破.地獄」は、タイトル通りの“ラスト・ダンス”となっています。
一口に葬儀といっても、宗教によって作法は異なりますし、考え方もさまざま。ただ確実に言えるのは、死は人の命を持ち去る一方で、生者に与えるものもあるということ。
死生観を考え直す機会を与えてくれる作品として、日本での一般公開に期待したいところです。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)