サスペンスの神様の鼓動53
強姦罪により14年獄中にいた男が、出所したと同時に、自身を担当した弁護士へ復讐を開始する、1991年公開のスリラー『ケープ・フィアー』。
1962年の映画『恐怖の岬』のリメイクに、『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)『沈黙サイレンス』(2016)等、数々の名作を手掛けて来た巨匠、マーティン・スコセッシが挑んでいます。
弁護士一家を追い詰める、異常な男マックス・ケイディを演じる、ロバート・デ・ニーロは、これまで『タクシードライバー』(1976)『キング・オブ・コメディ』(1982)『アイリッシュマン』(2019)等の作品で、スコセッシと8度のタッグを組んでいます。
マックスと対峙する、弁護士のサム・ボーデンを、「48時間」シリーズの、ニック・ノルティが演じています。
逆恨みを受け、マックスに狙われるサムは、悲劇としか言いようがありませんが、実はサムもいろいろ隠している、なかなかの曲者です。
完全に下に見ていたマックスに、じわじわと追い詰められる恐怖が印象的な、本作の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『ケープ・フィアー』のあらすじ
勝つ為なら手段を選ばない、弁護士のサム・ボーデン。
サムは妻のレイ、娘のダニエルと幸せな家庭を築いていました。ですが、浮気癖があり、弁護士事務所の後輩ローリーと不倫関係にあります。
ある時、サムが家族で映画館へ出掛けると、前の席を陣取り、上映中に葉巻を吸う不愉快な男に遭遇します。
数日後、その男は再びサムの前に姿を現します。男の名はマックス・ケイディ。かつてサムが裁判を担当したレイプ犯で、裁判に負け14年の刑期を受けていました。
刑期を終え出所したマックスですが、サムが「自分の弁護に失敗した」と思い込み、恨みを抱いている様子でした。
その夜、サムの自宅の塀に、マックスが姿を現します。サムは警戒しますが、マックスはすぐに姿を消したようでした。
さらに数日後、サムが自宅で飼っている愛犬が、何者かによって殺されてしまいます。「マックスが自分を狙っている」と恐怖を感じ始めたサム。
実はマックスを弁護した際、被害者の女性には「乱交癖」がありましたが、裁判が長引く可能性を考え、サムはその事実を握りつぶしていました。
さらに、14年前は文字も読めなかったはずのマックスが、サムの弁護に不満を感じ、法律を学び自分で弁護を始めていた事実を知り、サムは不気味さを感じます。
サムは警察に頼み、マックスを「住居侵入」と愛犬殺害の容疑で拘束させますが、決定的な証拠が無い為、マックスは釈放されます。
マックスに、イラつきを感じ始めたサム。気分転換で見に行った、独立記念日のパレードで、サムは姿を見せたマックスに殴りかかります。
しかし周囲の人間からすると、異常なのは、いきなりマックスを殴ったサムの方で、周囲から批判を浴びて、サムは逃げるように、その場を立ち去ります。
その夜、ローリーに近付いたマックスは、ローリーをベッドに縛り付け、暴行を加えます。
連絡を受けて病院に向かったサム。ですが、ローリーはマックスに怯えており、真実を語ろうとはしません。更に今回の件で、ローリーとサムの関係がレイにバレてしまい、家族の間に不穏な空気が流れるようになります。
サスペンスを構築する要素①「頭脳明晰な怪物マックスの恐怖」
14年前に収監されたレイプ犯マックスが、自身の弁護に失敗したサムへの恨みを晴らす為、復讐を開始するスリラー『ケープ・フィアー』。
本作最大の恐怖は、復讐に燃えるレイプ犯、マックスの存在感です。
映画の冒頭で、体中にタトゥーを入れたマックスが、刑務所で身体を鍛えている場面から始まるのですが、凄まじい数のタトゥーと、恐ろしいまでに鍛え上げた肉体という見た目から、マックスが「普通の人間ではない」ことが分かります。
その後、映画館に現れたマックスは、映画館の前列を陣取り、葉巻をふかしながら、高笑いをするという、とてつもなく迷惑な行動にでており、14年の刑務所暮らしで、何も反省していないことが分かります。
そして、サムの前に現れたマックスは、態度こそフレンドリーですが、明確に「復讐する意思」を見せて来ます。
14年の刑務所暮らしで、反省も何もしておらず、全身タトゥーだらけの、強靭な肉体を持つマックスに付きまとわれるだけでも、サムはたまったものではありません。
さらに、マックスは14年前は読み書きすらできなかったのですが、刑務所の中で独学で勉強し、幅広い知識を身に着けています。
自分が弁護士になり、裁判を再度行ったり、サムの娘で、文学好きのダニエルに、文学の奥深さを説いて心を掴むのですから、マックスはかなり頭脳明晰であると言えます。
法律を熟知したマックスは、サムを揺さぶる行動を取りながらも、決定的な犯罪は行いません。
腕力ではなく、知能でじわじわとサムを追い詰めるマックス。
マックス役のロバート・デ・ニーロは、徹底した役作りで知られますが、レイプ犯マックスを、不気味な魅力全開で演じています。
サスペンスを構築する要素②「法律で戦えないサムの焦り」
レイプ犯マックスから、家族を守る弁護士のサム。
サムは、マックスに何かしらの犯罪を立証させ、さっさと刑務所に戻そうとします。
ですが、前述したように、法律も熟知しているマックスの行動は、犯罪として決定的なものになりません。
普通の映画なら、異常な犯罪者マックスに狙われるサムに、観客は感情移入するでしょう。
ですが、本作の主人公であるサムは、裁判に勝つ為なら手段を選ばないばかりか、浮気癖もあり、それを平気でごまかそうとする、結構どうしようもない人間です。
マックスの罠に次々にハマるサムは、その短期で強引な性格が仇ともなっています。
法律では勝ち目がなく、裏世界の力を借りるサムですが、荒っぽいやり方は、もともとマックスの方が上。
頭脳でも力でもマックスに勝てず、次第にどんどん深みにハマっていくというのが、中盤の展開となります。
サスペンスを構築する要素③「お互いの信念がぶつかる『死の渓谷』での戦い」
法律を利用し、じわじわとサムを追い詰めるマックスですが、サムの愛人であるローリーに暴行を加えるなど、危険な本性を少しづつ見せて来ます。
マックスの異常性が爆発するのが、クライマックスでの「ケープ・フィアー」での戦いです。
サムの家族をいたぶり、恐怖を与え、自身の復讐を果たそうとするマックス。
ですが、サムは家族を守る為に、勝ち目の無いマックスに何度も立ち向かいます。
マックスの「復讐心」とサムの「家族を守る心」。
お互いの信念がぶつかり合う展開となりますが、ここで注目したいのは、マックスがいきなり始める、1人裁判です。
マックスは一方的にサムを断罪しようとし、聖書から、さまざまな言葉を引用します。
ですが、それらの全ては自分に都合の良い言葉、解釈ばかりです。
読み書きもできなかったマックスは、独学で学び、幅広い知識を身に着けました。
おそらく、もともと高い知能を持っているのでしょうが、結局その知識は、自分を正当化させる為にしか、使われていなかったのです。
クライマックスの1人裁判を通し、多くの人が、マックスの底の浅さを感じるでしょう。
生半可に知識が広いだけに、逆に手に負えないですね。
そういう意味でもマックスは恐ろしい男で『ケープ・フィアー』という映画は、終始マックスの恐怖で、支配されているような作品です。
映画『ケープ・フィアー』まとめ
サムとマックスの2人により展開される『ケープ・フィアー』ですが、中盤に登場する私立探偵のカーセクが、個人的に好きなキャラクターなので、紹介させて下さい。
カーセクは、元警官のようで、闇の世界にも精通している男です。
サムは「会った瞬間に安心した、頼りになる男」と言っていますが、実際にはマックスの尾行に失敗し、逆切れを起こしてマックスを脅し、更には「腕っぷしが強い連中を雇って、やってしまいましょう」と、危険な提案を平気でする、能力的には微妙な男です。
ですが、サムと家族を守る為に、部屋に罠を張り、少しの違和感も見逃さないように、拳銃を片手に一睡もせずに見張りを行う姿は、なかなかカッコいいです。
ですが、侵入して来たマックスに気付かず、簡単に殺されてしまうカーセク。
何か本当に残念としか言いようがないですが、どこが愛らしいキャラクターです。
『ケープ・フィアー』は中盤以降、マックスの罠にどんどんハマるサムの焦りが前面に出て、緊迫した展開が続きます。
ですが、このカーセクとサムのやりとりは、どこか噛み合わずユーモラスで、作品全体の緩和になっているので、これからご覧になる方は、そこも注目してください。