サスペンスの神様の鼓動40
マイホームを夢見る若いカップルが、ある住宅街を訪れた事から始まる恐怖を描いた映画『ビバリウム』。
住宅街から脱出できなくなったカップルが、さらに正体不明の赤ん坊を育てる事になり、精神的に追い込まれていく、新感覚のラビリンス・スリラーです。
ホラーの帝王としても知られるスティーヴン・キングも絶賛した本作は、2021年3月12日より全国公開となります。
新居を持つ夢を描いていた若いカップルのトムとジェマが、怪しげな男に案内され、辿り着いた住宅街から脱出できなくなる恐怖を描いた映画『ビバリウム』。
第72回カンヌ映画祭で上映され、その内容に観客が騒然となり、高く評価された事でも話題になりました。
主人公のトムを演じるジェシー・アイゼンバーグは、「ゾンビランド」シリーズでブレイクし『ソーシャル・ネットワーク』(2010)でアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などの、数々の賞レースで主演男優賞にノミネートされた実力派です。
トムの恋人、ジェマを演じるイモージェン・プーツは、『28週後…』(2007)に出演以降、『グリーンルーム』(2015)などの演技が高く評価されている注目の女優です。
監督は、これまで短編映画やミュージックビデオ、CMなどの映像作品に携わり、本作『ビバリウム』で世界的に高い評価を得たロルカン・フィネガン。
CONTENTS
映画『ビバリウム』のあらすじ
新居を探している若いカップルのトムとジェマ。
ある日、何気なく足を踏み入れた不動産屋で「Yonder」という住宅街を紹介されます。
不動産屋の怪しげな雰囲気や、緑色の同じ建物が立ち並ぶ「Yonder」の不気味さから、トムは住宅見学を拒もうとしますが、ジェマに半ば強引に付き合わされます。
不動産屋の男に案内され、2人は「Yonder」内にある「9番」の住宅を見学しますが、住居内に既に男の子の部屋が用意されていました。
トムとジェマは、流石に気味が悪くなり、帰ろうとしますが、不動産屋の男が姿を消してしまいます。
「Yonder」内を車で走り回り、出口を探すトムとジェマですが、どんなに走り回っても必ず「9番」の住宅に戻って来ます。
さらに住宅の前に、何者かが生活に必要な食料や道具を置いて行っていました。
この状況に怒りを感じたトムは「9番」の住宅を燃やし、トムとジェマは燃える家を眺めながら眠ります。
数時間後、トムとジェマが目を覚ますと、燃えていたはずの住居が元に戻っており、謎の箱が残されていました。
箱を開けると、中には赤ん坊が入っており「この子を育てれば開放する」とメッセージが。
他に「Yonder」から抜け出す方法が無いトムとジェマは、仕方なく赤ん坊を育て始めますが、赤ん坊は凄い速さで成長していきます。
さらに「地中に何かある」と考えたトムは、庭に巨大な穴を掘り始めました。ジェマは、子どもと向き合おうとしますが、人間ではない存在が受け入れられず苦しみます。
住宅街での、悪夢のような生活が始まったトムとジェマ。
2人を最後に待ち受けている運命は?
サスペンスを構築する要素①「脱出不可能な住宅街」
マイホームを持つ事が夢だった若いカップルが、不気味な住宅街に足を踏み入れた事から始まる、悪夢のような出来事を描いた映画『ビバリウム』。
本作は、マイホームの見学に訪れたトムとジェマが、住宅街に閉じ込められる所から物語が始まります。
「Yonder」と名付けられたこの住宅街は、同じ緑色の住宅がどこまでも並ぶ、無機質で全く生活感の無い場所です。
脱出を試みたトムが、住宅の屋根に登り「Yonder」の全体を眺める場面があるのですが、緑色の住宅が地平線の彼方まで無限に並ぶんでいるという、出口が見えず、絶望しか感じない光景となっています。
上空には、絵に描いたような同じ形の雲が無数に流れており、無限に並ぶ緑色の住宅街の光景と相まって、絵画のような、それも騙し絵の世界にいるような錯覚に陥ります。
さらにこの住宅街は、どこに逃げても必ず同じ場所に戻って来るうえに、トムとジェマ以外の住人も存在しないようです。
脱出不可能な住宅街「Yonder」の描写は非常に悪趣味で、何とも言えない不安な気持ちになっていきます。
サスペンスを構築する要素②「託された不気味な子ども」
住宅街「Yonder」から、脱出が不可能となったトムとジェマ。
では、この「Yonder」の目的は何なのかと言うと、映画のタイトルである『ビバリウム』から読み解けます。
ビバリウムは「生き物の住む環境を再現した空間」という意味があり、現在は、爬虫類や両生類の棲む環境を再現した、ケージの事を表す言葉として使われています。
『ビバリウム』とは、作中の住宅街「Yonder」の事です。
この「生き物の住む環境を再現した空間」の中で、トムとジェマは、いきなり託された赤ん坊を育てる事になります。
この赤ん坊を育てれば「Yonder」から解放されると信じ、2人は赤ん坊を育て始めます。
育て始めて98日後に、赤ん坊は7歳ぐらいまで急速な成長を見せますが、この成長した男の子が不気味なうえに、全く可愛くありません。
24時間トムとジェマを監視し、2人の言動を真似して、空腹になれば耳障りな奇声を発します。
明らかに人間ではないこの存在を、とにかく育てないといけないトムとジェマですが、この不気味な存在を育てる為だけに日々を過ごし、謎の存在から与えられる、味のしない食料を食べ続け、生かされ続けている毎日を送ります。
この辺りは、作中のトムとジェマ同様、鑑賞している側も精神的に疲弊してくる描写となっています。
脱出や戦いを挑むのではなく、正体不明の存在を育て続けるという異質な展開が、本作の持ち味となっています。
サスペンスを構築する要素③「解放の時は訪れるのか?」
正体不明の存在を育て続けるトムとジェマ。
「Yonder」からの脱出を諦めたトムは、庭に深い穴を掘り続ける事に目的を見出すようになります。
地中深くまで掘り続けたトムは、ある事実を目の当たりにします。
一方のジェマは、正体不明の存在を育て続けますが、約束された「解放の時」は訪れるのでしょうか?
本作のラストは、人によってはブラックジョークのように感じる、風刺の利いた完成度の高い作品となっています。
映画『ビバリウム』まとめ
精神的に疲弊してくるような、異質な展開が持ち味の映画『ビバリウム』。
本作を語るうえで、重要なワードとなるのが「托卵」です。
「托卵」とは卵の世話を他の個体に托する動物の習性のことで、本作のオープニングでは、「托卵」の習性で有名なカッコウの雛が、自分より体が小さい親鳥からエサをもらい続ける、恐ろしい映像から始まります。
トムとジェマは、まさにカッコウを育てる親鳥のように、正体不明の存在を育てる事になるのですが、騙し絵のような風景の「Yonder」の中で、謎の存在を育て続けるトムとジェマからは、かなり異常な雰囲気が漂います。
トムは正体不明の存在を育てる事を放棄し、ジェマに育児を押し付け、自分の穴掘り作業に没頭します。
ジェマは、子どもに寄り添う姿勢を見せますが、明らかに人間ではない子どもの事が理解できません。
子育てを巡り口論するトムとジェマの姿は、マイホームを購入し、家族が増えた若い夫婦が直面する、子育てに関する問題を反映させているように見えます。
映画『ビバリウム』は、生活が裕福ではない、いわゆる一般層の抱える問題を、皮肉的に描いた作品です。
2人が育てている子どもの正体と目的は、実は最後までハッキリと明かされないのですが、ヒントになる不気味な描写は各所にあるので、いろいろ想像してみても面白いのではないでしょうか?
映画『ビバリウム』は2021年3月12日(金)より全国公開です。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに!