サスペンスの神様の鼓動36
こんにちは「Cinemarche」のシネマダイバー、金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介する作品は、正体不明の連続殺人犯に、はみ出し者の刑事と凶悪なヤクザの組長が挑む、バイオレンス・アクション『悪人伝』です。
アクション映画ではあるのですが、ゆっくりと殺人犯を追い詰めていく展開や、法律に関する重厚なテーマが込められた作品ですので、その魅力をご紹介します。
殺人犯に襲われた、ヤクザの組長ドンスと暴力刑事のチョンが、逃亡する殺人犯を追い詰めていくバイオレンス・アクション。
ドンス役を『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2019)で一躍人気になり、マーベル作品の『エターナルズ』で、ハリウッド進出が決まったマ・ドンソク。
チョン刑事を、舞台から映画まで幅広く活動し、多彩な役柄を演じ分ける事に定評があるキム・ムヨル。本作では、スタントも自らこなしています。
CONTENTS
映画『悪人伝』のあらすじ
韓国で多発している殺人事件を追いかけている、刑事のチョン・テソク。
チョンは、一連の事件が同一犯の犯行である事を確信していましたが、証拠も少ない事から、チョンの主張は警察署内で無視されます。
苛立ちを覚えていたチョンは、上司にも反抗的な態度を取っている為、署内でも問題視されていました。
ある時、殺人鬼の新たな犠牲者が出てしまいます。被害者は、チョンが目の敵にしているヤクザ組織の組長、チャン・ドンスでした。
ドンスは、1人で運転をしていた所を追突され、車から降りた時に、殺人鬼に刃物で刺されたのです。
屈強なドンスは、逆に刃物を奪い反撃に出ますが、殺人鬼は車に乗って逃亡、ドンスもその場で力尽き、病院に搬送されていました。
殺人鬼の顔を見たドンスに、チョンは協力を求めますが、ドンスもチョンを毛嫌いしている為、これを拒否します。
ドンスは独自に犯人の似顔絵を作成させ、子分に殺人鬼を探させます。
ドンスもチョンも、なかなか殺人鬼の有力な情報を掴めないでいたある時、長距離トラックの運転手が殺人鬼に襲われる事件が発生します。
殺人鬼は、犯行に使用した刃物を道路に投げ捨てていました。ドンスの部下は、殺人鬼が乗り捨てた車を入手します。
ですが、ドンスは似顔絵だけの捜索に限界を感じており、警察の科学捜査を利用する為、チョンに協力を申し出ます。
しかし、ドンスは「自分達が先に見つけた時は、こいつをバラバラにする」とチョンに宣言。チョンは殺人鬼に法の裁きを与える事を望んでいる為、ドンスより先に殺人鬼を探し出す必要が出てきます。
共通の目的の為、警察とヤクザという、常識では考えられない共同捜査が開始されます。
サスペンスを構築する要素➀「刑事とヤクザの非常識な共同捜査」
正体不明の殺人鬼を追う刑事と、殺人鬼の被害者となったヤクザの組長。
本来であれば、反発する関係でありながら、同じ目的の為に、異例とも言える共同捜査を張り、犯人を追い詰めていく展開が、本作最大の見どころとなります。
刑事と犯罪者が協力関係になる映画と言えば、1982年の映画『48時間』や、1991年の名作サスペンス映画『羊たちの沈黙』などがあります。
これらの作品は、刑事が犯罪者より上の立場として、関係性が描かれる事が多いのですが、『悪人伝』では刑事のチョンと、ヤクザの組長ドンスの立場は対等となっており、お互いがお互いを利用し合う関係となります。
どちらかというと、闇社会をのし上がってきたドンスの方が、無鉄砲に進むチョン刑事をコントロールしているように見えます。
本作の前半は、常識では考えられない、非常識な捜査を開始した、チョンとドンスの駆け引きが重点的に描かれており「お互いがお互いを信用できない」という状況が続きます。
サスペンスを構築する要素➁「何者でもない、正体不明の殺人鬼」
刑事とヤクザの非常識な共同捜査を描き、前半はチョンとドンスの主導権争いがストーリーの軸となる本作。
ですが、ストーリーが進むにつれて、チョンもドンスも同じタイプの人間である事が、観客に伝わるようになります。
チョンは、連続殺人鬼を追いかけるあまり、警察組織へ不満を持つようになり、上司に反抗的な態度で、独自に捜査を進めるようになります。
また、ドンスは同じ組織でも、筋を通さない者は許さず、命を奪う行動に出るなど、凶悪な部分がありますが、一般の人間には決して手を出さず、逆に優しさを見せるなど、一本筋の通った男です。
チョンもドンスも、自身に譲れない信念があるからこそ、組織の中で、はみ出し者になってしまっている現状は同じです。
2人共、立場は違えど不器用で、人間らしい部分は共通しているのです。そのチョンとドンスと、真逆にいる立場として描かれているのが、連続殺人鬼のギョンホです。
ギョンホは、作品前半で淡々と殺人を犯し、顔を目撃されても取り乱すどころか、笑顔を浮かべるなど、不気味な存在として描かれています。
ギョンホに関しては、「家族内で何かあった」としか明かされておらず、その素性は一切不明のキャラクターで、観客はギョンホを同じ人間とは思えない、怪物のような存在に感じるでしょう。
本作は、不器用で人間らしいチョンとドンスと、冷血で狡猾な殺人鬼ギョンホという、対極の存在による追走劇が見どころとなっていきます。
ギョンホはストーリーの序盤から顔を出して登場している為、本作は犯人捜しを楽しむ作品ではなく、まとまらない協力関係のチョンとドンスが、いかにしてギョンホに辿り着くか? という展開が中盤の軸となります。
チョンとドンスが、細かく情報を積み重ね、ギョンホに辿り着く展開はかなり見応えがありますよ。
サスペンスを構築する要素➂「正義の鉄槌か?闇の処刑か?」
チョンとドンスは、細かい情報を手繰り寄せ、繋ぎ合わせていく事で、本作の終盤で遂にギョンホを追い詰めます。
そして、これまで主導権を握られっぱなしだったチョンが、ドンスの裏をかき、ギョンホを逮捕します。
しかし『悪人伝』の本題はここからで、逮捕したギョンホが、証拠不十分の為に起訴を免れる可能性が出てきます。
狡猾な知能犯であるギョンホの前に、チョンが望む「正当な裁き」が下される可能性が低くなります。
観客は、取り調べでも勝ち誇った表情を浮かべるギョンホを見て「やはり、ドンスが処刑をするべきだった」と感じるでしょう。
しかし、チョンは裏技ともいえる取引をドンスに持ち掛け、ギョンホの犠牲者で、唯一の生き残りであるドンスを、法廷で証言させる事に成功します。
チョンがギョンホに望んだ刑罰は死刑で、結局はギョンホを私的に処刑しようとしたドンスと、結果としては変わりません。
しかし、そこへ「法の裁き」が加わる事で、我々は一時期の感情のみで命を奪う「動物」ではなく、秩序のある「人間」である事が証明されたように感じ、ここに本作のテーマが込められています。
刑事とヤクザのコンビは、人間に必要な「秩序」を問いかける為の、異色の設定だったのではないでしょうか?
映画『悪人伝』まとめ
本作は「刑事とヤクザの主導権争い」「殺人鬼との追走劇」「狡猾な殺人鬼との法廷での闘い」と、序盤、中盤、終盤で見どころが違う展開が繰り広げられ、かなり見応えのある作品です。
ただ、いろいろ詰め込み過ぎたのか、ストーリーの進行が早すぎるのと少し強引に感じる部分がありますが、そんな事は気にならないほど、エンターテイメントとして突き抜けている作品でもあります。
全ては、凶悪だけど優しい組長ドンスを演じた、マ・ドンソクの存在感にあります。
特にラストで、刑務所に収監されているギョンホを見つけた時の、恐ろしい笑顔を浮かべる場面は圧巻ですので、そこにも注目して下さい。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに!