連載コラム『サスペンスの神様の鼓動』第21回
こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ご紹介するのは、「口裂け女」をモチーフにした姉妹の愛憎劇『ゴーストマスク 傷』です。
CONTENTS
映画『ゴーストマスク 傷』のあらすじ
2年前に行方不明となった姉の美樹を探し、韓国に留学してきた寺川美優。
美しい見た目を持つ美優にとって、美樹は初めて自分の容姿を褒めてくれた、大事な存在で大好きな姉でした。
美樹の写真を持ち、ソウルで聞き込みを行う美優でしたが、全く手がかりが見つかりません。
美優が階段に座り途方に暮れていると、男に鞄を盗まれてしまいます。
美優は鞄を盗んだ男を追いかけますが、男に財布を盗まれて鞄を捨てられてしまいます。
捨てられた鞄を拾ったのは、女性美容整形外科医として、世界的に有名なハナでした。
ハナから鞄を受け取った美優は、お礼を言い立ち去りますが、鞄に入っていた絵葉書が落ちてしまい、再びハナが拾います。
次の日、ソウルで美樹の捜索を続けていた美優はハナと再会し、落とした絵葉書を渡されます。
そして、美優はハナに食事に誘われます。
美優は、ハナに韓国には行方不明になった姉の美樹を探しに来た事を説明します。
美優の話にハナは同情し、ハナの自宅に美優は招待されます。
ハナの自宅では、女性のヒョシンが同居していました。
ハナは美優をヒョシンに紹介し、一緒に夕食を食べます。
そこで、ハナに「何故、姉が失踪したのか?」と質問された美優は、辛い過去を思い出します。
美容整形外科医として働いていた美樹は、婚約者の柄澤トシオを美優に紹介します。
美樹は「妹は綺麗だけど、姉はダメなの」と自虐的に紹介しますが、トシオは「美樹ちゃんが一番だよ」と伝えます。
ですが、その日の帰り道には、トシオは美樹よりも美優に夢中になっている様子でした。
その後も、美優につきまとうようになったトシオ。
ですが、美樹は正式にトシオから、プロポーズを受けた事を美優に報告します。
美樹を祝福する美優ですが、トシオは変わらず美優につきまとっていました。
ある日、美優はトシオの車の中で無理やり唇を奪われてしまい、動揺して車から降りた所を、美樹に見られてしまいます。
その日を最後に美樹は失踪しますが、美優は姉から届けられた絵葉書を頼りに、韓国へ探しに来たのでした。
ハナの好意で泊めてもらった美優は、次の日にハナの家を訪ねてきた、ハナとヒョシンの友人のジウンとも仲良くなりますが、ヒョシンは面白くない様子でした。
その日の夜、美優はハナと2人でソウル中心部の屋台が並ぶ市場「広蔵市場」に出かけます。
ですが、自宅でハナの帰りを待っているヒョシンは、苛立ちをつのらせ、何度もハナに電話をします。
遅い時間になり帰宅した美優とハナ。
ですが、ヒョシンは怒りを爆発させ、部屋の奥に閉じこもります。
ヒョシンを追いかけ慰めるハナに、ヒョシンは言います。
「あの娘は、私から全てを奪っていく」
サスペンスを構築する要素①「別人になった美樹の行方」
日本の有名な都市伝説「口裂け女」をモチーフに、韓国を舞台に物語が展開する本作。
「口裂け女」の都市伝説は諸説ありますが「美容整形の失敗」「交通事故に遭った女性が、顔の手術に失敗した」など、整形に関わる伝説が多く、「美容整形先進国」とも呼ばれる韓国を舞台にしているのは、非常に合っていると感じます。
物語前半の主軸は、2年前に姿を消した姉の美樹を探す、妹の美優を中心に展開します。
前半は美樹を慕う美優の一途な気持ちが切なく、物悲しい展開が続きます。
ですが、本作は「父親に会いに行くも、会う事ができず泣きながら帰る」美樹の思い出や、車の中でお酒を飲みながら、悲しんでいるハナの映像から始まる為、観客は「あのシーンは、どこと繋がるんだ?」と常に疑問を感じ、ストーリーの中に引き込まれていきます。
そして、全てのシーンが繋がった時に、本作の物悲しい雰囲気は一変します。
サスペンスを構築する要素②「二人一役で描く美樹という怪物」
前半は美優目線を中心に語られますが、美優の探している姉の美樹が、ヒョシンに姿を変えていると分かった中盤から、物語は美樹の目線となります。
前半では、美優の一途な想いを観客は感じますが、中盤からの美樹目線では、自身の幸せをことごとく破壊してきた邪魔な妹としての一面が見えます。
あくまで美樹目線なので、逆恨みもあるかと思いますが、美優がキッカケとなり、幸せが破壊された美樹の悲惨なその後を、観客は目の当たりにするのです。
美樹は二人一役で演じられており、前半は崎本実弥が、純粋で優しい美樹を演じ、ヒョシンに姿を変えて以降は、広澤草が憎しみに支配された、恐ろしい美樹を演じています。
前半で優しい美樹を見ていた観客は、後半の文字通り別人になった美樹の「話が通じない」様子に恐怖を感じ、そのギャップに絶望すら覚えます。
二人一役で美樹を演じた事が効果的になり、全く把握できない美樹の人間性、変わってしまった事への恐ろしさと狂気に、中盤は引き込まれていきます。
サスペンスを構築する要素③「姉妹の感情が交差する衝撃の展開」
本作の終盤で、美優への嫉妬に狂った美樹は、自らの口に刃物を入れ「口裂け女」となり、怪物となってしまいます。
クライマックスは、美樹が無差別に包丁を振り回す、衝撃的な展開となっていますが、ここで描かれているのは姉妹の感情、美優の姉への愛と、美樹の増幅する憎しみです。
美優にとって、一番大切で失いたくないのは姉でした。
ですが、それを知った美樹は、自身の命を奪う形で、美優への復讐を果たします。
悲しい結末ですが、姉妹の感情は、最後まで交わる事は無かったのでしょうか?
本作の序盤で、ハナが美優を自宅に招くまでの流れが急なように感じます。
もしかすると、美優が自分を探している事を知った美樹が、ハナに連れてくるように頼んだのではないでしょうか?
だとすると、美樹は最初から美優への復讐心を持っていたのでしょうか?
「口裂け女」の都市伝説には、姉妹に関する話も存在しており、妬んでも恨んでも、切り離す事ができない姉妹の残酷さを感じます。
本作は肉親だからこその、一言では言い表せない、繊細な感情も描いた作品となっています。
映画『ゴーストマスク 傷』まとめ
本作では、美樹は徹底的に悲しい存在として描かれています。
幼い頃に両親が離婚し、新しい母親に引き取る事を拒否され、実の母親を失って以降、腹違いの妹の紗英に疎まれながら生きてきました。
そんな美樹が、トシオからプロポーズをされ、婚約指輪を送られて、嬉しそうにしているシーンが、本作で唯一、美樹が喜びの感情を出しているシーンではないでしょうか。
そんな幸せも、美優には「姉が取られてしまう」と危機感を与えただけで、祝福された事ではありませんでした。
そして、韓国に渡りハナと出会い、ヒョシンとして生きていた間も、ハナが愛したのはヒョシンであり、美樹ではない為、美樹は自分を消し去る事でしか、幸せを掴めなかったのです。
もはや美樹は入れ物のような存在で、ハナが亡くなり、ヒョシンとして存在する意味が無くなった事で、狂気と憎しみが交わり新たに生まれたのが「口裂け女」としての美樹だったのです。
美容整形は新たな自分に生まれ変わり、自信を持つ良い切っ掛けとなると思いますが、度が過ぎてしまい、自分を見失ってしまう事の恐怖を考えさせられます。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
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